番外編 リースの章 序章 クルバト町の虐殺(11)
前回までのあらすじは、クルバト町は燃やされていき、クルバト町の者たちは殺されていき、もう生き残っているのはランシュ一人のみになっていた。
今回で、この番外編は完成します。
クルバト町の中。
ベルグとランシュは、ある場所に到着する。
そこは、ランシュの家である。
「ここが、ランシュの家か。狭いが、悪くはない。俺も昔はこんな感じの家に住んでいたし。」
と、ベルグは、自分の過去を思い出しながら、ランシュの家を見た感想を言う。
その感想は、ベルグの素直な気持ちであった。
「そんな感想はどうでもいいから、中に入るよ。」
と、ランシュは、ベルグに言いながら、家のドアを開けて、家の中に入るのであった。
そして、ランシュは見る。
見てしまうのである。その光景を―…。
頭の片隅にも描きたくないその現実に起こってしまった光景を―…。
ランシュが幸せと思えるものを―…。
「母さん―…。」
と、ランシュは微かな声で言う。
その声は、ランシュの唇辺りが震えている中ででたものだ。そう、消え入りそうなのだ。感情がついてこれない。現実に―…。
これは、ランシュにとって言葉にすることもできないほどであった。言葉など、ここでは意味をなさない陳腐なものだ。そのような方法でランシュの感情など表わせようか。悲しいという言葉だけ言い表せようか。憎いという気持ちだけで言い表せようか。
ランシュは、もう一つに気づく。
「ヒーナ。」
と、ランシュは、自らの妹がいる方を見る。
ランシュのすぐ後ろにいたベルグは、すぐに、ランシュの母親と妹の方に向かい、双方の脈を調べる。
冷静にベルグは告げる。
「残念ながら、ランシュのお母さんとヒーナちゃんは死んでいる。」
と。
ランシュは、知りたくない現実をベルグによって突き付けられる。
ベルグにとっては、どうでもいいことではあった。他者の死など興味の対象にもならなかった。ベルグという人間は、己の好奇心にしか興味ないのだ。その好奇心の中に人の死というものもあった。それが原因として、人としての重要なものをある程度、いや、完全に近いほどといっていいぐらいに失ったのだから―…。ここでは、ベルグのこの過去について、言うことではない。彼の異常性に関して、いずれわかることだろう。
ランシュは、いろんな感情が入り混じるのである。
(どうして……、どうして……、母さんとヒーナは殺されないといけなかった。どうして、俺が何をやったって言うんだ。神は…、神様なんていないのか。じゃあ、じゃあ―…。)
と、しだいにランシュは、絶望し始める。この世界に対して―…。
ベルグは別に興味もなさそうにランシュを見ていた。ベルグとしては、早くこの場を去って、クルバト町の中の他の場所に移動をしようとしたのである。
それでも、ランシュに何も言わずに行くのも気が引けたので、どうしようかと悩む。
早くしないとクルバト町全体に火が行き渡るだろう。もしくは、酸素がなくなり、呼吸困難で生を終えてしまう。
そのなかで、ベルグは言うのだった。
「人を生き返らせることはできない。異世界にそのような技術は確立されていないし、できないだろう。だけど―…、これを仕組んだ人間に復讐することはできるよ。例えば、君の母親とヒーナちゃんを殺した奴ら、それを仕組んだ奴らを殺すことを―…。俺は、リース王国の宰相だが、ここまでするとは思ってもいなかった。止められなかったことにはすまないと思う。移動する間に見たけど、明らかに、ミグリアドの中にいる盗賊たちに殺されたのかもしれないね。そして、それを命令したのは、たぶんだけど、アルデルダ領の領主エルゲルダ、それに参加するようにしたのは、リース王国の王レグニエドだ。もし、俺に恨みを抱くのであれば、僕はその恨みを受けよう。ランシュの復讐に協力することで―…。」
と。
それは、ベルグにとっては、早く移動開始して、クルバト町の状況を見たいがためのことであった。しかし、言いながら、自分でも思ってもみなかったことを口にするのである。ベルグは、自身が、被害者であるランシュに謝り、ベルグに恨みがあるのなら、ベルグ自身がランシュのこの復讐の思いを受けようとしたのだ。
ベルグにとっては、驚きであった。冷静に、それがどうして起こったのかを考える。
そして、結論付ける。好奇心が湧いたのだ。ランシュという存在がどのようにして恨みを晴らすのかを―…。
(……エルゲルダ……………レグニエド………………。………恨み………復讐……………協力……。)
と、ランシュは、心の中で、ベルグの言葉を単語のように心の中で繰り返す。
それも聞こえたであろう、一部分だけを―…。エルゲルダ、レグニエド、恨み、復讐、協力。
そして、不思議な事が起こる。繋がってしまうのだ。ランシュが生きるための活力となるものが―…。
