番外編 リースの章 序章 クルバト町の虐殺(3)
前回までのあらすじは、アルデルダ領の援軍要請を受けたリース王国は、騎士たちを集め、クルバト町へと向かって遠征に出かけるのである。
アルデルダ領。
領の中心地、ミグリアド。
ここは、人口が十五万ほどであり、リースに継ぐといってもいい都市であろう。
リース王国第二の都市といってもいいかもしれない。
これほどの人口を要しているのは、領主の館があることと、交易地としても有名であるからだ。
交易という側面では、クルバト町に劣ってしまうが―…。
元々、アルデルダ領は、リース王国の中でも一、二を争うほどの産業が盛んな領で、リースに引けをとらないほどであった。
ただし、産業の面では、多くが首都のミグリアドではなく、クルバト町による収入が多い。エルゲルダより前の領主達にとっては、それでよかったと思っていた。なぜなら、クルバト町は、しっかりと税を納めるし、それを領地経営や不毛地帯に暮らしている人々に対して使うこともできた。それに、クルバト町の町長もそれには賛成していた。
領民が豊かになれば、多くの鉱物の加工品や、遠くから運ばれてくる品を増加させるための需要が確保でき、クルバト町にとっても収益増加となる。うまい話しであり、全体に恩恵が及ぶのである。
しかし、エルゲルダは、違っていた。彼は、生まれた頃より才という才は見当たらなかった。その頃は、平凡であった。それでも、自らを磨こうとした。それでも、才能があるものにはかなわなかった。
そのため、前領主の子どもの中での継承順位は低いものであった。アルデルダ領は、領主一族の有能なものを次の後継者とする慣例が存在した。それは、領地を経営していき、自らの一族を繁栄させるために必要なことであった。平凡ではダメなのだ。
ゆえに、エルゲルダはグレてしまったのだ。
城の外へと朝から出ては、悪ガキたちと盗みや強盗などの犯罪を繰り返すようになっていた。才という才はないと思ったのだが、弁論と人を騙すのがうまいという才能があったのだ。それに気づいたエルゲルダは、これまで不可能であったと思い、抑えていた権力欲を見せるようになっていた。ただし、一族や有力者の間では、才のない平凡な人を演じながら―…。
そんなある日、裏の仕事をこなす優秀な人物を雇うことになる出会いがあった。
その人物は、まだ十代後半ほどの青年であった。
その青年は、ふらっと、城の外へと遊びに出た時に出会った。
「エルゲルダは、私が仕えるのに相応しい。私はきっと、あなたの役に立ちますよ。まあ、言うだけではわからないでしょうから、殺したい相手の名前を言ってみてください。」
と、その青年は言う。
この時、エルゲルダは、困った表情をした。理由は、簡単だ。エルゲルダが今、頭に浮かんだ人物を殺すことなどできやしない。このアルデルダ領で最も次期領主の地位に近い人物であった。その人物は、常に優秀な護衛が多く、さらに、本人も武芸に秀でており、戦に出陣すれば、確実に武勲をあげられるほどに―…。
困った表情をしてしまったエルゲルダであるが、その青年がアルデルダ領で最も次期領主を殺せるとは思えず、冗談を言って、そこで済ませようとしたのだ。
だから、
「そこまで言うのなら―…。イクスメを暗殺してほしい。アルデルダ領で最も次期領主に近いとされる男だ。まあ、お前ごときじゃできないだろうがな。」
と、エルゲルダは、その青年を馬鹿にするように言う。
エルゲルダは、そう言った後、この場が去っていくのであった。こんな馬鹿とは、二度と出会いたくないと思いながら―…。
だが、事態はエルゲルダの想定とは違う方向に向かっていった。
翌日、イクスメが死んでいたのだ。死因は、首を切り裂かれたことによる出血多量が原因であった。
そのことを聞いたエルゲルダは、動揺した。しないわけがないだろう。前日に、冗談で言ったことが実現されているのだから―…。
ゆえに、
(あの青年…なのか? イクスメを殺ったのは?)
