番外編 リースの章 序章 クルバト町の虐殺(4)
前回までのあらすじは、アルデルダ領の領主エルゲルダは、クルバト町の町長バトガーと謁見をする。しかし、バトガーの意見は、エルゲルダに届くことはなかった。
バトガーをつまみだしてから、すぐのことであった。
エルゲルダは、立ち上がり、謁見の間にいる部下たちに命じる。
「お前ら、見ただろ。あのように我の言葉も聞けぬ奴を!!! そんな奴のおるクルバト町は討伐しなければならない。」
と。
このような命令が、無茶苦茶なものであることは、この謁見の間にいる者たちにはわかっている。明らかにおかしいことも―…。
だけど、エルゲルダに逆らう者がどうなるかは、何度も何度も見てきた。だから、何も言えず、従うしかなかった。言ったとしても、何も変わらないのだから―…。
「理由は―…、そうだな…、私に意見をしたのだから、反乱を起こしている、そういうことにしよう。そして、レグニエド王にも援軍を要請しよう。私の言葉だ。王も聞いてくれるだろう。」
と、エルゲルダは言う。
エルゲルダは、レグニエドのことを素晴らしい従弟であると思っている。自分にとって都合のいい従弟である、と。レグニエドは、エルゲルダのことを敬愛している。それは、文武に優れているからだ。しかし、実際のエルゲルダは、そんなものには優れていない。優れているのは、弁論と相手を騙すことだけだ。
エルゲルダの言ったことに対して、謁見の間にいた者の一人が、
「はい、かしこまりました。」
と、言って、書状を書く係の者に、リース王国への援軍の要請をすることを伝えにいくのであった。
(俺の言うことを聞かないやつは、こうなるんだ。)
と、エルゲルダは心の中でこのように思うのであった。
自らの言うこと聞かない人間は、排除され、滅ぼされるのだと―…。
こうして、クルバト町への遠征を開始する準備を進めさせるのであった。
クルバト町。
町長であるバトガーは急いで町へと帰ってきた。
実際には、領主の城から何とか逃げ出してきたほうが正しい。
実際に、門番までに指令は行き渡っていなかったので、首都ミグリアドから脱出することはそこまで困難ではなかった。
それより、まずいのは、領主が町を攻めようとしているのだ。それを城から脱出する時に、聞いてしまったのだ。
(エルゲルダは、狂ってる。アルデルダ領のことなんか一切考えてない。とにかく、このことを知らせて対処しないと!!)
と、町長の屋敷に入ろうとする。
その時、急に痛みに襲われるのである。それも心臓のあたりからである。
バトガーは、剣で刺されていたのだ。
「アバ…。」
と、声が聞こえると、すぐに、剣は抜かれ、バトガーは倒れそうになる。
だが、血は落ちず、バトガーの体の表面で停止してしまう。
そして、バトガーを刺した青年は、バトガーを抱え、闇の中に紛れるのであった。誰にも見つかることなく―…。
そう、エルゲルダは、アババにバトガーの暗殺という命令を下していたのだ。
アババは、エルゲルダの命を忠実に実行する。あえて、このような愚か者の領主に仕えてやっているのだから―…。その時ぐらい、愚かな者に仕える優秀な部下を演じて―…。
クルバト町近くにある森の中。
そこは、夜には誰も訪れることもない奥の場所。
アババは、哀れな人物だった者をみて、こういう。
「善人や為政者が報われるわけじゃない。これが世間というものだ。善人には嫉妬するものだよ人、って生き物は―…。まあ、そんな善人や為政者によって、人は生き残れているという面はあるのだがな…。」
と。
アババはその哀れな人物だった者を土の中に埋める。
すでに、時間をかけて掘っていたのだ。その哀れな人物だった者はさっき、クルバト町に帰ってきて、アババが殺した人物であった。
「為政者よ。今度は、美しき木の礎になるといい。その木は、さぞかし誰をも魅せるだろう。美しきなかにある残酷さを知らずに―…。」
と、アババは言い終えると同時に、バトガーの死体を埋め終え、その場を去るのであった。
(それにしても、あの方も大がかりな実験をするための場所を探せって―…。確かに、クルバト町はいいが、あの方もお人よしだ。あまり人を殺したくないって―…。まあ、あの方は善意で動くわけないか。人を殺しすぎれば目立ってしまうし。俺としてもそのほうが助かるのだが…な。俺は、善人を進んで殺すことに同意できるほどに狂ってはいない。それに、このようなことは、俺の心の奥底では苦しいことだから―…。さて、行くか。)
と、心の中で言いながら―…。
アババという人物は、殺すことに快感を感じないといえば、嘘になるが、自分から進んで殺したいわけではない。あくまでも命令なのだ。命令があって初めてそれを成すというルールを自らに課している。
さらに、アババは、あの方という人物の命令で、このアルデルダ領に来ているのだ。その命令は、大がかりな実験をして、人に気づかれない場所を探してほしいということであった。そこには、制約がついており、そこに住んでいる人々を殺さないということだった。
あの方にとっては、実験は、成功段階目の前であれば、それでいいのだが、その前に目立って、気づかれれば、簡単に実験を止められかねないのだ。それだけ何としても避けたがった。その人物とて、自らのライバルが実験に成功しそうにあったのだ。ライバルに負けたくはないとあの方は思っているのだ。
