第96話-2 自分の真実を知る時
前回までのあらすじは、魔術師ローによって、瑠璃とイルーナが血縁関係であることがわかる。そして、ローの魔法により、瑠璃がどうして現実世界へと向かったのかを瑠璃の記憶から見ていくことになる。
ただし、語り手の視点から聞くものおよび読むものたちは見ていくことになる。李章、礼奈、クローナ、セルティー、ロー、ギーラン、イルーナが見たもの以上のことを付け加えて―…。
12年前。
一人の妊婦がいた。
その妊婦とは、もちろんイルーナである。
横では、ギーランがいた。さらに、イルーナの足の部分で開いている近くには、産婆が二人いた。
これから、出産がおこなわれようとしているのだ。
すでに、数日前からイルーナは、港町にある産婆の家で泊まっていた。理由は、産気づいてからでは、対処ができないであろうし、前のミランの出産の時も、同様にしたから、今回もそうしたのである。
(ギーランだと対応はできそうにないだろうし―…。)
と、イルーナは、心の中で思うのだった。
ギーランを悪く言うことに関しては、申し訳ないと思うのだが、それでも、ギーランがこういう場面で役に立ちそうとは思えなかった。
ゆえに、一緒に出産を見守ることは、ギーランにしてほしくはない。むしろ、外でミランを相手をしてくれるとありがたい。
「あなた、外でミランの相手をしてくれる。」
と、イルーナは言う。
「だが―…、我が子を―…。」
と、ギーランは、ここにいるという意思を示そうとする。
ギーランとしては、イルーナの出産ということで、これから生まれる自分の子を早くだっこしたいという気持ちが前面にでてしまい、それを達成させるために、出産部屋の中で、直接イルーナの出産を見届けているのだ。
だけど、このような行為は、イルーナにとってストレスにしかならないのだ。こういう時は、男が余計に思えてしまうのだ。出産できる技術や経験を持っているのなら別だけど―…。
「あ・な・た。」
と、威圧をかけるようにして言う。
もしも、物理的な力ではギーランが圧倒することが現状において事実なのであるが、言葉による威圧は明らかにイルーナの方が圧倒的に上なのであった。それほどに、ギーランが出産部屋で、出産のシーンにいられるのは、苛立たしいことであった。
それでも、イルーナはギーランを愛しているので、ギーランを嫌いになりたくないから、ギーランにはそのイルーナの意図を組んでほしかった。
イルーナの圧力で、渋々であるが、ギーランは外に出るのであった。
ここで、時はさらに遡ることになる。
ここは、とある研究所と言っていい。
場所としては、リース王国の隣の国にあるといっていい。
国家や領主からの支援を受けているわけではないが、大口の商人のいくつかから支援を受けている。その商人たちは、この地域で大きな力をもっている。
場合によっては、国家や領主よりも―…。
だけど、そんな彼らでも、ここのことを公にすることはできなかった。できるはずもない。している研究は、危険なものでしかなく、表になってしまえば、社会的大問題が発生してしまい、場合によっては、商人たちの身が危険に晒される可能性があるのだ。
それなら、しなければいいのではないかというかもしれない。
それでも、ここから得られる成果というのは、時々、社会にとっても還元できてしまうのだ。その時には、安全というものがある程度保障できるものではあるが―…。
そうなってくると、その研究に出資した商人たちは、その研究を社会に還元できるということを一様の表を目的として商売を始めるのだ。だけど、実際は違う。その研究によって自らの財というものを増やしたいのだ。そう、自らの利益の最大化という追及をなして、成功したいのだ。また、あくまでも、社会に還元するとしても、自分たちにその研究というものを独占もしくは寡占で集中させておきたいのだ。そうすれば、自らはずっと利益を得られるのだから―…。
一方、研究をおこなう人たちは、自らの好奇心のために為すがままにおこなうのだ。これは、良い面で発揮すれば、人々に多くの利益をもたらし、リスクというものが最小限になるが、悪い面では、人々に多大な被害と不利益をもたらすのだ。
だけど、ここの研究所にいる研究員たちに倫理観というものがあるのは、全員ではないとしても、上の人間の研究者ほど、それが欠如している者が多い。なぜなら、ここでは、倫理的に良くない実験でもおこなうことが可能だからである。安全を確かめることなく、人を使うこともあるぐらいだ。彼らにとっての関心事は、研究の成果というものでしかないのだから―…。それでも、この時は、上の人間に倫理観というものを最低限ではあるが、持っている者たちもいた時期であった。
