第起話 親友
思ったより長くなった。
分割して連載しようと思います。
――セフィリア、今夜も来てくれてありがとう。
初めてその声が聞こえたのは、何歳の頃だっただろうか。
いつだったかは、正確には覚えていないけれど……少なくとも、私が王侯貴族の令嬢令息が通う事を義務づけられている王立魔法学院初等部に通う前である事は、今でもハッキリと覚えている。
「こんばんは、精霊さん」
私は現在、真夜中にも拘わらず……実家であるローズベルト公爵家の屋敷を密かに抜け出し、ここアークフォンド王国の王都に点在する森の一つに来ている。
多くの種類の植物が生え、比較的人間にとっては無害な小動物、そして現在、私に話しかけている、光の球のように見える存在……両親や護衛の方々と最初にこの森に遊びに来た時にようやく見つけた、小さい頃から聞こえた声の主――私が精霊さんと呼ぶ存在が住まう森だ。
――だからオレは、精霊ではないと……まぁいい。
精霊さんは、私が「精霊さん」と呼ぶ度にそう返す。
本人(いや、人じゃないか)が言うには、精霊さんは本来、私だけに視えている通りの見た目ではないらしい。そして肝心の本来の姿だが、私の背丈よりもずっと大きい、獣に似た姿なのだそうだ。
個人的には、実際に見ないと信じられない事だ。それが本当だとするならば、精霊さんは精霊というより聖獣と呼ぶべき存在ではないか。でも正体がなんにしろ、私にとって精霊さんが、大事な親友の一人(いや、人じゃないか)である事実は、変わらないけど。
そして今夜は、そんな親友と直接会う約束の日。
私がこの森の中で精霊さんを見つけた日からずっと続いている……使用人の一部を巻き込んだ密会だ。
――今は、真の姿を見せる事は不可能だからな。光球の状態では精霊呼ばわりも仕方ない……いや待て。アレを使えば疑似的にオレの姿を見せる事も――。
精霊さんが、何やら小声でブツブツ言っている。
でも彼の声は、特定の相手の心へ直接届く〝心の声〟なので丸聞こえである。
でも私は何も言わない。
細かい事にいちいち口を挟んだら、精霊さんは不快になるかもしれないし、それ以前に彼の小声くらい気にしない。それよりも気になる事が私にはあるのだから。
――?? 浮かない顔をしているな。また家で何かあったのか?
そして、そんな私の感情のかすかな変化を、彼(彼女?)は見逃さない。
目に相当する部分が見当たらないけど……これも彼が持つ特殊能力か何かなのだろうか。それとも私の顔に出ているのだろうか。とにかく精霊さんは鋭い。
「……うん。お父様が連れてきた、腹違いの妹……レイラがね。また私の物を欲しがったの」
十三年前。
お母様が病で亡くなって、半年後の事。
なんと、私に新たな母と……その娘である腹違いの妹ができた。
平民の女性と、お父様との間に生まれた子供だ。
いったいどういう事なのか。
まだ世の中の事を勉強中であった私が、二人が登場するなりお父様にいろいろと問い質し、そして全てを知り、頭を抱えていた当時の家令から聞いた話によれば。
仮面夫婦を演じていたせいか当時の私には分からなかったけれど、なんでも私が二歳になった頃からお父様とお母様の仲が冷め始め、お父様はその事でストレスを溜め、お忍びで町へと繰り出して……そこで出会った方こと、新たな母である女性とそういう関係になった、らしい。
そしてお父様は、どうも彼女達の存在をそれ以降も認知していたらしいのだが、お母様の存在もあってなかなか一緒になれず、そしてお母様が亡くなったのを機に『私に母親という存在はまだ必要だろう』という理由で、周囲の白い目を跳ね除け再婚する事になったらしい。
私から見ても、タイミングからしていろいろと怪しすぎる話だ。
もしやお母様は、お父様に暗殺されたのではないか……私がそう思っても不思議ではないくらい怪しいタイミングだ。でも証拠がないため、追及は不可能だ。
もしも証拠があれば、すぐにでもお父様を裁いてやりたいけれど……それよりも重要な問題がある。家族になった腹違いの妹……レイラだ。
彼女は、出会ってから今までずっと……私のモノなら何でも欲しがった。
最初私は……そこまで彼女が嫌いではなかった。貴族社会の事をロクに知らないまま貴族になってしまった自分の身を守るための処世術なのか、私よりも可愛い顔立ちである事を利用し、あざとい態度をとってくる事が癇に障ったが、我慢できるレヴェルだった。ある程度のモノなら譲っていいかな、なんて思えるくらいには。
だけど中には、絶対に譲れないモノもあるのは当然で。
それで要求を拒否しようものなら、レイラは大声で泣いた。
そしてそれを見たお父様と、新たな母は私を叱り、レイラへと欲しがったモノを譲るように……蔑むような目を向けながら言うのだ。
お父様も、新たな母も、レイラの味方だった。
おそらく私に、亡くなったお母様の血が半分流れているから疎ましいのだ。お父様に至っては、今まで父として構ってあげられなかった分、レイラを甘やかしたいのもあるかもしれない。
レイラは私の事をどう思っているのかは、分からないけれど……とにかく、我が家に私の居場所は、ほとんどないと思う。
一部の使用人は味方をしてくれるけれど。
これからの事を考え、お父様に追従する事を選択したり、レイラにオトされたりした使用人が、我が家には多い。
でも私は、だからと言ってあの家から逃げるワケにはいかない。
あの家には私とお母様の思い出があるから、というのもあるけど……妹のせいで家から追い出されるのは、姉の沽券に関わるからだ。
たとえ今日、レイラにまた無茶な要求をされていたとしても……。
――……前から言っているが、そこまで家が嫌なら、いい加減オレと一緒に来ないか?
