番外編 ミラング共和国滅亡物語(66)~第一章 勝利は時として毒となる(16)~
『水晶』以外にも以下の作品を投稿しています。
『ウィザーズ コンダクター』(「カクヨム」で投稿中):https://kakuyomu.jp/works/16816452219293614138
『この異世界に救済を』(「小説家になろう」と「カクヨム」で投稿中):
(小説家になろう);https://ncode.syosetu.com/n5935hy/
(カクヨム);https://kakuyomu.jp/works/16817139558088118542
興味のある方は、ぜひ読んで見てください。
宣伝以上。
前回までの『水晶』のあらすじは、旧アルデルダ領におけるファット=ファウンデーションの支配は苛酷なものであり、商人すら反抗する者に容赦はない。一方で、ラウナンの方は―…。
アマティック教の教団施設の本部。
その中の教主イルカルが、信者と対面になる場所。
そこには、三人の人物がいた。
「イルカル殿。今日は、このような場を設けていただきありがとうございます。」
と、一人の人物が言う。
この人物の名は、ラウナン=アルディエーレ。
ミラング共和国の諜報及び謀略組織シエルマスの統領である。
そして、ミラング共和国を裏から操っている存在だ。
誰も、本当の意味で、ラウナンに逆らうことはできない。それほどの権力を持っている。
そのような人物であったとしても、常に自分が一番上ではないということを表の向きでは見せていたりする。
それが、陰に隠れておこなう上では重要だ。
そのラウナンの言葉に、
(………良くもぬけぬけとそのような言葉を使えるなぁ~。そのような気持ちは一切、持っていないというのに―…。まあ、ラウナンを洗脳できなかった時点で、私はこいつに勝つことなんてできないし、愚痴を言ったとしても、こいつは絶対に自分が我から倒されることはないと理解していやがる―…。ムカつくが認めるしかない。)
と、心の中でラウナンに対して悪態をつきながらも、表情に出さない。
イルカルは、ラウナンに勝てないということを理解している。
ラウナンがどうして、イルカルの洗脳を受けないのか不思議でないが、理由は分かりきっている。イルカルよりもラウナンの方が強く、生の属性の特殊能力による恩恵があるからだ。
ラウナンはそのことに気づいていないが、イルカルが洗脳してきていたことを最初に会った時から気づいていた。
ゆえに、その後、シエルマスの中でイルカルに洗脳された者は、ラウナンによって処理された。その処理は、勿論、洗脳された者がこの世にいなくなることであり、情報を漏らさないために必要だからなしたことだ。イルカルに洗脳を解けという脅しをすることもできるが、シエルマスに弱みなどあってはいけないという考えが根底にあり、強いからこそ、周囲を従わせることができるという判断で―…。
その後、イルカルの方でもラウナンが率いるシエルマスの者を洗脳することは止めてしまったのであるが―…。イルカルは、ラウナンが用心深い性格であり、イルカルに洗脳されたかどうかを確実に、イルカルと接触したシエルマスの者がシエルマスの本部に戻ってきた時に、確かめるだろうと推測して―…。
そのイルカルの推測は正しく、ラウナンは実際に、イルカルと接触したシエルマスの者が洗脳されていないかを調べた。拷問という方法を用いて―…。ここでは書くことができない手段で―…。
「そうか、シエルマスの統領も大変だな。対外強硬派のトップであらせられるシュバリテ様にも気をつかわないといけなのだから―…。用件は、そちらにおられるエルゲルダのことですか?」
と、イルカルは言う。
事前に、エルゲルダに関しては、聞いたというよりも、聞かされたという方が正しい。
シエルマスの一員が、イルカルにエルゲルダを預かって欲しいということを頼んできたのだ。勿論、ラウナンの命令であるが―…。
「さすがイルカル様だ。私が直接言わなくても、このように理解されておられる。アマティック教は何という素晴らしい教主のもとで創設されたのでしょう。フォルナベル教の者たちよりもその先見性、予測する力、素晴らしいとしか良いようがありません。だからこそ、神はイルカル様を預言者とされたのでしょう。神の言葉を理解することができるぐらいに―…。ああ~、私は、イルカル様と手を結ぶことができたことをここに感謝いたします。ディマンド=ファウンデーション様は良きご縁をお持ちになられました。」
と、ラウナンは大袈裟な動作をしながら、言う。
