第結話 選択
「す、凄い……まるで風になったみたいに速く走れるッ」
メイファと別れてすぐ、私は精霊さん……真名をオルべロスという彼と仮契約をした。手順は簡単。走りながらでもいいから、彼に対して「仮契約を申請します」と言えばいいだけ。そしてそれだけで、体中から力が溢れて、今のように速く動く事ができている。
――今セフィリアは、オレとの間に生まれた魔力供給路を通じて、オレの魔力を受け取っている状態だ。
私が走る中で、オルべロスさんは説明してくれる。
――そしてお前なら察しがついているとは思うが……ミーファスとかいう連中が狙っている最終兵器とやらは、オレ……いや、正確にはオレ達だ。
ミーファスの調査団が、主に森を捜していて、それでオルべロスさんが森にいるから、もしかしてそうじゃないかって、最終兵器の存在を知ってから薄々思ってはいたけど……。
「オレ達? 私も、最終兵器って事?」
――違う。オレと、オレの同胞である、残り十二体の最終兵器の事だ。
「…………えっ? ま、まだ存在するの? その……最終兵器は」
――ああ。そしてお前は、その最終兵器の一つであるオレを起動できる“半身”になりうる素質を持つ存在の一人。ようは……お前の専属メイドと同じ人種だ。
「め、メイファも……?」
た、確かにメイファはそんな事を言っていたけど。
「そもそも“半身”って、何の事なの?」
――契約した最終兵器を起動し、運命を共にする存在だ。そしてその本契約者は……ヒトとしての枠を超える力を得る。文字通り、半分オレたち最終兵器と同質の存在になるんだ。まぁ仮契約さえしなくとも、ある程度は契約者になりうる存在の肉体に干渉できるがな。体から毒を排除したり、健康体を保たせるくらいだが。
「…………まさか、私に教会の薬物の効果が出ていないのは……?」
オルべロスさんの、おかげだったの?
――そうだ。だが個人的には、セフィリアには、オレのような化け物ではなく、ヒトとして、生きていてほしかった。ヒトとしてのお前を尊重したかった。だが、十年以上前……ミーファスとかいう連中がこの国に手を伸ばしてきた時点で、そうも言っていられなくなってきて……オレとの契約を、一つの手段として提案する事しかできなかった。
「…………オルべロスさん」
――だが結果として、お前を危険に晒す事になってしまった。こんな事になるのなら、強引にでも本契約を迫るべきだった!!
……ううん。違うよ、オルべロスさん。全ては私の自業自得。あなたのせいじゃない。それに、あなたは私の事を想っているからこそ、契約を提案してくれたんでしょ? それだけでも、私は嬉しいんだよ?
実家以外にも、私の居場所は、あるんだって……あなたの隣という居場所があるって事が分かって……とても嬉しいんだよ?
「私と、本契約をしてくださいッ」
まだ、実家には未練があるけど。
でも、もう私は全てを失って。私をずっと想っていてくれた、あなたの隣という居場所があるのなら!!
「私は、あなたと運命を共にしますッ!!」
――ありがとう、セフィリア。本契約、承認!!
「…………ん?」
あれ? ちょっと待って?
目的地に着かなきゃ本契約できないとか、そういう流れじゃなかったの?
※
「ば、かな……」
「他、国の……聖女、が……」
「なぜ、これほどの……力を……?」
騎士団と調査団を、ようやく無力化し……そして、その死屍累々(無論殺してはいませんが)とした場に築いた騎士達の山の頂上で、私はひと休みをしていた。
「聖女、ね……私はもう、そのような存在ではございません」
――懐かしいね、この光景。
私が故郷で、ミーファス教の聖女として崇められていた時の事を思い出し、感慨に耽っていると、私が契約した最終兵器ことガンダルフォンが話しかけてきた。
――君が、君の今の母が所属している、ボクたち最終兵器の事を尊重してくれる考古学者の集団……国際的には、ミーファス教関連のモノ専門の窃盗団として知られている集団を助けようとした時にもこんな光景を見たよ。
「私は自衛のために護身術を叩き込まれたタイプの〝聖女〟でしたからね。おかげで楽に、お嬢様の護衛を兼ねた専属メイドの地位を手に入れられましたよ」
故郷のミーファス教を壊滅にまで追い込んで、連中の薬物により、もう取り返しがつかなくなった故郷のみんなを楽にして、半月……は経ちますか。
「あの時は、教会の総本山に私の情報が行かないよう、そして国民を救うため仕方なく実行しましたが……お嬢様は、私の同胞はどうするんでしょうね」
思わず流れた、枯れてしまったと思っていた涙を拭いつつ、私はお嬢様が走っていった方向……お嬢様の契約相手である最終兵器が一つ『オルべロス』が在る方向へと視線を向けた。
と同時に、タイミング良く地面が震動する。
――ああ、ようやくだ。リーファ、ようやく目覚めるよ。我が同胞が。
「ええ、ようやくですね」
仲間が目覚めて、嬉しげな声を出すガンダルフォンに、私は言葉を返す。
「あなたと、教会の総本山の手中に堕ちてしまった、三機の最終兵器を除いた……残り九機の最終兵器の内の一機が目覚めるのは」
※
「こ、これは……いったい何が起こったの!?」
本契約を交わした直後、地面が揺れて、そして森の中心辺りから、巨大な何かが出てきたのまでは覚えている。
そしてその直後、私は光に包まれて……いつの間にか、どういうワケだか、前方にギヤマンでできていると思われる窓があり、そして周囲は、今まで見た事のないタイプのパイプや取っ手のような物で溢れてる……そんな空間の中で座っていた。
――オレの操縦席だ。
得意げな声色で、オルべロスさんは言った。
そ、操縦席? ちょっと待って? 最終兵器って、霊的な存在とか、そういうのじゃないの!?