と、心の中でその言葉を出すのがやっとであった。
そう思いながらも、今日も今日とて、エルゲルダは、城の外へと遊びに出かけるのでった。自らの存在がそこにあると信じているのだから―…。
そして、その青年に出会う。
「いや~、あまりにも簡単すぎました。背後をとって、首にナイフをあて、斬るだけでエルゲルダの命令を達成できるのだから―…。」
と、飄々として、それ簡単なんですけど、思わせるな感じで青年は言うのであった。
その青年は、エルゲルダを恐怖のどん底に貶めたのだ。そりゃそうだ。いきなり現れた青年が、あなたの殺したい相手を言ってください、と言ってきて、言った人物を本当に殺したのだ。さらに、その方法がエルゲルダが聞いた話と一致していたのだ。恐怖しないほうがおかしい。
青年という人物が、どれだけの実力をもっているのか。それも、イクスメ以外は誰も死んでいないのだから―…。その実力は証明されてしまったものだろう。
だけど、それが本当かというのかという疑いが完全に消えるわけではない。明らかに数が足りないのだ。ゆえに、そのことと同時に欲がでてきたのだろう、エルゲルダは、
「俺以外のこのアルデルダ領の次期領主となる可能性のある人物を全員殺してくれ。」
と、言うのだった。
邪魔だった。エルゲルダは自らが平凡で劣っていることがわかっていた。たとえ、赤子だろうと、才能を示せば、いつ自らの立場を奪われるかわからなかったからだ。
それに、青年がこの数(次期領主候補と目されるのだけで、十人は下回ることはないだろう)を殺すことなどできやしないと思ったのだ。これを本気で達成するようであれば、本気で裏の仕事ができる側近にしたほうがいいと判断した。
翌日、アルデルダ領の次期領主の可能性がある者たちは、エルゲルダを除いて殺されてしまっていた。赤子さえも―…。これが、アルデルダ領次期領主連続殺害事件であった。この事件は証拠が掴めず、迷宮入りとなった。そう、この事件は青年が実行したのだ。エルゲルダの冗談から始まって、本当の実現されてしまった恐ろしい出来事であった。
これが、起こったのは、瑠璃たちがリースに来る二十年ほど前のことであった。
その後、すぐに領主がなくなり、エルゲルダが次期領主へとなった。
エルゲルダに位を譲り渡した領主であった人物は、次期領主が殺されていったことに対して、精神的に耐えられなかったのだろう。すでに、高齢で、数年の内にイクスメに領主の地位を譲ろうとしていたのだ。その準備をおこなっていたのだ。その時にイクスメを含め、エルゲルダ以外のすべての次期領主候補が殺されたのだ。ショックを受けないことがないのは無理もないことであろう。この領主だった男も、エルゲルダが領主という位に就いたすぐに、亡くなった。原因は、いまだにわかっていない。精神的なショックを受けて、心身の負担が耐え切れなくなったものであろうと判断された。
それから、領主となったエルゲルダは、自らの権力の基盤を確立していくのである。方法は簡単だ。対立する人間を不慮な事故で殺していったのだ。青年を使って―…。青年もエルゲルダの言う通りに殺していくのだ。いつしか、エルゲルダは、完全に青年を信用するようになった。青年は、アババという名を名乗るようになった。
このように、エルゲルダと対立する者たちは不慮の死を遂げることから、「血のエルゲルダ」と言って恐れられるようになった。
そして、エルゲルダに逆らえなくなってしまったのだ。逆らえば自らの命が奪われてしまうために―…。
だけど、その中で反抗することができたのは、アルデルダ領の財政収入で重要な割合を示すクルバト町であった。
いつしか、クルバト町の町長とエルゲルダは対立するようになる。
原因は、エルゲルダのクルバト町への増税政策であった。
アルデルダ領の財政は良好であった。
しかし、それは前代から続く、クルバト町以外の町や村の多くに、投資をしてきたことによる利益にほかならないし、その町や村の人たちの収入増加による消費額の増加にすぎないからだ。エルゲルダが領主になって以降、アルデルダ領の多くの住民の収入が減少するようになった。それは、エルゲルダがその投資のために徴収したクルバト町の税金の他への開発へ使う分を、自らの華美な生活のための浪費に使っていくようになったのである。さらに、エルゲルダから利益を得ようとして、慕ってくる、自らの利権にしか興味のない奴らによる杜撰な事業に使われるようになった。
結果として、アルデルダ領の領民の収入は、格差が大きくなり、多くの者の収入は減少していくことになった。そして、しだいに生活が苦しくなり、領民の贅沢への支出が減ったことにより、そこで収入を得ていた人々の収入が減り、それがめぐりめぐり始めるという収入の減少が続いていくという負のスパイラルに突入したのだ。
