番外編 ミラング共和国滅亡物語(41)~序章 アルデルダ領獲得戦(41)~
『水晶』以外にも以下の作品を投稿しています。
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(カクヨム);https://kakuyomu.jp/works/16817139558088118542
興味のある方は、ぜひ読んで見てください。
宣伝以上。
前回までの『水晶』のあらすじは、ついに、ミラング共和国とリース王国の停戦交渉が始まるが、その一方で、リース王国の騎士団は第四師団の攻撃を受けるのだった。
今回の文章量は、1万を超えています。すいません。
「さて、今度は私からの要求ですね。さっき、リース王国側のアールトンが要求したものは、すべてお断りさせていただきます。そして、改めて、ミラング共和国側からの要求を言わせていただきます。」
と、ラウナンは言う。
これから、要求するのだ。
そして、この要求はすぐに考えたものであるが、かなりの出来であることを理解している。そのように自負している。
一方で―…。
(やっぱり断ってきましたか。まあ、こちらとしても問題はありません。ここで容認してくるのなら、交渉下手の馬鹿か、何かを考えている腹黒い人間であることを―…。さすが、シエルマスのトップということだけある。こういう手に引っかかることはないか。)
と、アールトンは心の中で思うのだった。
アールトンとしては、シエルマスのトップがかなり真面な思考の持ち主であることを理解する。
ゆえに、ラウナンに対して、油断することはない。
さっきまでは、アールトンが攻撃の側であったが、今度は防御の側になる。
さっき、ラウナンに対して掲げた要求は、あの場で、急に練り上げた上では完璧なものであると自負できる。
だけど、ラウナンは、アールトンの意図というものを完全に理解してしまうのであり、完璧とは言えない結果になっているが―…。
それにアールトン本人は気づいているのか、いないのか、そういうことを考えても今は仕方ないし、結果のために必要な可能性は低い。
「ミラング共和国側としては、第一に、今回の戦争の非はリース王国側にあり、リース王国で今回のアルデルダ領における商品税の増税および通過税の創設を容認した者を処罰すること。第二に、リース王国はミラング共和国に対して、アルデルダ領における商品税の増税および通過税の創設を容認したことに対して、ミラング共和国側に謝罪すること。第三に、アルデルダ領は、ミラング共和国が占領したことから、アルデルダ領をミラング共和国に割譲すること。第四に、ミラング共和国とリース王国における貿易は、アルデルダ領におけるエルゲルダがおこなった商品税の増税の撤回および、その前の商品税に戻すこと、そして、それを半永久的にミラング共和国側の申し入れがない限り続けること。第五に、アルデルダ領でおこなわれている通過税は廃止し、かつ、以後、ミラング共和国側の申し入れがない限り、通過税を実施しないこと。第六に、ミラング共和国との許可なしに、相互間の商品における税金に関する変更をおこなってはいけないこと。第七に、ミラング共和国がリース王国へ申し入れをする時は、必ず、そのための交渉をおこない、その場を設けること、以上です。何か反論はありませんか?」
と、ラウナンは言う。
ここに、ラウナンの要求が現れている。
ラウナンとしては、これはミラング共和国にとって有利なものにしようとしているが、それでも、アールトンよりその文言を隠しきっているという感じのするものだと自負している。
まあ、これからアールトンも思考するだろうし、その思考時間ぐらいはラウナンの方も待つことであろう。相手が待って、自分が待たないのは、交渉で良い印象を与えないだろうと思い―…。
(シエルマスの統領、さすがと言ったところか。まずは、向こうも言うのに時間がかかった以上、こちらが時間をかけても文句を言われることはない。一つ一つ考えていくことにしよう。第一に、この戦争がミラング共和国側に非がなく、リース王国側に非があるということを認めろと言われている。そして、許せないのが、今回の戦争の原因となったとミラング共和国側が認識しているアルデルダ領における商品税の増税および通過税の創設によるところにあると宣言し、それを容認した奴を処罰しろということだ。処罰の対象は確実に私のはずだ。このことを認めるわけにはいかない。絶対に、私を処分してくるはずだ。)
アールトンは、すぐに第一の要求で冷静になることはできなかった。
今回のミラング共和国とリース王国との戦争の原因を作ったのは、アールトン自身だと認識しているからだ。理由は、別にアルデルダ領における商品税および通過税の創設を主導したわけではないが、それでも、利用したのは事実だからだ。アルデルダ領の財政悪化で、何もそこから旨味というものがなくなってしまったのだから―…。
