第承話 急転
そんなやり取りを経て就寝して……次の日。
どういうワケだかメイファではないメイドが私に付けられた。
「どうも、メイファ先輩のお母上が病気でお倒れになったらしいという内容の手紙が今朝がた届いたらしくて、それでメイファ先輩は急遽……お暇をいただいたそうです」
新たに私に付けられたメイドこと、私の数少ない味方の一人であるメリッサが、この国の教会の代表たる教会へと向かう馬車の中で説明してくれた。
「メイファ先輩は、お母上が自分に会うためについた嘘に違いないとおっしゃってはいましたが……一応様子を確認し次第、マッハで戻るそうです」
「なるほど。ところで……またこの国の森に、ミーファス教徒の調査団が入る事になったの?」
私は、馬車窓から見えた光景に指を差しながら訊ねた。
指の先には、アークフォンド王国に点在する森の中に、今にも入って行きそうな様子の……もしかすると森に入る前の点呼をしてるのかもしれない、ミーファス教の印入りの、汚れてもいい装束をした集団がいた。
彼らは、ミーファス教の総本山から送られてくる調査団だ。
ミーファス教徒曰く、ミーファスを祀っていたと思われる古代人の遺跡が、この惑星のあちこちで発見されるらしく、それを発見し、新たに造り直す事が目的の集団らしい。
「この国の大地を、よその国のヒトに荒らされたくはないわね」
「お嬢様、お気持ちは分かりますが……教会に着いて、その苦情を申し立てるのであれば、少しはオブラートに包んでくださいね? さすがに聖女であろうとも、教会からいろいろ言われますし」
「分かってるわ」
私は溜め息をついた。
「与えられた責任を、途中でくだらない理由で投げ出す形にするワケにはいかないわ。我が家だけじゃない。国にも確実に迷惑がかかるものね。たとえこの世に……ミーファスなんて神がいない事を知ってても」
そして私は、気分を変えるためにも視線を外から内へと戻そうとして……再び、外の様子を注視した。
「どうかなさいましたか?」
「今、一瞬だったけど……メイファが誰かと談笑しているのが見えた気が」
本当に一瞬だった。
だから確信がないけれど……あの後ろ姿と背格好、どう見ても私の専属メイドのようにしか見えなかった。
「メイファ先輩は美人ですからね。ナンパでもされていたのではないですか?」
「帰郷するって時にナンパされるなんて……災難ね」
私は苦笑した。
ああ、本当に災難だ。
メイファじゃなくて、ナンパした方が。
※
「セフィリア=ローズベルト。今日からそなたの、聖女の任を解く」
教会に着くなり、いきなり司教様にそう言われた。
あまりにも急展開すぎて頭が追いつかないけれど、私はなんとか「ど、どういう事ですか?」と訊ねた。
「そなたにはショックかもしれないが……まず初めに、そなたの妹君が、そなたを超える聖属性魔法の才能を覚醒させたのだ」
「…………………………は?」
思わず聖女どころか、淑女らしくなく……扇で口元を隠す事を忘れてしまうほど唖然としてしまった。
レイラが、今さら聖属性魔法の才能……聖女に必要な力を覚醒させた?
「ちょ、それってどういう?」
「こういう事だ、セフィリア」
すると、その時だった。
聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
まさかと思い、振り向く。
するとそこには……私の婚約者であるレイル殿下と、彼に付き従う……レイラがいた。
「ごめんなさいね、お姉さま」
レイラは笑みを……私にはどこか、邪悪に見える笑みを浮かべながら言った。
「お姉さまが昨日、どうしても聖女の座と、殿下の婚約者の座をお渡ししてくださらないから、教会にご相談したのです。そうしたら、司教様が私に聖女としての才能があるかどうかの試験をしてくださる事になって……そうしたら、ビックリしました! なんと私には、お姉さまを超える聖属性魔法の才能があったんです!」
「だからもう、お前が聖女である必要性はなくなり、そして王家としては、お前と穏便に婚約を解消し、そしてレイラと改めて婚約したかったのだが」
今度はレイル殿下が口を開く。
なぜか私に、怒りの形相を見せる殿下が。
「……セフィリア、司教様から聞いたが、失望したぞ!」
「い、いったい何の事ですか!?」
いきなり失望したと言われても、何の事やら私には分からない。
すると殿下は「今日、お前が乗ってきた馬車の御者は敬虔なミーファス教徒だ! そしてその彼の近くでお前は何を言った!?」と怒鳴るように言った。
すると私は、そこで全てを察した。
迂闊だった。誰が聞いているか分からないというのに。いつ私の味方が敵に成り代わっているかも分からないというのに。私は御者を味方だと信じ、ミーファス教徒にとっては聞き捨てならない事を言ってしまった。そして御者を通じ、その事が司教様、そして同じく敬虔なミーファス教徒であるレイル殿下の耳に入ったのだ。
