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ぼくとめぐみさんとエレキギター。

作者: こぼん

 今の世の中は便利になって、スマホやパソコンでいろいろな出会いを利用できるけれど、僕個人はそう言う出会いにはやっぱり抵抗があって。


 人並みに彼女はほしいなって思うけれど、やはり自然な出会いで女の子とお付き合いできるようになりたい。でもだからって、自分から積極的に行動しているわけでなく。中学生になってからかな、女の子を異性として意識するようになって、そこからなんか話ができなくなってしまっていた。


 そして男子校に進学。完全男所帯で女の子にさらに縁遠くなって、3年間まったくもって女っけなし、そして職場も高校卒業から、食品製造と流通の会社に入ったせいか、製造現場ではパートのそれなりに年齢を重ねた女性や既婚者。事務所も…そこそこの女性ばかりで職場恋愛には程遠いって感じ。


 だから会社が終わればまっすぐ自宅に帰り至って健全な生活。なので彼女がいない歴、年齢を絶賛更新中!!


 そんな僕が最近ハマった物があって、それはいとこから格安で譲ってもらったエレキギター。それまでエレキなんて全く興味なかったけれど、家に飾ってたらかっこいいかな?くらいの気持ちで譲ってもらった。


 エレキでもいろいろな種類があるのは何となく知っていたけれど、僕のはストラトキャスター系のエレキギターで、機種的には定番なんだそうな。


 まぁせっかくだし、ちょっとは弾けるようになりたいなって軽く考えて、いとこのアドバイスを参考に本屋で教本を買い、パソコンでエレキギター系の動画を見たりして、中古だけどアンプやエフェクターなど関連機材を買いそろえた。


 アンプに電源を入れてジャーンって音が出た時は、おぉ!ってひとり感動なんかしたりして。


 しばらくは家でベッドに腰かけ教本を見ながら練習曲のコードを覚えたり、好きなアーティストで簡単な曲を弾いたり。今まで楽器演奏者ってコンサートなんかで20曲や30曲くらい、譜面も見ないでよく弾けるよなぁ?って思ってたけれど練習を始めて気が付いた。


 そんな曲数を普通に弾けるのって演奏コードやメロディが体に自然に染みつき、もう覚えちゃってる。そう膨大な練習量を積みかさねているからだって。とにかくうまくなるには練習しかなく、そして思った音や曲が弾けるようになるとすごく嬉しかった。あのアーティストと同じ音じゃん。僕すげぇ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それまでほとんど変化がなかった毎日だったけれど、エレキを趣味にしてからは時間がたつのがすごく早かった。会社が終わるとまっすぐに家に帰り、晩ごはんもそこそこにエレキのストラップを肩にかける。続けてアンプのスイッチをオン。


 音を出しながら、少しずつだけど弾き方が進歩しているのを感じたりして、カッコいい音が出たじゃん、おっこのフレーズ、メロディがめちゃきれい。エフェクターを通した音色の違いを確認したり、ピック一個の硬さにこだわってみたり、とにかく面白い、楽しい!


 やがて会社で休憩中や通勤途中でも、スマホで参考動画を見て弾き方の情報収集。新しく買った教本を読みふけってみたり、もう完全に生活の一部になっていた。


 そんな会社でのお昼休みだった。


 いつものようにコンビニ弁当を食べながら教本のページをめくっていると、先輩の陽一さんがのぞき込み声をかけてきた。


 「まさる、おまえエレキやってるのか?」


 「はい」


 「ほほぅ、じゃあどの程度弾けんだ?」


 「いやもう、ほんと超絶初心者です。最近始めたばっかで」


 「ふーん、じゃあスタジオ練習とかバンド組んだりとかはまだだよな」


 「家で一人練習してるだけでそんなのはまだ…」


 「そかそか、じゃあ俺がやってるバンドのスタジオ練習見に来いよ、参考になるかもよ?」


 「え。いいんですか」


 「かまわんよ、そしたらさ…」


 陽一さんは中学生のころからエレキギターを触っていて、社会人になった今も仲間とバンドを組み、時々ライブもしたりしているらしい。会社では後輩への面倒見がよく、僕も良く仕事のアドバイスをもらう。とても良い先輩だ。