アルデルダ領はあるだけで、リース王国の富を吸い上げていくというラーンドル一派にとって困った領地でしかないのだから―…。生産性のない土地は見捨てるに限る、というような感じで―…。
むしろ、リース王国の王であるレグニエドの反感を買っても良いのだから、エルゲルダを領主から追放することが考えられるうえで、最善だったろうに―…。他にも、良い案というものがあることを否定することはできないが―…。
それでも、そのような行動に出られなかったのは、レグニエドに権力はないとは言っても、溝を作れば、ラーンドル一派にとっての王国における中央での地盤というものが揺らぎかねないとわかっているからだ。ラーンドル一派に権威は、リース王国に住んでいる人々の中にはないのだから―…。
そのことを理解しているがゆえに、エルゲルダを排除することができなかった。レグニエドの信頼のあるエルゲルダを―…。
さて、話を戻し、今回、確実に容認した言動のすべてとなったのは、アールトンの発言であることはわかりきっている。
ゆえに、心の中で余裕がなくなりかけて、自らの意志で冷静になろうとするが、それはラウナンには筒抜けだった。
(ああ~、この人、最初の第一の要求を言った時、焦っている表情をされているようだから、今回の戦争の原因が第一の要求に関連していることは間違いないし、これで、戦争になる可能性あるとわかっていたかもしれないねぇ~。)
ラウナンは、アールトンが今回の戦争に重大な意味で関係していることを理解するが、推測の域を出ていないことを理解し、あくまでも、すぐに使える情報ではないことを理解し、探っていく必要があるのだと理解する。
そして、ラウナンの第一の要求を受け入れることは、自らの政治および実質的な命の危機の関係で、何が何でも却下することにした。まあ、人なんて生き物は、自分という存在の安全が保障されなければ、他人のことに対して、構っていることはほとんどできないだろう。この例外は、存在するであろうし、大事な人の危機を身を挺して庇うことはあることからわかることであろう。
(第二は、ミラング共和国への通過税の創設および商品税の増税をおこなった謝罪ですか~。まあ、できないことはないだろうが、ラーンドル一派がそれを承認するはずがない。我々の派閥で謝ることは、失脚を意味し、二度と出世できないということでしかない。私はこのようなことを望まない。もっと、重要な、上の地位が欲しい。ゆえに、できるわけがない。)
アールトンとしては、第二の要求は、第一の要求と同様に、自らの身の保身と同様に、謝罪させるということがラーンドル一派の中で、どのように評価されるのかわかっているからだ。
アールトンは、地位が欲しいし、名誉も欲しい。欲張りであることは、このことから分かるだろうし、失脚というマイナスを被りたくはないのだ。損失回避が働いているのは確かだ。その損失を被った結果、出世できなくなるのはわかりきっており、過去の例もすぐに思い浮かぶほどだ。あくまでも、アールトンがラーンドル商会に属している時期からのものであり、すべてではないが―…。
(第三は、ミラング共和国へのアルデルダ領の割譲だ。これは、承認しても良い。後はタイミングだけだ。まだ、割譲するという言葉を言うべきではないだろう。)
第三にして、アールトンが望んでいる、いや、リース王国側が望んでいることであった。
そう、あるだけでリース王国のラーンドル一派が自由に使える金銭を減らす領土はさっさと、別の国に割譲した方が良いと判断した。
だけど、この交渉の場では、タイミングが重要だ。最初に、おいそれとアルデルダ領を「割譲する」というようなことを言ってはならない。このようなことをすぐに容認すれば、ミラング共和国の交渉しているラウナンから甘く見られるのは確実だし、戦後、ミラング共和国側からそのように見られ、何を要求されるかわかったものではない。その要求が、リース王国にとって不利なものであることは確実なのだ。
そうなってくると、このタイミングには、慎重にならないといけないし、仕方なくということが重要になってくる。
(第四は、エルゲルダの政策を戻し、元通りにしろ。ミラング共和国が要求してくるまで、それを変更するな……か。これは、できないわけではないが、すぐに、譲歩するのは危険であろう。そして、絶対に容認してはいけないのが、ミラング共和国が要求してくるまで、続けなければならないことだ。これに関しては、第五にもある交渉の場を設けるという文言を含めるべきであるし、双方が合意しなければ、ミラング共和国側の要求は無効であることをしっかりと示さないといけないな。ミラング共和国側にとって都合の良い結果にされてたまるか!!)
