番外編 リースの章 序章 クルバト町の虐殺(9)
前回までのあらすじは、クルバト町は、アルデルダ領の兵士たちによって、町を囲うように燃やされていくのであった。その中で、偶然町の外にいたランシュは、町が燃えているのを見るのであった。
クルバト町が見える場所。
数時間前にエルゲルダが通った場所で、クルバト町を見た所だ。
そこには、今、ベルグがいた。
ベルグは、見ていた。
「燃えている。」
と、ベルグは、今見えているクルバト町の様子を見て、言う。
「美しさをもっているようだ。だけど、そこにあるのは悲劇だけだ。負の感情が燃えている。綺麗になるために―…。そこには、誰もいない。あるのは、破滅だろう。今が終わりをむかえ、新たな始まりが―…。一体、誰の終わりかは、言わなくてもいいか。」
と、さらにベルグは言う。
(私も一つの終わりであろう。このリース王国の宰相の地位としては―…。)
と、ベルグは、心の中で言う。
そうすると、ベルグは、周囲にいた兵士に言う。
「私は、クルバト町の中を見てくる。護衛はいらない。安心して構わない。私は死なない。リース王国の騎士たちよりも強いからな。では―…。」
と、ベルグが言うと、すぐに、クルバト町へと向かって移動を開始した。
この時、騎士たちは追おうとしたが、瞬間移動したかのように見えたので、追うことすらできなかった。
その光景を見たある騎士は、
「ベルグ様は、何々ですか。今までの宰相と違いすぎる。」
と、声を漏らす。
その騎士の疑問に答えられる者など、この場には誰もいない。ベルグは、未だに謎なのである。
クルバト町の入口。
エルゲルダがいる場所とは違う場所。その反対の場所。
草陰から一人の少年が町を見ていた。
(何だよ。どうして、領の兵士がクルバト町を燃やしているんだ。)
と、少年は心の中で動揺する。
その少年ランシュは、有り得ないと思っていた。領の兵士がクルバト町を燃やす理由がわからなかったのだ。そして、そこには、一部、リース王国の兵士がいたのだ。
そのリース王国の兵士は、ベルグやリーンウルネの側ではなく、メタグニキアのようなリース王国の中枢で権力を握っている側の兵士である。
彼らは、クルバト町が燃えているのかを確認している。
そして、レグニエド王とベルグの命令に齟齬がこの事件では起こっていたのだ。まず、レグニエドに伝えられた伝達の中で、ベルグがクルバト町での住民を殺す許可を求めていると言っていたとされるが、実際にそうではなく、一方でベルグはレグニエド王から言われた命令を聞いて、現実に始めて知ったのだ。ただし、何か嫌な匂いというものを勘に近い程度で感じていたが―…。
ベルグが知っていたのは、クルバト町とアルデルダ領の領主エルゲルダと増税政策で対立しているということだけだった。ベルグにしても、完全にすべてのことを把握できるわけではない。さらに、ベルグに命令があがっていなければ、命令の仕様はないのだ。
では、どうして、ベルグの命令になっているのかというと、副宰相のメタグニキアが勝手に改竄して、ベルグの命令であるとして伝達係に言って、レグニエドへと伝えさせたのだ。
こうして、ベルグが命じていない命令が実行されているのだ。細かい命令は、勝手にメタグニキアが自らの配下によっておこなわせている。リース王国の中枢で権力を握っている者たちの意向で―…。
さて、話しを戻す。
(とにかく、クルバト町の中に入って、家の様子を見なきゃ。それには、こいつらにバレないように侵入しないと。)
と、心の中でランシュは考える。
そう、ランシュは、クルバト町の中にある自分の家へ戻って、家族がどうなっているのかを確認したかった。母と妹のヒーナが心配なのだ。
(でも、ここまで、領の兵がいると侵入できない。)
と、ランシュは、どうにかクルバト町に入れないかと考えるが、目に見える範囲でもアルデルダ領の兵士とリース王国の騎士がたくさんいるために、クルバト町に入ることはできなかった。
そこに、一つの影がランシュの隣に来る。
影、いや、その影の人物であるベルグが、ランシュを見る。
ベルグは、
「どうしたんだい。」
と、ランシュに向かって言う。
ランシュは、
(誰!!?)
