第68話-5 なつかしき日々の終わりに
前回までのあらすじは、リースの市場に何かが起こるかもしれないということであった。一方で、リースの城では、宰相が―…。
驚きはする。
驚きはするが、これは毎年起こっていることだ。
だから、誰もが冷静でいられるし、さらに、彼女の本当の気持ちを知っているから―…。
責めたい気持ちは大きいが、彼女に言っても意味がないのだ。彼女の権力だけでは、どうしようもできない。
とは言っても、その私欲しかない権力の行使を最小限のものにはしていた。それだけの権力はあった。
彼女は、小さい頃から我が強い娘であった。周囲からじゃじゃ馬とか、男女のように言われた。それで、彼女が傷つかなかったことはないとはいえない。それでも、珍しく意志があった。
疑うことのできる勇気と信じることのできる信念を―…。
彼女の持っていた意志は、誰も不幸や悲しいことはある。それでも、それを克服して幸せになろうとするという具体性はないが、理想というものが―…。
そのように感じたのは、幼い頃から一緒にいた乳母であり、その人物からこの世界のあらゆることについて、価値観の違いについて知ることができた。幼いながらもその話に聞きいるものがあった。そして、その乳母は、ときどき、彼女を領主の館の外に連れ出し、領内を見させたのである。
領内の自然の中での体験、同年代の子どもたちの遊びなどを通して、いろんなことを彼女は学ばせてもらえた。領主としては、館の外に出すことは、危険もあるので、やめさせようとしたが、乳母の演説力がすごかったのか、やむなく許可をしたという。それが、結局、彼女の人格形成に良い影響を与えた。人を見る目。人を導く力。人を説得する力。人の意見を聞く力。そのすべてを養うことができたのだ。
ゆえに、乳母が亡くなってすぐは、悲しかったが、泣かなかった。泣いたら、乳母のことを忘れてしまうから―…。それでも、乳母という存在が心の中で、彼女の血であり、知となった。悲しみがあけると、すぐに毎日のように領内を歩くようになった。そして、武術や学術をこなすようになった。料理などの家事についても学ぶようになった。それは、使用人の仕事を奪うためではなく、彼らのことを知り、より良くするためであった。そのぶん、自分の我が儘に付き合うという仕事を付け加えてしまったのであるが―…。
そのなかで、領内の同年代もしくはその前後において、自らと遊ぶ友達を増やしていったという。そこには、男や女関係なく―…。
しだいに、彼女は、姉御といわれるようになった。彼女としては、もうちょっとましな呼び方があるだろうと思ったが、誰も直さないので、仕方なく受け入れるしかなかった。
そんななか、彼女にある知らせが届く。
リース王国の王との結婚である。その人物は、すでに二十代後半に達していたが、いっこうに結婚相手が決まっていなかったのだ。それは、リース王国の中枢が自らにとって動かしやすく、傀儡にしやすい人物を探すのに苦労していたからだ。
女性の影響力は、政治的な面でも大きい。ただし、表で目立つものというのではなく、裏の面である。目立たない所、王という私的な場において寵愛を受け、その女性を操りやすくしておくと、確実に王はその女性経由で伝えられた情報を鵜呑みにするのだ。そして、中枢で権力を握っている者にとって都合の良い政策を実現させようとする。
そのために、必要なのは、リースの中枢にとって動かしやすい条件となりうる、弱小で、こっちに逆らうことができないひ弱そうな権力しか持たない人間の一族なのである。さらに、女性の一族がリースでの要職を占めないということである。そのためには、自らが上である必要を十分に理解し、敵対関係にならないことである。
そして、定められたのが、彼女の家である。彼女の家は、弱小領主であり、力もない。さらに、権力中枢の末端にいて、いざという時に代えがきき、身代わりにできる人間が―…。もし、権力者の一族であると、いざという時に責任を問われかねないからだ。裏でいとを引くというのはかなり細心の注意を払い、慎重におこなわなければならない。
さらに、王は権力の中枢にいる者たちの娘を好まなかったのだ。この面において、かなり選り好みしたのだ。その中で、たまたま彼女を見た王が、気に入ってしまったことが最大の原因でもあった。
結果として、この人選は最悪のミスとなったのだ。リースの中枢で権力を握る者にとって―…。それは、彼女の持っている力と経験、そして、彼女の情報である。
彼女は、領民に慕われていることと、領主が彼女をよく見せようとして、お人やかな人で、男性を立てる人間であると報告したのだ。そのため、彼女は、リースの王と結婚することができたのだ。
そう、これは、リースの王であるレグニエドとその妻となったリーンウルネである。