 スタジオ練習を見学させてもらえるなんて、どんな感じなのかな?いろいろ想像して、ワクワクしながらその日を心待ちにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 当日、自分のエレキ収納ケースを肩にかけ、少しドキドキしながら約束のスタジオ前で待っていると陽一さんの姿が見えた。バンドメンバーだろう他に男性と女性がそれぞれ1人、3人連れ添ってこちらに向かってくる。


 全員がそろい軽く自己紹介、男性はベースで順平さん。背が高く手足が長い。痩せていてやや茶髪のロン毛、いかにもって感じの人。女性はドラムでめぐみさん。バンドを組んでいる女性って勝手に不健康そうなイメージをもっていたけれど正反対。


 ジーンズにトレーナー、パーカーにリュック姿で見た目は健康そのもの?快活な今時の女子大生っぽい。でも社会人で、後から分かった事だが年齢が僕より一つ年下だった。そしてギター兼ボーカルは陽一さん。


 あ~。それからぶっちゃけよう、めぐみさんはめちゃかわいい。タレントの「本田翼」さんに似ていて、どストライクだった。


 だがしかし。例によって女性コミュ障の僕は名前を名乗って「よろしくお願いします」で終了。なんだかな…。


 そして初めてのスタジオ練習見学は圧巻だった。曲が始まると大迫力の音量、腹に直接響くドラムの音と、ギュンギュンエレキのサウンド。スピーディな曲になってくれば、皆の気持ちも上がって来て、最後は僕でも知っている曲を陽一さんと一緒に歌った。


 すごくテンションが上がって練習時間もあっという間、何時までも音が頭に残りスタジオの外に出た時は酸素不足か?クラクラして耳鳴りがしたくらい。でも最高の初体験で感動!



 この後、陽一さんの提案でスタジオを出て居酒屋に移動し、お酒がそろった処でカンパーイ。皆さんから初スタジオの感想を聞かれて、すごく楽しかったことを伝えた。陽一さんからは、これからも良かったらスタジオにおいでって声をかけてくれ、はい、ぜひっぜひ!


 後日、お三人さんと意気投合した僕は、バンドのサイドギターとしてメンバーに入れてもらえることになった。


 でもまだ技術的にできる事は少ない。足を引っ張らない様に、ひとりでスタジオに通い練習量を増やした。弾き方で疑問や分からないところは陽一さんやいとこにきいて、とにかくレベルアップを意識し、1に練習、2に練習っと。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 バンド活動は陽一さんが中心になって、毎月2回位メンバー全員でスタジオ練習して、その後は恒例の居酒屋飲み会。


 そしていつからだったかな、ちょっと忘れちゃったけど陽一さんは飲み会で、さりげに僕をめぐみさんの横に座らせてくれるようになった。陽一さん、あなたもうほんとに良い人すぎますよ。


 隣に座れたからにはって、お酒の力もちょいと借りてだけど、毎回頑張ってめぐみさんに話しかけてみた。ネタを事前に準備して、さして面白くもない冗談を言って僕必至だな…。


 でも彼女はいつもニコニコして返答を返してくれたし笑ってもくれた。やった!少しは親密になれたよな?。正直に言えばかなり嬉しい。


 よし、仕事もプライベートも絶好調!もう毎日が充実している♪あとは彼女を作るだけだ!?




 その日の夜、いつものように会社からスタジオに行っての帰宅途中、もうすぐ自宅に着くって処で、何となく見覚えの有る女性が前から歩いてくる。


 あれ、めぐみさんじゃないか?向こうも僕に気づいたようで、


 「あっれー。まさる君じゃん、なんでこんなとこいんのー」


 「やっぱめぐみさんじゃ…」


 するとめぐみさんはいきなり僕に向かって駆け出し、突進してきて体当たりする様に抱き着いてきた。


 「どーん!いやーん、まさる君あいたかったぁ~」


 何とかひっくり返らない様に受け止めたけど、背中まで手を回されビックリして硬直。僕より背の低いめぐみさんが下から顔を寄せてくる。心でぎゃーって叫び、うわっ近い、ちかい。


 ん?顔が赤いし酒臭い…酔ってる?、でも女の人って体柔らかいのな…。


 「め、めぐみさん、どうされたんですか酔ってますよね」


 僕がそう言うと、にへらぁ~ってそれまで目じりが下がった顔だったのに、さらに鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を寄せてきた。あまりの近さに僕は思わず視線をそらす。