第四の要求に関しては、リース王国側としてもミラング共和国とアルデルダ領における、いや、リース王国側における商品税および通過税を元通りにすることはできる。あくまでも、この戦争が勃発すれば止める予定だったのだから―…。アルデルダ領をミラング共和国に割譲するために、戦争を起こしているのだから―…。
そして、アルデルダ領を割譲してしまえば、この要求自体、意味をなさないことはわかっている。それに、第五の要求もそうだ。あくまでも、リース王国側にとってマイナスはない。
ただし、アルデルダ領を割譲することが確定させていない状態、第四、第五の要求を受け入れるのは危険なことでしかない。
そして、アールトンは、第六の要求へと考え始めるのだった。
(第六は、容認するべきではありません。交易の税を決めるのは交渉の場を設けた上であり、それは、片方の国からの申し入れがある場合ということになろう。最後の第七の要求まで考えてしまった。後、反論していくだけだ。)
アールトンは、ラウナンからの七つの要求を飲むか飲まないかを考え、どういう可能性があるのかを含めて考察するのだった。そして、アールトンは答えが決まっている。
「確かに、要求としては素晴らしいものを感じましたが、それでも、その七つの要求を受け入れるわけにはいかない。私も国を代表して交渉しているのだから―…。」
と、アールトンは、はっきりと言う。
このままだと平行線になってしまうのは目に見えているが、それでも、双方ともに、相手の意図の読み合いが始まっており、簡単に入り込める状態ではない。
(そう、きましたかぁ~。まあ、良いでしょう。即譲歩ということは有り得ないことですから―…。さて、ここから屈服の時間になりそうだ。)
と、ラウナンは心の中で思うのだった。
ラウナンとアールトンの交渉が開始され、反論が開始される頃。
ランシュ、ヒルバス、ラウナウ、ニナエルマの四人は、フォルクスによって、リース王国の騎士団の本陣に到着していた。
すでに、全員武器を構えており、すぐにでも相手の場所へ向かうことができ、攻撃も可能であった。
そして、すでに、リース王国の騎士団の本陣を守りながら、攻めてきているであろうミラング共和国軍へと対処しようとするのだった。
そのために―…。
「ヒルバス、上手く二手で攻めていくぞ。」
「はい、ランシュ君。」
リース王国の騎士団の本陣を攻めてきているミラング共和国を二手に分かれて、すぐに攻めていく。
ランシュは、足に再度、天成獣から力の量を纏わせ、高速移動で動く。
ミラング共和国だと確認された場所に辿り着くと、すぐに、自らが持っている長剣を使い、兵士たちを斬っていく。
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああ。」
斬られた兵士の悲鳴が聞こえる。
この悲鳴を出すことができない者は、すでにランシュに斬られた上に、死んでしまっていることだ。
そして、叫び声をあげたところで、ランシュによる殺戮から逃れることはできない。
実力が違いすぎる。
ランシュの方は、天成獣の宿っている武器を扱っていて、ミラング共和国軍の方は、このリース王国の騎士団の本陣を攻め、ランシュに斬られている者たちの中にはいない。
その焦りは、兵士たちに冷静に思考させる機会を奪っていく。
だけど、そんな中でも冷静に思考をしようとする者はいる。
それでも―…。
「何だ、何が起こっている。」
状態を理解することはほとんどできない。
どこから攻撃をしているのか理解できていないからだ。
その間に、ヒルバスの方でも、銃を構え、正確に的であるミラング共和国軍を撃ち抜くのだった。そして、ミラング共和国軍の攻撃を綺麗にジャンプして回避し、
(よっと!!)