そして、リーンウルネの本当の性格がわかるのに、そんな時間がかからず、最悪な人物が王の妻になってしまったとリースの中枢で権力を握っている者たちは後悔するのだった。
リーンウルネは、結構、リースの城の外へと抜け出して、リース市内で買い物やら、商店への視察やらを勝手におこなうのだ。それに、リース王国の内の領土をめぐり、王国民からいつの間にか信用というか、信頼というものを得てしまっていたのだ。
なぜ、そうなったのか。それは簡単なことだ。リーンウルネが連れてきた、精鋭は、リースの騎士とも互角、一部の者はそれよりも強く、彼らがリーンウルネを影や日向となって護衛したのだ。そして、その護衛が簡単に盗賊や不正をする者(領主を含め)を倒していったのだ。そして、リーンウルネは、領民の信頼されている人物を新たに領主に据えたのだ。そして、盗賊の中の何人かは理由により、仕事と居場所を与えて、勢力を拡大していったのだ。同様に、リーンウルネの部下は統制がとれており、必ずといっていいほどに、王国民に暴力を振るわず、かつ、必要なものに対して手助けをしたのだ。
結果として、リーンウルネの人気は上昇し、リース王国内での事実上の地位において中枢で権力を握っている者にある程度対抗することまでできるほどになったのだ。それでも、中枢で権力を握っている者の方が強く、なかなかリーンウルネにとっておこないたいと思っていたリース王国民が必要としている政策がとれなかったのだ。
その中には、レグニエドの誕生日会のための費用の捻出のために徴収される臨時税の撤廃というのも含まれていた。
リースの市内。
露店が複数並んでいる市場。
そこに、答えがやってくる。
そう、今は、ここで商品を売っている者とその商品を卸している者の会話からすぐのことである。
二人は見ていた。答えが現れるのを―…。
その答えを本当の意味で知らない、商品を卸している者は驚愕するのであった。
(なぜ、あの方がここに―…。どうして、お付きはいないのか?)
と、商品を卸している者は心の中で思うのだった。
「今から見ておけよ。リースの民が誰を一番信頼しているのかを―…。俺たちの本当の王と思っているのが誰かを―…。」
と、商品を売っている者は言う。
商品を卸している者に伝えたかったのだ。なぜ、リースの商売をする者が誰を本当のリース王国の主だと思っているのか。そして、地位としても本当の王になってほしいか、を―…。
市場の中がざわざわとしだす。
その答えは、リース王国にとって、とても、とても、重要な要人であるということ。そして、数々の救済話を持つ人物。それを実際におこなうように指示し、自らも行っていた人物。
そう、リーンウルネが姿を現したのだ。
「女王~。」
「姉御~。」
と、辺りから歓声にも似た声があがる。
その歓声を聞いた市場にいる者は、多くの者が理解できたのだ。あの日であることを―…。そして、リーンウルネに感謝する日であることを―…。
ゆえに、リーンウルネの方へと歓声を聞いた者は、近づいていったのである。
そう、リーンウルネの周囲には、人だかりができていたのだ。
「……。」
と、リーンウルネはしばらくただ、沈黙する。
それは、リーンウルネの周りに集まっている者を次第にゆっくりと静かにさせていくのだった。
(今から何が始まるんだ。)
と、心の中で商品を卸している者は言う。
そう、この商品を卸している者は、気になって、周囲に人だかりができているリーンウルネを見るために、最前列の方へと向かって行き、無事、最前列を方へとでたのである。
市場は沈黙する。
この日を知っている者たちは、ただそれを待つのだ。これは、儀式のようなものだ。別にリーンウルネのことを見世物だと思って見ているのではない。彼女のことを信頼しているのだ。それも揺るぎないほどに―…。リーンウルネは、信頼のためではないが、誰かのために苦労を多くしたのだ。たとえ、リースの中枢の権力を握っている者に恨まれようとも―…。己が信念、リース王国の王妃であるのなら、リース王国とそこに住む人々のために働こうと―…。それが、自身にとっての不幸に繋がることだったとしても―…。そして、自身の名誉を貶めることでも―…。
「誠にすみませんでした!!!」
と、リーンウルネははっきりとした声で言い、周囲にいる人々に向かって謝罪をする。
そして、頭を下げて―…。それは、気品のあるものであったが、最初にこれを見たときの市場の人々は戸惑った。だけど、しだいに慣れてきた。それは、リーンウルネという人物がリースの人々のために、良くしようとしていることを理解しているからだ。認めているのだ。ここまでする王族を見たのは、彼らの経験の中では誰もいなかったのだ。そして、同時に、レグニエドよりもこのリースの王に相応しいと思っている。