 「こら!目ぇそらすんじゃねぇ、酔ってるよぉん、てかあんたの方が年上なんだからさ、なんで敬語なの?なんでここいんの?ねぇねぇねぇ。固まってないでなんとかいえ、いえ、いぇい♪」


 おかしい、居酒屋で一緒の時はこんなに酒癖は悪くなかったと思うんだけど。


 「け、敬語なのはバンドの先輩だし、その、女性としゃべるのうまくないんで…あ、えっと、それと自宅がすぐそこなんですよ。めぐみさんこそ酔ってるのにこれからどこに行くんですか?」


 ご近所なのに誰かに見られるの恥ずかしすぎでしょ?いい加減離れてほしいんすけど…心の中でちょいと愚痴ってみる。でもそのままで彼女は、


 「あたしゃあ駅に向かってるとこよ、家にあたしも帰るの」


 「え…終電終わりましたよ」


 「えぇ!まじで。じゃあ帰れないじゃあん」


 ことさら大げさにびっくりした顔をして、僕から離れるとめぐみさんは腕組みをし、それから頭をかきながら、仕方なさそうな顔をして。


 「…んもう。…ねぇまさる君一人暮らし?」



 「一人暮らしですけど」


 「泊・め・て」


 と、にっこり。


 「え?ぇええええええええええええ!!!!!」


 いやいやいや、それはダメでしょ。若い女性が一人暮らしの男の家なんて。ベタなB級恋愛ドラマみたいな展開なんですけど。


 「けちけちすんな!大丈夫だよ襲わないから、ぐへへ」


 「その笑い方…あぁもう、どうしよ…」


 結局、この時間帯この地域ではタクシーもつかまりにくいし、タクシーを呼ぶにも所持金が余りなく。いろいろ押し問答をしていたけれど、そのうちめぐみさんがあくびをして寝むたそうにして、足元もおぼつかなく見えたので、仕方なく自宅に泊める事にした。彼女はベッドに寝かせる事にして、僕は床の上に毛布をかぶって眠る。



 翌朝、平日なので会社だったがめぐみさんは仕事が休みらしい。二日酔いで頭が痛いと言い、まだベッドに潜りこんだままのめぐみさんに、ペットボトルの水をそばに置くと、


 「カギは玄関扉のポストから放り込んどいてくださいね」


 「ん、ん~~」


 鍵を閉めて駅に向かいながら、昨日の抱きつかれたことと超接近した顔を思い出して、勝手に顔が赤くなる。あぁ~あのかわいさは犯罪だ…ほとんど眠れなかったよ。それに床の上で寝たせいか体の節々が痛い。部屋をキレイにしといてよかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 仕事を終えて自宅に帰ってくると、テーブルに「ありがと♫ (*´ε`*)チュッチュ」ってメモが置いてあった。ひょっとしたらまだ家で寝てんじゃないのかって思ったんだけど、ちゃんと帰ったんだな。何となくほっとして、エレキを触りくつろぎながら1時間ほどした時。突然かぎがガチャガチャと玄関が開いて、


 「ただいまぁ」


 「え!めぐみさん、ちょ、どうしたんですか?てか鍵どうしたの??その荷物何???」


 めぐみさんは大きめのボストンバッグとキャリーケースを重そうに部屋に上げて、ふぅってため息をつくと


 「行くところないんでしばらく置いてくんない?てへ♬」


 「いやいやいやいや、ほんとめぐみさん言ってることわかってますか?」


 「わかってるよ、何言ってんの?」


 「あの…。一応僕も男なんで、責任もてませんよ大体…」


 「あぁ…、じゃ。する?」


 「わわわわわわわ…」


 結局めぐみさんが転がり込んでくる形で、なし崩しに一緒に住むこととなり、それからバンドの他の2人には活動に支障が出ないよう、一緒に住んでいるって事は内緒にすること。他に約束事を決めて、お付き合いをすっ飛ばし、いきなり僕とめぐみさんの同棲生活が始まった。なんだこれ?