と、心の中で思いながら、次のターゲットへと向かって、銃撃を再開するのだった。
弾丸を一発も無駄にすることなく―…。
その攻撃によって、ミラング共和国軍の兵士は、前に進むことができず、迂闊に行動することができなくなっていた。
ヒルバスの方も無駄に動くことはなく、相手の動きを抑えながら、機会を待つのだった。
ランシュの方は、いくつもの敵の兵士を斬り捨てていきながら、指揮を執っていると思われる人物に近づくことができた。
その人物は、
「ビビるな…逃ッ!!!」
と、言わせる前にランシュは長剣で斬る。
ランシュは、この人物を中隊規模の隊長だと判断する。
そして、斬られた隊長が生き残れる確率は、すでにゼロとなっていた。
さらに、ランシュは、ミラング共和国軍の兵士を斬り捨てていく。
それに、抵抗されることなく―…。
だけど―…。
キーン!!!
そう、ランシュが、どれだけのミラング共和国軍の兵士の数を斬ったのか、数えられなくなった時―…、ランシュの長剣による攻撃を防ぐ者が現れたのだ。
「ほお~、ベルグの言っている面白い奴がいるとは聞いていたが―…。後、俺の最後の仕事としては、骨のある相手だ。」
と、防いだ者は、ランシュのことを知っていた。
そりゃ、そうだろう。ベルグに教えてもらっているし、写真も見させてもらった。それに、実力から判断して、実力者になる可能性があることがわかり、相手にとって不足はない。
ランシュは、
(俺の攻撃を防ぐなんて!!! こいつはヤバい。まるで、頑固職人のような厳つい表情しているが、こいつの力はとんでもない。)
と、心の中で、この人物の実力を理解するのだった。
ただ者ではないし、自らの実力よりも強いかもしれないということを無意識に感じていた。この頑固職人のような厳つい表情が、自然とランシュに怖れというものを抱かせるように―…。
同時に、ランシュは、この人物が天成獣の宿っている武器を扱っているのではないかという、確信にも近い感じを抱くのだった。
実際は、この人物は天成獣の宿っている武器を扱っているわけでも、天成獣に選ばれたわけでもない。天性の戦闘の才能と同時に、弛まぬ日々の訓練と練習、修行にとって磨きすまされたものである。
そして、ランシュは、後ろへとジャンプして、この人物から距離を取るのだった。
ランシュには、疑問に感じることがあった。
(それに、ベルグと言っていた。ベルグはミラング共和国とも関係があるのか?)
