第131話-2 目的達成したと思っていたけど
本日、二度目の投稿です。
前回までの『水晶』のあらすじは、第十回戦第六試合に瑠璃は勝利して、ランシュの企画したゲームでランシュ率いるチームに勝った。だが、そのことは、ラーンドル一派のトップであるアングリアにとっては、またとない好機であり、事前に準備していた作戦を進めていくのであった。
走る。
目的の人物のいる場所へ―…。
(はっ、はっ、はっ。ハルギア様は、リースの中の港湾工事現場にいる。瑠璃チームが勝ったと知らせて、競技場へと向かうように指令をしないと―…。)
と、心の中で一人の伝令を受けた人物は言う。
そう、この人物は、第十回戦第六試合の終了後、アングリアより瑠璃チームが勝利したことをハルギアへと伝えるために、目的の場所へと向かっているのだ。
この人物は、アングリアの私設暗部の中の一人であり、表に出せない仕事をもう、五年以上こなしている。
天成獣の宿っている武器を扱うことはできていないが、それでも、持ち前の足の速さと運動神経が良さで、このように伝令の仕事を任されているのである。
このような任務をこなす方が良いと判断したのは、メルギエンダである。
そして、アングリアからの任務を完遂しようとする。
が―…。
「!!」
リースの市街の中の港湾と競技場の中間地点の裏路地の中を走っていると、そこに、幾人かの黒いフードを被った人物が、この人物の目の前に現れる。
(何者だ―…。ただの街のチンピラか。それなら、すぐにでも対処のしようがあるが―…。動きからして、そんな感じはしない。俺と同業の輩か。)
と、心の中でこの人物はこう推察する。
このアングリアからハルギアへの伝令を命じられた人物にとって、焦りという表情はないわけではなかったが、それでも、焦って事態が好転するということはないということを理解しているので、冷静になることはできた。
冷静になれば、今、この人物の目の前にいる人物をしっかりと観察することができるようになるし、どういう人物なのかを正確性を高めて、推測することが可能になる。
「お前らは一体―…。」
と、この人物は、冷静に、警戒しながら、言葉を発する。
この人物がわかっているのは、自らと同じような職に就いている可能性があるということだけである。
完全ではないが、自らと敵対しており、ハルギアへと情報を伝えないようにしているためか、もしくは味方であり、道中の安全を確保しようとしてくれているのか。
ここで大事なのは、最悪の事態を想定しておく必要があることだと考えると、前者の敵の可能性があると仮定した方が、いざという時に対処できるものだ。
「……………お前が知るのは後で十分。」
と、言っているとこの人物の目の前のいる人物たちの真ん中の人物が言っている途中で、この人物は―…。
(今だ!!)
と、心の中でこの人物は、言いながら、すぐに移動を開始するのだった。
そう、目の前にいる人物を通り抜けて、ハルギアの許へと―…。
だけど、そのようなことが許されるわけがない。
「お前は、俺たちが天成獣の宿っている武器を扱えないとでも思っているのか?」
と、さっき言葉を言っていた人物が、この人物が逃げるのに気づいて、すぐに言葉を発するのだった。
目の前の黒いフードを被った人物の本当の実力を見破ることができないということに、心の奥底で呆れながら―…。
そして、黒いフードの真ん中の人物が、この人物に追いつき、すぐに―…。
「次に意識を取り戻した時―…、お前は自らが受けた命令を自白するしか道はないだろう。いや、自白せずとも情報提供するのだがな。」
これぐらいの文章を口に出して言えば、相手に逃げられる可能性があるのに、黒いフードを被っていて、この人物に話しかけた人物は言うが、それでも、この人物を逃がさないようにするぐらいのことはできる。
この人物が逃げる方向に只管、先回りすることであった。ほんのわずかの移動でしかないが、それでも、天成獣の宿っている武器の恩恵により、そうじゃない人よりも速く動くことができるのであった。
そして―…。
「ガァ!!」
この人物は、手とうにより、首にあてられ、意識を奪い取られるのだった。
この人物の視界は、一瞬にして黒になり、時間という概念からワープしているかのような感覚になる。
一方で、意識を奪い取った黒いフードの人物は、
(お前が殺されることはないだろう。伝令程度を殺したとしても、こちらの方の不利益が大きい。それに我々の作戦は動いている。ハルギア、アングリア、お前らは今日、完全に終わる時を迎えるようだ。残念ながらな―…。)
と、心の中で言う。
天成獣の宿っている武器を持っているこの黒いフードの人物にとっても、人を好きで殺すようなことはしない。必要以上にも殺したりするわけがない。