 最初の頃は自由奔放さ全開で、喉が渇いたって僕が飲んでいたコーラを横から奪い取ってごくごく飲んでみたり、僕のシャツの下から手を入れてこそばしてくるし。風呂上りにバスタオル一枚で部屋をうろうろして、もうほんとに目の毒だ。


 面食らって戸惑って、目のやり場に困ったりで疲れるけれど話をしたら楽しいし、しっかり家事もしてくれ、料理作りが好きでご飯がおいしかったり、ちょっとした買い物も二人一緒で。


 彼女が隣にいるだけで自然に笑顔になった。相変わらず敬語とさんつけは取れなかったけどね。


 女性を意識することもなく、普通にしゃべれるようになったのはめぐみさんのおかげだ。初めて女の子とお付き合い出来て、かわいくって、しかもいきなり同棲なんかしちゃったりして、好きな子が僕を見てくれている。


 退屈な日々が僕は一本のエレキギターで大きく変わった。人の気持ちってこんなにも変われるんだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同棲を始めて間もなく1年が来ようとしていた。めぐみさんのアドバイスで少しは服装のセンスもあか抜けてきたと思うし、髪の毛も若干茶髪にして、ギターを担げばどこから見てもミュージシャン!


 それからパソコンに前から興味があった音楽ソフトを入れて、自分で打ち込みの曲作りをするようにもなっていた。そんなある時、会社でのお昼に陽一さんが、


 「こんどさ、久々にライブをやろうっと思ってるんだけど、まさる、おまえ曲作ってくれないか?」


 「曲ですか?」


 「おぉ、おまえだいぶ実力もついて来たし、アレンジはみんなで考えて仕上げればいいよ、それをライブでやって盛り上げたいと思ってな」


 「わかりました!がんばって作ってみます」


 「まかせたよ。良いの作ってくれ」


 曲のコンセプトを聞き、頼むぞって言われ、陽一さんが僕の実力を認めてくれていたことがすごく嬉しくって、全力で取り掛かる事を決意。自宅に帰ってさっそくめぐみさんにも、曲作りの話があったことを伝えると、


 「おぉ!頑張らないと、あたしにも何か手伝えることがあれば言ってね、リズム隊として応援ができることがあるかもしれないし」


 「そん時はよろしくです♪」


 彼女の励ましもあって俄然やる気満々で、その夜から深夜まで曲作りに没頭した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 作曲に約10日ほどかかったろうか、試行錯誤して自画自賛ながら結構良いデモが出来上がった。めぐみさんがいたらすぐに聞いてもらったんだけど、その日は仕事が遅くなるって聞いていた。ん~早く曲の感想がほしい


 何より陽一さんにこの音を伝えたかった。そうだ!陽一さんちに行こう。時間は夜8時、この時間ならお邪魔しても問題ないだろう。ただ連絡を取ったけどスマホに出ないし、LINEも既読がつかない。あ~まぁ家に行けば何とかなるっしょ。


 軽い気持ちで準備をして音源を持ち、原付に乗って陽一さんの家を訪ねた。


 陽一さんの自宅は3LDKのマンションで、前に何度か遊びに行ったことがある。マンションは少し前に親御さんから譲り受けたらしい。建物は少し古い作りで1階ホールにオートロックなどがなく、そのまま玄関先まで上がれる。


 玄関扉近くまで来ると、その横のルーバーが付いたお風呂窓に電気がついているのが見えたので、


 「あちゃー、お風呂入ってるところに来ちゃったよ、どうしよう」


 しばらく玄関前でインターホンを押そうか悩んでいた時、…え…もう、だってさ…うふふ。ルーバーの向こうから女性の声が漏れ聞こえる。


 げっ!彼女さんかな。一緒にお風呂入ってる?わぁ、わぁ。ダメだいくら何でもタイミングが悪すぎ。変な時に来ちゃったな、せっかくここまで来たけれど仕方ない…。結局あきらめて陽一さんちを後にした。


 ふぅ。ため息をつきつつ何しに行ったんだか、自宅に戻ったがめぐみさんはまだ帰って来てなかった。服を着替えてベッドに横になる。


 明日は仕事休み、ここの処ずっと夜遅くまで作曲して起きていたので、めぐみさんが帰ってくるまでは起きられそうにない、悪いが今日はもう先に寝よう。


 ベッドに潜り込むと睡魔はすぐにやって来て、いつの間にか眠りに落ちていた。



 翌朝


 「ぎゃー!遅刻じゃん、もうまさるなんで起こしてくれないのよ!」


 半分はまだ眠っていた僕。寝ぼけながらいつの間にかめぐみさん帰ってきてたんだ…。彼女は僕の隣で慌ててベッドを飛び起きた。すぐに服を着替えだす。


 「今日僕は仕事休みだから…」


 「あぁ、もう。朝ごはん昨日のうちに冷蔵庫に入れといたからそれを食べてね、それじゃ行ってくるから」


 服を着替え終わるとせわしなく歯を磨き、ほぼノーメイクでカバンをひったくるようにし、めぐみさんはあわただしく出て行った。忙しい人だな…なんて思いつつ僕は再び眠りに落ちた。


 窓から差し込む日差しで、お昼過ぎに目が覚めてテレビをつけ、作り置きをしてくれた食事を食べる。朝ごはんがお昼になってしまったな。と、床にUSBメモリが一つ落ちているのに気がついた。これめぐみさんの?


