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第3章 裏切り者 2


「カレン、ちょっと聞いてもいい?」

「…はい、何でしょう?」

 カレンは立ち止まり、セレナの方へ向き直る。セレナはベッドの背もたれに寄りかかるような体勢で座ると、キョトン、とした顔のカレンと向き合う。


 …彼女はここで40年以上侍女として働いている。ということは、20年前の事件の時も王宮にいた、ということだ。もしかすると、半端者の王と言葉を交わしたことがあるかもしれない。

 それに40年以上前ということは、賢者オフィーリアが生まれた頃だ。ひょっとすると、カレンはオフィーリア幼少期についても知っているかもしれない。


 セレナは言葉を探してから、口を開く。

「えっと…オフィーリア叔母様の幼少期って、知っている?」

「バラク公爵様ですか?えぇ、よく存じております。わたくしが王宮に上がってすぐに、当時の王妃様からの命でバラク公爵の乳母をしておりましたので」

「そうなの?」

 セレナは目を丸くした。


 カレンが40年前に乳母をしていたのは知っていたが、まさかオフィーリアの乳母をしていたとは。

 当時のカレンは18か19くらいの成人して間もない年齢で、その上未婚。そんなカレンが世話をするのだから、最も手のかかる赤子のオフィーリアではなく、当時3歳ほどのクラトスか、未だ行方の分かっていないクラトスの双子の妹の乳母をしていたものと思っていたのだが。よりにもよって子育て経験のないカレンに、赤子の世話を任せるなど……。


「赤ちゃんのお世話って、大変なんじゃ…カレンって、歳の離れた兄弟とか、いたっけ?」

「いいえ、わたくしは末娘ですので、幼いお子様の相手も、ましてや赤子のお世話など何も分かりませんでした」

「……それなのに、叔母様の乳母に選ばれたの?」

「はい。ちょうど当時の王室では、魔力持ちの侍女のひとりが高齢を理由に引退されたばかりで、唯一いらした魔力持ちの侍女は他の王族の方についておりましたので」

 それを聞いて、セレナはあぁ、と納得したような声を上げる。


 『魔力持ちの王族には魔力持ちの使用人以外はついてはいけない』という暗黙のルール。それは赤子のうちから魔力持ちと判断された子供の世話にも適用される。

 魔力は、幼ければ幼いほど不安定だ。だが同族が傍にいると子供側が安心して、不安定な魔力が安定することが多い。それに万が一その子供の魔力が暴走しても、同じ魔力持ちならば即座に対処することが可能だからだ。


 賢者オフィーリアは生まれた時から魔力の兆候が見られていた。ならば当然、同じ魔力持ちのカレンが彼女の世話にあたるだろう。

 当時18歳ほどだったカレンならば、既に第二覚醒を終えているはず。オフィーリアの乳母として、彼女以上の適任者はいないだろう。


 そうひとりで納得していたセレナの考えを否定するように、カレンは言葉を続ける。

「ですが、わたくしは遅咲きで、当時ようやく第二覚醒を終えたばかりでしたので、簡単な魔法もろくに扱えませんでした」

「え、カレンも遅咲きだったの?」

 尋ねると、カレンは少し辛そうな笑みを浮かべて頷く。


 知らなかった。今は普通に魔法を扱うことのできるカレンが、実は遅咲きだったなんて。

 一体、どうやって覚醒したのか……。

 非常に気になったが、カレンが何やら言いにくそうに下を向くので、セレナはこれ以上覚醒のことについては聞かないことにした。


 カレンが言葉を続ける。

「ですので、初めの頃はオフィーリア様の、幼くも強大な魔力が恐ろしくてたまりませんでした。ですが、オフィーリア様はそんなわたくしの心を知っても関係なく接してくれ、また魔法の扱い方までお教えくださいました。それゆえわたくしは、魔法を扱えるようになったのです。…さ、もうお休みくださいませ」