あくまでも、任務に忠実ということであり、天成獣の能力が暗殺向きだったことに他ならない。
そして、このアングリアからの指令を受けて、ハルギアへと伝令に向かっていたこの人物をこの場で殺す気はないし、有能な人材であることは確かなのだから、自白させた後、こちら側につくように説得するつもりの予定だ。
いや、こちら側につくことになるだろう。確実に―…。
理由は、黒いフードが誰の命令で動いているかということによるのだ。
「向かうぞ、場所に―…。」
と、黒いフードのこの人物を気絶した人物が言うと、この人物を軽々と抱え、ある場所へと消えていくのだった。
その様子を見るものは、誰もいなかったという。
リースの中にある競技場の中。
(……………まだか。)
と、アングリアは心の中で苛立ち始めていた。
だが、すでに、ハルギア以外にも傭兵隊をちゃんと雇っており、一般人の格好で紛れませている。
数にして五百人ほど。
いくら天成獣の宿っている武器を扱うことができる者たちでも、試合後では十分に実力を発揮できないことは、どんな人でも理解できることだ。
無限にその力を借りられると思ってもいない限り―…。
そのことをアングリアはしっかりと知っているし、執事のメルギエンダがそのことを十分に指揮やどういうことをやりたいのかを傭兵隊長にしっかりと伝えているのだ。
だけど、それでも、アングリアに我慢するということが中々に難しいことに変わりはない。なぜなら、アングリアという人のこれまでの人生は、ほとんどが自らの思い通りになるようなものであり、思い通りにならなかった時はその対象を排除しているのだから―…。そう、最悪の場合は、その対象の生を終わらせるということで―…。
ここで、アングリアの様子を見て苛立っているのがわかったのか、
「アングリア様。ハルギア様の所は、それなりの距離がある以上、伝令の者が戻ってくるのに時間がかかるのはしょうがないことです。それよりも、こういう機会を生かさないというのは良くないと思いますし、すでに、傭兵隊五百人ほどを競技場内に潜りませております。一言、アングリア様が命令すれば、すぐに競技場を制圧することもできましょう。どうなされますか?」
と、メルギエンダが言う。
少し考えて、
「そうだな。制圧さえしてしまえば、セルティー王女の王位宣言とともに、宰相をハルギアにして、俺が裏で実権を握れば―…、もう一度、あの頃のように自由に―…。リースの富はすべて俺の物だ。」
と、アングリアは言う。
このアングリアが言っている言葉は、競技場の中の観客席の貴賓席と呼ばれる場所であり、かつ、声が外に漏れないようにしている状態で話しているので、貴賓席にいる人以外には聞こえていない。
そして、アングリアの野望というのは、二年前のランシュのレグニエド王の暗殺事件によって、完全ではないが、その時から失っていたリースにおける実権の回復と、同時に、リースの富をアングリアのもとへと集中させることだ。
リースの富は、アングリアの物でしかないのだ。
リースの人々は、アングリアのために働き、貢ぐことこそが本来の姿なのである、と、アングリアは本当にそう思っているのだ。
アングリアは、あくまでも、彼の一族が商会のトップを務めていて、その職を偶々運よくアングリアに譲られたからにすぎない。そこに、アングリアが認められるような成果も、信頼関係などにおけるように、商会の職員からの本当の意味でのアングリアのために働きたいと思わせることは全然できていないのだから―…。
そこにあるのは、仕事はしっかりとするが、あくまでも惰性に近い感じのものでしかない。
ゆえに、信頼というものは、本来の意味では、この人物に属するのだ。
(この人は相変わらず、自分がどう思われているのか何もわかっていないのでしょう。ラーンドル商会のトップとしては向かないものです。先代にしても能力というかその器ではないだろうと思われるが、周りがしっかりとしていたから上手くいっただけにすぎない。今日で、アングリアは終わるだろう。神が王に災いを与えるように―…。)
そう、心の中でメルギエンダが言う。
メルギエンダは、ラーンドル商会における部下からの信頼は厚い。というか、彼が上手く回すことによって、何とか商会が成り立っているのが現状だ。
そして、メルギエンダはこの場面では、心の中で思わなかったが、ラーンドル商会を継いでほしいのは、ニドリアであった。ニドリアはしっかりと商人として必要な知識や技術、経験をランドリアとニドリアの母親からしっかりと受けており、本人も商才があったのだろうが、しっかりと自らの商売の基盤を築いている。
さらに、ランドリアには、娘以外にも一族はおり、今、現在のランドリアがトップを務める商会であるドリアル商会の後継者は、ランドリアの弟の子どもに決まっており、彼がしだいに重要な商会の職務を担うようになっており、いつ彼が商会のトップになってもおかしくないほどだ。