(俺の家族を殺したのは、エルゲルダ、レグニエド。こいつらが俺の復讐対象…。ベルグは俺に協力してくれる。)
と、心の中でランシュは言う。
完成した。復讐、ランシュがこれから生きるための目標が―…。
「ベルグは、協力してくれるのか。俺の復讐に!!!」
と、ランシュはベルグに向かって言う。
ベルグは、面白いことを見つけて、興奮するかのように、
「ああ。俺は今、最高に興奮している。ランシュの復讐の結末を知りたくなったのだ。そのために、協力しよう。ランシュの復讐のためには、まず、クルバト町を脱出しよう。今、町の周囲は火で覆いつくされているだろう。だから、少年、私に掴まってくれ。大丈夫だ。私は、天成獣が宿っている武器を扱うことができる。さあ、行こう。」
と、言う。
こうして、ベルグはランシュの復讐に協力することになる。
そして、ランシュは、ベルグの言葉のキーワードを聞いた時、(俺の家族を殺したのは)という言葉の後にベルグの話が聞こえてきて、ところどころが繋がって、ランシュの勝手な想像で繋がり、ランシュの母親と妹のヒーナを殺したのは、アルデルダ領の領主エルゲルダとリース王国の王レグニエドということになった。そうしないと、ランシュは、生きる意味を見失って、廃人になっていたかもしれない。
結局、ランシュの母親と妹のヒーナを殺したのは、エルゲルダの命令でクルバト町を襲ったアウトロー集団であった。
そして、クルバト町における悲劇は、エルゲルダの望みによって最悪なものとしたのである。さらに、レグニエドの判断の間違いやその部下の自分の利益だけのためになしたことも加わって、それを増す結果となった。もしもの話をしても、この現実を変えることはできない。そして、人の行動は、他者および他の物、他の要因に何かしらの影響を与える。他に反応を起こさないということも含めて―…。
人は、他に影響を与え、他の行動によって、影響を受けるのである。
そして、ランシュとベルグは、クルバト町からうまく脱出することに成功するのであった。
その過程は、ベルグの能力について、書かないといけないので、今の所、物語を知るために書くことはできない。
でも、言えることは、脱出する時、火を潜り抜けることができのは事実であり、その速さは、クルバト町を囲んでいたアルデルダ領の兵士とリース王国の騎士には、その脱出が気づかれないほどのものであったことは、確かである。
こうして、クルバト町の遠征は終わることになる。
ランシュは、この経験で、あることを後になって、振り返る。
(この世の中は平等だ。それは、嘘で、そんなものなんてない。俺はこの時、そう思った。だから、この自らの失ったかけがえのない者を奪う不条理なことは、奪った者たちから奪わないといけない。その不条理をもう二度と繰り返さないために―…。だから、俺は復讐者になった。)
と。
ここで、このクルバト町の遠征を終わらせることはできるだろう。
だが、ここで、もう少し続けようと思う。
最後に、ベルグのリース王国の宰相の地位を辞職するシーンと実験候補地を見つけるというエピローグを加えて―…。
クルバト町の遠征から十日後。
今日も、リース王国は、大忙しであった。
それも、いつもより多く。
「ベルグ様、これにサインを!!」
と、ベルグの部下の一人が言う。
それを受け取って、内容を確認する。そして、確認をし終えるとサインをする。
「これで、終わるのかな。」
と、ベルグは言う。
そして、部下の一人は、
「はい、これで、クルバト町の遠征に関する書類は終わりです。……本当に宰相をお辞めになられるのですか、ベルグ様?」
と、尋ねる。
それは、この部下にとって、ベルグはしっかりと宰相としての職務をこなしてくれるし、部下に対する嫌味をあまり言わず、何でもかんでも文句を言ったり、滅茶苦茶で無理なことをさせようとはしなかった。部下の一人の中では、今までのリース王国の宰相の中では、一番仕事がしやすい人物であった。そのため、名残惜しい思いがした。たぶん、次の宰相になるのは、メタグニキアで、性格が良くなく、無茶なことを言われるのではないかと思っているのだ。そう思うと、ベルグには、まだまだ宰相の地位にいてほしいと思っていた。
「ハハハ。それは、買いかぶりすぎだよ。ムロガン君。俺は、そこまでの器ではない。まあ、俺はリース王国を去る。それに、優秀な騎士になれる人材ならちゃんといるんだから―…。」
と、ベルグは言う。
それは、あくまでも、宰相の地位を辞職するのは止められることではないし、ベルグ自身も宰相の地位には二度と就きたいと思わなかった。ベルグにとって、リース王国の宰相の地位は、実験する時間を奪うことしかないというデメリットばかりでしかなかったのだ。それでも、宰相の地位を辞職するのを悲しんでくれる人物がいることに、感謝の気持ちは少しだけ存在していたという。どんなに好奇心しかない人物であったとしても、少しぐらいは人としての情は残っているようだ。
