第36話-3 もう一人の自分
前回までのあらすじは、ランシュは十二の騎士の投入を考え始める一方で、リースの城の中ではクローナと礼奈、セルティーは昼食をとるために食堂へと向かって行ったのである。
李章の部屋を出てきた瑠璃は、ゆっくりと食堂の方に向かって歩いていた。
どこまでも続きそうに思えるリースの城の中の廊下を―…。
瑠璃は、歩きながら考える、
(あれは―…、きっと私の言いたいこと聞いてくれなていないだろうなぁ~。)
と、心の中で呟く。
瑠璃は、さっき、李章の部屋で、話をした。励まそうともした。そして、李章君とともに瑠璃は戦っていることも伝えた。
しかし、李章は、一切聞いてくれていなかった。それが瑠璃にはわかっていた。まるで、自分で悩み事をすべてを解決しようとして、泥沼に嵌り、自らを破滅させようとしている人のようであった。
そのように感じた瑠璃は、
(好きな人なんだからぁ~。わかるよ。ある程度は―…、他の人よりも、君の気持ち。)
と、不満そうに、悔しそうに心の中で呟く。表情は、すでにプスーっと怒っているのではないかという表情をしていて、甘い食べ物、例えばお菓子などを多くの食べないと晴らせないのではないかと思われるほどであった。
瑠璃は、そう怒りの表情をしながらも、そろそろ昼食の時間だと感じていた。
ゆえに、
(こういうときは、食べる限ります。どうせ、昼食後は、アンバイドさんによる修行の時間ですから―…。それにしても、今日は午前中に修行を休みにするとは―…。やっぱり、私たちの頑張りを認めて、休みをくれたのでしょう。)
と、心の中で瑠璃は呟く。
今日の瑠璃たちのアンバイドによる修行は、午前中は休みとなった。それは、いきなり、アンバイドによって告げられたことであった。その時に、理由を教えてもらえなかった。瑠璃にとってそれは、深く考えることではなかった。瑠璃にとって最も重要だったのは、李章のことであり、それ以上の最大のことなど今の自分にはないと思っているほどだ。
だからというわけではないが、今日は李章と話さなければならないと思っていた。たとえ、アンバイドが午前中の修行を休みにしなくても―…。
そうこうしているうちに、リースの城の中の食堂に辿り着いた。
瑠璃は、食堂の中へと入っていく。
そうすると、中には、礼奈、クローナ、セルティーがちょうど食事をしている最中だった。
「礼奈にクローナ、え~と、セルティー…さん? 三人とも一緒にお昼、食べているんですか。」
と、瑠璃は言う。
「瑠璃の方も。」
と、クローナが言う。
「うん、そろそろお昼だしね。」
と、瑠璃はクローナや礼奈に向かって言う。
このとき、一人だけ瑠璃の最初のセリフに対して、
「なぜ、私のところだけ、間があいたうえに、はてなマークがでるような言い方をしたのだ。もしかして、私―…、瑠璃さんに名前を憶えられていない。」
と、セルティーが、最初のところは瑠璃に対する失礼なという気持ちをもっていたが、しだいに、瑠璃にセルティーの名前を憶えられていないことに対する悲しみが感情の中から起こってきて、ショックを受けたように落ち込むのであった。
ここで捕捉だが、リースの城の中にある食堂は、あくまでも王族とその関係者で、王族から特別待遇を受けたものが使うことを許されているものである。瑠璃たちは、セルティー王女による特別待遇を受けていることになっているので、使用を許されているのだ。食堂の中には、長さが二十mを超えると思われるテーブルがあった。また、テーブルには、十数脚の椅子が配置されていた。そして、壁の色は白で、テーブルクロスの色もそれと同じように純粋な白であった。リースの城での食事は、毎日シェフによって決めった料理が提供されていた。料理に関しては、王族も使用人も同じものを食べる。それは、王族が使用人と同じものを食べることによって、共にリース王国を支えているだという気持ちを共有することができると、昔からそうされているのだ。ただし、王族の中には、それを好まない人間はいるが、彼らは必ずといっていいほど使用人に嫌われ、そっぽを向かれ、最悪の場合、毒殺や追放されることもある。本当に、リースの歴史にはそれが存在したのだ。ゆえに、王族は、使用人とともに食事をし、使用人との信頼を維持していかないといけないのだ。
一方、使用人の食堂は、調理場のすぐそばに設置されており、そこでは、瑠璃たちが今いる食堂よりも広く、十mを超えるテーブルがあり、それが、五台あるのだ。そして、椅子は百数十脚あり、テーブルクロスの色は、白である。
話を戻していく。
「瑠璃様、こちらがお食事になります。」
と、メイドの一人が言う。このメイドは食事の給仕、食堂の管理を担当している。
そのメイドが瑠璃の食事を持ってきたのだ。
メイドは気を利かせたのか、礼奈の左隣の席に食事を乗せていったのである。
