表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

217/222

【アニメ第10話放送記念】残骸10 追跡者たち

 



「アデリッサっ!」


 フィノはそう声を荒らげながら、ベッドから跳ね起きた。


「わっ、びっくりしたあ」


 傍らにいた、胸元の開いた服を着た女性が目を見開いている。

 上体を起こしたフィノと、女性の目が合った。

 フィノの視線はすっと下に落ち、彼女の谷間を凝視する。


「痴女?」

「ぶっ殺すわよ」


 女が拳を握ると、その強い殺気にフィノは「ひゅっ」と喉を鳴らした。


 気を取り直して、ベッドから出たフィノはテーブル越しに女性と向かい合う。


「あたし、ライナス・レディアンツに助けられたと思うんだけど……」

「そうね、忙しいからって私に押し付けて行ったわあんちくしょうめ」

「で、そんな語彙の治安が悪いあなたはどなた?」

「クラーラよ。冒険者で、あいつの元カノ」


 フィノの顔が引きつる。

 よりにもよって元カノに預けるとは――さすが遊び人として有名なライナスである。


「ライナスの女友達の八割は元カノと思っていいわよ」

「友達が多い人の闇ね……」

「それで、あなたはライナスに抱かれたの?」

「そんなわけないじゃない! 殺されかけたところを助けてもらったの」

「そう……んー、前のあいつなら手を出しそうな見た目してるけど」


 顔を近づけ、フィノを凝視するクラーラ。

 たぶん褒め言葉だが、フィノとしてはあまりうれしくなかった。


「ふーん、ほんとに今は一途に一人を追いかけてるんだ」

「何の話?」

「ただの口軽男に向けての愚痴よ。それで、あなたはどこまで状況を把握してる?」

「何も。どれくらい寝てたのかもまだわかってない」

「どれぐらいだと思う?」

「一日とか……」

「三日よ」

「三日ぁ!?」


 驚くフィノの声が響き渡り、クラーラはうるさそうに手で耳を塞いだ。

 なおも彼女は声のボリュームを下げないまま、テーブルに乗り上げて問いただす。


「アデリッサはどうなったの? まだ見つかってないの!?」

「アデリッサねえ……」

「どうなのよ!」

「落ち着きなさいって、気持ちはわかるけど。ライナスが仲間に捜索を頼んでたわ、けど今も見つかってない。痕跡すらね」

「それは……」

「教会騎士がその子を捜してることも知ってる。でもどうやら、あいつらも見つけられてないみたい」


 絶望しかけたフィノの表情が、希望に輝く。

 そのあまりにわかりやすい変化に、クラーラはくすりと笑った。


「あなたその見た目からしてもっと面倒くさい女かと思ってたけど、案外ピュアなのね」

「スレてたつもりなんだけど、どうにも人を好きになるとそうなっちゃうみたい」

「……人を好きになると、か。ライナスもそういう姿に共感したのかも」


 そう言ってクラーラは悲しげに笑った。


(引きずりすぎでしょ、面倒くさい女って自分のことじゃ……)