ゆえに、アババは、制約のために実験場所を見つけられずにいたのだ。それでも、あの方からは怒られることはない。あの方もこの国での重役の仕事のせいで、実験どころではなかったのだ。ここまで聞けば誰があの方なのかわかるだろう。
その人物とは、ベルグである。
そう、ベルグの命で、アババはアルデルダ領に仕えているのだ。アババとしては、有能すぎず、馬鹿すぎない人物であれば、と思ったのだが、あまりにも欲剥き出しなので、今現在となっては、エルゲルダに仕えるのは苦痛に近いぐらい、気分があまりのらなかった。
このクルバト町の町長バトガー暗殺―ただし、この事件は、町長バトガーの行方不明事件となって世間には知られることになる―があったのが、レグニエドがクルバト町へ遠征するために、リースをたつ二日前のことだった。
翌日、クルバト町。
レグニエドがクルバト町へ遠征する前の前日。
町長の屋敷。
ここは、クルバト町の歴代の町長が政務をおこなう場所である。
建物自体は、このクルバト町の中では大きい方だが、アルデルダ領の首都ミグリアドの領主の城と比べれば、比べものにならないくらい小さい。
それでも、町の全体の政務をおこなうことができるくらいの規模であり、二階建てのものとなっている。
その中の、会議室では、
「町長はどこへ行った。」
「今、探しているが、どこにもいない!! どういうことだ!!!」
「どうなっているんだ!!!!」
と、バトガーが昨日から帰ってこないことに町の重役たちは苛立ちを募らせるのであった。
この重役たちは、バトガーの支持者であり、彼が町にとって有益な政策をおこなうことができると思って、支持にまわったのである。さらに、クルバト町の中にいる、自らの利益のためならば、他者が苦しむことに対して何も思わず、何も感じずに、他者が死のうが、自分だけ生き残ればいいと思っている愚か者を牽制するためでもあった。
そして、ここにいる者たちは、バトガーが殺されたことに関して、知るはずもなかった。
同時に、このまま町長の職を空白にしているわけにもいかず、
「新たな町長を決めなければ―…、あいつらに好き勝手にされてしまう。」
と、この会議室にいた一人が言う。
彼の言葉は、まともことであろう。町の中にいる愚か者は、今、このクルバト町に増税政策をしようとしているアルデルダ領の領主エルゲルダと裏で繋がっているのだから―…。
そんな人物をクルバト町の町長にしてしまったら、町自体が衰退してしまうかもしれない。確定的ではないが、その可能性が高くなってしまい、この町に住む住民の生活を脅かしかねない。
そうなってしまえば、税収の将来的減少だけでなく、生活苦による治安の悪化および生活保障のための税の支出を増やしてしまうのだ。そのせいで、生活向上のための投資への支出の額が減るということにもなってしまいかねない。
だから、この会議室にいる誰もが思った。
(町長は、あいつらによって、連れ去られたか。)
と、心の中で思うのだった。
決して、確定的な証拠はないので、言葉にはしなかったが―…。
言葉にしてしまうと、今、この中にいる者のなかで、暴走して、その暴走を指摘されて、エルゲルダに繋がっている者たちにクルバト町の権力を奪われてしまいかねない。そんなことをさせないと思えるほどに、この会議室にいるものは最悪の状態を考えることはできた。
そんな中、ある人たちが、この会議室に入ってくる。
そう、愚か者たちだ。
さらに、詳しく言えば、愚か者とそれに取り巻いて利益を得ようとする者たちだ。
「どうなさったのですか。ミングロマーさん。」
と、先頭にいた愚か者が言うのであった。
その言葉は、クルバト町における権力を自らの手に入る好機が来た、という喜びと、バトガ―がこの世にはいないということを知っていて、
(お前らの時代は終わり。まあ、バトガーを見つけることもできやしないだろう。クルバト町はすべて私のもの。)
と、心の中で言いつつ、自分にクルバト町の町長という役職が転がってくるのを今か、今かと待っている。それに、自らの優位を見せしめたい、特に、自らにとって嫌な奴らにぎゃふんといわせたいのであった。
なぜ、この愚か者が知っているのかといえば、バトガーがつまみ出されたすぐ後に戻る。
クルバト町への遠征が決まった日。
遠征への準備を開始していた時、エルゲルダは呼び出していた。
「ハムゴス様がご到着いたしました。」
と、領主執務室にいたエルゲルダに、執務室の門番が告げる。
「そうか、入れ。」
と、外の者に聞こえるように言う。
そうすると、扉が開き、そこに、連れてきたと思われる執事一人とハムゴスという者がいた。
(相変わらず、汚い身なりをしている。お前のような身分の者が着るものではない。お前なんぞ、庶民の服でも着ていたほうが似合っておろうに―…。)
と、心の中で、侮蔑するようにエルゲルダは言う。
ハムゴスと呼ばれる人物の身なりは、社交界に出たとしても、王の謁見に出席したとしても、その場に相応しい身なりである。宝石や指輪をちゃんとしっかりとはめている。
それなのに、なぜエルゲルダはこのような差別的態度をとるのか?
