プロローグ 1
初めて投稿します。
初めまして、早沙希貴志です。
小さな頃から物語を考えるのが好きで、ノートとペンさえあれば書いていました。
こうして投稿するのは生まれて初めてで、かなり緊張しております。
駄作かもしれませんが、温かい目で見守って頂けるとありがたいです。
――昔々、芽吹きの大地をつなぐ王国に心優しい王女がいました。
民話『オフィーリア』より抜粋。
*
『昔々、芽吹きの大地をつなぐ王国に白く美しい長髪と黄金の瞳を持った、心優しい王女がいました。
王女はその優しさと美しさから、多くの人々に愛されていました。
国一番の魔法使いでもあった王女は、幼い頃からたくさんの魔法を扱い、病や飢えで苦しむ民を多く救ってきました。
神の加護を受け、神に匹敵する力を持つ王女が守る王国は、平和で幸せな王国だと言われていました。
(中略)
しかし、国の平和はある事故を機に脆くも崩れることとなったのです。
心優しい王女が16歳になったある日、王と王妃が亡くなってしまうという悲しい事故が起こり、王国中が悲しみに包まれました。
王女も深く悲しみ、傷つき、その悲しみから魔法がうまく使えなくなってしまいました。
ですが、国王が死ねば、国は新しい王を決めなければなりません。
王女たち3人きょうだいのうち、1番目の勇敢な王子は、事故の少し前に獣退治に出たまま行方不明になってしまい、2番目の臆病な王女は国を追放されているので、城には傷を負った心優しい王女と、その伯父しか残っていません。
次の王に選ばれたのは、王女の伯父でした。
まだ若く、深い悲しみの中にいた心優しい王女には、女王になることはできなかったのです。
しかし、新しい国王にはとある大きな問題がありました。
それは、彼が神と悪魔の両方の姿を持った《半端者》だということです。
子供の頃から「気味が悪い」と多くの者から避けられていた半端者の王子は、国王になってからはさらに人々から嫌われ、恐れられました。
それに怒った半端者の王は、悪魔と契約して国に混乱を招きました。国民に恐れられた半端者の王は、恐怖によって民を支配しようとしたのです。
怒りに囚われて悪魔を利用した王は、のちに悪魔たちの王、《魔王》と呼ばれるようになりました。
魔王の暴挙により、平和で幸せな王国は恐怖の王国へと変わってしまったのでした。
そんな魔王は、心優しい王女の力を欲し、彼女を無理やり自分の妻にして、さらなる富と力を手に入れようとしました。
悲しみに心を支配されていた王女は抵抗することができず、病と飢えに苦しむ人々のために使われていた彼女の力は、魔王の欲のために利用されることになってしまったのです。
数年後、魔王はとうとう国民の怒りを買いました。
ある日、行方不明になっていた勇敢な王子が、反乱軍を連れて城に攻め入ってきたのです。
これまで散々魔王に虐げられてきた城の衛兵たちは王を守ることなく逃げ出し、魔王は反乱軍に追い詰められました。
しかし魔王は卑怯にも、自分の妻を人質にしてどうにか逃げ切ろうとしたのです。
それでも、悪は必ず裁かれるもの。とうとう逃げきれないと観念した魔王は、自ら命を断ちました。
勇敢にも魔王に立ち向かった王子によって救い出された心優しい王女でしたが、無理やりに結婚させられ、力を利用され続けた王女の心は、氷のように冷たくなってしまっていました。
魔王を倒して新たな王となった勇敢な王子は、妹の心を心配して言葉をかけましたが、完全に凍りついてしまった王女の心を溶かすことはできません。
魔王を倒したことで国は再び平和の王国と呼ばれるようになりましたが、同時に、笑顔が消え、優しさも消えてしまった王女は、次第に人々から《氷の王女》と呼ばれるようになったのです。』
*
ふぅ、とため息をひとつ吐くと、少女は本をパタン、と閉じる。
ここレヴィン王国の首都テオスで、10年ほど前にとある作家が書いた平民向けの民話。タイトルは『オフィーリア』。
この民話は歴史書として子供たちの教材にもなっており、《芽吹きの大地》は、レヴィン王国を含む5つの王国が存在する《パラフ大陸》。その大陸を《つなぐ王国》はレヴィン王国。そして《氷の王女》は、バラク公爵家当主のオフィーリア・バラクのことだ。物語の内容は、彼女の実話がもとになっている。タイトルも、彼女の名前から取って付けられた。
氷の王女を題材にした本は他にも多々あるが、『オフィーリア』はその中でも最も古い作品だ。
冒頭で『昔々……』とまるで数百年前の出来事であるかのような始まり方をしているが、実際はそこまで昔の話ではなく、今から20年前の出来事がモデルになっている。
今年で16歳になる少女や、これから生まれこの民話で歴史を学ぶことになるであろう子供たちにとっては当然昔の話だが、大袈裟に言われるほどではない。
反乱を起こし、魔王を追い詰めた《勇敢な王子》は今も王位に就いているし、17年前に他国の王女と結婚して子供がひとりいる。
悪魔と手を組んだ半端者の王《魔王》と、その魔王に利用さえ心を凍らせた《氷の王女》。そして、魔王を倒した《勇敢な王子》………。
「…どれもこれも、似たような内容ばかりね」
呆れるような少女の声が、部屋全体に響き渡る。この書庫は構造上声が反響しやすいので、誰に聞かせるわけでもない独り言もよく響く。彼女以外にこの場には誰もいないので、尚更だ。
両開きの扉と、その直線上に部屋を二分するようにして並ぶローテーブルと、それを挟んで3人掛けのソファーとひとり掛けのソファーが窓の手前まで交互に配置されている。扉から見て左右の壁際には、高い天井に届きそうなほど背の高い木製の本棚が壁と垂直に並び、大量の本がほぼ隙間なく収められている。本棚には、高所にある本を取るためにスライド可動式の梯子がそれぞれ取り付けられている。
歴史書、魔法書、娯楽書……他にも様々な本が揃っている王宮の書庫があれば、新たな発見があると思っていたのに、残念だ。
心の中でそう呟きながら、少女は持っていた本を半ば乱暴に目の前のローテーブルに置き、腰掛けていた3人掛けソファーの上に寝そべる。
テーブルの上には、辞書並みに分厚い歴史書や、『オフィーリア』のような民話の本が計6冊積み上げられている。
少女は、それらの本全てに記されたある箇所について調べていたのだが、その内容は今まで読んだことのあるものとほとんど同じだったので、ひどく落胆した。
ロングスリーブに襟シャツの、薄桃色が美しいAラインドレス。腰に締めたベルト以外にいは装飾品の一切ないシンプルなデザイン。だが、その素材は上質なシルク生地で、貴族や王族が身に付けるような類のものだ。
それもそのはず。少女の名前はセレナ・M・レヴィン。この国の現第1王女だ。
毛先を少し巻いた肩まで長い純白の髪に、月明かりのような黄色い瞳。
物語の《心優しい王女》とよく似たその《色》は、このパラフ大陸では《神族》に呼ばれている種族の特徴だ。