第69話-2 行く末を見守る者の始まり
前回までのあらすじは、騎士団の騎士たちがランシュによってぶっ飛ばされました。全員ではないが―…。
数分の時を遡る。
ランシュの長剣で刺していたのを、それを刺していたレグニエドから引き抜いて、騎士たちとの戦いになっていた頃。
最初に出てきた騎士を瞬殺で気絶させた頃だ。
エリシアが駆ける。レグニエドのもとへ―…。
(たぶん、あの出血量からみて、リースの医療水準では助からない。だけど、わずかにでも可能があるなら―…。)
と、心の中で、エリシアはわずかな可能性を希望を無理矢理にでも抱きながら―…。
医者として、刺されたレグニエドの命を救おうとする当然の使命感を抱いていた。それでも、現実がそれほどうまくいかないことは知っている。だから、奢ることはなかった。奢ることなどできるはずもなかった。
そして、数秒で、レグニエドのもとへと辿り着く。
エリシアは、すぐに脈と、心肺を確認する。
希望は潰えていた。それは、エリシアが最初に予想できた結果でしかなかった。
ゆえに、首を横に振る。レグニエドは死んでいて、助けることができないという意味をそこに込めて―…。
その意味は、リーンウルネ、メタグニキアには理解できた。
リーンウルネは、エリシアの首を横に振ったことで、
(……、私が追放するはずだったのに―…。私の判断が早ければ―…、救うことができたのに―…。私は愚か者だ。)
と、心の中で救うことができたのではないかと思うのだった。
それは、医学的なことではない。リーンウルネは、選択肢を見誤ってしまったことに対して、悔しそうにしたのだ。表情には、悲しみとともにそれが現れており、自分の情けなさに憤りを感じてしまっていた。自らの優柔不断さに対して、激しい憎悪を抱かずにはいられなかった。
同時にリーンウルネは、喪失してしまったのだ。心までは完全に壊れなかったが―…。
そして、リーンウルネは、もう一人のセルティーの方へと視線を向ける。
そのセルティーは、体勢を崩し、完全に泣いてしまっていた。さっきまで、自らの父の名前を叫んでいたのだから―…。
セルティーを見て、壊れかけていた心を無理矢理になおして、心の中で冷静にセルティーの心情を理解する。
(父親が目の前で殺されて―…。それに、それをやったのが、自らが恋している人間だから、より私よりも心の中にどっと押し寄せてきたのか。今の私が言っても―…。)
と。
そう、リーンウルネは、セルティーのもとへと行くことができなかった。自らの立場は王妃であり、とにかく事態を鎮圧させないといけない。そうして、言葉を発そうとするが―…。
後ろにひやりとする感触がした。
自らの生の終わりを予感させるものだ。
後ろから近づくものを感じた。それは、リーンウルネの顔の近くで、小さい声で言う。
「リーンウルネ様。ここは静かにしていただきましょうか。あなたがこれぐらいのことを恐れないし、死ぬことはないでしょう。だけど、あなたが声を発せば、セルティー様を含めて、命はありませんよ。」
と。
リーンウルネは、人質をとられて声を発することができなくなったのだ。人質とは、セルティーや、周辺にいるセルティーのメイドたちのことである。
リーンウルネは、セルティーの方に視線を向け、確認する。上に透明で見えなくなっているが、何か大きなものがあるのがわかった。その上にあるものをセルティーの方に向けて落とすのだろう。リーンウルネが声を発した時に―…。
(ミドール、貴様~~~~。)
と、歯ぎしりをさせながら心の中でリーンウルネは言う。
リーンウルネとて、自分自身だけが人質になるのなら簡単に防ぐことはできる。たとえ、威力の強い攻撃であったとしても、自らが持っているペンダントに宿っている天成獣の力で防御することができる。攻撃よりも防御に特化した天成獣で、属性は生をもつ天成獣である。そう、つまり、カウンターで攻撃を相手に弾き返すことによって相手にダメージを確実に与えることができるのだ。
それでも、セルティーが人質になっている以上、対処のしようがないのだ。あくまで、リーンウルネの武器に宿っている天成獣が、リーンウルネとリーンウルネに触れているものを完全に防御するので、離れた個人もしくは複数を防御することができないのだ。
だから、リーンウルネは理解していた。動けば、ミドールは確実にセルティーに向かって、上にあるものを落とすと―…。
(ミドールが誰の指示でこんなことをするかはわからないが、予想は付く。メタグニキアか。私が事態を沈静してしまえば、この場を治めた私が、謁見の間にいる招待客に次の王だと、もしくは、私のほうがリース王国の実権を握る者としてふさわしいと思われることを恐れてか―…。卑しい奴だ。自らの栄誉や賞賛されることしか考えていない。リース王国の利益よりも個人の利益だけしか―…。今は、そんなことではなく、共同で事態の収拾をはからないといけない。ランシュから理由を聞きだす必要がある。場合によっては、殺さざるをえないが、それはあくまでも最後の手にしないといけない。ここで血生臭いことは招待客にいい印象は与えないし、不安を煽るだけだ。くそっ、どうする。)
と、リーンウルネは心の中で言う。
リーンウルネとしては、はやくミドールを倒すまでとはいかないが、この状況から抜け出して、セルティーやその周辺にいる人たちの安全を確保した上で、今、謁見の間で起こっている事態を沈静させたかった。それでも、できないのだ。どうすることも―…。
そんな最中にメタグニキアの声がした。
「フォルクス!!!」
と。
その声を聞いたリーンウルネは、
(フォルクス!! 騎士団団長が来たということは―…。まさか!!!)