 フィノは思わず心の中でそう呟く。

 同時に、口に出したら絶対に殺されるだろうなとも思った。

 何より今はクラーラとライナスの関係などどうでもいい。


「アデリッサがまだ見つかってないなら、あたしが先に見つけ出さないと!」


 勢いよく立ち上がるフィノ。

 彼女はそのテンションのまま部屋の出口へ向かおうとするが、


「ちょっと、まだ無茶しちゃ――」

「うぎゃぁぁーっ! 痛あぁぁい!」


 腹を押さえたまま倒れ込んだ。


「ほら、いわんこっちゃない」


 呆れ顔のクラーラが肩を貸し、ベッドまで移動させる。


「あなた死にかけてた自覚ある?」

「でもこの体、治療、されてるんじゃ……」

「教会は頼れないから裏の連中に頼んだけど、あいつら値段の割に回復魔法の腕は大したことないんだから。完治したとは思わないことね」


 誰もがセーラのようにすぐさま傷を癒す魔法を使えるわけではない。

 むしろ時間がかかる方が一般的なのである。

 騎士に斬りつけられた場所がじくじくと痛むが、愛が分泌するアドレナリンでごまかせる程度だった。


「それでも……行かないと……」


 起き上がろうとするフィノ。

 するとクラーラは打って変わって、冷たい口調で肩に手を置く。


「ライナスから言われてるの。一人で動こうとするなら止めろ、って」

「……わかってる。わかってるわ、あたし一人じゃ何もできないことぐらい」

「でも頼るのが怖い? 巻き込むのが怖い?」


 頼った相手が一人死んだ。

 見知らぬ他人の死には慣れた。

 ゴミみたいな世界にアンヴォロが突き落としてくれたおかげで。

 けれど身近な人間、親しい人間だとどうにも慣れない。

 引きずってしまう。

 何なら、アンヴォロの執事だった男がいなくなった件だって。


「あなた、優しいのね」


 クラーラは慈しむように微笑みかける。


「好きな人の顔を思い浮かべてみたら」


 意外な言葉に、フィノは顔を上げた。


「ほら、自分勝手になれたでしょう? 常識なんて捨ててエゴで突っ走っちゃいなさい。恋なんて、最初に奪い取った人間の勝ちなんだから」


 何かの後悔を吐き出すように、クラーラは語りかける。

 確かに、アデリッサ以上に優先すべきものなどない。

 救えるのなら、他人だって巻き込むべきだ。

 危険を承知の上で、欲しいものに手を伸ばすべきだ。

 ちょっとアデリッサの顔を思い浮かべるだけで、そんな具合に迷いは吹き飛んでしまう――フィノは苦笑いを浮かべた。


「別にそういう意味でアンヴォロと奪い合ってるわけじゃないんだけど」

「教会の動きはここ数日で急速に鈍ってるわ。別件でごたついてるみたいで、アデリッサって子を捜してる場合じゃなくなったんでしょうね」

「それってつまり……チャンス?」

「千載一遇の、ね」

「ありがとう、クラーラ。そのうちお礼はするわ」


 ベッドから立ち上がるフィノ。

 今度はクラーラも止めなかった。


「物よりお金がいいかも」

「強欲」

「過去の失敗から欲しいものは素直に欲しいって言うことにしてるの。がんばってね」


 手をひらひらと振るクラーラに見送られ、フィノは王都へと繰り出す。

 ずっと眠っていたので懐かしさは感じないのだが、陽の光がやけに眩しく感じられた。

 もうクラーラと会うことは二度とないかもしれない。

 だがいずれ、世話になった分の額ぐらいは渡さないと――そんなことを考えながら、フィノはフラムを探すために西区へと繰り出した。




 ◇◇◇




 先日の事件が嘘のように平和な昼下がり。

 来客に気付いたフラムが玄関を開くと、そこには意外な顔があった。


「フィノさん! 急にうちに来るなんて……顔色悪いよ、大丈夫?」


 心配するフラムの両肩に、倒れ込むようにフィノは手を置いた。


「お願い……助けてほしいの」


 ひとまずフィノを家に入れるフラム。

 そのままソファのある部屋へと案内し、フィノを横にした。


「ごめん、無理しすぎた。少し休めばまた動けると思うから」

「病気?」

「まあ似たようなもの。回復はしてもらったけど、どうにも腕が悪かったみたいで」

「しばらく休んでく?」

「助けてってそういうわけじゃないのよ。ひとまず、話を聞いてもらえる?」


 フィノはフラムと再会してから、今日までに起きた出来事を詳細に語った。

 話が終わると、フラムは顎に手を当て、眉間に皺を寄せ考え込む。


「アデリッサが行方不明になって、アンヴォロの研究所を暴いた……」