ランシュは、この人物がベルグという言葉を言っており、ベルグはミラング共和国とも関係があるのか、ということを―…。
ランシュの記憶の中では、ベルグというのはリース王国の宰相であったことはあるが、ミラング共和国という言葉をランシュから聞いたことはない。ランシュの記憶も完全というわけではないから、もしかしたら、ベルグはミラング共和国という言葉を言っていたかもしれないし、そのことを記憶していないか、記憶の片隅に置いてしまい、思い出せないということも想定しないといけないが―…。
そして、ランシュの考えていることを理解したのか、
「安心しろ。ベルグは俺と個人的に仲は良いが、ミラング共和国に干渉していない。俺も一兵士として名乗りたいが、今は名乗らない。」
と、ランシュの攻撃を防ぐことに成功した者は言う。
ベルグという言葉に反応していた視線をはっきりと覚えているからこそ、ランシュがベルグ関係であり、ベルグはミラング共和国の政府内に関わったことはないという記憶と同時に、ランシュが考えそうなことを想定し、その中の心配事を理解し、安心させたのだ。事実の言葉によって―…。
そして、この人物とて、今、ランシュの目の前で、自らの名を名乗る気はない。ここは戦場である以上、お互いが同じ人物と親交があるのは知られるべきではない。特に、ベルグがそのようなことを望むはずもない。
だけど、そのような考えは、一瞬のうちに、打ち砕かれてしまうのだった。
「グルゼン親方!!! そんな奴倒してください!!!!」
と、一人の兵士の声が聞こえる。
そして、そいつは、今しがたグルゼンを追いかけてきた、自らの師団の下にいる部下であった。
(やっぱりついてくるのかよぉ~。まあ、生き残れるだけマシか。まあ、もう一人ほど、天成獣の宿っている武器を扱っている者がいるようだが―…。まあ、今、戦っているのは、第四師団というところか。こういう攻め方をするということは、奇襲があったのか? それよりも、ベルグが期待している奴の実力を見極めることにしよう。期待が持てなければ、殺す!! ここは戦場だからなぁ~。)
と、グルゼンは心の中で思う。
その表情は、獰猛なライオンのように、獲物を狩る目をしている。
グルゼンにとって、ランシュは、まだ、期待を抱かせるというわけではないが、可能性はないとも思えない存在だ。久々の心の高鳴りに嬉々する。
ゆえに、冷静に、抑えられたが燃え広がり続ける興奮を感じるのだ。
(グルゼン親方ね。何かそう思えてしまうわ。)
と、ランシュは心の中で、グルゼンのイメージを思ってしまう。
そう、親方!! 名前というか、そういうイメージを―…。グルゼンの部下がグルゼンのことを読んでいる仇名を―…。
ランシュは地面に足を付け、構える。
「何、俺の名前を言ってんだ!!! まあ、そのことはいい。お前らは、こいつ以外を倒せ。こいつは俺の獲物だ。楽しませてくれよ、ベルグに気に入られた奴なら実力は十分にあるだろ。」
と、グルゼンは言う。
だけど、ここにいる自らの部下は、ほとんどいない。仮に、細かい作戦の指揮をしてしまえば、問題になるが、それでも、ここで、大勢を立て直すことができなければ、第四師団の損害はより多くのなるのはわかる。
結局は、気休めでしかないが―…。
グルゼンもそのことを理解するのだった。
ヒルバスの方も、ランシュのいる方へ向かうことなく、攻めてきているミラング共和国軍の第四師団の兵士を相手にするのだった。グルゼンという存在が強すぎるものであり、ランシュ以外に、今、この場で対処することができないと感じて―…。
そして、さっきのグルゼンの言葉に、ランシュは冷や汗を感じてしまう。
なぜなら、
(こいつは、俺でも勝てるかわからない。武人…、そのものだ。武というものを極めた人間が到るとされる領域に達しているのではないか。)
と、心の中で思ってしまったのだ。
