第35話-2 心の中のもう一つ
前回までのあらすじは、李章が第五試合に出場するも、動揺していたために敗れたのであった。
第35話は、今回で完成します。
時は少し戻る。
李章、礼奈、クローナ、セルティー、アンバイドが競技場へと出かけてから二時間ほどが経っていた。
リースの城の瑠璃の部屋。
その部屋の中には、ベット以外にも箪笥や机、テーブルと五つのテーブルがあった。
テーブルの上で、瑠璃とリースの城のセルティーのメイドたちとなぜか、木を抜いていくゲームをしていた。
このゲームは、現実世界ではジェンガみたいなものである。ジェンガと違うところは、積み上げられた木の棒が直方体もしくは立方体に奇麗になっているのではなく、ところどころ、長さの違う木を積み重ねているために、はみ出していたりするのである。木の棒を一本一本抜いていって崩した者が負けとなる。
今回は、積み上げられた木の棒の段は三十二であった。現時点で、十に届かないぐらいの木の棒が積み上げられたものから引き抜かれていた。
「う~ん。これは―……、どう抜いていきましょうかね~。」
と、瑠璃は言う。引き抜かれた所は、下の段の方に集中していて、引き抜かれている段から木の棒を一本引き抜くのはかなり難しい状況である。
ちなみ、セルティーのメイドたちはなぜか本気になっていた。勝ったからといって、とくに何かあるわけではないが、勝負事に関してはどんなことでも本気になってしまう性格であった。たぶん、これはセルティーの影響もあるのだろう。
セルティー自身が、昔から負けず嫌いで、騎士との練習試合でも本気で勝負をし、負けた時には、悔しそうな顔をしていたりする。手を抜くと、すぐに、「手を抜くな。」とセルティーがものすごい怒声でしつこく言ってくるからである。
セルティーの話しをこれ以上すると脱線するので、話を戻していく。
瑠璃は、ここ数十秒の間、一本の木を引き抜くのに悩んで続けていた。
「う~ん。ここを引き抜くのと何か積み上げられている木が崩れそうだし~。こっちはダメかな? なら、こっちだ。」
と、瑠璃は言って、自分から見て一番近い、二十段目にある木の棒の一本を引き抜いた。
しかし、その木の棒は、一つ上の木の棒同士の接する面を支えていた。そのために、積み上げられた木の棒は崩れていった。
「瑠璃様の負けです。」
と、セルティーのメイドの一人が言う。事務的なことを告げるかのように―…。
「ガーン。」
と、瑠璃はショックを受ける。
「瑠璃様は初心者ですから、わかりにくいかもしれませんが、木の棒の長さは一つ一つ違いますから、その長さをうまくつかみながらやるということを覚えるといいですよ。」
と、今度は、瑠璃の負けを告げたメイドとは違うメイドが言った。ゲームについてのアドバイスつきで―…。
そう、この部屋にいるセルティーのメイドは、二人であった。
そして、瑠璃を含めて、三人でジェンガのようなものをやっていたのである。リースでは、バランスタワーという名前であり、その名前はとても地味である。
バランスタワーの歴史は、元々、建築で使われていた木(ただし、現在リースでは木よりも焼煉瓦が主流であるが、昔は木の家も多かった)の余り物を使って、大工同士で行った遊びが起源とされている。ちなみに、その時、簡単な賭け事も行われていたという。
「そろそろ、お昼の時間ですね。では、私たちは、これにて失礼してお食事のほうをお届けさせていただきます。」
と、メイドの一人が言う。
「あっ、はい。」
と、昼をつげたニーグ(事務的にゲームの告げたほう)というメイドに向かって瑠璃は言う。もう一人のメイド(ゲームのアドバイスをしたほう)の名前はロメという。
そして、ニーグとロメは瑠璃の部屋を出ていき、厨房から瑠璃の昼食を瑠璃の部屋に向かって運ぶのであった。
その後、午後の時間は瑠璃にとっては、暇な時間となった。
理由は、ニーグとロメは城の中の雑用の仕事で急遽、行ってしまったからである。
(…………今ごろ、戦いのほうはどうなってるのかな。)
と、瑠璃は心の中で思っていた。
そして、瑠璃は続ける。
(う~ん。とにかく第二回戦、勝ってくるといいが―…。)
と、心の中で言いながら窓の方へと近づいていく。
窓に着くと、一枚の緑の葉がヒラリとゆっくり、地面に向かって落ちていた。
「大丈夫かなー。みんな。」
と、瑠璃は今度は言葉にしながら言う。
この一枚の緑の葉が地面に向かって落ちていくのが、一人の人物の勝敗の最悪の結果の意味するかのように―…。
ここは暗闇。
辺り一辺が、まさにそうである。
この暗闇は、黒という以外の色はかえって目立ってしまうかのようである。
黒以外のものは、すべて異物のようにしか感じさせない。