――そういえばセフィリアには言っていなかったな。
混乱する私をよそに、オルべロスさんは得意げな調子のまま説明を始めた。
――実はミーファス教が狙う最終兵器というのは、霊的な存在ではなく……鳥獣を模した、いわゆる巨大ロボットだ。
「…………は?」
ど、どういう事!?
いやロボットについては歴史の授業で教えられたけど!
――それも戦闘補助用の高度な人工知能が搭載された、人間が搭乗して操縦するタイプのロボットだ。だが古代に起こった最終戦争の終結後、人類がほとんど死滅してから……オレたち最終兵器は地中やら海中やらに打ち捨てられたまま忘れ去られてしまい、現代に至るまでの間に……文明レヴェルが後退したせいなのか、世界中に〝魔力〟と呼ぶべきモノが充満し、それに伴いオレ達の人工知能は……かつて極東に存在したニホンという国に伝わっていたツクモガミという名の存在の如き存在へと昇華した。ようは、オレ達はサイエンス・ファンタジー、SFの存在だったという事だ。ちなみにセフィリアに会う時に見せてた光球は、そんなオレの分霊体や化身と呼ぶべき存在ではなく、オレの本体から飛ばした、オレの意識の一部だけを移植した、超小型にして球体型のドローンだ。
「!?!?!? ……ゴメン、なに言ってるかちょっと分からない」
――フハハッ。昔そんなギャグが存在したなッ。
オルべロスさんは、おかしそうに笑った。
何がどう面白いのか理解できないけれど……うん。実際に私の身に起きている事なんだから、ワケが分からなくても受け入れて理解しなきゃいけないよね。
――まぁ細かい話については、セフィリアの専属メイドのメイファ……いや、本名は違うらしいが、とにかく彼女がセフィリアに付いたのと、ほぼ同時期にオレに接触してきた、彼女の仲間である考古学者集団が改めて教えてくれるだろう。今はセフィリア……お前の決断の時だ。
「ッ!!」
オルべロスさんの声色が、変わった。
まるでいけない事を、いけない事として子供に教えようとする、親のような声色に。なんとなく、亡くなったお母様を連想させる声色に。
――もう、お前の国はミーファス教の手に堕ちたも同然だ。お前の専属メイドの仲間によれば、お前の味方である、薬物投与と洗脳を受けていない使用人達は……すでに国外へと脱出させたらしいが、他の国民は……オレの力を使えば、薬物を体から出す事はできるだろうが……セフィリアの場合は、早い段階から体外に出す事ができたから問題ない。だが、それ以外の国民に関しては話が別だ。たとえ抜いたとしても、死んだ方がマシなレヴェルの後遺症が必ず残るだろうし、もしもまた、総本山からミーファス教の聖職者が派遣されて、薬物を投与されたら意味がない。
「ッ!! そ、んな!!」
被害者は国民だというのに。
全ての元凶はミーファス教だというのに。
みんなを助ける事ができないなんて!!
――考古学者集団が言うには、お前の専属メイドのいた国でも同じ事が起こったらしい。そして彼女は……お前と同じく“半身”たる彼女の場合は、自分が生まれた国を、契約した最終兵器の力で以て壊滅させる事で、国民を皆殺しにする事で国民を楽にしたそうだ。
ッ!? ま、まさか……メイファにはそんな過去が!?
あの強さの裏には、何かあるんじゃないかって思った事はあったけど……でも、まさか国民全員を薬物から救うために、国民を、皆殺しにしたなんてッ!!