グルゼンの姿に、歴戦の覇者というものを感じ、かつ、この人物が大将であるならば、ランシュは一切、軍事的なことでは勝てないのではないかと思わせるほどに―…。そして、同時に、ランシュよりも上の武という面での領域に達している、達人といわれてもおかしくないと感じてしまうのだった。
ゆえに、ランシュは、自らの長剣をずっと、構え続ける。
油断が自らの生の終わりだということを、無意識のうちに理解するのだった。
「俺を脅威と見て、他の兵士を目にもくれず、俺に剣を構えるか。見たところ騎士と言った感じか。なら、正解だな。だが、兵士としては不正解としか言いようがない。俺を楽しませてくれよ!!」
と、グルゼンはランシュを褒める。
グルゼンとしては、まだ、可能性があるかもしれないという感じではあるが、ちゃんと自らの脅威を正確に理解していることに対して、成長する可能性を感じなくもない。
そして、ランシュの剣の構えおよび、服装から騎士であると、理解する。
リース王国の騎士であることがわかっている以上、兵士とは違い、騎士は守ることを主である。だけど、任務を遂行する兵士として不正解、間違っているとしか言いようがない。
兵士は、任務を遂行しなければならない。そのためには、時として、多大な犠牲をも覚悟しないといけない時がある。その時、指揮官はちゃんと見極めないといけない。そういうことができない指揮官は、最悪の結果が待っているのだから―…。
多大の犠牲を出すことは、それ即ち、次の作戦の成功可能性を減らすことを意味する場合が多いのだから―…。数は重要な要素であるし、優秀な練度のある兵士は多すぎて足りないということは、この場合、存在しない。
ゆえに、多くの場合、指揮官というものは、なるべく味方の兵士の損害を少なくするように動く。人という生物は、未来を完全に見通すことなどできやしないのだから―…。そのことを本当の意味で理解している人は、いれば奇跡という感じであろう。
そして、グルゼンは、これからの戦いを楽しみながら、すぐに剣を構え、ランシュに向かって、ランシュの視界から消えるように移動する。
そう、一瞬、グルゼンは屈んで、そこから、前に低く飛ぶような感じで、走る。
そして、このことに対して、ランシュはグルゼンが消えたと感じたが、それでも、ここから逃げるものとは考えておらず、その移動の仕方は、天成獣の宿っている武器に選ばれた者の動きではないと感じるのだった。
天成獣の宿っている武器を扱う者なら、一瞬のうちに消え、すぐにでも、ランシュの背後に回って、攻撃してくる。それがない以上、グルゼンは天成獣の宿っている武器に選ばれたわけではないことがわかる。
グルゼンも、ランシュがグルゼン自身のあること、そう、グルゼンは天成獣の宿っている武器を扱っていないことに気づいていると、理解することができた。
ゆえに、
「生憎よ~、俺は、まだ、天成獣の力の宿っている武器に選ばれていないんだよ。ベルグも探してはくれているのだがよぉ~。それでも、天成獣の力の宿っている武器を扱っている者には負けないほどの膂力はある。技術で…な。」
と、グルゼンは言う。
今回は、殺し合いになる結果にならない以上、言ったとしても問題はない。
これで、ランシュとグルゼンの差がなくなるというわけではない。
こんな情報は、グルゼンの強さを揺るがすものではない。
「!!!」
そして、ランシュは、すぐに、グルゼンのランシュの目の前からの剣撃を後ろへと、飛ぶことで避ける。
その刹那―…、
(喋っている言葉さえも意識をそこへと惹きつける。とんでもない奴だ。 一瞬でしゃがんで、素早く移動し、攻撃してくるとは―…。接近戦じゃないといけないし、距離を取っても意味がない。グルゼン親方というのは、俺が今まで見た中でベルグに次ぐ強者であることに間違いはない。)
と、ランシュは、心の中で思う。
グルゼンの最初の攻撃がどういうものであるかを、ランシュは理解する。そして、思考する。
(右!!)
