戦乙女と薔薇の騎士
3作目といいますか、無謀にも2作目と同時連載をしてみます。
ちょっと、1ページの文字数を多くしてみましたので、『異世界に転生したのにうまくいかない件』より更新ペースはゆっくりになると思いますが、宜しくお願いします。
戦乙女と薔薇の騎士という乙女ゲー厶をご存知だろうか?
美麗な攻略キャラクターと豪華なキャラクターボイスで人気を集めているゲームの1つであった。
ストーリーはざっくり説明すると、百年に一度目覚める魔王ドラゴンに立ち向かう戦乙女とその仲間の7人の薔薇の騎士達との恋愛物語である。
キャッチコピーは『百年に一度の恋物語』という安直なものだった。
ただ、頻繁に予期せぬバグが発生して、その度に修正パッチが配信される問題作でもあった為、プレイヤーの関心は徐々に離れていき今はもう戦乙女と薔薇の騎士という名のゲームは色んな意味での伝説という存在である。
さて、そんな戦乙女と薔薇の騎士の話なのだが最近妙な噂を耳にしたんだが・・・。
なんでも夜12時ピッタリにプレイすると隠しキャラクターが出現するとか、最後の魔王ドラゴンとの戦いの時にあるタイミングで主人公の戦乙女の究極魔法を使うと主人公の顔が自分そっくりになるとか、ゲームの開発者の一人が行方不明・・・とかオカルトチックな胡散臭いものばかりではあるが。
既に廃れているゲームなのに、何故今更そんな都市伝説みたいな噂が出てきたのか、全くもって謎である。
先程からそんなことを考えている私は、噂の真偽の程を確かめるべく正に今携帯ゲーム機に戦乙女と薔薇の騎士のソフトをセットしたところだ。
中古で300円・・・発売日が比較的新しいものなのに、随分と安くなったものだ。
今は夜の11時58分。ゲームの電源を入れ、タイトル画面で止めておく。
『つづきから』という項目が一番上にあるという事は前のプレイヤーのデータが残っていると言う事なのだろうか。
少しだけ時間があるので、セーブデータを見てみることにした。
プレイ時間たったの3分。え、これほぼ未プレイじゃないのかな?
しかし、セーブポイント名を見て驚愕する。
『魔王ドラゴンとの戦い前夜』
いやいやいや、戦乙女と薔薇の騎士のセーブは自動セーブと任意セーブの2通りで、ロードはそれらのデータを選択するのみであってパスワードとかは無い筈だ。
なのにプレイ開始たったの3分で最後の戦いまでいくなんて不可能である。
このゲームは魔王ドラゴンとの戦いの前に主人公が士官学校での1年間の生活の中で鍛錬を積んだり、攻略対象との恋愛を育んだりイベントが盛りだくさんで、スチルも多くそれなりの時間をかけて楽しめるのが人気の1つだった。
ど、どんな裏技使えばこんな事になるのだろうか・・・私は噂の真偽よりもそのデータの中身が気になってしまい、気付けばそのデータをロードしていたのであった。
ゲーム画面が眩しいくらいに光りだし、思わず目を瞑る。
時計のベルがけたたましく鳴っているのに気付く。もう12時になっていたのか・・・。
チラッと片方の目を薄めにしてみると、もう画面は光ってはいなかった。
ジリリリリリリリリリッ
んー、うるさいな。
時計を止めようと顔を上げると、見知らぬ部屋が目に入った。
えっ!えっ!?あれっ?
私いつの間にか寝落ちしたの?
意識はハッキリしている・・・けど今まで自室の机の上でゲームをしようとしていたので夢なんだと思った。
「おい、始業のベルが鳴ったぞ」
「えっ?」
ふいに声をかけられ振り返ると、そこには学生の制服を着た黒髪の眼鏡をかけた切れ長で少し釣り上がった瞳のどこか見覚えのある見目麗しい殿方が居た。
しかも、周りは何処かの教室みたいな場所で、女子は居らず殿方だけが机に座っていた。
「えっ?えっ??ここは?」
「・・・寝惚けているのか?居眠りとはいい度胸だな」
「あ、あの・・・私・・・」
「言い訳は無用!マリア・スタンクレー!貴様は直ちに廊下で腕立て100回だ」
「へ?腕立てっ?」
「早く行け!!!」
「はっはいっ!」
わー!眼鏡の人に恫喝され、私は慌てて教室と思しき場所から廊下へと移動する。
「エインワルドちゃ〜ん。マリアちゃんがかっわいそうじゃん」
「なんだと?」
「だってそうじゃん。マリアちゃんが女の子だからって特別扱いはしない〜とか言ってて目の敵みたいに一番厳しくしてるから結局特別扱いしちゃってんじゃん、みたいな?意識しちゃってんじゃないの〜?」
「貴様っ!貴様も廊下で腕立て100回だ!」
「へいへ〜い」
ガラッと音を立てて廊下への扉を開けて出てきたのは栗色の髪の色をしたくりっとしたイタズラっぽい目をした、人懐こそうな殿方だった。
「マリアちゃん、一緒にやろ♪」
「え、あの・・・」
「ん?どうしたの?」
「あのー・・・、ここは一体何処ですか?私の事マリアって」
「えっ?マリアちゃん、ちょっと・・・?」
「気が付いたらここに居まして。何故皆さん私をマリアと呼ぶのです?そもそもあなたも誰でしょう?」
「・・・マリアちゃん。フッ!」
急に、目の前の殿方が私に向かって拳を振り上げてきた。
「きゃぁっ!!」
私は思わず目をつぶってしまい、身体を強張らせた。
殴られるっ!?