「この異端者が!! お前のようなヤツが婚約者だったと思うと反吐が出る!! お前の今までの働きに感謝する国民もいるが……それでもミーファス教徒として、お前のその考え方は看過できない!!」
そう言いきると同時、殿下は右手を上げた。
するとすぐに彼の周囲に、教会の騎士団が集まり……そして私を拘束すべく動き出した。
「ッ!? は、放してください!! 殿下!! 私は確かに唯一神ミーファスの存在は信じられません!! ですが、なんらかの神性が存在する事は信じて――」
「ミーファス様を呼び捨てにするな!!」
聞かれていた以上、誤魔化せないと判断し、私なりの胸の内を語ろうとするのだが……動揺するあまり、殿下の怒りの炎に油を注いでしまった。
「お前がそんな女だったとは思わなかったぞ!! もういい。裁判なんて待たずに俺がこの場でお前を処刑して――」
「お待ちくだされ、殿下!」
懐の剣を抜きかけた殿下を、司教様が必死に宥める。
さすがに神聖な教会で流血沙汰は勘弁願いたいのだろう。司教様は必死になって殿下を、レイラと一緒になって止めようとしてて……。
「これから教会の地下牢にあなたを監禁させていただきます。後日魔女裁判にかけさせていただきますので……お覚悟を」
その隙に、教会の騎士団の一人が、仲間と一緒に私を地下牢へと強引に連行しながら言った。彼の視線、そしてその他の騎士の視線にも、まるで親の仇を見ているかのような怒りが込められていた。
※
「おい、聞いたか? この国にもあの窃盗団が現れたってよ」
「我らのミーファス教に関する聖遺物ばかりを盗むっていう国際窃盗団か? それなら俺も聞いたよ。物騒になるなぁこの国も」
「噂じゃ、最近他国の聖女も誘拐したらしいぞ」
「それよりも、我らがミーファス様の聖遺物を狙うとは……許せぬ!!」
「本当だったら俺達で捕まえたいが……くそっ! こんな時に地下牢の番の仕事が回されるとはな」
地下牢の番をする騎士達の声が聞こえる。
でも、全てを奪われた私には……よそ事のようにしか聞こえなかった。
あれから私は、騎士に連れられ地下牢に監禁された。
そこで監禁されて、いったいどれだけ時間が経ったのか。
日光が届かないから、今が何時なのかさえ、もう分からなかった。
でも、今の私にはどうでもよかった。
私はたとえ世の中の真実を知っていたとしても、それを口にしてはいけなかったのだ。こうなったのは、自業自得なのだ。そして後日、私は異端者として……処刑されるのだ。
全てを……失ったのだ。
最後に一目、実家を見る事もなく。
今まで私に尽くしてくれた使用人達に感謝の言葉を言う事もなく。
お父様や新たな母……そしてレイラに、実家を乗っ取られた状況のままで。
私は……死ぬのだ。
でも……でも、やっぱり悔しい。
私の失敗で……欲しかった居場所が貰えずに死ぬなんて。
私は、居場所が欲しかった。
お母様との思い出がある屋敷もそうだけど、私という存在を必要としてくれる人がいる……そんな居場所が。
実家には、私の居場所はほとんどなかった。
実家は、お母様と私を裏切ったも同然な……平民と関係を持つようなお父様と、その新たな家族のモノも同然だった。
だから私は、国民に必要とされる……聖女という役目を、一方的に課せられたという立場だけど、それでも今まで一生懸命こなしてきた。
聖女として活躍して、国民みんなに慕われて……必要とされたかった。そうなる事で、この国に、セフィリアという一人の人間として根づきたかった。
――他の連中は分からんが、オレはお前を必要としているぞ。
すると、その時だった。
全てを失い、打ちひしがれた私へと……精霊さんが声をかけてくれた。
普段は人の目があるからと、彼の声が一番良く聞こえる森の中でのみ話しかけてくる彼が……この地下牢の中で。
彼が、そばにいる。
そう思うだけで、心が温かくなった。
光球は、見えない。
でも声はハッキリと聞こえる。
「精霊、さん……」
――セフィリア、今こそオレと契約しろ。お前は何も間違った事は言ってないんだ。そのお前が、こうして不当な目に遭うなど間違っているんだ。
「…………契、約……?」
――ああ。そうすれば少なくとも、お前が死ぬ事は――。
「そうも言ってられなくなってきました」
しかし、精霊さんの声は……またしても突然聞こえてきた、聞き覚えのある声によって遮られ…………直後、
バガン、ビキビキビキッという物騒な音がした。
またしても、急展開。
私はまたしても頭が混乱した。
しかし、目の前の現実から逃げるワケにはいかない。
そう思い、私はゆっくりと……音がした方へと視線を向けた。
「ふぅ。王都内のどの教会に閉じ込められているか分かりませんでしたが……ようやく見つけましたよ、お嬢様」
なんと……両手に革製の手甲をつけたメイファが、地下牢の壁を破壊したとしか思えない光景が、そこにあった。
レイルとレイラはタン○ンの冒険に登場するインターポールコンビみたいなものです(下手な言い訳(ぇ