ちなみに、席は、左側から礼奈、クローナ、セルティーと、それぞれ隣同士になっていた。これもこのメイドが気を利かせてのことであった。食事は、離れてとるものではなく、近くで、楽しい会話を弾ませながらとるものであると、メイドが思っていたからだ。しかし、王族の中や、家族関係を考慮して、位置をどうするかも心得たうえではあるが―…。
「ありがとうございます。」
と、瑠璃は言うと、食事の置かれている席に座った。
瑠璃は未だに慣れなかったのだ。使用人であるメイドさんに見られながらの食事も、自分が食べている間に、食べない人がいるということにも―…。
「いただきます。」
と、瑠璃は言って、昼食をとり始める。
今日の昼食は、魚のムニエルをメインに、少し硬めのパンとスープの類があり、副菜としては、リース近郊の農家が栽培している紫玉ねぎに似ている玉ねぎと、人参などの野菜を酢で和えたものと計四品となっている。リースの城の普段の昼食は、決して豪華なものではなく、貧困者でなければ、夕食にでもだされそうな品が多い。同様に、夕食もそんなに変わらない。食事する品の数が少し増える程度である。
「相変わらず、美味しい~。」
と、瑠璃は、魚のムニエルを一口食べて思うであった。
それを聞いたセルティーは、
「そうです。一流の料理人がこのリースの城にはいるのです。そして、長期の泊りの客となれば、豪華なものばかりを出していては飽きられてしまいます。私たちと同じ食事で、美味しいもの、飽きさせない味付け、そして、地元のものを使う、これこそ食事による御持て成し。豪華な食事だけで御持て成しと語る奴など、所詮三流に過ぎません。」
と、調子に乗って言うのであった。
それに呆れたクローナは、
「それ、何度も聞いたよ。ちなみに、御持て成しの神髄は、相手を良い気持ちを持ってもらうようにするためであり、食事の豪華や質素といったのものはほとんど関係ないよ。」
と、言う。昨日、夕食に礼奈が言っていた御持て成しの神髄も付け加えて―…。
「アハハ、セルティーさんは調子のいい人ですね。」
と、瑠璃は引きながら言った。
「そうね。」
と、礼奈は冷静に言うのであった。
そのとき、ここにいた瑠璃に食事を運んだメイドは、セルティーの自慢癖に関しては、呆れるところもあるが、騎士としてどれだけ頑張り、信心深く、そして、リースのために勉学もしっかりやってきたのかは、侍従長が常々言っていたことから知っているのだ。それも、侍従長が話すときに目を輝かせながら―…。それに、セルティーの評判は残念なところもあるが、決して悪いものではなく、良いという分類に入るほどであった。
「で、李章君のほうはどうだったの、瑠璃?」
と、礼奈は瑠璃に李章のことについて尋ねるのだった。
礼奈は、その質問が瑠璃の怒りのスイッチになっていることを知ることになる。
「今はその話しをしないで、李章の話しなんて―…。」
と、瑠璃は声の大きさはいつもと変わらなかったが、強さに関しては普段よりも強く、雰囲気が威圧を感じさせるものであった。
それに、気づいた礼奈は、
「アハハハ…。ごめんね。」
と、乾いた声で言った。決して笑っているのではなく―…。
そこで礼奈は理解した。李章が瑠璃の機嫌を悪くするようなことを言ったことを―…。そして、礼奈は、静かに怒りを浮かべるのであった。瑠璃、クローナ、セルティーに気づかれないように―…。
こうして、瑠璃たちは、昼食の時間を過ごした。
一方で、アンバイドは―…、自らの部屋にいた。
瑠璃たちが食べた同じ昼食を食べながら―…。
(そろそろしておく必要があるな。あれをやるには術式の準備がかかるからなぁ~。それにもう今日の午前中に準備のほうは済ませている。これは賭けに近いものだ。天成獣と会話させるなど―…。)
と、アンバイドは考えながら、その考えを心の中の言葉にする。
さらに、続け、
(俺もそれをやってある程度の自らの天成獣の力をうまく扱えるようになったが―…。あいつらは、俺のように成功するとは限らない。ローがしていたようにうまく術式を発動できるかもわからない。が、やるしかない。ランシュたちにチームとして勝つためには―…。)
と、心の中で言う。
そうしながら、昼食に出されている食べ物をうまく口へとはこぶ。フォークとスプーンをうまく使いながら―…。
そういう面は、考えながら食事することなどの造作無いことであった。それは、アンバイド自身が戦場の中で、食事をしながらも、敵が襲ってこないかということに注意することがあったからだ。ゆえに、当たり前とはいえなくても、珍しいことでもなかったのだ。
そして、食事を終えたアンバイドは、直接調理室へとお盆に乗せてある食器を運んで、訓練場となっている広い庭へと歩いていったのだ。術式を描いた場所へと―…。
リースの城の中にはではないが、とても広い庭がある場所である。
