番外編 リースの章 序章 クルバト町の虐殺(5)
前回までのあらすじは、ハムゴスがアルデルダ領の領主エルゲルダと会話をしていた。その要件を達成することで、ハムゴスは、アルデルダ領の領主エルゲルダに次ぐ地位を獲得できるものであった。それは、アババによって殺されたバトガーをクルバト町の外の人の見つからない所に埋めるのに協力し、かつ、その後、ハムゴスがクルバト町の町長となり、遠征してきたアルデルダ領の軍に降伏することであった。
領主の城の中を歩くハムゴス。
喜びでいっぱいであった。領主の地位が手に入る。
もう少しで―…。
クルバト町の遠征に、領主の命令に協力するだけで―…。
ゆえに、ハムゴスは愚か者である。
領主執務室。
そこには、さっきまでハムゴスがいたが、今は、領主エルゲルダとそれに仕える者たちである。
その中の一人の執事に向かって言う。
「ハムゴスか、ガムゴスだったか。あいつは馬鹿だ。誰が領主に次ぐ地位を与えるというのだ。そんな都合の良いことがあるわけがない。そんなものは最初から存在するわけがない。だって、なぁ~。あいつもバトガ―と同じクルバト町の者だろ。庶民だろ。俺の次の地位にいるのも汚らわしい。あいつは、遠征の時に始末してやろう。降参して、地べたに跪くさまを見ながらな。」
と。
それは、ハムゴスの約束が守られないということだ。エルゲルダという人物なら考えそうなことだ。庶民というだけで、自分と同じ空気を吸う場面を見るのが嫌なのだ。庶民は、領主の豪華な生活のために稼ぎさえすればいいのだから―…。庶民の生活は領主がいることによって守られているのだから―…。領主という地位にあるエルゲルダの存在によって―…。
それ自体が勘違いであり、間違いなのだから―…。
「そうでございます。エルゲルダ様。」
と、執事はエルゲルダの言っていることに対して肯定する。
肯定しなければ自らの命が危うくなるのだから―…。自らの命を守るのに必死なのである。その後ろにこの執事の家族や、大切にしている人々を守るために―…。
エルゲルダという領主は、自分の機嫌しだいで何をしでかすのかわからない。部下にとっては迷惑な奴であり、他者を苦しめて自らの利益を得ようとしている者にとっては利用しやすいのであるが―…。
「そうか、そうか。」
と、執事の言葉に機嫌を良くしたのか、ご機嫌で執事の言葉に答える。
そして、ふと思い出し、
「アババいるか。」
と、エルゲルダはアババを呼ぶ。
そうすると、エルゲルダの目の前にアババが出現する。どうやって出現しているのかエルゲルダや部屋の中にいる者にとってはわからないほどに―…。まるで、そこから最初にいたかのように―…。
「エルゲルダ様。何の御用でしょうか?」
と、アババはエルゲルダに用件を尋ねる。
「一応聞くが、バトガ―とかいう奴と我の話しは聞いていたな。」
と、アババにエルゲルダは、自身とバトガ―の謁見の間でに会話を聞いていたかを尋ねる。
その質問に対して、アババは、
「はい、聞いております。そして、その後の話しも、ハムゴス様との会話も―…。」
と、答えるのだった。
「なら、話はわかるよな。バトガ―を始末し、ハムゴスの案内した先でその死体を埋めることだ。」
と、エルゲルダはアババに命令する。
「畏まりました。エルゲルダ様。」
と、アババは命令を受ける返事をし、すぐにこの場から去るのであった。
領主執務室に最初からいなかったかのように―…。
そして、時は戻り、クルバト町にある町の政務をおこなう場所の会議室。
そこには、バトガ―支持者がいた。
彼らは、今、会議室に入ってきたハムゴスらに気づく。
そして、対峙するのであった。
ミングロマーらは、わかっていた。ハムゴスらにバトガーが行方不明になっていることを認めてはいけない、と。認めれば、ハムゴスらは、隙を突いて、権力を奪ってきかねない。そうすれば、町は彼らのためだけのものになってしまい、クルバト町は衰退していってしまう。
「いえ、何もございませんよ。一体、何の御用でしょうか。ハムゴス様。」
と、ミングロマーはハムゴスに向かって言うのだった。