ランシュは、足を着地させると、自身の右の方から、気配を感じた。
ゆえに、素早くに視線を右に向けると、そこにはグルゼンがおり、すでに、ランシュに向かって剣を振り下していた。
すぐに、ランシュは、自らの武器である長剣で防御の態勢をとる。
キーン。
二つの剣の衝突する音がなる。
そう、ランシュは、グルゼンの攻撃を防ぐことができた。
だけど、グルゼンの剣撃による威力が強すぎて、弾き飛ばされそうになるのだった。
それでも、持ちこたえることに成功する。
グルゼンとランシュ、両者ともに、相手に視線を向ける。
「なかなかやるねぇ~。まあ、ベルグの知り合いで期待されているようだから、殺すようなことはしないさ。そして、お前に言っておく必要があるな。お前は、強くなるだろうな。騎士としてよりも、天成獣の扱っている武器の扱い手の一人として―…。だけど、知っておかないといけない。天成獣に選ばれたからと言って、それだけで最強になれるわけがないということを―…。」
と、グルゼンは言う。
さっきの動きで、グルゼンは、ランシュの実力が、これからさらに成長するだろうという予感を―…。
ゆえに、ここで、ランシュを殺すことはしない。
ベルグがランシュに肩入れするだけのことはある。
折角の強者になろうとするものが現れたのだ。
ミラング共和国軍を今回のミラング共和国とリース王国との戦争が終われば辞めることになっているのだから、ミラング共和国のために殺しておく必要はない。ランシュに対処できないようであれば、ミラング共和国が生き残る価値はないのだ。脅威を正確に正しく理解し、その脅威の意図が何を自らの妄想なく理解できないのであれば、国としての寿命は短いし、のさばらせてもろくなことにならないので、滅んだ方が良い。
その時に、多くの犠牲者がでるのは仕方ないとは言えないが、恨むのなら、そのような選択肢しかできなかった、国の権力者やそのグループたちであろう。彼らの言葉や政策に騙された国民は、そいつらに憎悪を向けることができなければ、きっと同じ過ちを繰り返すのだから―…。向けたとしても、世代が経てば繰り返すことは避けられなくなるだろう。
まあ、このような国を滅ぼすようなことにならないようにするのが、一番ベストの選択であることに、間違いはないのだろうが―…。人は世界を完全に把握することができない以上、これは難しい話になる。だけど、その方向に向けていくことを怠ってはいけない。それは、知ることを放棄することになるのだから―…。
そう、知ることを放棄してはならない。たとえ、それが苦痛を伴うものだったとしても―…。
そして、グルゼンは、天成獣の宿っている武器に選ばれたからと言って、それだけで最強になれるわけがない。この世には、常識という名の終わったと信じられた事柄に、完全な普遍性も不変性も存在しないことを―…。
「俺もグルゼン親方の言うことには賛成する。だけど、俺も天成獣の宿っている武器を扱えるからと言って、慢心していたわけではない。俺は、俺の目的のために強くなる!!!」
と、ランシュは言う。
ランシュとしても、グルゼンの意見を理解できないわけがない。天成獣の宿っている武器に選ばれたから、最強になるチャンスを手に入れたわけではない。その力を磨き、自分として、追及していき、実践してきて、相手を理解し、越えようとするから、なるチャンスがもらえるのだ。ゆえに、グルゼンは強者であり、ランシュは自身の経験と実践によって乗り越えたいと思えた。
(これが俺の気持ちだ。こいつが、ベルグの知り合いであったとしても、俺の目的のために―…。)
そして、ランシュは、自らの目的、そう、自らの母親と妹を殺し、クルバト町で虐殺をおこなったエルゲルダ、そして、それを認めたレグニエドへと復讐するために―…。
それを成功させるために、グルゼンよりも強くなる必要があった。グルゼンよりも強くなれば、それだけ、復讐の成功確率が上がると理解して―…。武力という面で―…。
一方で、グルゼンは、ランシュの目を見て―…。
(こいつは、復讐者の目だ。面白い。ランシュ、お前のすべて見させてもらう。)
グルゼンは、獰猛な笑みを見せ、何か面白いものを発見したかのように、笑い始める。
「ガハハハハハハハハハハハハハハ、気に入ったぜ。少しだけ俺の本気を出してやるよ。」
グルゼンは少しだけ本気になる。
これは、グルゼンにとって、久々のことだった。
数分後、ランシュとグルゼンの戦いに決着が着くのだった。
勝者は勿論、グルゼンで―…。
番外編 ミラング共和国滅亡物語(41)~序章 アルデルダ領獲得戦(41)~
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
ここからは、停戦交渉、ランシュとグルゼンの一騎打ち、後は―…。山場だな。
では―…。