と、リーンウルネはあることに気づく。
「ランシュ、あいつが、王を暗殺した犯人だ。今すぐ、ランシュあいつを殺せ!!!!」
と、言うメタグニキアの叫びような命令が聞こえた。
(やばい、これでは確実に殺し合いになってしまう。それに―…。)
と、リーンウルネが心の中で思っていると、
(あれは、メタグニキアの影の者か!!? 本格的に、仲裁に入らないと危険なことになる。謁見の間にいる者を巻き込んでしまうし、彼らの戦闘で、リース王国のごたごたが知られたら、他国から攻められてしまう。そうなってしまうと、リース王国内にいるすべてものの命が危険にさらされてしまう。とにかく、この状態を―…。)
と、リーンウルネは心の中で焦り始める。
今の事態、かなり深刻なものであることはわかっていた。リーンウルネにとって今一番危険なのは、リース王国のこのような事態に対して、他国や他の領がこれを機にリース王国に侵攻してくることだ。そうなってしまうと、リース王国にいる者の命を危険に晒してしまうからだ。
とにかく、そのような事態は避けないといけないと思った。リーンウルネの使命感がそう訴える。だけど、そのためにセルティーやそこにいる者たちを危険に晒すわけにもいかなかった。
結局、リーンウルネは、究極ともいえる選択肢が突きつけられ、それを選択せざるにはいられなかったのだ。だけど、ある意味で、これが後になって正しいものであると証明されることになるのだ。
時は戻る。
謁見の間の扉の方面にはたくさんの騎士が倒れていた。
彼らは全員生きていた。ランシュが手加減したためである。
ランシュは、騎士たちを殺したかったわけではない。復讐対象であるレグニエドを殺したかっただけだ。
好き好んで、好戦的に人を殺したいわけではない。人を殺すことに楽しみなどない思っている。必要以上に殺そうとも思っていなかった。
(さ~て、ここからどうするか。っということは、決まっているか。実力は示すことができたが―…。それでも、謁見の間の入り口の扉の方にいて、一人だけ吹き飛ばされることのなかった奴がいる。フォルクス騎士団団長。)
と、ランシュは心の中で言う。
ランシュは、驚きはしなかったが、手こずるかもしれない相手がそこにいた。そう、騎士団団長フォルクスだ。
フォルクスは、リース王国騎士団の中で、最強を誇る猛者であり、ランシュが手加減して戦っていた時は、勝つことができなかった相手だ。さらに、天成獣の力の使い方がまだうまくできていなかったこともあり、手加減するのにも苦労していたのだ。本気をだせば、リースの中枢から危険視されて自由に行動をすることはできなかった。それは、ランシュにとって避けないといけないことだった。
(今なら、手加減しても十分に勝つことはできる。団長は、生かしておいて損はない。敵対しようとも一人ではどうすることもできはしない。むしろ、友好関係にあったほうがいい。)
と、ランシュはさらに心の中で言うのだった。
そう、フォルクスとは、敵対していたとしても、生かしておく価値はあるとランシュは判断した。騎士団自体は、ランシュにとってそこまで実力的に対処することは可能であるが、対外面から考えると、彼らと友好関係にあるほうがいい。
しかし、このような敵対関係をつくってしまった以上、騎士団から恨まれることは避けることのできないことであった。それでも、ランシュは生かすことを選択していたであろう。軍事力としても重要であった。他国および他領の人間がこれを機にリースはごたごたで、弱っていると判断して、リース王国へと攻めてくると判断したからだ。その時に備えて、騎士の数が多いにこしたことはない。
「ランシュ、騎士を攻撃したな。ということは、敵として粛清されても仕方がないということだ。なら、いかせてもらう。」
と、フォルクスが言う。
言うとすぐに、フォルクスは、自らの持っている長剣を握りしめて、ランシュへと向かって行く。
ランシュの近くに到着すると、すぐに剣を上に構えて、ランシュに向かって振り下ろす。
ズン、という音をさせながら―…。
衝突した音がなる。
そう、それは、ランシュの右手とフォルクスの持っている長剣の衝突する音であった。
フォルクスは驚く。
「何!!」
と、言いながら―…。
「斬れると思ったか。フォルクス騎士団団長。」
と、ランシュは、フォルクスを挑発するように言う。
それは、実際にはランシュによるフォルクスに対しての挑発である。ランシュとしてもフォルクスの強さは知っている。ランシュが長剣で戦っていれば、負けていたであろうほどに剣術に関しては、化け物クラスに強い。
それでも、彼は天成獣の力を使っていない。適性がなかったというよりも、長剣の扱いに長けすぎていて、他の武器を扱うことを拒否してしまったのだ。そう、彼は天成獣の力なしで、渡り合えるほどの実力を有していたのだ。よっぽどの実力者クラスじゃないと倒することができないくらいに―…。彼は天成獣の宿っている武器を扱っている者よりも、速くもなければ、攻撃力もあるわけではない。天性的に、相手の弱点を見破る能力に優れていたのだ。そのために、何度も何度も天成獣の力を扱っている者を倒すことができたのだ。そして、鍛錬も毎日怠らなかった。それらの要素が絡まって、今の実力と地位があるのだ。