 何のデータが入っているのかな。ちょっとイタズラ心もあり、結局誘惑に負けパソコンを起動するとそのUSBメモリを差しこみ、中身を開いてみる。そうするとたくさんの画像ファイルと動画ファイルが整理されて表示された。


 マウスを動かし試しに一番古そうな画像ファイルを開いたら、僕と知り合う前のめぐみさんが、ライブでドラムをたたいているシーンだった。へぇかっこいい、打ち上げでお酒を飲んでピースをしている画像や、陽一さん、順平さんの画像もあったりして、はじけた笑顔でどれも楽しそうな画像ばかり。


 僕の知らないめぐみさんや陽一さん、順平さん達を見て、もっと早くにこの人たちと知り合いたかったって思いながら、順番に画像を開いていく。



 処がある画像ファイルを開いた時だった。


 ハッ!?

 声にならない声。頭が真っ白になる。


 呼吸が一瞬止まり、バットで思い切りぶん殴られたような強い衝撃を受けた。



 画像はしわくちゃのシーツのベッドで髪が乱れ、うつぶせで頭を向こうに、手前側に足を開いたままで倒れ込んでいる、めぐみさんらしき全裸の女性だった。


 え、え?…マウスを触る手が震え…た。


 目の前の画像が信じられなくて、一気に動悸が激しくなり口びるも震えだす。誰が撮ったんだ?しばらく固まっていたけれど見ちゃいけない!すぐにファイルを閉じるんだ。


 が、…他にもあるんじゃないか?動画ファイルもそうなのか?左手で右胸近くのシャツを握りしめながら、落ち着け、おちつけ。目をつぶり大きく深呼吸をして、いく分気持ちを落ち着かせてから、めぼしい画像ファイルを続けて開いてみた…。



 開いた残りの画像ファイル半分は、とろんとした目つきで恍惚とした顔写真や、苦しそうで叫んでいるようなもの、不自然な体勢の生めかしいそう言う画像だった。


 …でも、でもさ僕と、ぼくと付き合う前のことだから、前のひとの趣味にあわせたのかもしれないし、もう過ぎ去ったことで今僕のそばに居るじゃんか、そりゃあショックだけど昔のことはどうしようもないし…。


 続けて動画ファイルを今度は一番新しい物から開く。


 結局その一つ目でささやかな希望も無残に打ち砕かれた。僕が見たことのない表情。シーツを握りしめるめぐみさんの手、ベッドでのたうち悲鳴に近い声。そして肌がぶつかり合う音。


 ベッドの先に映る置時計は、西暦と日付表示付きで日にちが昨日…。


 …画像も動画も男の顔は写っていない。わかるのは映像内で男のフーフー荒い鼻息のみ。ただ話し声は録音されていなかったけれど1度や2度の関係じゃないのは分かった。濡れて光るうすい唇と男が声を出さずとも何をしてほしいか分かっているしぐさ。そんなめぐみさんを見て察してしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 どれくらい時間がたったろう、部屋が知らぬ間に暗くなっていた。


 敗北と無能感。何時日が暮れたかも分からない。部屋の電気をつける気力もなくって、電源を落としたパソコンの前に座り込み、呆然としていた。


 ガチャ。扉が開く、僕は慌ててパソコンからUSBを引き抜いてポケットに隠した。


 「あっれ?まさるいるんじゃん。どうしたの電気もつけないで、びっくりするじゃない」


 部屋の明かりがつく。無意識に僕は立ち上がると、まだ靴を脱いでいる途中のめぐみさんに近づこうとした。けれど半日近く座っていたせいで、立ちくらんで足がもつれた。思わず玄関先でそのまま彼女にすがりつく。