「いや、ねぇ~。私としては、バトガー町長に用事があったのだが―…、それが町長室にいなかったものでな。もしかすると、バトガー町長に何かあったのではないか心配になってな。」
と、ハムゴスはなぜ、ここに来たのかということを言う。
ハムゴスとしては、知っていたのだ。バトガーがどうなったのか。今、会議室にいるバトガー支持者よりも知っている。
だって、バトガー暗殺に手を貸したのだから―…。
「いえ、町長は大丈夫ですよ。今は、たぶん、町の外におられるのかもしれません。いろんな意味で領主側から身勝手なことを押し付けられているので、それをどうにかやめるように説得しようと、あちこちを回っております。用件が終わったのならば、会議室から退去してください。今日も忙しいのです。では―…。」
と、ミングロマーは言う。
これ以上、ハムゴスらには会議室にいて欲しくなかった。いれば、いずれハムゴスらにバトガーが行方不明であることを知られてしまう恐れがあった。ゆえに、無理矢理にでもハムゴスを会議室から追い出すのであった。
それが、ハムゴスらにバトガー支持者が今どういうことを考えているのかの答えを与えるものとなってしまった。
会議室から追い出されたハムゴスは、建物の外へ向かって歩いていく。
答えを知ることができたのだ。
(あいつらは、バトガーが殺されたことは知らないようだな。まあ、そのままでいい。俺は、このクルバト町遠征に協力さえすれば、アルデルダ領の領主エルゲルダに継ぐ地位が手に入るのだからなぁ~。そうすれば、エルゲルダを利用して、ゆくゆくは俺が領主になってやる。その次は、リースの王―…。風向きは今、俺に追い風となっている。ひゃはぁ~、明るいぜ、俺の未来。)
と、心の中で歓喜にわくのであった。
自らの辿る運命を知らずに―…。知っていれば絶望していたであろうが―…。
会議室。
ミングロマーら、バトガー支持者は、とにかくどうするのかという結論にいたることはできなかった。
できるはずもない。彼らにとって、バトガー以上に、相手を信頼させることができる人材はこの中にいないのだから―…。
それでも、バトガーがいない今、どうにかしないといけない。やるしかない。
だが、今現在、何もできていない状態だった。バトガーが一人いなくなるだけで、ここまで簡単に崩れるものなのだ。
そう、バトガーという存在が、点を線にしていたのだから―…。
(どうすればいい。)
それが彼らの中をぐるぐると巡っていくのである。
明後日になり、アルデルダ領。
首都ミグリアド。
その場に、大きな軍勢が姿を現わす。
今日も、今日とて、自らの職務である町の城門で門番をする一人の人物がそれに気づく。
それでも、すぐに大きな軍勢がどこに属しているのかがわかった。
(あれは―…、リース王国の軍勢…。)
と、その門番は心の中で言う。
表情はすでに、唖然とするものであった。
(どうして、リース王国の騎士たちが、この領に―…。)
そう、門番は知らないのである。知っているはずがないのだ。
今、アルデルダ領は、クルバト町遠征への準備で忙しいのだ。門番に伝えるほどの余裕がなかった。軍隊をすぐに、二日で用意しないといけないからである。
そうなってくると、どこかで、ミスが発生してしまうものである。たまたまそのミスが門番にリース王国に援軍の要請をしたということを伝え忘れたことである。
そして、門番は武器である槍をもって構える。門番だけで、リース王国から派遣された援軍を相手にするのはほぼ不可能なことである。
それぐらいに、数の差もあれば、練度の差もあるのだ。
こればかりはどうしようもできない。まず、アルデルダ領はリース王国の中にある地方領土なので、リースよりも数が少なく、リース王国の直轄領のほうが、アルデルダ領よりも大きく、交易からあがる税収も多いのだ。そのため、兵を集める能力も装備する資金にも差がでるのである。
さらに、領の人口は確実にリース王国の人口より少ないので、兵の数も少なくなる。
これ以上、リース王国とアルデルダ領の軍事力のことを語っても意味がない。言えることは、アルデルダ領はリース王国に攻められたら、簡単に倒されてしまうということである。