 嗜めるようにそう言って話を切り上げると、カレンは再び軽く頭を下げてから踵を返す。セレナはその背中を、慌てて呼び止める。


「まって、もう1つだけ。半端者の王って、どんな人?」

 その問いかけに、カレンは肩をビクッと震わせて立ち止まった。驚きのあまり、目玉が飛び落ちそうなほどに目を見開いている。その瞳には、恐怖に似た色が滲む。

 混乱したままの頭を整理したくてつい直球で尋ねてしまったセレナだったが、カレンのその様子を見て、言わなければよかったと軽く後悔した。


 半端者の王の話は、この王城にいるすべての者たちがその名を知っていても、決して口に出して呼んではならない、禁句(タブー)なのだから。

 カレンはひとしきり動揺してから、心を落ち着かせるようにふぅ、と息を吐く。少ししてから、覚悟を決めたようにしてから口を開く。


「…とても恐ろしく、そして寂しい方でありながら、心の美しい方でございました」

 そう引き攣った笑顔だけをセレナに見せて答えると、カレンは逃げるように部屋を出ていく。詮索されたくない様子だったので、これ以上引き留めることができない。


 ……心が、美しい。


 それは単純に、心が清らかだということか、優しいということか。はたまた純粋だということなのだろうか。これまた歴史上の半端者の王とはかけ離れたイメージだ。

 しかし、恐ろしくも寂しい人であったとも話していた。カレンのあの引き攣ったような笑みは、おそらく恐怖ゆえのものだろう。


 人間には、他人の前で見せる《表》の顔と、心を許した相手にだけ見せる《裏》の顔がある。自分の身を守るために、そしてそれは時に誰かを守るためであったりもする。そのために、人は偽りの仮面を被り、本当の姿を隠すのだ。


 『国民から恐れられた魔王』と、『氷の王女の心美しい夫』。一体どちらが仮面でどちらが本当の姿なのか。それを知っているのか、今はおそらく彼の妻、オフィーリア・バラクだけだろう。

 簡単に他人に心を許さない《氷の王女》が、それを自らの口で語ってくれるわけもない。

 しかし、外野にいるセレナがそれを知ろうというのなら、本の中の言葉ばかりに振り回されていては駄目なのだ。


「自分の目で、確かめないと」

 セレナはそう決意してから、ベッドに横になって瞼を閉じた。



「……」

 男、クラトス・レヴィンは激怒していた。

 その怒りをぶつけるかのように膝を揺すりながら、王族お忍び用の小さな馬車に揺られて目的の場所へと移動する。


 クラトスの怒りの原因は、つい先ほど彼の耳に入ってきた報告の内容と、それを伝えにきた人物にある。

 大量の書類仕事を終えて、さあいざ休もうかとベッドに座ったのが、つい10分前のこと。そこへ突然マギーア部隊の騎士がクラトスの前に現れて、とある報告を伝えにきたのだ。


 ――本日夕方ごろに、ロワ宮内に何者かの気配を感じました。


 それを聞いた途端、クラトスは頭に血が上った。

 ロワ宮に侵入者を許してしまったこともそうだが、それ以上に、それを伝えにきたのが街の警備を任せているオフィーリアやその従者、もしくは人形ではなかったということにだ。


 苛立ちを抑えきれないクラトスをそのままに、馬車は目的の場所へと到達する。クラトスは自ら苛立ち混じりに扉を開け、外に出る。

 そこは、トレゾール邸。オフィーリア・バラク公爵が住まう屋敷。


 クラトスが玄関の前まで近づくと、ひとりでに扉が開いた。普通なら驚くところだが、クラトスはお構いなく中へずんずんと入っていく。

 非公式での外出なので、馬車の操縦をするだけの傀儡人形しか連れてきていない。

 クラトスひとりだけで、灯りの消えた真っ暗闇な大広間の中央まで歩くと、扉がひとりでに閉まる。それを合図にするかのように、部屋の両端で目を伏せて立っていた傀儡人形が2体、目を開けて動き出した。


 足元に置いてあった、光魔法で蝋燭の炎のような光を放つ燭台に似た魔法器具を手に、2体の傀儡人形はクラトスの両脇を挟むような形で歩み寄ってくる。

 神族の少年のような姿をした、執事服の傀儡と、神族の少女のような姿をした、メイド服の傀儡。この2体の人形の容姿は、双子のようによく似ている。


 こんなものを出迎えに出すとは。

 ……()()()だとしたら、全くもって趣味が悪い。


 一見しただけでは、これらは普通の人間と大差ないほどによくできている。が、一声言葉を発すれば、それが血も心も通っていない、ただの《物》だということがよく分かるのだ。