でも、その時点で国民を救う手段は……それしかなかったんだろう。
そしてそれを、メイファはどれだけの覚悟を決めて実行したんだろう。
私には、私には……できない。私の味方は、脱出しているらしいけど……その他の国民を、殺害すると考えただけで……震えが、止まらない。メイファのように、大量殺人鬼になる覚悟は…………私、には……ッ。
――そこまで怖いのならば。踏み越える事ができないならば。ただ単に全国民の体内から薬物を出すだけに留めるならば。お前は相手を殺すのとは違う、別の覚悟をした方がいい。
「…………別の、覚悟?」
私が、国民を救うために殺害するのを決断できない事で。
メイファと同じになれない事で、恐怖と悲しみがないまぜになった状態のままで……オルべロスさんは言った。
――おそらく生き残りの騎士、いやそれどころか全国民をミーファス教総本山は扇動し、死ぬまでお前を追い続けるだろう。いや、お前だけじゃ済まない。お前を助けたメイファと、その仲間の命さえも……今まで以上に執拗に狙うだろう。
「ッ!? そ、そんな!!」
で、でも……よく考えればそれは当たり前の事で。
正直に言うと、できれば考えたくもなかった事実で。
「あ、ああああああッ!! 嫌だ!! メイファ達にも、国民にも、死んでほしくない!!」
ああ、なんて……こと……。
私に、命の恩人であるメイファ達と、全国民の命を天秤にかけろと!?
あまりにショックな事実を聞き、私は頭を抱えて叫ぶ。
どっちかなんて、選べるワケがない。メイファは私の大切な親友の一人で、そのメイファの仲間も……きっと仲間になれるかもしれない。洗脳された国民についても、結局私は聖女の地位を剥奪されたけれど、それまでは、聖女としての私の存在を祝福してくれて……でも、その洗脳された国民を本当の意味で救うためには……その国民を、皆殺しにするしか……ッ。
「………………オルべロスさん、私に……みんなを救うために、力を貸してッ」
――……分かった。
次の瞬間。
私の頭の中に、オルべロスさんという最終兵器の全ての情報が流れ込んだ。
私がオルべロスさんの“半身”としての本契約を交わした事で、私の体が……オルべロスさんが死なない限り生き続けられるようになった事。身体能力を始めとする様々な能力が飛躍的に強化された事。そしてオルべロスさんが持つスペックにトゲトゲした姿形……もしかしてだけど、地面から出ていた尖った岩って、オルべロスさんの装甲だったのかしら? とにかく、さらには武装などの……多くの情報が。
オルべロスさんが持つ武装の一つに、ナノマシンがある。
これも歴史の授業で習った事がある。極小のロボットの事だ。そしてこれを使えば、おそらく全国民の体内から薬物を排除できるだろう。
でも、私は……それを使わない。
――システム、オールグリーン。対国武装を効率良く運用するため、上空からの攻撃へと移行する。
反重力装置を用いて、オルべロスさんが浮上する。
バキバキバキと。大地を切り裂き。木々をなぎ倒し。
彼の真の姿……全長二百メートルを超す、狼の如き巨体がついに空中に現れる。
そして彼は、ある程度の高高度まで上昇すると。
口に相当する部分を開け、そしてそこを中心に魔力を収束させ。
――魔力エネルギー、充填完了。主砲、発射。
淡々とした声で、破滅の極光を撃ち放つ。
私が生まれ育った国を、一撃で壊滅させる恐ろしい光を。
前方のギヤマンが、その光の直撃を受ける。
眩しくて、目を開けていられない私を気遣い、オルべロスさんがギヤマンの色を変え、光のほとんどを遮る。
そして、その遮られた光の中で。
多くの建物が、一瞬にして破壊されたのが分かった。
おそらく、洗脳されていた国民は……全員死んだだろう。
私が、殺したのだ。彼らを本当の意味で助けるために……殺すという決断を私が下して、そしてそれを……オルべロスさんが実行したのだ。
そして私は、メイファと同じ…………大量殺人鬼になったのだ。
オルべロスさんの中。
正確にはコックピットと呼ばれるらしい空間の中で、私はその事実と向き合い、そして……その場で、声を上げて泣いた。
※
「…………お嬢様には、酷な選択をさせました」
――まぁでも、いずれは人を殺さなきゃいけないんだ。
お嬢様が主砲を撃つ前に、空中でずっとホバリングさせていた鳥型の古代の最終兵器ガンダルフォンのコックピットへと転移してから、眼下、数キロの所にてホバリングをしている、お嬢様が搭乗する……ガンダルフォンと同じく古代の最終兵器たるオルべロスを眺めながら言った私に、ガンダルフォンは言う。
――これからも君と、君の家族である……セフィリア嬢と、そのお母上の私物を秘密裏に屋敷から持ち出し、さらにはセフィリア嬢の味方である使用人を救出し、そして今は、ボクの体内に造られた部屋に避難している考古学者集団と、ボク達の同胞を復活させて、悪用されないようにする旅を続けるなら。そして、そんな君達の側にあの子が付いたのならば。いずれはミーファス教と真っ向から相対するのは確実。そしてその中で……人を殺さないという選択肢はありえないんだから。
「…………そうですね。ですが個人的には……お嬢様には人殺しに。私と同じ存在に成り下がってほしくはなかったですよ」
私は、一度溜め息をつき。
そして昔の事を思い出しながら……告げる。
「たとえ、それが無責任な想いだとしても」
オルべロスの主砲は、魔導巨兵ファ○ードの主砲と同レヴェルの威力です(ぇ