婚約破棄すら面と向かっていえない王子様には手を焼かされます。
朝起きると一枚の手紙が私の机の上に置いてありました。
送り主は中身を見なくても分かります。
こんな派手な装飾品を付けた手紙を送ってくるプライドの塊のような男。私は一人しか知りませんので。
「そろそろかしら」
私はそういって手紙をビリビリと破きます。切手は……どこか有名な画家の方が書かれたのでしょうか。誰かのサインが入っていますが、まあ私には知らない方なので特に価値はありません。捨てておきましょう。
「さて」
中身は一枚の紙でした。これまた律儀に正確に折っており、彼の神経質な性格が伺えます。金遣いは荒いのに、こういう所は神経質とかギャップで笑っちゃいますね。
むろん、巷で話題のギャップ萌えなどではないことは言わずもがなですが。
中身を開けました。
字がズラズラと書き連ねられています。
なるほど。なるほど。
私と婚約破棄がしたい、と。
予想通りでしたね。
昔は私の身体をベタベタと触ろうとしてきたのに最近は一切、そういう行動が無くなりましたもの。
怪しいとは思っていましたわ。
でも、やはり……
くすっ。笑っちゃいます。
婚約破棄が手紙などセンスも品もありません。男なら男らしく面と向かっていってみるのはどうなんでしょうか。
まあ、彼には無理なんでしょうね。彼の特徴は本当に臆病なところ。でも中々プライドが捨てきれない。自分の身の丈にあったことをせず、明らかに似つかわしくないことを背伸びしてまでやる。それが彼なのです。
彼――フランケン・ヴィースは。
でもやはり……
私の方から言っとけばよかった。
そう後悔しつつあります。
これじゃあまるで私が悪女で婚約破棄されたみたいじゃないですか。
そんなのあんまりです。
私だって彼となんか絶対絶対絶対に結婚したくなかったので。
彼は……違うと思います。
一時は、ストーカーが酷くて騎士団の方々に護衛をしてもらった時期があったほどなので。
それなのに……婚約破棄だなんて。
あー、ダメですね。
少し冷静にならないと。
でもやはり、少し仕返しをしたいという気持ちは収まりません。
これは、どうしようもありませんね。
彼に復讐するまでこの気持ちは収まらないでしょう。
それなら……
一度くらい構わないでしょう。私は婚約破棄された被害者なのですから。多少の報復は彼も理解しているに違いありません。
くすっ。
すいません。
どうしても口元がニヤついてしまいます。
彼が困り果てた姿を想像するだけで体の芯が熱くなるのです。
……またです。
少し興奮してしまいました。
もう今日は寝ることにしましょう。
こんな感情が昂った状態で彼への復讐計画などを考えていたらどんなことを思いつくか分かったもんじゃありませんので。
それでは、おやすみなさい。
―――
さて、それから色々な方法を考えてみて、一つの結論に達しました。
それは……
彼を困らせるには、彼のプライドをへし折ること。これにほかありません。
プライドという膜に覆われた彼の姿がプライドが剥ぎ取られた彼の姿に変貌する。
くすっ。くすくすくすっ。
心の底からの大笑いものですね、これは。
具体的な彼のプライドをへし折る方法とは簡単です。ただ単純に私から彼に婚約破棄してやった。そう公共の場で伝えればよいのです。
確か来週に、王家から伯爵家、子爵家まで多くの国中の貴族の方々が来られるパーティーがあったはずです。
そこで私が彼に言ってやれば……
くすっ。
来週が楽しみです。こんな気持ち、子供の頃以来です。
「楽しみにしててくださいね」
私は後ろ向きに飾られた一枚の写真を見ながらそう呟きました。
―――
「き、貴様。何を言う?」
「何をって。ただ思ってるだけのことを言ったまでですわ。貴方のような程度の低い人間と結婚なんて出来ないので婚約破棄させて下さい。そう言っているんです。もしかしてそれも分からないのですか? それならよかった。婚約破棄して正解ということになりますからね」
「てめぇ、シェリル……」
「なんですの?」
シェリルは私の名前です。
呼び捨てで呼んでいい、と許可した覚えはありませんが、まあ私も鬼ではありません。それくらいは許してあげましょう。
「シェリル。俺の父上が誰か分かってその言葉を言ってるのか? 大体、婚約破棄したのは俺の方だし、そんな戯言を言っているといくらお前が女だからって父上も容赦しないぞ」
「それなら、貴方も私の父上をご存知でしょう? 貴方の父上は確かに国で一番階級のある王家に属していますが、実権がどっちが握っているかは知ってるはずです」
「てめぇ……」
ヴィースが悔しそうに声を漏らしますが私には関係ありません。
「ヴィース様。シェリル様から婚約破棄されたそうですよ。あの温厚なシェリル様から婚約破棄されるなんて一体どんなこと……」
「でも、私は前から思っていましたわ。ヴィース様。口だけは大きくて、あまり中身が伴っていなかったので」
あちらこちらでチラホラとヴィースの悪口が広がっていくのが分かります。
私はニヤリと口端を持ち上げました。
まるでそれは本当の悪役令嬢かのようで――
「それじゃあ、メッキの剥がれた王子様。
私は行かなきゃ行けない場所があるのでここで失礼します」
スカートの裾を持ち上げた私はある所へ向かうのです……
―――
ロバート・クリスティの墓。
私の元婚約者の墓です。
4年前に死んでしまいましたが。
辺りはまるでここだけ別世界のように静かで風の音一つすらありません。
「相変わらずの場所ですね」
私は腰を下ろしました。
一応、目に見える範囲で墓の上に落ちてるゴミは取り除いて綺麗にしてあげます。
それが一通り終わったところで……
私は目を瞑りました。
「クリスティ様。今日も無事にやってますか?私は貴方との約束、絶対守って見せますよ。私は貴方と初めてあったその日から貴方以外の方とは結婚しない、そう決めましたので」
私がヴィースに婚約破棄した理由。
それは、私には真の婚約者がいたからだったのです。
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