それでも、リース王国がアルデルダ領を攻めてきた可能性が捨てられないので、槍を構え、もしもにそなえる。
リース王国の兵士が城門の前に到着すると一斉に歩みを止め、代表者と思われる一人が門番の方に向かってくる。
「何者だ!! 用件を申せ!!!」
と、門番の一人は言う。
その言葉を聞いた、代表者と思われる一人は、
「リース王国の騎士ニナエルマ。アルデルダ領の領主エルゲルダの援軍要請によりここに参ったしだいございます。領主の許可およびリース王国の王レグニエドによる証明である。」
と、言って、二枚の紙を門番に見せる。
門番はその二枚の紙を見る。それが、本物であるかどうかを―…。疑わしいのであれば、門番の詰め所の中にいる文官を呼んで、確認させればいい。
確認を終えた門番は、それが本物であることがわかる。
「これは失礼いたしました。二枚の紙ともに本物です。では、ご用件を申しつけください。」
と、門番の一人が言う。
この門番は、二枚の紙を見た人物と同一人物である。
「ああ。領主エルゲルダ様に謁見したい。クルバト町の遠征に関することだ。」
と、ニナエルマは言う。
この男の言葉を聞き、詰め所にいる門番を呼び出して、領主の元へ案内させるのだった。その間、リース王国の軍隊は待機することになる。
ベルグも外で待機するのであった。リース王国の宰相である以上、領主よりも偉いので、自ら最初にエルゲルダのもとへ向かっていくことは、リース王国では良くないこととされた。そのため、リーンウルネなどのような人物は、ルールを守らないので、嫌われやすい。領主などの上の人間からすると―…。
領主の謁見の間。
そこには、領主とその部下、および到着したニナエルマがいた。
「おお~、レグニエド国王の軍隊がはるばる遠くから来ていただき、ありがたき幸せ。国王の人徳に、我の心は、国王に感謝しかない。こんなにレグニエド国王から援軍を差し向けていただけるなんて―…。」
と、領主エルゲルダは話を続ける。
これから、二~三分ほど、レグニエドから派遣されたリース王国の騎士が来たことに対する自らの気持ちを長々というのであった。
ここまで続けると、聞いているほうもうざく感じてしまう。弁論能力と詐術能力が高くても、その効果は発揮されることはなく、無駄遣いになってしまっている。
ニナエルマにとっても、そうだった。
(よくも長々と語れるものだ。国王にしても同様だ。言葉は伝えるための形であるが、そこに中身が存在しなければ、空虚なものにすぎない。エルゲルダは国王と同じだ。人としての重みをなす経験がない。信念という名の重みが―…。)
と、心の中でニナエルマは比較する。
彼は、騎士である以上、戦闘の経験が豊富にあり、実力もそれなりに持っている。自分の実力がどれくらいなのかを比較してしか判断することはできないが、序列を正確に近いほどに判断することができる。
そうである以上、言葉に人としての中身がないのを何となくであるが、わかってしまうのだ。猛者を知り、意思と意志の強いものを実際に見てきたからこそであろう。
ゆえに、軽く見えてしまうのだ。レグニエドとエルゲルダという人物は―…。
それでも、仕事である以上は、しっかりと仕えるし、任務も可能な範囲で実行しようと思う。たとえ、それが世間にとって悪行と判断されることであったとしても―…。
そうこうするうちに、エルゲルダが本題に移るのであった。
「――である。さて、ここで本題といこうか。実は、我は困っておる。今、アルデルダ領の財政は逼迫しているといっていい。そのため、多くを稼いでいるクルバト町に税金の増加をお願いしたのだ。しかし、町長バトガーは拒否し、挙句の果て、我を殺そうとして自らの町の住民を洗脳してしまったのだ。その住民は、領の兵士を恐れずに殺そうとしたのです。その兵士が命からがらに逃れてきて、真実を伝えてくれたのだ。そして、その兵士は息を引き取った。その亡骸は、その近くにいクルバト町の洗脳された住民によって粉々に砕かれてしまった。伝え聞いた兵士は逃げるので精一杯だったそうだ。我は、今、良き兵士が町長バトガーに洗脳された可哀想な住民たちに殺されて、悲しい、悔しい、憎い。だからこそ、それらすべての者を救うために、クルバト町に遠征して、討伐しなければならない。洗脳を解除すれば死んでしまうクルバト町の住民のためにも―…。天国で幸せがあらんことを―…。」