両手を広げたり、言葉に誰もが分かるぐらいに抑揚をつけ、まるで、ここが劇が今まさにおこなわれている場であるかのようにして―…。
ラウナンの言葉が、嘘であることはここにいる誰もが薄々気づいている。
ラウナンという人間が、人をこのように大袈裟に褒めるということはない、ということを―…。
エルゲルダとしても、今のラウナンが不気味に思えるほどに―…。
(とんでもない奴についてきてしまった。)
と、エルゲルダは心の中で後悔するのだった。
ラウナンが危険な存在であるが、ラウナンに敵うはずもないことはすぐに理解できたし、ラウナンから逃れることができないということがわかってしまっている以上、エルゲルダの自らの力だけで、この状況を変えることもできない。
世界は、希望に溢れており、かつ、絶望にも恵まれている。
今、まさに、絶望がここにある感じだ。
(ふん、相変わらず、大袈裟な!! ラウナンは本当に、この言葉を真実だと周囲が思うと思っているのか。一回でも良いから、こいつの思考がどうなっているか見てみたい。)
と、イルカルは心の中で呆れる。
イルカルのように思う者は少なくない。
イルカルは、たとえクズであったとしても、常識的な思考ができないわけではない。そのようなことができなければ、アマティック教がこのように生き残ることはできなかったのだから―…。そう考えると、イルカルは自らの力や能力の使い方を間違ってしまっていることになるのは確かだ。
それでも、間違いということには、なかなか気づきにくいものであるし、自らが信じていることが正しいと完全に思っている者ほど、間違いであることに気づきにくい。
人は完全に正しくあることなどできないということを、見落としてしまうのだ。その考えゆえに―…。
そして、一呼吸を入れたラウナンは続ける。
「そして、今回のご用件とは―…、ここにおられる元アルデルダ領の領主であらせられたエルゲルダ様をアマティック教の本部で預かってもらえないでしょうか? 聡明であらせられるイルカル様なら、きっと、エルゲルダ様のこれからにとって、大いなるプラスとなるでしょう。」
この言葉をイルカルが否定することはできない。
シエルマス、いや、ラウナンから発せられた言葉を否定するということは許されないことだ。
それを、イルカルは十分に知っているし、シエルマスの恐ろしさは尋常ではないことを理解している。
(俺に否定する権利はない。どちらが上かわかったものではない。)
と、心の中でイルカルは思いながら―…、
「シエルマスの統領ラウナン=アルディエーレの頼みである。エルゲルダを預かるとしよう。」
と、返事をする。
これ以外の選択肢は存在しない。
その中で、エルゲルダはラウナンに耳打ちするのだった。
「こいつら―…、一体何なんだ?」
と、言う。
エルゲルダは、アマティック教のことを知らない。
さっきまで、二人の会話を聞いたり、ラウナンの大袈裟な言葉に夢中になって、やっと思い出したように聞くのだった。
というか、ここに連れてこられるまで、どこに連れられるのかほとんど聞かされていない。エルゲルダをしばらくの間、匿ってもらえる場所としか聞いていないのだ。
そういう意味で、エルゲルダの質問は真面なものだ。
ラウナンも耳打ちしながら答える。
「彼は、アマティック教の教主フォンミラ=デ=ファンタレーシア=イルカル=フォンド様です。イルカル様と縮めて呼んでも構いません。あなたは少し文句を言ったとしても、殺されることはございません。エルゲルダ様を殺せば、アマティック教の方が壊滅することになるでしょうから―…。ただし、エルゲルダ様もなるべく、イルカル様と親しい友人としてお付き合いください。彼のところにはいろんな情報が集まってきますし、もし、リース王国に復讐したいと思うのなら、彼を味方に付けるのが一番です。私は仕事がありますので、詳しいことに関しては、イルカル様から直接お聞きください。」
と。
ラウナンもエルゲルダばかりに構っている暇はない。
ミラング共和国の諜報及び謀略組織のシエルマスの統領である以上、仕事の量は半端ない。今回のミラング共和国とリース王国との戦争のために、暫くの間、ラルネをあけていたのだ。そのため、その間に溜まった書類などの事務作業で忙しいのだ。それに加えて、次の侵攻への準備もあるのだ。
そう、ファブラへの侵攻だ。
その準備のための偵察に一年かかると言ったが、それでも、予想外のことがあり、延びる可能性が存在する以上、早く取りかかりたいとラウナンは考えている。
そして、ラウナンは姿を消すのだった。