ランシュは振り払う。
その振り払いと同時に、フォルクスはランシュから距離を取る。
(ランシュは、天成獣の力を扱うことは知っていたが、あの腕は何だ。ランシュはさっきの羽を生やして、空中をうまく使って戦っていたはずだ。)
と、フォルクスは心の中で、過去に対戦したことがあるランシュについての情報の違いに気づく。
フォルクスは、以前にランシュと対戦したことがある。その時、今出している悪魔のような羽を扱い、空中からの攻撃を主体として戦っていた。そのため、フォルクスでも苦戦はしたが、空中からの攻撃だけで、単純すぎたので、すぐに対処ができてしまい、フォルクスに触れる一瞬に見破っていた弱点を攻めて倒すことができた。
でも、ランシュの右腕を覆っているものは一回もフォルクスは見たことはない。いや、ランシュがあえて見せていなかったのだ。だから、フォルクスはそれを知らなかった。
だから、フォルクスは、
「ランシュ、お前はあの時、本気をだしていなかったのか。」
と、悔しそうに言う。
フォルクスは、ランシュの本気すらだしていない実力に対して、苦戦をしてしまったのだ。悔しくないはずはなかった。
「そうですね。フォルクス騎士団団長。あなたは強い。だけど―…、今のは完全な本気ではなく、少しだけ本気ってところですよ。」
と、ランシュは言う。
挑発も兼ねていた。それは、フォルクスの攻撃を単純することで、ランシュの弱点に気づかせないようにした。たとえ、弱点に気づかれたとしても、ランシュは、すぐにフォルクスを倒すことができるだろう。それでも弱点に気づかせないようにしているのは、あえて、フォルクスに弱点を攻められるとランシュを倒せるということを印象付けておくためだ。保険のようなものだが、しておくことにこしたことはない。
「なら、私を見くびらないことだな。私は、リース王国で一番強い騎士だ。お前のような王殺しに負けるわけにはいかない!!」
と、フォルクスは言いながら、ランシュへと向かって行く。
すでに、ランシュの弱点はわかっていた。それは、右腕を覆っているもの以外のすべてである。フォルクスは、ランシュに一回攻撃した後、素早く太刀筋をかえて、弱点を突こうとした。
「やっぱり俺の弱点に気づきましたか。やっぱり、フォルクス騎士団団長だ。俺も予想できていたよ。保険すら意味がなかったよ。だけど―…。」
と、ランシュはまるで、フォルクスがランシュの弱点に気づいたうえで攻めてくることを読んだかのように言う。
「!!!」
と、一瞬フォルクスは驚く。
(読んでいたか。それでも、がら空きだ。隙を防御しないとは、愚かだな、ランシュ。それは、貴様の驕りだ。)
と、心の中でフォルクスは言いながら、ランシュに攻撃できる範囲に到達し、長剣での攻撃をおこなった。
それは、ランシュの右腕で防がれる。
フォルクスにとっては想定通りのことであった。
すぐに、フォルクスは屈んで、一歩を踏み出し、長剣の剣先をかえて、ランシュの腹部を切り裂かように、剣を左横に進むように振る。
キーン、とさっきと同じ音がなる。
「………。」
と、フォルクスは驚きのあまり、言葉を詰まらせた。
今の攻撃で、確実にランシュの腹部は斬られているはずだ。そうならないのがおかしい。
「やっぱり、フォルクス騎士団団長だ。俺も本気になるべきだな。ちょっとの時間だけどね。」
と、ランシュは言う。
そこには、目の部分以外は全身土色の何かに覆われている人がいた。そう、フォルクスは、理解できた。フォルクスの今の一撃で腹部が斬れていなければならないはずだ。斬られているのはもちろんランシュであるが―…。
「ランシュ…か。」
と、フォルクスは動揺しながら言う。
フォルクスは、ランシュの本気の姿を見て、恐怖を感じた。それも、今までどうにかできたのと違う恐怖を―…。
フォルクスは、天成獣の宿っている武器を扱っている者と戦っている時は、恐怖を感じることはいつものことであった。それでも、相手の弱点がわかるという自らの能力によって、冷静になることができた。
「ダメか。」
と、ランシュは言うと、すぐに超高速で移動し、フォルクスは謁見の間の外へと右手殴ってぶっ飛ばすのである。
その出来事は、一秒という時間も経過していなかったという―…。
謁見の間にいた誰でも、驚き、言葉をなくすのである。
第69話-3 行く末を見守る者の始まり に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
たぶん、今回は全部、追加した内容だと思います。ランシュに関しては、少しだけネタバレのような―…、当初の予定になかったものを出してしまいました。