そんなことは、簡単だ。答えは、ハムゴスが庶民の出身であり、貴族でも、領主でも、王でもないのだ。そう、エルゲルダと比べて身分が低いのである。エルゲルダにとって、自分は高貴であるがゆえに、豪華な装飾をしても、領主という身分であるがゆえに、似合っているのだ。
だけど、ハムゴスは、庶民の出身であるがゆえに、着飾ったとしても似合うはずがないのだ。社交界や王の謁見の出席するような場で着る衣装などは―…。それだけでも、エルゲルダにとっては理由となってしまうのだ。
たとえ、ハムゴスが庶民の服を着てきていても、見下すであろうが―…。
ハムゴスは、領主エルゲルダの面前で、跪き、
「これは、これは、アルデルダ領主様、直に呼んでいただきありがとうございます。領主様にいたっては、今日も良き政治をおこなわれ、アルデルダ領の繁栄があるのは、領主様のおかげでございます。」
と、礼をしながら言う。
「面を上げよ。」
と、すぐに、エルゲルダは言う。
そうすると、ハムゴスは、顔を上げるのであった。ただし、跪いたままであったが―…。
エルゲルダにとっては、ハムゴスごときの人間には、自らの話しは、跪いて、エルゲルダを見上げるように見させるのちょうどいいと思っている。しかし、形式上それをすることはできない。そう、庶民と台頭の目線で話さなければならないのは、エルゲルダにとって屈辱でしかなかった。
「要件を言う。これから、クルバト町へと遠征をおこなう。」
と、エルゲルダが言う。
その言葉に、ハムゴスは、動揺の表情をする。驚きでしかなかった。正気かと思った。それでも、エルゲルダに向かって問いただすことはできなかった。アルデルダ領の兵士がクルバト町へ遠征され、攻められたら、バトガーらの勢力を倒することができるが、それ以上に、町が破壊されて、自分達の商売ができないのではないかと思ったのだ。思わないわけがない。
ハムゴスが、今のエルゲルダの言葉を聞いて、驚くことがわかっていたのだろう。
エルゲルダは続けて、
「ただし、大丈夫だ。ハムゴスよ―…、クルバト町の再建および、お主らのその間の生活および利益も保障しよう。さらに、クルバト町の遠征後には、ハムゴス、お前を我の臣下に加えようと思う。それも、領主に継ぐ地位で、な。」
と、言う。
その言葉を聞いたハムゴスは、安堵するのだった。自らの生活は保障されるのだから―…。さらに、領主に継ぐ地位を貰えるのだから、クルバト町がどうなろうとどうでもよくなったのだ。ゆえに、
「はい、ありがたき幸せです。」
と、ハムゴスは頭を下げながら言うのであった。
「領主に継ぐ地位のためには、ハムゴスに協力してもらわないといけない。これから、我の部下がバトガーを暗殺するだろうから、今すぐクルバト町に帰って、人に見つからない場所に穴を掘ってほしい。そして、お主らは、町の入り口で、我の部下に合流してくれ。そこで、我の部下がバトガーの死体を持っている。それを穴を掘った場所へと案内し、埋めるのだ。その後、ハムゴス、お主が町長となり、我が軍が来た時に降参して、死体を埋めた場所へと案内してくれ。わかったな。」
と、エルゲルダはさっさとこの会見を終わらせたかったので、要件を簡潔に言うのであった。
エルゲルダにとって、庶民の者といる空間は、息苦しくて呼吸すらできないようなものなのだ。空気が別に変わるわけではないのに―…。精神的なものによるのだろう。
「はっ、かしこまりました。」
と、ハムゴスが了承する。
それは、クルバト町の遠征の協力をするだけで、自分は領主に継ぐ地位を手に入れられるのだ。こんな簡単に手に入るのだから、警戒したい気持ちがでてもおかしくないが、自分のことしか考えず、自分の失敗など理解できないがゆえに、何も考えずにこの話にのるのであった。
「では、ハムゴス。下がってもよいぞ。」
と、エルゲルダが言うと、ハムゴスは、
「はっ、失礼いたしました。」
と、言って、領主執務室からでていくのであった。
次回に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正すると思います。
次回の更新は、2021年3月27日の夜になると思います。では、次回の更新で―…。
2021年12月28日 「善人や為政者が向かわれるわけじゃない」を「善人や為政者が報われるわけじゃない」に修正。誤字です。たぶん、身を落としてしまったものです。誤字・脱字などに関しては、気づける範囲で修正してことにしようと思っています。投稿時には、なるべく見直して、ミスがないようにしていくことに注意していきたいと思います。反省です。