しかし、衝撃が私に来る事は無かった。
薄目を開けて確認してみると、拳は私の目の前で止まっていた。
「マリアちゃん・・・アンタこそ一体誰なんだ?」
私はガクガクと腰が抜けてヘナヘナとその場に座り込んでしまった。“アンタこそ一体誰なんだ?”
そう言われても、私は東條 六花だという事しか答えられない。
「あ・・・わた・・・し・・・」
あまりの恐怖で声が、出ない。
「何を騒いでいるんだ!!」
教室の廊下側の窓をガラッと開けて、さっきの眼鏡の殿方が私達に向かって怒鳴った。
「いや、マリアちゃんちょっと具合悪いみたいでさ、医務室連れてってくるわ。よっと」
「きゃっ!?」
「貴様、サボる口実では無いのか!?」
「違う違う。後でマリアちゃんの分も腕立てやるから勘弁して?」
「ま、待てっ!」
眼鏡の人の静止を振り切って、私を横抱きに抱えたまま栗色の髪の毛の殿方が走り出した。
「あ、あ・・・の・・・?」
「口、閉じてたほうがいいよ〜。舌噛んじゃうから」
「っ・・・!」
私は慌てて口を閉じた。
栗色の髪の毛の殿方はとても足が早く、階段も何段か飛ばしで楽々と降りていく。私を抱いたままなのに、この人凄い身体能力だ。
1階まで階段を駆け下りた後、そのまま建物の外に出た。あれ?医務室って言ってたけど、医務室は別棟にあるのかしら?
別の建物に入り、2階の1番奥の部屋に入った。
その部屋は左右対称でベッドと机があり、間に間仕切り用のカーテンがある寮の部屋みたいだった。思うにここは彼の自室なのだろう。
私を向かって右側のベッドに降ろし、栗色の髪の殿方はすぐ近くの机の椅子に座って間仕切り用のカーテンを引いた。
「よし、と。で、アンタは一体どこの誰?」
「あ、私は、東條 六花と言います。気付いたら先程の部屋に居て周りは知らない殿方ばかりだし、いきなり怒鳴られたり、腕立てしろって言われたり、殴られそうになったり・・・っ」
じわっと涙が込み上げてきたが、幼い頃から人前で泣く事に抵抗があった私はなんとか堪える。
「あぁ、手荒な事しちゃってごめんね?魔王の手先がマリアちゃんに乗り移ったのかと思ってさ。魔王の目覚めの時が近いのか最近活発になってきててね」
それを確かめる方法が殴りかかる事以外に無かったのだろうか?と思った事が顔に出ていたのだろうか、それに対する答えを目の前の殿方が言った。
「マリアちゃんは文武に長けていて、俺のへなちょこパンチ位なら簡単にかわすし魔王の手先ならまず、目を瞑ったりしないからね」
「魔王って・・・」
「あ、うん。やっぱり知らないよね。魔王ドラゴン。で、どこからわかんない感じ?」
「えと、全く分かりません。なんとなく先程の眼鏡の方とか、アナタとか見覚えがあるのですが・・・」
「あ、そうだ。俺はヒナタ・イラーシ。さっきの怖〜いメガネはエインワルド・オーフェンズ。どう?聞き覚えある?」
ヒナタ・・・エインワルド・・・ヒナタ・・・エイン・・・。
ん?これ、薔薇の騎士団の騎士の名前じゃない?そういえば見た目だってそのまんまだわ。それに魔王ドラゴンて。じゃぁ、あの噂は本当だったの?ここは戦乙女と薔薇の騎士のゲームの中・・・。えっ、この人にそれを言ったとして信じて貰えないよね?自分はゲームのキャラクターだとか。でも・・・
「エインさんはクラスの学級委員長・・・先生にも一目置かれていて、先生が居ない時は皆をまとめて先生の代わりに教鞭に立つこともある・・・ヒナタ君は明るくてクラスのムードメーカー。厳しすぎるエインさんとクラスの衝突を上手くコントロールして収める」
「えっ?記憶が戻った?やっぱりマリアちゃんなの?」
ヒナタ君はパァッと嬉しそうな顔をした。ごめんね。別人で。
「いえ、マリアさんの記憶じゃなくて私の記憶です。私の知っているこの世界の情報です」
「この世界って・・・」
「あなた、私が別の世界から来た、と言ったら信じる?」
「へ・・・?」
「信じてもらえないのなら話は終わりよ。誰に話したって同じ事だもの」
「ちょっ、待ってよ!信じる!信じるって!」
「・・・じゃぁ、話すけど。今からする話は誰にも言わないで欲しいの」
「わかった」
イマイチ信用していない気はするけど。なんだか憎めないのよね。この子。