「結局、状況を引っ掻き回しただけだったわね。色んな人に助けてもらったんだけど、ぜんぜんダメだったわ」

「あのとき私が断らなければ、って言いたいところだけど――私も大変でさ」

「何かあったの?」

「それはもう、大変な〝目〟に遭った」


 首を傾げるフィノ。

 フラムもそれだけで伝わるとは思っていないが、これに関しては詳細を話すつもりもなかった。


「でもアデリッサがいなくなってずいぶん時間が経ってるよね、無事っていう確証はあるの?」

「協力してくれる冒険者がいたんだけど、その人ら曰くどこにも痕跡がないって。加えて、アンヴォロが動かした教会騎士はまだ見つけ出せてないみたいなのよ」

「冒険者でも見つけ出せず、教会騎士でもわからない。王都の外?」

「可能性としてはありえるわね、そうなったらもうお手上げだわ」

「だから王都の中にいることを前提に動くしかない、と。でもそんな場所あるのかなあ」

「教会に不満を持つ人間が集まった裏組織、とか?」

「そんなの私たちじゃないんだから……あっ」


 フラムの頭に一つの可能性が思い浮かぶ。

 その様子に、フィノも期待に胸を躍らせた。


「心当たり、あるの!?」

「灯台下暗し!」

「……ん?」


 再び首を傾げるフィノだが、フラムは自信満々に胸を張るのだった。



 ◇◇◇




 フィノをしばらく休ませてから、フラムは彼女と中央区の教会前までやってきた。

 まずは中に入らず、外から様子を窺っている。


「ここって中央区の教会じゃない。そんな場所、教会騎士が探すに決まってるわ」

「でも身内だからこそ、強引に調べるわけにはいかない。隠そうと思えば隠せる……そう思わない?」

「隠す理由はあるの?」


 フィノの問いに、フラムは寂しげな表情を浮かべた。


「あの教会、私の友達が住んでた場所なの。でもある日突然、破門になって、いなくなった」

「……教会が仕業?」

「その子も教会の上層部を怪しんでいたし、組織の末端には不審感が広まってる。そんなときに、見覚えのない教会騎士が捜しに来たりしたら?」

「怪しんで匿う可能性もある……わね」


 まだ可能性に過ぎないが。

 するとそのとき、教会から一人の修道女が出てきた。


「来たよ、あの人に聞いてみよう!」


 フラムの知り合いではないが、顔は見たことがあった。

 おそらく相手もフラムの顔ぐらいは知っているだろう。


「少しお話よろしいですか?」


 そう言って二人組が前に出てくると、修道女は困惑した様子で立ち止まった。


「私、セーラちゃんの友達なんですが」

「セーラの! でもあの子は……」


 破門されて、いなくなったはず。

 エドとジョニーも異動となった。

 実際はどうなったのか、今やそれを知る方法もないが。


「今日はそれとは別件で、中央区の教会にアデリッサって女の子はいませんか?」

「十六歳ぐらいの上品な女の子よ」


 フィノがそう言葉を付け加える。

 すると修道女は隠し事が下手なようで、わかりやすく目が泳いだ。


「いるのね?」


 フィノが一歩前に出て、さらに問い詰める。


「あ、あなたは、どういう……」

「恋人よ」


 自信満々にそう断言したが、どうやら修道女の信頼は得られなかったようだった。


「……ごめんなさい、私から言えることは何も」

「ほ、本当に恋人なのよ!」

「かもしれませんが、確かめようがないので」


 悔しげに唇を噛むフィノ。

 彼女はなおも食い下がる。


「お願い、これだけでも聞かせて。アデリッサは、無事なのね?」

「……」

「怪我はしてない? 寂しがったりしてない?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけるフィノだったが、修道女はそのすべてに口を閉ざした。

 見かねたフラムが助勢する。


「教会騎士や冒険者が捜しに来たんじゃないですか。だから何かに巻き込まれたと判断して、匿っている」

「あの子が事件に巻き込まれてるのは事実よ。もしあなたたちが匿ってくれたおかげで無事なら……ありがとう、お礼を言うわ」


 フィノが深々と頭を下げると、修道女は困り果てた様子で狼狽えた。

 やがて罪悪感に耐えきれなくなった修道女は、泣きそうな目で口を開く。


「頭をあげてください。あなたが彼女のことを想っているのはわかりましたから。確かに、アデリッサさんは教会にいます。大怪我をした状態で運ばれてきて、私たちで治療をしたんです」