と、本題をまるで、物語の語り手のような、強弱をつけ、感情をつけて言う。
エルゲルダという人間を知っている者たちの表情は暗かった。エルゲルダに逆らうことができず、ここで反論するようなことを言えば、自らの命もこの世からなくなってしまうのだから―…。
そして、ニナエルマは、レグニエドの言葉を信じることはできなかった。それでも、レグニエドの直接命令である以上、エルゲルダには従うつもりであったし、このエルゲルダの言っていたことを、ベルグにそのまま伝えるつもりであった。
まあ、実際、エルゲルダが言っていることは、嘘だらけであるが―…。
続けて、エルゲルダは、
「すぐにでも、我の軍の用意ができる。早めに出陣することとしたいがそれでよいか。」
と、クルバト町にすぐにでも言って、殺された兵士の恨みを果たしたと思わせんがように言うのであった。
これは、巧みな弁論と詐術によってなされるがうえに、本当のことだと感じてしまうほどのものであった。
それでもニナエルマは、騙せそうにないが―…。
「しかし、リース王国の軍は、ここまで数日を要していますし、一泊ここで休ませてください。遠征での移動のために、疲れている兵士もいます。何かと、領主エルゲルダ様の兵のお亡くしになられた気持ちはとても深く同情を禁じ得ませんが、それでも、遠征を成功させるためには、兵の体力、気力がともに万全である必要があります。何卒、偉大なる領主エルゲルダ様のご寛大なお言葉を承りたい所存でございます。」
と、ニナエルマは、あえてアルデルダ領の領主エルゲルダのたてて、自らの意見を通そうとする。
それは、ここまでの進軍で、兵を休ませることはあったが、夜の野宿以外はほとんど、長時間休んでおらず、リース王国の騎士は完全に疲れていることがわかったのだ。
騎士たちは、疲れる様子を見せてはいないが、そのことを感じている感覚が訓練によってなくなっているだけで、疲れというものは存在する。これを無視して、戦いへ挑めば、かえって騎士の集中力がもたず、さらに、余計な自らの軍の損害をもたらしかねないのだ。そのことをニナエルマは理解できていた。疲労感と実際の疲労は違うのだから―…。
「そうか、そうか。だが、我は今は―…。」
と、エルゲルダ言いかける。
それは、このニナエルマの言葉を否定しようとした。とにかく、エルゲルダは、遠征してクルバト町に目にものを見せてやりたいと思っていたのだ。それも早くである。
だけど、考え始める。
(いや、待てよ。ここで寛大な処置をさせておけば、我が従弟でリース王国の王であるレグニエドに恩を売ることができる。そうなれば、リース王国の我の発言力がより強くなる。中央の奴らのパイプもうまくでき、利益に与ることができる。ハッーハハハハハ。)
と、心の中で笑いが出始めるのであった。表情には出さなかったが―…。
そのようなことができるゆえに、詐術もうまくいっているのだろう。
「そうだな。ニナエルマ。あなたの言う通りだ。はるばるやってきたリース王国の軍だ。精強なのは間違いない。だけど、どんな精強な軍隊であったとしても、疲れていては力を十分に発揮することはできまい。ゆえに、一泊、申し訳ないが、外で泊まってもらうことになるが、それでもいいか。」
と、エルゲルダは言う。
その言葉を聞いたニナエルマは、
「はい、ありがたきお言葉です。」
と、返し、了承するのであった。
次回に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
次回の更新は、2021年3月30日頃を予定しています。ただし、どの時間に更新されるかは、今のところ、わかっていません。あくまでも予定なので―…。
では、次回の更新で―…。