ゆえに、ニドリアをラーンドル商会のトップにしたとしても、ドリアル商会にとっては痛手どころか、双方で上手く海外貿易の分担をおこなうことができ、双方の船をシェアしながら、商売網を大きくして、双方の商会の発展へと繋げられる可能性を秘めているのだ。
だが―…、それはいつまで続くかはわからない。どこかで敵対するという未来から逃れることが完全にできないということが確定している以上―…。対策して、なるべく起こさないようにすることは可能であるが―…。
そう思うと、アングリアの味方っているのだろうか、と思ってしまうが、それでもいるのが現状であろう。欲に目が眩んだ者たちであろうが―…。
「わかりました。では―…。」
と、メルギエンダが言うと、自らの部下を一人呼ぶ。
「なんでしょうか、メルギエンダ様。」
「ええ、傭兵隊長に中央の舞台および観客席の中に入って包囲および観客を人質にするように―…。中央の舞台にいる者たちは抵抗すれば、すぐに殺してしまって構わない。これはアングリア様の命令です。」
「わかりました。」
そして、指令をおびたものを、傭兵隊長に伝えるために、移動するのだった。
(ふむ、これから始まりますか。)
と、メルギエンダは心の中で、どういう決着になるのかを予測しながら―…。
メルギエンダは自らの勝利を確信するのだった。
一方、リースの港湾工事現場の一角。
そこにある倉庫は、ラーンドル商会の所有物である。
その中に、百人ほどの人たちが武装しているのだった。
「試合の方はどうなっているのだ。まだ、続いているのか?」
と、ハルギアは少しだけ苛立ちながら言う。
ハルギアもわかってはいる。そう、人が戦う試合が自分の思い通りになるということが少ないということを―…。
ハルギアもこの二年の間に、各国や各領主を回って、リースでのラーンドル商会および自らの復権を目指して、リースへと攻めるように促してきた。
だけど、実際にリースを攻めたのは、二つの国のみだった。
理由に関しては、攻めない国はそれぞれ理由が細かい所で異なっており、大まかに見ていくことになり、攻めた国は個別な理由でみていくことができる。
まず第一に、リースを攻めないという選択をした国や領主たちは、ランシュという人物の能力をレグニエド王の暗殺された時に参加していた使節の報告と、ミラング共和国のシエルマスのトップを倒すことができるほどの実力をランシュが持っていることを情報として把握しており、かつ、ある人物がリースを攻めても損にしかならず、返って、滅ぼされるということを事前に通告していたことを信じて、リースに攻めるのは危険を判断したからだ。
これは、リースの公的なものではなく、リースに関係していて、レグニエド王の暗殺現場にいた人間が送った私的な使節により―…。
第二に、リースを攻めることを選択した二国は、第一のリースを攻めないという選択をした国や領主たちのような情報を把握してはいたが、ハルギアの説得と、ある人物の使節よりも先もしくは彼らが言っていることを嘘だと断じてハルギアが言ったことによる―…。そう、ハルギアとの繋がりや信頼関係が強くあった国の二つなのである。
それぞれを見ていく。
一つの目は、ランシュがリースの実権を掌握する基盤がまだ弱い段階のレグニエド王暗殺事件の一か月後に、旧ミラング共和国の二つの領地の反乱と、同時に、その隣国であるプアリレア国がリースに向かって宣戦布告してきたのだ。この旧ミラング共和国の二つの領地とは、リース王国がミラング共和国を滅ぼした後に、領主の家がそっくりラーンドル一派の息のかかった者たちに代わった場所である。そこでは、その新たな領主によって、悪政がおこなわれていて、住民の中に不満の意識があり、それを逸らすことも含めて、領主たちがリースによって苦しめられていると唆して、反乱を起こさせている。そして、隣国が味方であると信じこませて―…。
で、プアリレア国は、レグニエド王暗殺事件後、ハルギアが真っ先に逃げ込み、ハルギアと組んだプアリレア国の民族主義者が組織した部隊がクーデタを起こし、彼らに実権を掌握され、基盤を無理矢理に確保して、ある人物が派遣した私的な使節やレグニエド王暗殺事件を目撃した使節の言葉を無視して、リースを攻めるのだった。そう、理由は、リースを不法にランシュによって、政権が掌握され、悪政を防ぐために、プアリレア国がリースを正統な王政に戻すために、リースに対して宣戦布告した。
実際は、ランシュの抹殺と、ラーンドル一派のリースにおける復権を目的としていたハルギアと、プアリレア国は世界を支配し、プアリレア民族が劣った人々を支配するか、排除することを目的としていた勢力であるプアルレア民族至上戦線が、お互いの利益を妥結することで達成できると双方が判断したことによる。この結託は結局、ランシュを抹殺して、リースを掌握してしまえば、亀裂が発生し、争うことになるとしてもおかしくないものであった。