そのため、アルデルダ領の税収は少しずつではあるが、減少するようになった。そのため、税収を確保するために増税政策にはしった。エルゲルダは、税収の維持に躍起になっていた。そうしなければ、自分が自由に使っていいお金が減ってしまうからだ。そのお金は、本当は自由に使ってはいけないのであるが―…。それを理解することは、エルゲルダにとっては不可能なことである。
特に、増税政策の犠牲になったのは、クルバト町であった。クルバト町は、鉱物産業や商業などで、収入は豊かであった。そして、アルデルダ領に税金を確実に決められた額を納めていたのだ。クルバト町の町長は、その税金が領の運営や領内の他の場所の投資に使われているのかと思っていた。しかし、増税政策で理由が何であるかが気になって、調べさせると、どうもおかしなことに気づく。それは、お金が領主エルゲルダの所に入っているのだ。
領主でもある程度は、お金を使わないといけない場合はあるし、そのための予算は別でしっかりと組んでいるのだ。明らかにおかしいとクルバト町の町長は思った。ゆえに、再度、増税政策を受けるかわりに、領内の投資に使ってくれと言う。その時に、領主の所ではなく、増税額全部を投資予算という枠の中に入れてくれと―…。
しかし、エルゲルダは、その提案を断ったのだ。
その時、クルバトの町長をわざわざアルデルダ領の首都ミグリアドに招集して、領主の面前に来させたのだ。
領主のいる謁見室に入ったバドガー。
リース王国の礼儀作法に則り、領主エルゲルダの面前で頭を下げ、
「領主様。今日は、はるばる私めをお呼びになられたことを感謝いたします。今日も領の繁栄があるのは、領主様のおかげです。」
と、クルバト町の町長であるバトガーは社交辞令を言う。
これは、リース王国で決まりきったことである。これは、あくまでも社交辞令であり、王や領主が悪政をしている場合には、社交辞令を引用して、本当にそうなのかを問うことをし、その矛盾を指摘しやすくするためだ。
「そうか、そうか。面を上げよ。」
と、エルゲルダも社交辞令を聞いた後、頭を下げているバトガーに頭を上げるように言う。
これも決まり事だ。理由に関しては、そんなに深い意味はないだろう。
エルゲルダは、続けて、
「お主を呼んだのは、他でもない。お主、どうして我の立案した増税政策を拒否した?」
と、単刀直入にエルゲルダは聞いてくる。
エルゲルダは、心の中で苛立っていた。なぜ、一、町の町長なんぞに自らの増税政策を拒否されなければならないのかと、納得がいかなかったからだ。
「はい、申し上げさせていただきます。クルバト町は、鉱物産業および商業で栄えています。その収入は多く、アルデルダ領で多くの税を払っております。なぜ、私たちが税を払っていますかというと、その税が、アルデルダ領の投資に使われ、多くの領民に富が回り、その富が消費を良くし、新たな需要を創出する。その需要は、私たちにとっても新たな商売の好機となり、またそこで得られた利益は、クルバト町の多くの者の収入になります。それは、また、アルデルダ領の税収入となり、再度投資すれば、同様の結果が循環するように続くこととなります。しかし、昨今のアルデルダ領の税収の減少は、明らかに税収を投資や領民のために使われておらず、領民の収入の増加になっておりません。そのため、巡り巡って、アルデルダ領の税収の減少につながっていき、それが循環するように続いていることでしょう。ゆえに、私は、再度、増税政策をおこなうのであれば、増税分は全額、アルデルダ領の投資に回していただきいと思います。これは、アルデルダ領の税収入増加に繋がり、領主様のおこないたいことにも多額の投資をすることができると思います。そのために、今の領主様の案におけるクルバト町に対する税金の増額に、私たちの条件が盛り込まれていないために、増税政策を拒否したのでございます。私たちクルバト町の言い分は以上となります、領主様。」
と、誠意を込めて、領主を説得するように言う。
しかし、平凡であるエルゲルダがそのすべてを理解することができなかった。たとえ、平凡であったとしても、真剣に聞けば理解しようとはするだろうし、彼の言いたいことの大まかなことは分かったかもしれない。
エルゲルダは、バトガーが話している間は、面倒くさそうに聞いていた。
そして、バトガーが言い分を終えると、エルゲルダは、すぐに、
「バトガー。お主の言っていることもわかるぞ。領内の発展を願ってのことだろう。」
と、エルゲルダは、当たり障りないことを言う。
その表情は、バドガーを自らよりも下の地位にあるものであるというように侮蔑していたのだ。自らが一番偉く、自分の言うことは何でも実現されるのが当たり前だと思っているのだ。
そんな表情のエルゲルダに、心の中で何かを思っていたとしても、決して表情に出さず、アルデルダ領の利益と、クルバト町の利益、それも将来に渡る利益を手に入れるため、自らの今の感情をバドガーが抑えるのであった。
そして、領主の怒りをかわずに、何とか穏やかに領主に自らの言っていることを納得してもらおうとバドガーはしていた。