しかし、リーンウルネはリースの王位には興味がない。それは、レグニエドの心を改めさせれば十分だと思っていた。レグニエドという人物は、ただ自分で判断することを封じられて、何もできない時代が最初から続いていただけなのだから―…。妻であり、彼を見てきたことからわかったことだ。でも、それに揺らぎ生じていた。自分の弱さを理解していたからだ。市場の者を含めたリース王国の人々の声を今のままでは十分に届けることができない。謝りながらも、悩んでいる。
「頭を上げてください。王妃様。」
と、近くにいた市場の者が言う。
それを聞いたのか、申し訳なそうにリーンウルネは顔をあげる。
「私たちもわかっています。誰がこのようなことをしているのか。王妃の気持ちも―…。だけど―…、判断はしてください。時には、残酷なことになるとしても―…。」
と、さっきリーンウルネに頭を上げるように言った人物が言う。
この人物は、ある程度情報を集めることができていたのだ。リースに関する情報を―…。だから、わかっていたのだ。このようにリースを苦しめようとするものを―…。リーンウルネでは抑えることが精一杯であることを―…。
だから、市場、いや、リース王国の人々の気持ちが、実質的な王位ではなく、本当の意味での形としての王位をリーンウルネになってもらいたいと思っていた。心の奥底から―…。それほど、リース王国に住む人々とリース王国の中枢で権力を握っている者との間に大きな溝が存在しているのだ。もう、埋めることができないと思われるほどに大きくなっているのだろう。
それでも、リーンウルネにとっては悩ましいことである。知っているからこそ。リーンウルネは派閥の側近とともに、泣くしかないだろう。何もできない自分を呪いながら―…。
それでも、やろうと決意しようとする。自分の決めた信念のために―…。それは、絶対にリース王国に住む人々には伝えずに―…。
(悪になるのも、泥をかぶるのも私だけでいい。巻き込む部下さえも―…。)
と、リーンウルネは心の中で決意を固めようとしていた。
ゆえに、
「これで失礼します。」
と、覇気のない、悲しみにくれた気持ちでリーンウルネは言う。
だから、誰もが心の中で思った。
(リーンウルネに私たちの思いを押し付けてしまい申し訳ございません。でも、私たちにはどうにもできないのです。あなたに頼るしか―…。)
と。
だから、彼らは、心の中で謝るのであった。自分たちこそが身勝手で我が儘であることを―…。自分たちを守るために王妃を犠牲にしてしまうことに―…。
リーンウルネは、城へと戻っていく。悲しみを心の中に、リースの城の中に閉じ込めて―…。
(すまない。)
と、これから犠牲になるかもしれないレグニエドに謝りながら―…。
そして、リーンウルネはそれを果たすことはなかった。できなかったのだ。それよりも前に誕生日会の途中で事件が起こるのだから―…。リーンウルネが後悔する出来事が―…。
リースの城の門の前。
衛兵がいる。彼らの数は普段のよりも多いものであった。
そう、レグニエドの誕生日会が開かれるからだ。そのため、不審な侵入者を許してならないためだ。
不審者の侵入を許してしまったら、この職をクビにされ、路頭に迷ってしまうのだから。理由も聞かれずに―…。
そして、一人の人がリースの城の門から中に入ろうとする。
その姿を見て、一応規則として、高貴な人間であっても、
「止まれ!!!」
と、言うのであった。
「私だ。リーンウルネだ。帰ってきた。そう、宰相メタグニキアに伝えろ。」
と、低い声で言う。
その表情は、普段からの覇気のあるものではなかった。
「誰か、伝えろ。」
と、止めた衛兵が誰かをリースの城の中へと伝えようとすると―…。
「通せ、メタグニキア様の命だ。彼女は、本物のリーンウルネ様だ。」
と、衛兵の真後ろですぐに引っ付くぐらいの場所にいた。
それも、衛兵に声をかけるまでに気づかれることなく―…。
(何だ。この悪寒は―…。一体、いつの間に!!)
と、衛兵は心の中でさっきの言葉を言った人物に恐怖を感じた。
気づかなかったのだ。人の気配に―…。衛兵でもある人物、いや、ここにいる衛兵の全員が気づかなかったのだ。たとえ、訓練を受けていたとしても、かなり実力者じゃないと気づかなかっただろう。それほど、衛兵の後ろにくっつくほどであった人物は腕をもっていたのだ。メタグニキアの護衛であり、影の仕事をこなし、メタグニキアから評価を受けるぐらいに―…。
「はっ!! 失礼しました。王妃様。どうぞお通りください。」
と、衛兵は急に我に戻ってリーンウルネに告げるのであった。
「ありがとう。」
と、リーンウルネは言うと、リースの城の中へと入っていくのであった。
第68話-6 なつかしき日々の終わりに に続く。
誤字・脱字に関しては、気づける範囲で修正していくと思います。
次回で第68話が完成すると思います。そろそろ事件が起こる時間へと向かっていくと思います。次回は、たぶん、2月22日の更新予定となると思います。ストックがあと残り一つしかないので―…。では―…。