だけど、このことによるリースとプアリレア国との戦争は、十の騎士の中のイルターシャとニード、文官としても参戦したレラグによって、プアリレア国とハルギア一派の敗北に終わった。プアリレア国は滅亡し、新たに、ランシュと結託していたプアリレア民族至上戦線によってプアリレア国の中枢が追われていた勢力がプアリレア共和国として新たに建国するという結末となった。
それは、リースの基盤を固めきれておらず、プアリレア国を支配する力はなかったので、共和国の政治勢力に任せることにした。その分、貿易で優遇処置をもらうことができたが―…。
ハルギアは、負けるとわかって、どこかへと逃亡するのだった。
一方で、リースの領土内で反乱を起こした旧ミラング共和国の二つの領地に関しては、現領主を捕まえて、処刑し、一族は国外追放の処分を下した。そして、二つの領地は、住民から信頼のあった現地の者たちを領地の代表とする形にし、世襲に関しては、後に決めることと決定した。領主になった息子が無能で、かつ、足を引っ張る可能性がある存在かもしれないということを警戒して―…。
二つ目は、レグニエド王暗殺事件の一年後に、リースの東側のプアリレア国ではなく、ほぼ北西側に接している大国と言ってもいいアールワ王国がハルギアの意見を受け入れて攻めてきた。だけど、今回は、アールワ王国ということがわからないようにするために、盗賊に変装して攻めてきた。
その盗賊の問題がリースの中で大きな問題となり、クローマとメルフェルドが派遣され、盗賊の正体がアールワ王国がリースを侵略するための下準備であることがわかった。この盗賊行為を撃退できないリースということを宣伝して、リースが弱いことを利用して、アールワ王国は、リース周辺の国と同盟を締結して攻め、滅ぼそうとしていたのだ。
ハルギアは、アールワ王国が自分をだしに使って、リースをアールワ王国のものにしようとしており、かつ、リース占領後はハルギアを秘密裡に処分しようと察知して、ラーンドル一派と接触して、海の向こうに逃げるのだった。
そして、アールワ王国に対して、リースのランシュはイルターシャとニードを賠償交渉の使者として派遣する。しかし、アールワ王国側は、イルターシャとニードを暗殺しようとして失敗し、本格的な開戦となり、十の騎士とランシュ自身が戦線に出て、二週間ほどで決着をつけるのだった。
その結果、アールワ王国の首脳部は戦闘で戦死したことになった。それも、ランシュとヒルバスがアールワ王国の首都カルナルエのカルナルエ城に侵入し、リースへの盗賊行為を働いた主犯者たちを殺して、首を晒して、アールワ王国を征服するのだった。
このような出来事により、ランシュという存在は周辺諸国に恐れられ、かつ、ハルギアにとってはこの一年ほど、リースの周辺国に対して、リースのラーンドル一派の政権回復を主張しても、見向きもされなかった。
そして、ランシュが企画したゲームに、アンバイドがいることを知った時、ハルギアにとって、好機到来と判断したのは無理からぬことだ。アングリアも同様であり、両者は、ランシュを瑠璃チームが倒してくれると思い、ランシュが倒された後に、作戦を実行しようと判断した。
ランシュが企画したゲームのルールや内容、どこでランシュが出場するのかという情報をしっかりと調べて―…。
そして、第十回戦が最終回戦であることを知り、ここに集められるだけの傭兵をリースにランシュに気づかれないように集めたのだ。そのために、どれだけの時間、金を消費したのか。まあ、その金は、ラーンドル商会の金であり、ハルギアの金ではないのだが―…。
「そうかもしれませんね。よほど、良い試合をしているのか、時間稼ぎをしており、決着が着いていないのでしょう。」
と、ハルギアの横にいた、傭兵隊の幹部が言うのだった。
この人物は、傭兵隊の中でも優秀な方であり、傭兵隊長からの信頼もある。だからこそ、一隊を率いるのを任せられているのだ。
そして、そこに―…。
「ハルギア様、お伝えしたいことがあります。」
と、倉庫の外から声がするのであった。
その声にハルギアは、
(来たな。)
と、心の中で喜ぶのだった。
まだ、この時点で、ハルギアは、第十回戦の勝利チームがどちらかを知っているはずもないが、それでも、自分にとって都合の良いことを思うのだった。
第132話-3 目的達成したと思っていたけど に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
今日の投稿はここまでにしようかと思います。文章量も今回は多いので―…。
では―…。