と、心の中で思う。
ランシュが驚いているのと、ランシュの表情から思ったベルグは、
「ああ~、こういう時は、名前を名乗ったほうがいいのか。そうすれば怪しい人には思われないか。」
と、独り言のように言う。
それを聞いたランシュは、
(何、この人。頭おかしいのか? ここは、適当に話を聞き流そう。)
と、心の中でベルグを変な人だと思う。
ランシュとしては、ここは、話を適当に聞き流して、どうにか、ここから逃げて、クルバト町へと侵入しようとした。ゆえに、ランシュは、ベルグに対して警戒した。
だが、一方のベルグは、ランシュに対して、怪しい人物ではないと思ってもらうため、
「俺の名は、ベルグ。まあ、どっかのしがない国で宰相を務めている。だけど―…、本当に残酷なことをするなぁ~。」
と、自らの名を名乗って、燃えているクルバト町を見るのであった。
「じゃあ、クルバト町の中に入るか。」
と、ベルグは言って、町へ入るために移動を開始しようとする。
その時、
「連れていってくれるか。俺―…、クルバト町のこと知っているから、役に立つ。」
と、ランシュは自分も連れて行ってほしいとベルグに頼む。
ベルグの存在は怪しいと思った。だけど、今は、家族の無事を確かめるほうが先決であった。燃えているクルバト町を見て、早く、家族の無事を確かめて、クルバト町から脱出しないと危険なことになる。そんな予感がした。それに、ベルグなら、何となくだけど、無事に家まで連れて行ってもらえるのではないかと思ってもいた。
たとえ、その人物が怪しさ満点だったとしても―…。
「そう、なら、一緒に行くとしよう。ランシュは、面白そうだからな。」
と、ベルグは、ランシュを一緒に連れていくことにする。
「それと、その代わりに、俺の家に寄ってもらう。いいな。」
と、ランシュはベルグにクルバト町を案内することの対価を要求する。
「いいよ。」
と、ベルグはあっさりと同意する。
そして、ベルグは、ランシュを片手で抱えるのだった。
「では、行こう。」
と、ベルグは言うと、瞬間移動かのように高速移動するのであった。
ランシュは、心の中で言葉にならない叫びをするのであった。こうして、ランシュとベルグは、クルバト町の中へと入っていくのである。あまりにも移動速度が速いので、近くにいたアルデルダ領の兵士とリース王国の騎士は気づくことできなかった。何か通ったという程度に気づくものはいるが、それがランシュとベルグであると理解することはできないであろうし、何かの気のせいだろうと思うしかなかった。
クルバト町の中。
ミングロマーは、武器倉庫から武器を取り出し、幾人かに渡す。
だが、町の政務をおこなう場所からこの武器倉庫に来るまでに、ついてきていた者たちの半分は、出会った盗賊、いや、エルゲルダと繋がっているアウトロー集団の者との遭遇で、囮になったのだ。
彼らが生きているかは、ミングロマーにはわからない。心配ではあった。同じバトガー支持者として、これまでずっと、互いを支え合ってきたのだから―…。
それでも、彼らを囮にしないといけなかった。そうしないと、誰も、武器倉庫に到着することができずに、全滅することが有り得たからだ。
武器倉庫にたどり着いて、武器さえ奪われていなければ、ある程度は戦えるし、住民の幾人かをクルバト町の外に脱出させることができる。
結果、武器倉庫に武器が十分にあり、武器倉庫にたどり着いた仲間、全員に武器を渡して、ミングロマーは指示を出す。
「ここにいるのは、全部で十二人だ。なら、四班に分ける。三人ずつのグループで、クルバト町を見ていくことにする。無事なものを保護し、クルバト町の外へ逃がすように!!! 生き残る人が一人でもいれば、クルバト町の意思は、バトガーさんの意思はなくならない。皆、生き残れ!!!!」
と。
たぶん、ここにいるバトガー支持者たちはわかっていた。このような事態で、助かる者は少ない。多くの者が命を落とすだろう。
だけど、戦わないといけない。クルバト町に住む者たちを守らないといけない。見返りなどない。それでも戦う。欲に塗れた者などには絶対にできない。たとえ、欲に塗れ自らの命だけが助かればいい者が、それを言葉にして他者に強制しようとしても―…。
ミングロマーの指示には、それだけの覚悟がこもっていた。今は、バトガーの代わりに町民をまとめている実質上のトップであるために―…。上が、下の者の将来を残さなければならない。下の者が新たな時代をつくるために―…。それが上に立つ者の役目であると、ミングロマーは信じて―…。
そして、一人でも多く生き残って欲しいと思いながら―…。
十二人は、四班となり、クルバト町を見回っていくのである。すでに、住民の多くは、殺されていた。アウトロー集団によって―…。
クルバト町の中。
その中央に位置する場所。
ハグルンデが辺りを見回していた。
「何だこりゃ。町の外が火で燃えているだと。」
と、ハグルンデは驚いたのだ。