「陛下、いらっしゃいませ」

「陛下、いらっしゃいませ」

 2つの、抑揚のない声が重なって響く。クラトスはそれを聞いて、心底気持ち悪い、というように眉を顰めた。


「貴様らに用はない、主人はどこだ」

ご主人様(マスター)はお休み中にございます」

ご主人様(マスター)はお休み中にございます」

 再び2つの声が重なって響く。


 表情の変わらない、作り物の顔。

 クラトスの表情がますます歪む。これらはいくら侮辱されようが、冷たくされようが、気分を害して顔を顰めるなんてことはしない。そういった感情を持っていないのだ。


 ランプの灯りに照らされて光る、白い陶器の肌。服の隙間からわずかに覗く関節の接続部位。大門の外に生息する魔獣の毛並みから作った、艶やかだが嘘くさい長髪。泣くことはおろか、活動を停止している時以外は瞬きすらしない大きな瞳は、ガラス玉のような作り物の目だとよく言われるクラトスのそれとは違い、本当に作り物の目玉だ。その内側は人間でいう骨の代わりに金属の骨組みがあり、内臓の代わりに冷却機能があり、血液の代わりにスライムが埋め尽くされている。また人間でいう心臓部位には魔石が埋め込まれており、そこに魔力を込めることで、これらは動くのだ。


 ……本当に、趣味が悪い。吐き気すら覚える。


 賢者オフィーリアは、自分の身の回りの世話や屋敷の管理にも傀儡人形を使っている。実質自分で自分の世話をしているわけだが。

 信用のできない人間を自分の傍に置きたがらない彼女は、ジェイや自分の息子以外の人間が、教室以外の目的でここに来ると、警備用の傀儡人形を起こして留守か就寝中を装うのだ。


 …これらと話していても、埒が明かない。それを知っているクラトスは、ため息を零してから屋敷中に聞こえるほどの大声で呼びかける。

「バラク、出てこい!貴様が()()()ことは知っているんだ、姿を現せ!!」

 冷たくくらい大広間に、クラトスの怒号にも似た声が反響する。


 すると、少し間を置いて、ヒールの高い靴で歩くような甲高い足音が降りてきた。クラトスは、足音のする方を仰ぎ見る。

 青い光を放つ魔法器具のランプを手に、オフィーリア・バラクはゆっくりとした足取りで階段を降りてくる。


 いつも彼女の隣に立ってエスコートする従者は、今日はいない。

 いつもはエスコートされる左手を、今日は階段の手すりに沿わせながら、中央階段の上まで歩き、立ち止まる。


 鬼火のような青い光に照らされた彼女の顔に、表情はなかった。が、クラトスと目が合った瞬間、ニタッと不気味な笑みを浮かべ、冷たい視線で見下ろす。

「これはこれは、()()()()国王陛下。このような時間に、いかがなさいましたか?」

 《偉大なる》という言葉に含みを持たせた嫌味な言い方に、クラトスは眉を寄せる。


 ()()()、と口では言っているが、オフィーリアの中に兄であり王でもあるクラトスを尊敬する気持ちは微塵もない。現に今も、王であるクラトスに頭も下げず、それどころかどこか見下すような目で上から見下ろしている。


 クラトスの怒りを知ってか知らずか、オフィーリアは不気味な笑みをさらに深くして言葉を続けた。

「偉大なる兄上様の命とあらば喜んで馳せ参じる所存ではありますが、兵士にも休息は必要なのですよ?」

「ぬかせ。休息など、貴様ら《化け物》には必要のないものだろう」

 わざとらしく欠伸(あくび)までしてみせるオフィーリアに、クラトスはドスの効いた声で応える。

 およそ実の兄妹とは思えぬ会話だが、この2人は昔からこうだった。


 お互いに頑固で、意地っ張り。1度決めたことは何がなんでも曲げずに貫き通す。それで周りを巻き込んで心配させていることに気づいてはいるものの、簡単には自分の考えを変えられない性格だった。

 顔は違うのに、性格は鏡を見るようにそっくりな2人は、本来お互いの気持ちを誰よりも理解できるはずだった。にも関わらず、自分の中の悪い部分というものは、客観的に見ると何故か腹が立つもので、自分に向けられない怒りをつい相手にぶつけてしまう。そんな関係だった。


 といっても、何も初めからそうだったわけではない。

 幼少期の頃はクラトスの一方的な敵意だけで、オフィーリアは我関せずといった様子だった。それが、20年前の事件をきっかけに今の関係へと変わったのだ。


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