(イルカルが私の駒であるエルゲルダを殺すことはできない。すれば、処分してやろう。この手で―…。私にお前の力は通用しません。)
と、心の中で思いながら―…。
アマティック教の本部。
イルカルはエルゲルダを秘密の客間に案内するのだった。
実際の部屋名は、特別客室という。
まあ、秘密の客間というのは通称でしかないが―…。
アマティック教の本部は、一般人が侵入しても気づけるように人を配置しているし、何か敵勢力が侵入してくるようなことがあれば、すぐに教主が逃げられるようにするために、隠し通路を沢山仕掛けてある。本部の施設の拡大によって、かなり変更が施されている。そのすべてを知っているのはイルカルとその狂信者の中でも、かなり度合いで重傷になった者のみだ。
イルカルのためなら、簡単に自らの命を犠牲にできるものであることに間違いない。
イルカルは自身の能力か力というものを知っているがゆえであろう。
そして、案内しながら、イルカルとエルゲルダは会話をする。
「アマティック教―…。聞いたことがない宗教だな。どんな宗教なんだ。」
と、エルゲルダは、イルカルに聞いてみる。
イルカルとしても、説明するのは面倒くさいと感じたが、それでも、ラウナンから預かった客人である以上、失礼な態度をとることはできない。
「フォルナベル教の教義の中に間違ったおこないをした王は神によって処罰されることを知っているな。」
「ああ、そんな教えがあったなぁ~。」
イルカルの言葉に対して、エルゲルダは昔、家庭教師に聞かされた言葉を思い出すのだった。あくまでも、朧気なものであるし、フォルナベル教の教えには興味を持つことができなかった。
エルゲルダにとって、自分は出来が悪いというだけで、一族から疎まれていたほどだ。アババに出会えなければ、領主になることすらできなかった。これは、アババにとっては、一生の自身の間違いであると思う出来事だった。だけど、アババのそのような思いには気づいていない。
そして、エルゲルダは常に地位、名誉、権力、権威を求めるような人間であり、宗教というものにはあまり興味が持てなかった。神よりもお金の方がよっぽど興味、関心を抱くことができた。
「だけど、彼らは王が間違えば、それは住民たちを最悪に巻き込むとか言いやがって―…。この言葉はどう考えても、神が万能であり、神は王より偉く、王は神に従わなければならないということを意味するだろうに―…。」
イルカルは饒舌になる。
イルカルは、昔からクズであったが、勉強に関しても頭が悪くはないが、他者の意図というものを読むことに関しては、その才能に恵まれていなかった。そう、言葉を言葉のままに理解してしまうことであるし、他者の気持ちの表面をなぞることしかできないのだ。
そして、ある力のおかげで人を自らの言うことを聞かせるようにできているのだ。
「私の言っていることが正しいのに、そのことを理解しないフォルナベル教の幹部どもは愚かな存在だ。だから、私はこのアマティック教を創設し、本当に正しい神の教えを広めているのだ。私を教団から追いやった愚か者たちに、真の教えが誰にでも理解されるのだと示すために―…。」
と、イルカルは続ける。
イルカルがフォルナベル教を追放されたことも、今、言っていることも事実であるが、それはイルカルが目立つためであった。イルカルは、自らが目立つためなら、過激なことを言うことを厭わない。それを求める者たちは、この世界にはいくらでもいる。
大衆というか、人という生き物はエンターテイメントという名の適度な刺激を求めるのだ。自らが傷つくことのなく、刺激のあることを―…。そして、自らが生き残る可能性が高いと主観的に思えることに従うことを―…。
そのことをイルカルは知っている。
ゆえに、利用する。自らが目立ち、かつ、周囲から自らという存在に媚びてくるのを―…。
さらに、イルカルはミラング共和国で表立って活動できなかった時に、体制に何の後ろ盾もなく喧嘩を売ることが危険であることを学んだ。
つまり、体制側の人間に媚びを売って、彼らを自らのなかに取り込み、支配体制に近づき、彼らに逆らうことなく、彼らにとって都合が良い存在となりつつ、自らもその権益を得ることが得策であることだ。
そして―…。
「着いた。ここがエルゲルダ様の今日からのお部屋です。」
と、イルカルは秘密の客間の扉を開けるのだった。
番外編 ミラング共和国滅亡物語(67)~第一章 勝利は時として毒となる(17)~ に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
次回で、第一章は完成すると思います。
では―…。