「はい。領主様の言う通りです。」
と、領主であるエルゲルダのさっきの言葉を肯定する。
それは、エルゲルダがバトガーの言葉を聞いてくれたことだろうと、バトガ―は思ったのだ。自分たちの言ったことを受け入れてくれる、と。
しかし、そんな甘い希望が起こることはなかった。
「だが、我は、アルデルダ領の発展のために投資をしているぞ。だけど、税収入が減少しているのは、お前たちが努力して、我らの領民からお金を搾り取っていないからだ。わかるか。領民が下賤な生き物であり、すぐにズルいことをして税金を誤魔化そうとする。実際は、お主が思っているよりも稼いでいるのかもしれない。それに、奴らはケチだ。収入を只管貯蓄にまわして、金が増えることに愉悦を感じる奴らだ。そんな奴らから税を多く徴収したしても、彼らはいつも通りに生活できる。バトガーよ。お主はそのこともわからぬのか。何とも情けない。」
と、エルゲルダは言うのだった。
実際に、エルゲルダの言っていることが当て嵌まる領民などをほとんどいない。いるわけない。本当は、困っている人のほうが多い。エルゲルダの言っていることが当て嵌まる人間は、エルゲルダにとっての利権を得るための友達ばかりである。そう、利権というお金で繋がれた友達である。他者の不利益が増加して、他者の生活や人生を傷つけても後悔も反省もしないという人物らである。
バトガーは、絶句した。
(こんなのが俺たちの領主だったのか。)
と、心の中で悔しく思う。
そう、その時のエルゲルダの表情は、己の利益に溺れ、他者をも顧みなくなったクルバト町の有力者の一部と同じ表情をしていたのだ。
「いえ、領主様。多くの者たちは、実際に生活に困っております。本当に―…、本当に―…。私は、多くの者から話を聞いていますし、いろんな町や村の有力者もそうおっしゃっています。領主様、決して、領民が税金を誤魔化そうとしているわけではございません。」
と、バトガーは言う。
バトガーは、本当にいろんな人から聞いたのだ。率直に―…。一つの町の町長である以上、町民の生活に気を配らないといけない。そうしないと、税収は増えないし、安心して町民が生活を送ることができないし、治安を悪化させて、そのための費用を捻出し、町の投資や町民へのお金を回す額を減らさないといけなくなるからだ。
「我の言葉が嘘だと申すのか。」
と、エルゲルダは言う。
その言い方は、バトガーに対する怒りを感じさせるものだった。エルゲルダにとっては、自らが嘘を付いているというありえないことを、ただの町の支配者ごとき低俗なものから言われていると思った。エルゲルダは、自身が正しく、それを慕ってくるものしかいない。そうしかありえない。そうでない者たちは、エルゲルダの正しさのわからない低俗な者でしかない、と。
「いえ、そのようなことでは決してなく、私は、今のアルデルダ領の実情を述べ、かつ、アルデルダ領のために言ったまでのことです。」
と、何とか領主の怒りを抑えようと必死になるのだ。
だけど、一旦疑い出すと、エルゲルダは、自らに疑いをもたせようとした者を信用しなくなるのだ。
「呼んだ我が馬鹿であった。この者をつまみ出せ。」
と、エルゲルダは、バトガーを謁見の間から出すように言った。
(もうこれ以上、バトガーの話を聞いても無駄だ。俺の言う通りになりやしない。こんな奴のいる村だ。さっさと滅ぼしてしまえばいい。クルバト町の代わりなどいくらでもある。それに他の町も増税して、むしり取ればいい。領民など、俺に税を払ってこそ生きられるのだ。誰が領民を守ってやっていると思っているんだ。)
と、エルゲルダは心の中で思うのであった。
エルゲルダは、傲慢で、自らより下の者を見下すのである。自らが文武で劣っていること、そして、その中で人との本当の意味で信頼関係を築くことができず、相手の本質をしっかりと見ることができない。そして、自分の願いや欲望に満足することができず、さらに、他者は自分のためにあると思っているのだ。
結局、バトガーは、近くにいた護衛の兵士によって掴まれ、謁見の間から追い払われるのであった。
その時、バトガーは、
「領主様聞いてください。いま、領民は困っているのです。領民のための政策を!!!」
と、言うのであるが、謁見の間の扉が閉まるのと同じように、バトガーの言葉はエルゲルダには届かなかった。
こうして、クルバト町の虐殺の作戦が開始されることになる。良きことをしていたとしても、行動の結果、最悪の結末を迎えることもある。だけど―…、悪しきをなすものが、最良の結末を迎えることがあるとは限らない。他というものによって自らの利益が成り立っているのだから―…。
次回へ続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
次回の更新は、2021年3月25日頃を予定としております。たぶん、夜ぐらいの更新になると思います。予定の変更もあるかもしれませんので、ご注意ください。