ゆえに、一人の人物がいたとしても違和感もしくは閉じ込められたのではないかと思わせる。
そして、その暗闇には、一人の人物、いや、李章がいた。
李章は、気を失ったかのように眠っているのであろう。
なぜ、ここに李章がいるのかわからない。ここが現実にある世界でなく、李章が今いる異世界ではないことは確かだ。町や都市、村、数々の風景というものが存在せず、ただ暗闇であるということから考えると―…。
李章は、ゆっくりと目を覚ます。それは、何回か目をパチッとさせたことによってである。
「ここは…、どこです。」
と、李章は寝ぼけ眼を引きずっているのか、声がはっきりとしていない。
ゆえに、視界も若干であるがぼやけ、頭の回転も思考を最小限にとどめられているような感じであった。それが徐々にではあるが、回復していった。そう、視界がはっきりするようになり、思考もはたらくようになったのである。
だから、
「僕は―…、一体―…。」
と、李章は言う。
そう、李章は気づいたのだ。今、自分がどこかわからないところにいるということを―…。
ゆえに、李章は辺りを見渡す。そう、暗闇を―…。
(辺り一帯すべてが暗闇になっています。自分の体さえ見ることができません。)
と、李章は今の状況を心の中で呟く。
李章は、困ってしまう。ここはどこで、一体自らはどのような状態におかれているのかわからないのだ。なので、李章自身、心細くなってしまう。不安と心配が大きくなっていく。自らのすべてを埋め尽くしていくかのように―…。
そのようになっていくなかで、トン、という音がなる。
これは、足音だ。
トン、トン、トン、と段々音が大きくなってくる。
(誰か近づいてきている。誰だ。)
と、李章は心の中で呟く。そして、同時に、李章はその足音に対して警戒を抱く。もし、自らを助けにきた人であればいいが、もしそうではなかった場合に、撃退できるための注意を抱きながら―…。
「おいおい、そんなに警戒すんじゃねぇよ、李章。」
と、近づいてくる人物は言う。
その声を聞いた李章は、驚く。驚かずにいられるはずはない。
なぜなら、
(あれは、私が心の中で消したはず。)
と、李章は心の中で動揺するように呟く。李章の声は、震えあがっていた。
そして、李章が聞いた声は、すでに自分と同じ声だったのだ。
近づいてくる人物は、
「俺だ。李章の知っている。」
と、言う。その声は、まるで、会いたい人物に再開することができたようなうれしさを感じさせる。それは、決して長年離れたいた家族や恋人の再開などのようなものではなく、復讐したいと思っている相手や痛ぶるのが楽しめそうな獲物を見つけた人物そのものを感じさせるものであった。
「そんな―…。」
と、李章は言う。
この時、李章の周囲が、暗闇ではあるが、少しだけ明るくなり、近くのものが見えるようになったのである。ゆえに、その姿を確認して動揺した。
確実に確かめられたのだ。答えを―…。そう、その声を聞いたときからわかっていた。あいつが心の中から消えていなかったことを―…。
その人物は、黒髪で、短髪に近いが、首近くまで髪の長さがあり、背は今年百五十cmに達して、今が成長期を感じさせる。体形は、服を着ている分には、普通の中肉程度のように思われるが、実際の体は、筋肉がそれなりについている。そう、李章と同じ容姿、体形をしているのであった。つまり、もう一人の自分というべき人物であった。
「どうして……………お前が―…。」
と、李章は動揺しながらも、まるで親の敵のようなものでも見る目で自分と同じ形をした人物に言う。
その人物はにんまりしながら、李章に対して、
「俺を精神から追い出すなんてなぁ~。馬鹿かよ。俺を追い出すことはできやしない。できるわけがない。俺はお前の意思でもあるんだ。お前が抑圧してきた無意識。そして、李章、お前が望んだ意志の一つだ!!」
と、言う。
このとき、李章は、自分と同じ姿をした人物の声を聞くながら、自らの歯をぎしりとさせ、動揺の度合いが存在するのならば、それはマックスの状態に達していたであろう。そう、李章の精神は、崩壊していくのではないかと思わせるぐらいのものであった。
「お前なんかがいるわけがない。たまたま何かによってかけられた幻だ。お前は確実に消したはずだ、俺の心の中で―…。」
と、李章は無理矢理語気を荒げるように言った。それは、自らの動揺と弱さを隠してないものとしようとするために―…。そうしなければ、李章自身の心が崩壊してしまいかねないから。
「相変わらず、俺に対してのことになって、感情的になると、普段の私から俺という一人称になる。まあ、感情的になったり、心の中ではたまにそういうこともあっているようだが―…。それに、今俺を消そうとしたところで無理だ!! 消すことはできやしない。俺はお前であり、お前は俺であるからなぁ~。」
