手紙転生
布団の中でなんとなく考えた話です。
2005年。
男がいた。
部屋でゴロゴロしながらテレビを見たり、ゲームをしている男がいた。
名を『高原文徒』と言う。
見た目は何処にでもいる普通の男で、年齢は23歳。
独身でほとんどニートのような生活をしている。
とはいえ決してニートというわけではない。
手紙を届けるという立派な仕事をしているのだ。
ただ、文徒の仕事は少し普通ではなかった。
ただ手紙を届けるというだけではないのだ。
手紙を届ける先が特殊で、普通の人には届ける事ができない相手に届けるのだ。
相手は『死者』であった。
ちなみに、お墓に届けるとかそんな話ではない。
正真正銘『生きている死者』に届けるのが仕事である。
もちろんそんな事、普通の人間にできる訳がない。
文徒だからできるのだ。
文徒にはある特殊な能力があった。
それは『過去の自分に手紙を届ける事ができる』というものであった。
文徒が5歳の頃、切手も貼られていない不思議な封筒が届いた。
宛名には女性の名前、差出人の所にはただ『高原文徒』と書かれていた。
中を開けてみると手紙が入っていたが、当然5歳の文徒には何が書かれているのか分からなかった。
母親に読んでもらった所によると、どうやらそれはラブレターのようだった。
そんな手紙が届いてから10年が過ぎた。
高校生になっていた文徒は、文化祭で他校の女子生徒と出会い一目ぼれをした。
しかし名前だけしか聞けず、その後会う事は無かった。
文徒は忘れられなかった。
思いを手紙に記し、相手の名前と自分の名前しか書かれていない封筒に入れ、それをポストに投函した。
その時、文徒はふと昔の事を思い出した。
投函したものを昔、見た事があったような気がした。
急いで家に帰って机の中を調べたら、10年前に届いた不思議な手紙が出てきた。
それは少し古びれていたが、今しがたポストに投函した手紙と同じだった。
それ以来、似たような封筒が届くようになった。
宛名は有ったり無かったりだが、差出人は全て自分の名前だった。
文徒は内容を見て確信した。
これは未来の自分からの手紙だと。
そしてその手紙に書かれている事から、届くにふさわしい時の自分に届くという事が分かった。
例えば競馬のレース結果が書かれた手紙は、そのレースがある前日に届いた。
『水たまりに注意』と書かれた手紙をもらった次の日には、水たまりで滑って転んだりした。
さて、そんな文徒の元へ、1通の封筒が届いていた。
開けてみると中からは、手紙と1通の封筒が出てきた。
中から出てきた封筒は、文徒が届ける予定の手紙である。
手紙の方には、その届ける予定の手紙を届ける為に必要な情報が書かれていた。
手紙を届ける相手の名前、年齢、住所、電話番号、通っている学校などである。
依頼主は『川上明子』で、届け先は一緒に住む娘の『明菜』だった。
この日はその手紙に一通り目を通し、文徒は一日を終えた。
次の日の朝、文徒は仕事を開始する。
まずは依頼主と送り先である明菜が住む家へと電話をした。
「わたくし桜高校で教師をしております鈴木と申します。今朝早くにこの近くで通り魔事件がありまして、できればお母さんに学校まで明菜さんを連れてきていただきたいのですが」
この時の文徒の仕事は、この電話をかける事だけだった。
この電話一本で、この日登校中にトラックに撥ねられて亡くなる予定だった、明菜ちゃんの命は救われた。
ただその代わり、明菜ちゃんを助けようとした母親はトラックに撥ねられて亡くなっていた。
10年後の2015年、川上明子から依頼を受けたこの年、文徒は川上明菜宛ての手紙を持って、本人を訪ねた。
手紙を受け取った明菜が封筒を開けると、中からは手紙と写真がでてきた。
写真には、スカイツリーをバックに、少し老いた印象の母の姿があった。