研究所の研究室では、ある実験についての話し合いがおこなわていた。
「我々の機器による観測では、この世界とは違う別の世界が存在していることがはっきりとわかりました。」
と、一人の研究員が自らの成果を報告する。
この研究室にいる研究員は、全部で七名ほどだ。最初に言った研究員は、まだ若手と言ってもいいが、研究するうえでもセンスは抜群といってもいいだろう。周りの人間もそのことを認めている。
その研究員の言葉を聞いた、研究室で一番偉いと思われる人物は、
「ほう、そうか。これは大きな発見ではないか。だが、まだ、発見した世界について表立って報告するわけにはいかない。我々のスポンサーたちの意向というものがある。彼らは、自らの利益を欲するものたちだ―…。意味のない研究では、その資金を打ち切られることさえもある。我々は、国家や領主たちの庇護下で研究していない以上、無駄なものと判断されれば、すぐにでも資金援助を停止してくる者たちの資金で研究をしている。」
と、顔を喜ばせながらも、大丈夫かという表情をしながら言う。
この研究室で一番偉い人は、副所長といわれており、この研究所における所長に次ぐ地位のものであり、長年、数々の研究で成果をあげているのだ。そんな人物も、まだ、好奇心というものがいまだ衰えておらず、次々にこれをやってみたい、あれをやってみたいということが頭の中から浮かんでくるのだ。そのせいかは完全に判断することはできないが、結婚することもなく、研究所で数十年以上寝泊りをしており、かつ、研究所の外に出るということもない生活を送っているし、そのことで満足も得ているのだ。
副所長は、今、若手の研究員と言ってもいい人物が言った報告を聞いて、別世界を発見したことは、心から素直に喜べることであるが、出資者が自らの利益を追求する商人である以上、利益、特に、金銭的な利益が得られるものかが重要となってくるのだ。そうしないと、彼らは、損をしてしまうことを嫌うから、支援金を出してくれなくなるからだ。
まあ、簡単に言ってしまえば、出資者へのご機嫌を損ねないようにしておく必要があるのだ。自分たちの研究を続けていくためには―…。
(まあ、今回で一番重要なことは、こことは別の世界へと自由に行き来することができるようになることだな。その安全さえ保障することができれば、スポンサーは確実に満足していただける。だけど同時に、我々は、商人たちがこの別の世界を独占することだ。まあ、我々にとっては関係のないことになるかもしれないが、それが王国や領主たちにバレることだ。そうなってしまうと、彼らは、その利益に与ろうとして、確実に、我々への交渉をおこなってくることだろう。利益にはなる。だが、出資者たちがどう思うか。)
と、副所長は、心の中で思う。
副所長としても、出資者が何に興味をもつかわかるし、別の世界があるということが他に知られれば、確実にここへと至ってくる組織が出てくるののは事実である。その組織との関係を築くことは、研究を進めていく者たちにとっては、利益にしかならないことであるが、一方で、出資者たちは、自らの分け前が減ってしまうのを危惧して、こちらへの研究の出資をやめ、研究情報を他に漏らさないとも限らない。ゆえに、副所長は難しい判断を迫られているといっても過言ではない。
そして、続けて心の中で副所長は言い始める。
(一番狙われたくないのは、あいつだな。ベルグとか言っている人物だ。どうやってリースの中枢に入り、出世していったのかわからないが、あいつは、リースでも宰相をしていたような人物だ。世間にはあの事件以後、宰相を辞職して、姿を消し、逃げたとされるが―…。どうも、何を考えているのかわからない不気味な奴だ。過去に、何をしているのか探ろうとして、裏の者を送ったが、全員が殺されていやがった。それも堂々と、ここの研究所まで送り届けてきやがった。死体を―…。それ以後、ベルグは、何もしてこないが、目を付けられないようにしておかないと―…。ああいうのが一番やばい。)
と。
副所長としても、ベルグの存在というのは、とてもではないが、関わりたいような存在ではない。確かに、才能が素晴らしく、その才をうまく使って、人を纏めており、彼自身に人を引き付けるカリスマ性というものを感じてしまう。
だけど、気を付けないといけない。ベルグには、好奇心のためなら、他者すら危害を加えかねない、いや、世界をも滅ぼしかねない人物なのだ。好奇心で行動する副所長だからこそ、自らの同類に気づくことができたのだ。
たぶん、他の人物でもベルグの本当の性格については、気づくことができないであろう。ある程度の倫理観というものをしっかりと把握し、それに合わせることがベルグはできてしまうために厄介な存在でもあるのだ。そうでなければ、すぐに周りの者たちがその危険性に気づき、何とか排除することによって、ベルグという存在を日の目に当たらせることも、好奇心通りに生きていくということもさせずにできるのだが―…。