と、李章と同じ形をした人物は言う。
さらに、その人物は李章に対して、続けて、
「俺は生まれたときから存在していた。ただし、自我のようなものはなかったが―…。李章、お前が五歳のとき、瑠璃の持っていた赤くて血の色をした水晶がたまたま落ちていたのを拾ったよな。そして、それが勝手にお前の体の中に吸収されていった。そして、それが契機となって、俺には自我というものが生まれた。俺はその時にわかったんだよ。李章、お前はどこよりも悲惨な目にあっていることを―…。その悲しみや怒りといった負の感情を俺という人格の中に押し込め、俺という存在を抑圧し続けてきたことを―…。李章は、幼い頃から、スパルタのような暴力をともなった教育を両親から受けてきた。瑠璃の父親が優秀すぎるせいで、平凡であった李章の父親はそれに対してコンプレックスや嫉妬を抱き、李章、お前を瑠璃よりも、いや、優秀すぎる瑠璃の父親よりも秀でている人間にしようとした。ゆえに、何度も李章がテストで100点でなかったときには殴りつけ、最悪の場合には、食事の量も減らしていたほどだ。それに、李章、お前の母親も李章の父親と同じくらい李章に対しての育児放棄をしていたよな。李章の祖父に隠れて―…。」
と、言う。
そこで、李章と同じ姿をしている人物は、一息つく。
その話を聞いた李章は、現実逃避をしそうになるし、心の中では受け入れられることではなかった。
確かに、李章自身の過酷な過去は、今ではすでに終わりを告げていた。最後は、李章の祖父が、別の家へと暮らすことになって、それに李章が付いて行ったのである。その後、今から半年前、李章の祖父が加齢による衰えによる体調悪化によって入院し、そのまま介護施設での暮らしになったので、李章は自らの両親に戻るのではなく、瑠璃の両親の家へと居候することとなったのである。それは、李章の祖父による強い願いであった。そう、李章の両親と李章が一緒に暮せば、必ず李章に暴力を振い、李章の心のさらに深い傷を負ってしまうからである。そう、李章を守るために―…。
「それに、李章の祖父もほとんど見て見ぬふりをしていたよなぁ~。」
と、李章と同じ姿をしている人物が言う。
さすがのこの言葉には李章も怒りを露わにし、
「お前が師を愚弄するな。師は、俺に守るための力を教えてくれたし、それに生きていくために必要なことをたくさん―…、俺のあのつらい時にいつも支えてくれたんだ。」
と、李章は言う。そう、李章の祖父で、武術みたいなものを教えてくれた師は、李章にとって心の底から感謝してもしつくせない存在であった。たとえ、武器を使っての戦いをしないということを約束したとしても―…。
しかし、同時に、李章と同じ姿をした人物の言っていることも事実なのである。実際に、李章が父親から暴力を振るわれている時に、それに気づいたとしても今の自分では対処できず、見て見ぬふりをすることしか李章の祖父はできなかったのである。それは、李章の祖父は自らの息子である李章の父親よりもすでに体力は劣っており、力に関してもすでに及ばなくなってしまっていたのである。同時に、過去の自らの罪悪感もあったからだ。
「まあ、李章、お前の過去をいくら話したとしても、ここでは埒があかない。ただ、俺の要件を言うしかないか。」
と、ため息でもつくかのように、李章と同じ形をした人物は言う。
そして、その人物は続けて、
「俺は、俺の過去すべてを許せねぇ―――――――――。そして、俺が暴力を振るわれていたのに気づかないふりをした奴らも全員!!! 全員この世から消してやるよ。幸せそうにしやがって!!!! そう、世界は俺にとってすべて憎い思い出でしかない、壊された後の―…。だから、李章、お前の人格を奪って、俺は―……。」
と、言いかける。
その言いかけに対して李章は口を挟み、
「それは絶対にさせない!! 絶対に!!!!!!」
と、李章はより強く声を荒げて言う。そのことが自らの成し遂げるべき意志であるかのように―…。
そして、暗闇はフェードアウトされていった。
目をパチパチさせる。何回か―…。
そして、その最後の暗闇からぱっと、目を開け、その人物が起きあがる。
その人物は李章である。
そして、李章は今度ははっきりさせたのか、
「ここは―…。」
と、言いながら、辺りを見渡す。
そして、李章は結論付けたように、
「城の中―…。」
と、言うのであった。
【第35話 Fin】
次回、第二回戦終了後から一週間内のそれぞれの動向。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲内で修正していくと思います。
第36話は分割となります。内容が多くなるからです。