「大怪我? どんな?」

「おそらく……高所から落下したのではないかと」


 フィノは目を見開き、驚く。

 かと思えば鋭い目つきになると、ぶつぶつと呟きだした。


「屋敷で、高所。飛び降りた? いや、アデリッサに限ってそんなこと。突き落とされたの……?」


 フィノが推理を進める間に、フラムが場を繋ぐ。


「それって誰が運んできたんですか?」

「わかりません。フードを被っていて顔が見えませんでしたから。ですが目撃した修道女によれば、おそらく女性だろう、と」

「女性……あのタイミングで動いて、助けられる人……まさかね」


 他の人間を助けた〝彼女〟ならばそれも可能かもしれない。

 しかし、どういった経緯でアデリッサに近づいたのか、という最大の謎が残る。

 まあ、今はそれが誰かは重要なことではない。

 思案を終えたフィノは再び修道女に問いかける。


「ねえ、アデリッサはあたしのこと話してなかった?」

「それはありませんでした……」


 はっきり言われ、落ち込むフィノ。

 すると修道女は慌ててこう付け加えた。


「じ、実は彼女、記憶喪失になっているんです! 顔を知っている修道女がいたので名前はわかりましたが、それ以外のことは何も……」

「記憶喪失だなんて! そう、そんなことが……」


 肩を落とすフィノ。

 フラムは背中にぽんと手をおいて慰めた。


「だからこそ見つからなかった、って思った方がいいんじゃないかな」

「ええ、ええ、そうね。それにあたし、こうも思っちゃった――」


 フィノはまるで懺悔するように、言葉を吐き出す。


「覚えてない方が幸せなのかもしれない、って」

「フィノさん……」


 アデリッサが何を見て、何を考え、屋敷から落下したのかはわからない。

 しかし彼女の見てきた美しい世界は完全に崩れ去ってしまった。

 だから――いっそすべて忘れた方が幸せかもしれない、そう思ってしまうのは、決して卑屈さだけが理由ではないだろう。

 フィノは胸に手を当てると、悲壮感漂う決意の籠もった瞳を修道女に向けた。


「これからあたしたち、アデリッサを不幸にする問題を解決しに行こうと思ってるの」

「そう、なんですね」

「そこからあたしがどうなるかはわからないけど、たぶん……どう転んでも、あの子は家族を失うことになる」


 修道女は息を呑む。


「だからもし、アデリッサの記憶が戻らないで、行く場所もないのなら。王都に残すのは危ないだろうから、どこか地方の安全な場所で引き取ってもらうよう、取り計らってくれない?」