「私は地球という星の日本という所に住んでいるの」
「地球・・・日本・・・」
「仕事はしがないフリーライター・・・わかる?記者よ。でね。えぇと、この世界には無いから説明するの難しいな・・・こう、この位の大きさのテレビみたいな・・・じゃなくてうーん。とりあえず、映像と文字が表示されるものがあるのよ」
「う?うん・・・」
ヒナタ君は私の説明出来てるんだか出来ていないんだかわからない説明を真剣に聞いてくれている。
「信じられないかもしれないけど、あなたも含むこの世界は造られた世界なの。物語なの。アナタをデザインして描いた人も居る」
「は・・・?いやいやマリ・・・じゃないリッカちゃん。それはあまりにも突拍子が無さ過ぎて」
「信じられない?ええと、今は何日?」
「え、3月24日だけど・・・」
このゲームは3月1日から始まるから、マリアが入学してから24日後。戦乙女と薔薇の騎士は主人公のマリアが士官学校に入学する所からのストーリーだから、それ以前の記憶がキャラクターには無いはず。
「ヒナタ君。あなた。入学式以前の記憶、ある?」
「え?あるよ!ある・・・、ある・・・あれ?」
「無いでしょ。現在アナタが持っているアナタの情報は、生年月日、血液型と家族構成と、簡単なプロフィール位よね。そもそも決められた行為しかしないのだから、過去について考える、なんて事もしなかったわよね」
「え・・・。待って待って!なんで・・・何で思い出せないんだ?」
ヒナタ君が頭を抱えて困惑している。
「この世界の人達には予め決められた設定以外の記憶は無いの。だから、あなた方が行動するのも決められた行為だけ・・・だったんだけど、『私』という不具合が発生したし、アナタに過去が無い事も気付かせてしまった。もしかしたらこれからの未来は変わるかもしれない」
というよりも、私はこのゲームは未プレイでネットで大まかなあらすじと設定を拾っただけなので間に発生する細かなイベント等はわからないけど、少なくともマリアが全くの別人になるというシナリオは無いと思う。
なので、今ヒナタ君とマリアがヒナタ君の寮の部屋に居るという事からして違って来ていると思われるのだ。
「なぁ。リッカちゃんが言う通り、俺達の行動が予め決められているとしたら、この世界における俺の役割ってなんなの?」
ヒナタ君が不安げな顔をして、私に問いかける。
「マリアと一緒に魔王のドラゴンを倒す事、が第一の目的よね」
それが果たせないとそもそもがバッドエンドだ。
なので、主人公は攻略相手と愛を育みつつ日頃の鍛錬も怠らずにパラメータ上げをしなくてはならない。
「俺達は100年に一度目覚める魔王を倒す為に士官学校に入ったんだ。だから、やる事は今までと変わらないよな?他にも・・・あるのか?」
「他には・・・」
なんて言ったらいい?あなたの役割は主人公の恋のお相手候補ですよ〜って?
あなたを含む数人で主人公を取り合う泥沼物語とか言える?私にはとても言えない。ゲームの世界とはいえ今の私にはここが現実なのだ。
私は噂の実態を確かめるだけ、恋愛をしに来たんじゃない。
だから、乙女ゲームだって言うのはやめておこう。
「いや、それだけね」
「そっか・・・じゃぁ俺がマリアちゃんに抱いているこの気持ちも・・・」
「錯覚というか、アナタ自身の感情では無いわ。予めそう思う様に設定されていたって事ね」
既に何個かイベント終了していて、好感度上がっているのかしら。主人公にちょっとした好意を抱いているっぽい。
「よし、決めた!俺、リッカちゃんの傍に居るよ!リッカちゃんと居ればもしかしたらその、設定されていない行動が出来るかもしれないもんね?」
ドキッ
ヒナタ君の表情にはもう先程の不安や困惑といった感情は無く、晴れやかな笑顔だった。
あぁ、そうか。これがヒナタ君の個性って事ね。クラスの皆が落ち込んでいても、ヒナタ君だけは明るく振る舞い決して光を閉ざさせない。さすが、ムードメーカー。
『俺、リッカちゃんの傍に居るよ!』彼の言葉にちょっとドキドキしてしまったが、すぐに乙女ゲームの主人公を擬似プレイしているからだ、と納得したのだった。
私も主人公という立ち位置からして、主人公の設定上の行動をなぞっていく事になるかもしれない。