「優秀な人材って―…。ベルグ様が連れてこられたランシュ君のことですか。」
と、部下の一人は、ベルグに尋ねる。
「そうだね。彼は、きっとリース王国に貢献? することになるかもしれないね。意志が強いから―…。」
と、ベルグは、部下の一人の言う言葉に返すのであった。
ベルグにとって、ランシュは、リース王国の王らへの復讐という意志が強くなっており、それを成せるかもしれないと思われるほどに精神力が強いのだ。たぶん、母親を楽にさせようとしていて、栗拾いなどによって稼いでいて、それを辛抱強く続けられていたことが原因なのかもしれない。そう、目標に向かってコツコツと研鑽していくことを苦としないからだろう。
そして、ベルグは机から立って、
「今日で終わりか。今まで世話になった、ムロガン君。皆に言っておいてくれ、君たちと一緒に働けて最高だった、と。」
と、ベルグは言うと、去るのであった。
それは、一瞬にして消えてしまうぐらいのものだった。
それ以後、ベルグは、リース王国に表立って姿を現さなくなったのである。
クルバト町の跡。
そこは、すでに、廃墟と、かしていた。
アルデルダ領の領主エルゲルダがおこなった遠征によって、燃やしつくされたのだ。
そこには、ベルグと、三人ほどの人物がいた。合わせると計四人の人物がいることになる。
一人は、フードを被って、その姿を見せない男。
もう一人は、科学者が着るような白衣を着た、初老の男。
最後の一人は、黒い服に身をつつみ、この中で一番若い男。
この中で、一人だけすでに知っている人物がいる。黒い服に身に纏っている男だ。
「アバ…。」
と、その男、青年、いや、アババが言う。
そう、アババもまた、エルゲルダの元から去ったのである。音もなく―…。今頃、アルデルダ領は大変なことになっているだろう。
いや、エルゲルダ個人が大変なことになっているのだろう。アババは、あのバトガーが殺害の日以降から、姿を消したのだ。そして、しばらくの間、野宿して過ごしていたという。久々の狩猟を楽しんでもいた。
「アババ。お前のその「アバ…」みたいなものを聞くと、背筋が震えるのだが―…。」
と、ベルグが言う。
「いや~、すみません。ベルグ様。私の仕えた領主の男があまりにも、欲深すぎるので、つい、ストレスが溜まりに溜まって―…。」
と、アババは言う。
そう、アババが、「アバ…」という時は、怒りではないが、心の中で、指定した人間に対する若干の不満を表しているのである。ただし、人のよって指定された者を殺すことに対しては、喜びを感じている。アババは、危険な人間でしかないが、ここに集まっているのは、全員それぞれある意味で危険であろう。
一人は、人を洗脳をするのを得意とする。
もう一人は、ある国で上位の地位につき、実験を好むマッドサイエンティストで、そのためなら、人をその実験の道具にしかねない。
ベルグは、自らの好奇心でしか生きることができない。
そして、ベルグは、
「今まで、別の予定地があったけど、クルバト町がなくなってしまった以上、ここにするか。俺の実験場所。そう、世界を繋ぎ、支配をするための―…。その実験を達成するための―…。」
と、これから始まる自らの楽しみに頬を綻ばすのであった。
そう、これは、リースの章の始まりであり、この第一編現実世界石化、異世界冒険編のプロローグの一つでもあった。
さあ、始めよう、物語を―…。
【番外編 リースの章 序章 クルバト町の虐殺 了】
次回、第78話に入ります。あの人登場です。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
最後の方は、いろいろ追加したいこともありました。例えば、アルデルダ領の衰退とか。それでも、追加はしませんでした。第78話では、いろいろ触れていくこと思いますから―…。若干になるのか、そうでないのかはわかりませんが―…。さらに、一応、この番外編の内容の主目的は、ちゃんと書いたので―…。
次回の更新に関しては、2021年4月7日頃を予定しています。予定なので、どうなるかはわかりません。変更される可能性も存在します。
2022年1月5日
「そして、クルバト町における悲劇は、エルゲルダとレグニエドの最後の最悪なものとしたのである」を「そして、クルバト町における悲劇は、エルゲルダの望みによって最悪なものとしたのである。さらに、レグニエドの判断の間違いやその部下の自分の利益だけのためになしたことも加わって、それを増す結果となった」に変更。
修正前の言葉では、意味がわからないと感じたので―…。変更した文章でも通じるのか不安ですが―…。他に修正すべき部分が存在すれば、気づける範囲で修正していくと思います。