そこには、瑠璃、礼奈、クローナ、セルティー、アンバイドがいた。
李章は、まだ怪我が完治していないので医者によってドクターストップがでていた。ゆえに、修行に参加することができず、ここにはおらず、李章の部屋に今現在はいるのである。
「今日は少し変わった修行をする。」
と、アンバイドは言う。
それに対して、
「変わった修行―…って、セクハラするのかアンバイドが―…。」
と、クローナが言う。
それに呼応したかのように、
「最低ですね。牢屋に幽閉ですね。」
「そういう男性いますよねぇ~。セクハラしても私たちが何も言わないと思って。心の中では、いつも言ってやってますよ、地獄に落ちろをクソ野郎、不愉快極まりねぇ~んだよ、気持ち悪いの、悪すぎるの。もしも、立場が逆転すれば、百倍にして嫌がらせをしてやりますよ。二度と私たちにセクハラでないほどに―…。」
「さっさと女性にセクハラできないの世の中にならないかなぁ~。」
と、礼奈、セルティー、瑠璃の順番で言うのであった。
「あのなぁ~、お前ら。俺はセクハラしたいわけじゃねぇ~んだよ。」
と、アンバイドは怒りマークを額に浮かべながら言う。
アンバイドにとっては、折角真剣に修行を考えて、術式の準備したというのに―…、少し変わった修行と言っただけで、セクハラすると解釈されるとか―…。
(ふざけんなよ。セクハラする男がどれだけいるかは知らないが、俺がするか。それに、セクハラして女子にモテるとかねぇ~んだよ。ってか、そんなこと考える暇はない。とにかく修行の説明しないとな。)
と、アンバイドは、クローナから始まるペースに巻き込まれそうだったので、修行の説明を始めようとした。
「これはちゃんとした修行だ。天成獣の力に関して、セクハラをするかのような修行はない。つーか、そんな修行知るか!! 今から、真剣な話をする。だから、今は黙って聞け!!!」
と、アンバイドは語気を荒げながら言う。アンバイドは、冷静になろうとしていたが、瑠璃、礼奈、クローナ、セルティーのさっきの発言からくる怒りを抑えるには全然足りなかったのである。
「は~い。」
と、クローナがやる気なさそうに感じさせるように言う。
瑠璃、礼奈、セルティーも同様に静かになった。
「これからする修行は、あの描いた術式を使って、実際にお前ら自身が持っている天成獣の力が宿った武器を介して、天成獣と会話してもらう。」
と、アンバイドは言う。
「えっ、それってどういうことですか。」
と、瑠璃はアンバイドに尋ねる。
「簡単に言えば、天成獣と話すんだ。そして、天成獣から自らの力を十分に発揮するようにお願いをしたり、さらに、自らの扱い方について教えてもらうんだ。ただし、天成獣に拗ねられてしまえば、その力を使うことはできなくなるかもしれないという覚悟はしてもらうがな。」
と、アンバイドは真剣な面持ちで言う。
「それは、つまり、天成獣の力を二度と使えなくなるということですか。」
と、礼奈はアンバイドに対して質問をする。
その礼奈の質問は、瑠璃、クローナ、セルティーも頷くのであった。礼奈と同様のことを思ったからだ。
「まあ、二度とかどうかはわかない。ただし、使えなくなる可能性があると、魔術師ローは言っていたがな。」
と、アンバイドは言う。そう、魔術師ローに責任を押し付けるかように―…。
「だが、もし成功すれば、これからのランシュの奴が仕掛けたゲームをうまく戦っていくことができる。そうすれば、ランシュに勝つ可能性も十分にでてくる。」
と、さらに続けてアンバイドは言う。
そして、ランシュに勝つという言葉によって、全員が真剣になったのか、これ以上質問されることがなく、その修行が行われた。
つまり、術式を使い、アンバイドは、瑠璃、礼奈、クローナ、セルティーを彼女たちの天成獣の会話できるように、それぞれの天成獣のいる場所へと接続させたのである。
その術式は、アンバイドにとって、副作用をともなうものであった。
(やっぱり、ローと違って、代償有りってことか。)
と、アンバイドは心の中で言う。
そして、術式の副作用によりアンバイドは、今日から三日ほど足を動かすことができなかったという―…。
第36話-4 もう一人の自分 へと続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
文章の中にもでてきましたが、セクハラをしてはダメだと思います。異性間でも同性間であっても―…、とその文章を書きながら思っていました。セクハラない世の中に少しでも近づいていくことを祈りながら―…。
次回の更新で、やっと、だせます。あのキャラクターが―…。長かった、ここまで長かった。だせないかと思いましたが―…。この理由に関しては、第1編が終わった後で、できるのかな、と予定ですが、思っています。あくまでも予定ですが―…。