ゆえに、副所長としては、関わらないというのが一番の選択肢であるし、世間に対して、一つでも情報を漏らせば、ベルグは確実にこちらの動きというものを理解しかねないし、確実に自分たちの研究を再現もしくは自分たちよりも早く成功させてくると感じたので、慎重になるのだった。
そして、副所長は、周りを見てみると、シーンと静まりかえっていた。それは、副所長の静かさがあまりにも怖く感じられるものであったことから、自然と研究室内の声がなくなってしまったのだ。一時的にではあるが―…。
「まあ、この別の世界を発見した件に関しては、しばらくの間、この研究室にいるメンバーだけの秘密にしておくのがよい。あと他には―…。」
と、副所長が言い、別の世界に関すること以外の研究で何か報告すべきようなことがないかと聞くのであった。
そして、いくつかの報告を聞いて、今日の会議は終わり、各自、今日一日研究へと向かうのであった。
時間は、夜。
この研究所では、時間感覚というものが麻痺してしまう。
一面が白という色で統一され、模様もなく、簡素で、どこにいるのかがわからなくさせるものだった。
技術に関しては、この半島および別の大陸の技術などを取り入れている。
別の大陸と思われる場所にある砂漠の向こうにある国であるサンバリアの技術が特に取り入れられている。
あそこは、この半島で最も栄えていると言っていいリース王国よりも発展し、王国であるが、科学技術は、昔存在し、ある日、滅んでしまった帝国の技術を引き継いで、少しではあるが発展させているようだ。
そのサンバリアの技術を商人の伝手で手に入れて、この研究所は作られていた。
そんな中を、一人の人物が歩いていた。
さっきの副所長である。
彼は、ある場所へと向かいながら考えていた。
(別の世界か…。その世界の文明レベルがどれくらいかは把握しておく必要もあるし―…。でも、研究を進めさせていってどうなるかは、まだ、未知数といったところか。ほんの少しのきっかけで、好転もすれば、最悪の状態になることもある。う~ん、悩みどころだな。所長には相談をしておこう。)
と。
そう、副所長が向かっているのは、所長が現在もいると思われる所長室であった。
所長もまた、研究のむしでしかなく、毎日のように研究室に泊っているのだ。研究のために生きているために、研究のこと以外は、ほとんど何もできないといってもいい。ゆえに、事務的な仕事は、秘書である数人の人に任せているのだ。
その人たちに話を通せばいいのであるが、内容が内容だけに所長に伝えておかないと拗ねてしまうのだから―…。理由は、所長が、別の世界について知れば、何があるのかという研究者としての好奇心が発動するタイプの人で、きっといいアドバイスをしてくれるからだ。
注意しないとけいないのが、秘書の中の一人、ミンゼナという人物で、初老の爺さんであるが、秘書としては有能で、非の打ちどころもない。それでも、彼は、どうしても欲深く、さらに、彼が雇った研究者が自分たちよりも危険な存在としか感じないのだ。
何としてでも、人から研究を盗もうが、自らの手柄にして、研究をするのだ。ベルグよりも思想の面では危険でしかない。
一方、別の研究室。
一人の研究者が報告をおこなう。
「ムーメイン副所長の研究室が別の世界を発見したもようです。」
と。
「そうか、ムーメインの研究室が別の世界を発見したのか。面白い。ミンゼナの旦那に知らせてやりな。あいつの伝手の商人に絶対に教えておけ。たぶん、その世界は、俺らにとっての楽園だ。ダーハハハハハハハハハハハハ。」
と、報告を受けた者は、別の世界という名の自らにとっての楽園に対して、笑いをあげるのだった。
人の欲望というものは、世界間の友好だけで満足という名において、終わるということはないのだ。時には、己の欲望のために他者を不利益におとすことも厭わない結果になることだってある。
むしろ、後者の方が歴史の中で、語られる事実の面で多いのかもしれない。
残酷な世界、これが人の生きている世であろう。
第96話-3 自分の真実を知る時 に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
次回の投稿に関しては、次回の分が完成していないので、ある程度完成した時に、この部分で次回の投稿の日にちを報告すると思います。
では―…。
2021年6月27日 次回の投稿分が完成しました。次回の投稿は、2021年6月28日頃を予定しています。
では―…。