 そしてフィノの利他的な言葉に瞳を潤ませる。


「あなたは、それでいいのですか。恋人ではないのですか?」

「ええ、アデリッサには誰よりも幸せであってほしいわ。あの子は、澄んだ色で輝くべきなのよ。あたしみたいな薄汚れた女とは関わらずにね」


 そう言って、彼女は力なく笑った。


 修道女と別れると、フィノとフラムは東区へと向かう。

 アンヴォロのアジトを再び訪れるために。


「心にもないこと言ってたね」

「あー、綺麗だった頃のあたしが出ちゃったかー」

「諦めを美化するのはよくないと思うけどな」

「なんか辛辣」

「薬物中毒のフリまでしてた女がしおらしくなると、気味が悪いって思ってただけ」


 フィノが自分を騙していたことを根に持っているのか、フラムの言葉には若干の棘があった。

 しかし彼女がフィノの自己犠牲的な考えを嫌っているのは、それだけが理由ではない。


「少なくとも、私がついていく限りフィノさんは死なせないよ」


 救える命は、できることなら救いたい。

 そんな強い意思を感じる言葉だった。

 フィノはそのあまりの力強さに仮面を剥がされ、本音が漏れ出る。


「……まあ、そりゃ、あたしだって、アデリッサと二人で田舎まで逃げて、堕落した生活を送りたいって思ってるけど」

「じゃあそれをがむしゃらに追い求めた方が〝らしい〟んじゃない?」


 確かに。

 フィノはそう思わされてしまった。

 かつて彼女は自分のために奴隷商人やアンヴォロを出し抜き、生き延びた。

 そのしたたかさがあるのならば、アデリッサを諦める必要などないはずだ。

 アンヴォロをぶちのめす。

 アデリッサと添い遂げる。

 奪われた時間を埋め合わせてもお釣りが来るぐらいの、幸せを手に入れる。

 やるべきことは単純だった。


「そうね……確かにしおらしいのはあたしらしくないかも」

「あと、今日すぐに決着が付くと思ってるみたいだけど」

「付かないの? 場所はわかってるのに?」

「場所がバレてるんなら、そこからはとっくに逃げてると思うよ」


 フラムの直球の正論に、フィノは何も言い返せなかった。




 ◇◇◇




 アンヴォロの研究施設、跡地――フラムの予想通り、地下はすでにもぬけの殻だった。

 フィノはがっくりと肩を落としている。


「最終決戦だと意気込んできたのに……」

「でもこれだけの規模の施設、そう簡単に移せるとは思えないけどなあ」


 そこはフラムの想像よりも遥かに大規模な施設だった。

 教会だけでなく、アンヴォロ自身の資産も注ぎ込んだ結果だろう。

 いくつかの部屋を巡るうち、フィノは部屋の隅っこに焦げた跡を見つけた。


「焼いた跡があるわね」

「ハーヴェスト計画って、アデリッサを永遠に食べ続けるための計画だったんだよね」


 フラムは部屋に並ぶデスクの引き出しを開く。

 中身は当然のように空っぽだった。


「あの狂った男はそう言ってたわ」

「その計画は露呈した上に、核である娘にも逃げられた。とっくに破綻してると思うんだよね」

「何が言いたいのよ」

「移動したんじゃなくて、破棄したんじゃないかってこと。それなら引っ越すより時間もお金もかからないでしょ?」


 書類はすべて焼く。

 装置はすべて破壊する。

 そうすれば、フィノが意識を失っている間に撤収することも可能だろう。


「ここに来る前、レデンプターの屋敷の様子を見たけどアンヴォロはいなかったでしょ? もし、王都の外に雲隠れしてるとしたら……」

「あいつ、あたしに勝負をふっかけておいて逃げたっての!?」

「生き延びたいのならそれも選択肢の一つだと思う。フィノさんはどう思う? アンヴォロって、そういうことする男に見えた?」


 フラムの問いに、フィノは思案し……答える。


「……見えなかったわ」


 逃げるはずがない。

 なぜならアンヴォロの腹を満たすのは罪だけだから。

 向き合ってこその嫌悪感、憎まれてこその背徳感だというのに、逃げては意味がない。


「私も同感」


 フラムがそう答えたそのとき――部屋の隅で、突如として赤い肉が膨張しはじめた。

 まるで植物の成長を早送りにしたかのようなスピードで、フィノを押しつぶさんと部屋を埋め尽くしていく。


「フィノさん、私の後ろにッ!」


 フラムはすぐさま魂喰いを抜き、前に出た。


気剣斬(プラーナシェーカー)ッ!」


 そして刃を横に薙いで、肉を切り裂く。

 飛翔する刃は肉の奥へ奥へと沈んでいき、巨大な傷を刻んでいく。


「すごいじゃない、フラムちゃん!」


 フィノはフラムの後ろで、生で冒険者の戦いを見れたことに感激していた。

 しかし肉に生じた傷はすぐに埋まり、再び二人に迫ってくる。


「まだ終わってない。コアまで届かなかったッ!」

「えっ……うげ、ぶくぶくしてて気持ち悪……」

「でも場所がわかったんなら――刺し貫く! 気穿槍(プラーナスピア)――」


 先ほどの気剣斬の際、フラムは体内にあるオリジンコアの居場所を探っていたのだ。

 この肉が無限に膨張を続けて、それを盾としているのならば、突破する方法は一つ。

 細く鋭い〝刺突〟である。

 やがて剣術が肉塊の奥にあるオリジンコアに到達すると、


反転しろ(リヴァーサル)ッ!」


 反転の魔力が注ぎ込まれ、コアは砕け散った。

 すると肉は急激にしぼんでいき、そして枯れたように崩れ落ちる。


「おぉー……」

「怪我はない?」

「ええ、おかげさまで。まさか罠が仕掛けられてたなんてね」

「フィノさんが戻ってくることを予想して、あの化物を残していた。スキャンしてみたけど、名前は肉の果実……もはや人間ですらなかったよ」


 肉の果実――収穫(ハーヴェスト)にお似合いの名前である。

 オリジンが付けたのだろうか。

 だとしたら吐き気がする。


「これでわかったね。アンヴォロは諦めてなんかない、今もフィノさんと決着を付けることを望んでる」

「そうみたい。戦いになるとあたしにできることはないけど」


 フィノは戦いにおいては素人だ。化物と戦うことなどできるはずがない。

 やれるとしたら、せいぜいアンヴォロを殺すことぐらいである。



 ◇◇◇




 調査を終えたフラムとフィノは、施設を後にする。

 そして地上に出た頃、フラムが足元に何かが落ちているのを発見した。


「これは……手紙?」


 裏を見ても差出人や宛名は書いていない。

 フィノもそれを覗き込む。


「来たときは無かったわよね。開けてみたら?」


 フラムは雑に封を破って中を開く。

 そこに文字は記されておらず、図形が描かれているだけだった。


「地図だ」

「もしかして、アンヴォロの潜伏先の?」

「誰がそんなの調べられるの」


 S級冒険者なら可能かもしれない、とフィノは思った。


「あたしがフラムを連れてきた結果、この手紙は現れた。あたしが一人で突っ走らないように監視してたのかも。こんな演出までして、ほんとキザな男」


 そう言いながらも、フィノはどこか嬉しそうな表情をしていた。

 事情を知らないフラムは、きょとんと首を傾げる。

 そして二人は、アンヴォロが潜む場所へと向かうのだった。




面白いと思っていただけたら、↓の☆マークから評価を入れていただけると嬉しいです。

ブックマーク登録も励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