 「きゃ、どうしたの急にまさる、まさる?」


 なぜだかわかんないけど涙が出てきて…みぐみさんの胸に顔をうずめながら声を殺して泣いた。


 その様子にただ事ではないと、かなり心配しためぐみさんはどうしたの?って何度もしつこく聞いてきた。けど僕は何でもない、ごめんとヘラヘラ笑顔を作って口をつぐむ。めぐみさんは怪訝そうな顔をしていたが、これ以上は無駄だと思ったみたいで触れてこなくなった。



 USBの中身を見てから数日はいつも通り。仕事に行って普通に働き、時々陽一さんの冗談を聞いて。帰宅したらめぐみさんとやっぱり普通にしゃべって笑って、そしてご飯を食べ、エレキとパソコンを触って一緒に寝て起こされて。でも…足元がなんだかふわふわして、心ここにあらずって感じで。


 「おーい、まさる。そう言えば曲の方はどうなったんだ?」


 「…陽一さんできてますよ。それであの…お願いがあるんですけど」


 「ん?」


 「アレンジのこともあって皆さんに相談したいんで、今度陽一さんちに皆さんを集めてほしいんですけど」


 「おお、そう言うことか。良いよ、じゃあ今週の土曜日の夜にでも俺の家に集まろう」


 「よろしくお願いします」


・・・・・・・・・・・・・・


 あの時の僕の気持ちはうまく表現できない。でも精神的におかしいってことだけは自覚していた。だからあんなことが実行できたんだと思う。


 土曜日の夜。陽一さんちにいくとめぐみさんも順平さんも、既にL字型に配置されたリビングのソファに座って待っていた。リビングに通され、お疲れさまですと僕はめぐみさんから離れてソファに座る。


 「みなさん遅くなりました。陽一さんすみませんが音源再生するのに、ノートパソコンをお借りして良いですか?」


 「いいよ」


 ソファの前のガラステーブルにノートパソコンを置いてもらい起動、USBメモリを差し込む。続けて音声ファイルの再生ボタンをクリック。その様子を片目に見て僕はおもむろにソファから離れ、席を外した。


 けれど、みんなパソコンに注目しているからだろう、僕がその場を離れても誰も気にならないみたい。そして寝室と思う部屋に立つ。


 一呼吸おいてノブを回し、扉を勝手に開けた。



 …部屋には動画で見たあのベッド。そして目線を奥にやると覚えのある置時計が見えた。


 ほとんど同時で背中越しに、めぐみさんの裏返ったような大きな悲鳴が聴こえたような、でもこの辺りの記憶って曖昧なんだ。


 僕は無表情だったと思う、悲しいとか悔しいとか怒りもどこかに忘れたみたい。開けた寝室の扉をそのままに、後ろのさわがしさが激しくなっていたけれど、リビングには一度も振り向かず黙って陽一さんちを出た。


 …誰も追いかけてこなかった。



 自宅には向かわなかった。自宅に帰るとめぐみさんが帰ってくるのが嫌で。


 いや、嫌って言うのは間違っている。めぐみさんと2人になるのが姿を見るのが怖かった。どんな顔して良いかもわからなかったし。


 そこから数日はネットカフェを転々とし、スマホが鳴っても電話には出なかった。LINEも開く事さえ面倒で、最後の方はスマホの電源も切った。会社も無断欠勤、クビになっても、ま、いっか。


 そのうちお金も無くなって、スマホのバッテリーも充電切れしたみたい。電源が入らないや。あの夜から食事もほとんどとってなかったが、不思議とおなかは減らなかった。


 ただ何もかもがどうでも良かった。ほんとにどうでもいい、どうしよっかなこれから。


 やがてどこをどう歩いたのか、日が暮れて人気もなくなった、ある河川敷公園のベンチに腰を下ろした。ふぅ、もう力が入んないや。だるい。ただ座っているだけなのに、この体勢なんだかつらいな。


 少しベンチに横になってみる。ほほに触れたベンチの座面が少しだけ冷たくて、無意識に気持ちいいなぁってつぶやいた。わずかに川のせせらぎが聴こえる。何となくまぶたを閉じたらそこから先の記憶が今もない。ぷっつり途絶えちゃっていた。


・・・・・・・・・・・・・・


 …あたしさ、昔から好きって気持ちがよく分かんなくって。ん~でもまさるはね、そうだなぁ、一緒にいると暖かいの。そう、まさるはあたしにとってポカポカする人なんだよ。もう、そんなにすねた顔しないの。じゃあまさるが教えて?まさる…、まさ…。




 …目が覚めると白い天井が目に入った。蛍光灯が少しまぶしい。ぼんやりとした景色。眼鏡がないから物がはっきり見えない。ここはどこだ?わずかに首を動かしたら、点滴の瓶とチューブらしきものが視界に入った。病室?