冗談なのか、私が家の事で悩むと、精霊さんはいつもそう誘ってくる。
――なんなら味方の使用人と一緒でも構わない。お前がオレと契約さえしてくれれば、オレは大体なんでもできるようになる。
「……ごめんなさい、精霊さん」
そしていつものように、私はそれに断りを入れる。
「魅力的なお誘いだけど、でも……私はお母様との思い出のある実家を見捨てられない。それに私は、ミーファス教により選ばれし聖女。そして次期アークフォンド王国の王であるレイル殿下の婚約者。私には国民を導く責任があります。その宿命から……逃げるワケにはいかないの」
ミーファス教とは、十年前にアークフォンド王国が国教として定めた宗教だ。
この世界を創造したとされる唯一神ミーファスを崇める宗教で、そして聖女とはミーファス教が認定した、その国で一番、聖属性魔法を得意とする存在の事。私は幼少時から聖属性魔法が得意だったため、初代聖女に選ばれた。
主な仕事は、教会に運び込まれた、医師では治せない病人や重傷者へと治癒魔法をかける事。そしてアークフォンド王国を、国外の危険な存在から守るため、唯一神ミーファスへと祈りを捧げる事で、王国全体を囲うように聖属性の結界を張り、維持する事。
そして私が聖女に選ばれるのとほぼ同時期。
国家規模での貢献ができる私を、アークフォンド王国に繋ぎ止めたいのだろう。
王族の一人は必ず、その聖女を妻にするという法律が、新たに付け加えられ……そして私には王族の婚約者ができたのだ。
――フン。外来の、あの宗教か。
精霊さんは、鼻で笑った……ていうか鼻、あったんだ。
――自我を持つ霊的存在とも言えるこのオレと話しているのが知れたら、連中に異端者判定を受けるだろうに聖女でいたいとは……オレには理解できん。
「…………そうだね。ミーファスは、唯一無二の霊的な高位存在という位置づけの唯一神で、それでこの世はミーファスの意思で動いてるっていうのがミーファス教の主張だから……それ以外の自我がある霊的存在である精霊さんが存在するのは、矛盾してるよね。精霊さんがミーファスか、その分霊体ならともかく」
――ミーファスなんてヤツは知らん。
精霊さんは断言した。
そしてそれは、ミーファスという神が存在しないのは本当の事だろう。精霊さんが私に嘘をついた事など、今まで一度もないのだから。
「でも、少なくともこの国の民は信じてる。だから私は、みんなのためにも、ここで聖女である事をやめるワケにはいかない」
――やれやれ、強情なお姫様だな。その唯一神を呼び捨てにするクセに。
精霊さんは、肩を竦めた……ような気がした。
――まぁいい。お前が無事であれば。だが、何かあった時は……迷わずオレと契約しろ。そうすれば、オレは必ずお前を助ける事ができる。
「…………ありがとう、精霊さん」
※
そして私は、他愛もない世間話をしてから……屋敷に帰る事にした。
というか、今は真夜中。
寝る時間はしっかり確保しなきゃ。
明日も忙しい。
たとえミーファスという神がこの世に存在しなくても、ミーファスを信じ、教会を頼る方々のため、頑張らなければ。
「お嬢様、五分四十二秒遅刻です」
しかし、私のそんな明日への意欲は、この真夜中の密会に巻き込んだ私の味方の一人にして、最近私の専属メイドになったメイファの小言によって少々萎んだ。
メイファは何かにつけて細かい事を言う。まるで姑のようだ。まさか王妃殿下も実はこんな感じだったりするのかな。だとしたらちょっと王族に嫁ぐの嫌だな。
「しょうがないでしょ、メイファ。高さが違うトゲみたいな岩が時折この森の地面から少し生えてて、靴越しでも地味に痛くて進むのも大変なのよ」
「健康に良さそうではありませんか。大昔の人間はそんな道を歩く事で健康を維持したという記述もございます。というか、そんな森を昔から元気に走り回っていたらしいお嬢様が何を言うのやら。というか、痛いという事は……もしや体に変調があるのでは? ならば今すぐ明日の予定を変更して医師に診てもらい――」
「いえ、大丈夫よ」
メイファは先代の専属メイドから私の事をいろいろ聞いている。
だから反論しようがないのだが、だからと言って、これ以上小言を聞きたいワケじゃないのですぐに断った。
「診せるにしても、明日は予定がギッシリでしょ? 国境の結界の張り直しとか、巡礼とか、とにかく明日は診せなくてもいいわ」
「…………左様ですか」
メイファは肩を竦めた。
「余談ですがお嬢様、六分三十一秒ほど時間が押してます。すぐに帰宅して睡眠時間を確保しましょう」
「いやだから細かいわ!」
伏線回収し忘れなどは、ご報告くださると嬉しいです。
なにせ勢いのままに書いてしまいましたから……可能ならば修正します。