さきほど、ハグルンデは、視界の微か端の方に赤いに何かがうつっているのがわかった。そのため、移動するのをやめて、辺りを見回していたのである。何か不審な点がないかと思いながら―…。
ハグルンデは、アウトロー集団を率いている長である。このような集団を率いるのは、力の強い者で暴力的であることがイメージとして浮かびやすいかもしれない。しかし、実際、トップをとるものは、力の強い者よりも危機を敏感に察知したり、相手が何を望んでいるのかを理解したり、駆け引きに強く、集団を率いるのがうまいものが大抵トップになるものだ。つまり、物理的強さではなく、駆け引きなどの世渡りがうまいのがトップについていることのほうが多い。ハグルンデも駆け引きや集団を率いたり、相手が何を望んでいるのかを察知するのがうまく、さらに、儲け話を嗅ぎつけるのが得意なのだ。
そのため、このような些細なことから、危険を察知することができたのだ。クルバト町を囲うように燃えているということを―…。
(これは、エルゲルダ様が最初から考えていた作戦。なら、早期にクルバト町の外に向かったほうがいいな。ただし、俺も武装をしておく必要がある。クルバト町の遠征を利用して、俺らを葬ろうとしている可能性がある。そうなりゃ、エルゲルダ様に反抗しても俺らには勝ち目がない。どこか遠くへ逃げて再起を図るの最善の策だ。)
と、心の中でハグルンデは考える。
ハグルンデは、クルバト町を燃やすようにしている犯人はエルゲルダだと思っている。これは、実際にそうである。さらに、クルバト町の遠征を利用して、アルデルダ領の首都ミグリアドにいるアウトロー集団を一掃しようとしていると、ハグルンデは感じた。これも、実際にそうなのである。
ハグルンデは、排除される対象に自分が含まれているのではないかと思った。そうりゃ、そうだろう。燃やす予定の町の中に入れるということは、排除したい対象なのではないかと考えてもおかしくはないのだ。しかし、エルゲルダの考えは違った。エルゲルダとしても、ミグリアドが生き残っていないと、首都ミグリアドにおけるアウトロー集団の治安を安定させることはできないのだから―…。
ここに、ハグルンデとエルゲルダに溝が発生していた。
それでも、ハグルンデは、エルゲルダに復讐しようとは思わなかった。それは、復讐しても無駄であることがわかっていた。エルゲルダの周囲には、領の兵士が数多くおり、彼らをかいくぐって、エルゲルダを殺すことはできない。たとえ、依頼を出して、エルゲルダを殺したとしても、アルデルダ領はその犯人を探し出して、捕まえてくるだろう。
ゆえに、クルバト町から何とか抜け出して、どこか、アルデルダ領の領主エルゲルダが追ってくることができない遠い国もしくは他国、他領へ逃れて、再起を図るほうが得策であると考えた。
そのため、ハグルンデは、クルバト町の外へと向かって走り始めるのであった。
ゴオオオオオオオ。
目の前の炎が燃えている。
町の周囲を囲うように炎が燃えている。
しかし、エルゲルダの目の前の一部では、炎が燃えていなかった。
理由は、ハグルンデおよびハグルンデを保護するためにクルバト町の中に派遣した兵士が脱出できるようにするためであった。
(ああ、燃えろ、燃えてしまえ。俺に逆らう者たちは、俺の力によって排除してやる。ヒャハハハハハハハ――――――――――…、最高だ、権力って最高だぁ~。)
と、エルゲルダは満面の笑みになる。
そう、バトガーが守ろうとしたクルバト町は燃えて消えてなくなってしまうのだから―…。今日のエルゲルダによって、これほど喜ばしいものはないだろう。
エルゲルダに逆らう者は、排除される。エルゲルダによって、当たり前のことである。
そして、
(私こそ正しい。私こそ―…、世界だ。)
と、心の中でエルゲルダは言葉にする。
その時、ふと、何かが来るのに気づく。
それは、影だ。
その影は、徐々に大きくなる。
そこには、
「アルデルダ領の領主エルゲルダ。なぜ、ここにいる!!!!」
と、息も絶え絶えになりながら、ミングロマーは叫ぶように言う。
それは、火よりも高い叫びであった。
次回に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
この番外編が終わると、第78話へと入っていくことになります。
では、次回の更新で―…。
2022年1月5日
「まず、レグニエドに伝えられた伝達の中で、ベルグは、クルバト町での住民を殺す許可を求めていると言っていたが実際にはランシュはそのようなことを言っていない」を「まず、レグニエドに伝えられた伝達の中で、ベルグがクルバト町での住民を殺す許可を求めていると言っていたとされるが、実際にそうではなく、一方でベルグはレグニエド王から言われた命令を聞いて、現実に始めて知ったのだ。ただし、何か嫌な匂いというものを勘に近い程度で感じていたが―…。」に修正。
明らかに文章の意味や時系列的におかしいからです。文章のミスがほかにも発見され、気づいたことに関しては修正していくと思います。