 まだ少しボーっとする。ふいに蛍光灯の光が遮られ黒い顔がのぞき込んでくる、薄目にして凝視すると見覚えのある顔。あ、おかあさんか。


 そんな僕に、あんた何やってんの?人様に迷惑かけて親に心配かけて。泣いているのかな、母親が僕に問いかけきていた。モゴモゴとごめんなさいって母親にあやまって、母親からは過労と栄養失調で倒れ込み、ここに運び込まれたんだよと教えてくれた。


 あぁ、生きてんだ。僕。



 次の日。よっ!って軽く手を挙げて、順平さんがお見舞いに来てくれた。その風貌やいで立ちに病院に来るには、やっぱり不釣り合いな人だなぁって思いながら、その事を伝えると苦笑いしつつ、思ったよりも元気そうでよかったよって言ってくれた。そして、


 「おまえ痩せたな、げっそりした顔しやがって。あぁ…そんでさ謝らないとな。実はあいつらのことは前から知っていたんだ、…昔っからそういう関係でな」


 「…そうでしたか…」


 「陽一とめぐみは腐れ縁ってやつなんだろうな。陽一は別に彼女がいるし、めぐみも男、前彼ってやつ?いたし。でも、まぁずっとそんな関係が続いててさ、めぐみがまさるんとこ転がり込んだのは、陽一との事が前彼にばれちゃったから…なんだよ」


 「……」


 「おまえとめぐみが付き合いだして、おまえら内緒にしてたけどすぐにわかったよ、そんで心配してたんだけど人の恋路にごちゃごちゃ言えねぇなって。まぁうまく行ってるようにも見えたし。そんでな一応伝えとく。バンドは解散した」


 「そうですか…」


 「あんなになっちゃったらさすがに続けられないしな。あの夜結構大変だったんだぜ?めぐみは顔を覆って泣いてたし、陽一は青い顔しててな。腹立つから一発殴ってそれっきりだわ、悪い事は言わねぇ。あいつらの事は忘れろ」


 「…」


 「あぁでもエレキは続けろよ?おまえセンスあんだぜ?続けてりゃあまたいい出会いがあるかもよ、俺ともどっかのライブハウスで会うかもしんねえし。うまく言えねえけど…がんばれよ」


 「…はい」


 「なんかあったら連絡して来いや、じゃあな」


 黙っている僕に、ニカッて歯を見せて笑うと握手をして順平さんは病室を出て行った。



 それから数日。退院し付き添うと言ってくれた母に断って1人暮らしの自宅に帰る。


 いつも通り鍵を回して玄関を開けた。大きな声で「ただいまぁ」


 明かりをつけると部屋はきれいに片付いていて、わずかにめぐみさんの匂いがする。部屋に上がり今度は無言で部屋全体を見まわした。


 よく見ると部屋の雰囲気がなんか違う。あれ?ない。ないじゃん。


 めぐみさんのサンダルも、バッシュも、ヒールも、コートも、ジャンパーも、茶碗も、お箸も、コップも、歯ブラシも、シャンプーも、リンスも、リップも、ブラシも、ドライヤーも、ない。



 ないじゃん、何にもない。なんで?なんでないんだろう。


 そして丸テーブルにメモが一つ「ごめんね。お元気で」




ああああああああああああああああああああああああああああああああ!




 

 大切な人を失うことはこんなにも、こんなにもつらい事なんだって全身で感じ、この日は僕にとって生涯忘れらない日となりました。


・・・・・・・・・・・・・・


 ん~あれから3年くらいたったかな。


 今じゃ部屋に何本もエレキギターが置いてあって、関連機材もたくさん買ったからそれで部屋がいっぱいです。バンドも3つ掛け持ちで、自分で言うのも何だけど、結構弾けるようになったんだぜ。


 それから、やっぱさ彼女がほしいんだけどさ、


 今の世の中は便利になって、スマホやパソコンでいろいろな出会いを利用できるけれど、僕個人はそう言う出会いにやっぱり抵抗があって。


 さてさて。どっしようかな?(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと別視点の話も見てみたいですね。
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