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【アニメ第9話放送記念】残骸9 逃亡者たち

 



 周囲が暗がりに包まれた頃、フィノは地図を頼りに東区のとある建物の前に来ていた。

 執事の家で見つけた手紙に記されていた場所だ。

 そこには三階建てのレンガ作りのビルがあった。

 アンヴォロの会社が所有する建物だろう。

 明かりは点いていない――仮にここがオフィスとするのなら、社員はすでに帰った後だろう。

 角に身を潜め、様子を伺う。


(人が出入りしてる様子はなし。今なら忍び込める?)


 そう思っていると、建物とは逆方向から馬車がやってきた。

 フィノは慌てて背中を向け、顔を隠す。

 すると馬車は前を通り過ぎ、建物の前に停まった。


(こんな時間に荷馬車? 怪しい……)


 すると建物内から白衣の女性が出てきて、馬車の御者と話し始めた。

 さすがに内容は聞こえないが、今ならば荷車に忍び込めるかもしれない。


(今日は様子を見に来ただけ……だったけど、もし行方不明になったアデリッサがこの施設内にいるとしたら)


 何か根拠があるわけではない。

 だがアデリッサが行方不明になったのには、間違いなくアンヴォロやハーヴェストが絡んでいる。

 しかし、ライナスの助言もまた正論である。

 ここがもしアンヴォロが隠し持つハーヴェストの施設だとするなら、間違いなく中は危険だ。

 戦う力を持たないフィノ一人で突入して、できることなどそうないだろう。

 護衛を連れてくるべきだ、たとえばフラムのような。

 だが、今の彼女は焦っていた。

 当然、アデリッサが母との口論の末に飛び降りて、正体不明の誰かに連れ去られ、中央区の教会にいることなど知る由もないわけで――何かを〝知って〟しまったアデリッサが、この建物の中で何らかの人体実験を受けているかも、というフィノの悪い想像も、決して妄想と切り捨てられるものではなかった。

 そしてフィノは動き出す。

 足音を殺すのは得意だった。

 西区で娼婦を始める前は、お金がなくて〝悪い〟仕事にも手を出したことがあったからだ。

 そのまま荷車に乗り込み、音を立てないようにして内部を物色する。


(何やってんだか、あたし……でももう、やっちゃったからには後戻りはできない!)


 荷物の中にはかなり大きな木箱もある。

 蓋を開き、中に小柄な女性なら一人ぐらいは入れるスペースを発見する。


(う、生くさ。この革袋、中に何が入ってるのよ。うぅ、臭いが移りそう……)


 嫌そうな顔をしながらも、箱に入るフィノ。

 その数秒後、御者たちは会話を終え、そして馬車は再び進みだした。

 三階建てではあるが、建物自体はそこまで広くなかったはずだ。

 どこへ行くというのか。まさか建物の中に馬車で入るはずがあるまいし。

 そう思っていたが、馬車はなおも進む。

 蹄が地面を叩く音が変わる。

 石畳から土へ、そして土から再び石へ――しかも今度の音はやけに反響している。


(本当に建物の中に入ったの? それにしたって暗すぎるわ)


 蓋をわずかに開いて外を確かめるが、荷車の後ろ側には幕が降りていて外が見えない。

 やがて馬車は止まり――再び御者と誰かが話す声が聞こえてきた。


「こんな時間にいつもご苦労さん」

「へへっ、その分いい金額をもらってますからねえ」

「アンヴォロ様はハーヴェストに関しては金に糸目をつけないからな。今のうちに稼いでおくといい」

「今のうちってのは……何かよくないことが起きる前兆でもあるんですかい?」

「今の王都じゃ、眼球に襲われるって噂が立ってる」

「……どこの誰が漏らしちまったんでしょうねえ」

「アンヴォロ様ではないことは確かだが、どちらにせよ隠し通すのは難しくなってくるだろうな」

「そりゃあ、今のうちに稼がないといけませんなあ。運賃の値上げを検討するか」

「はっ、たくましいこって」


 二人は呑気に機密情報らしき内容を話している。


(すっかり油断してる、あたしがここに忍び込んでるなんて想像もしてないんだ)


 絶好のチャンスだと思った。

 というか乗り込んでしまった以上、もはや後戻りできないのだから、そう思い込むしかなかった。

 やがて建物の中にいたと思しき男たちの手により荷物は運び出され、フィノの入った箱は二人がかりで持ち上げられた。


「クソッ、重いな……何が入ってんだよ、これ……!」

「どうせ死体かハーヴェストの検体でしょう。うっ、臭いもひどいな」


 箱の中で揺られるフィノは、それを聞いて顔を真っ青にした。


(死体? あいつそんなもの使って研究してたの!?)


 死体そのものはそれなりに慣れているが、さすがに同じ箱に閉じ込められるのは気分がよくない。

 箱自体が揺れていることもあってフィノは気分が悪くなってきたが、吐き気を覚える前にどこかに置かれた。

 そして運んだ男たちは離れていく。

 しばし待ったが、これ以上荷物が運び込まれる様子はなかった。

 中身を確認しない杜撰さに感謝しながら、フィノは蓋を開く。


「何よここ……地上の建物とぜんぜん違うじゃない」


 そこにあったのは、金属の冷たい壁で囲まれた部屋だった。

 他にも様々な荷物が置いてあるので、倉庫として使われているのだろう。

 天井には魔力点灯式のランプ。比較的新しい型だった。


「しっかりした作り、ランプのスイッチを見るにお金もかけてある。アンヴォロのやつ、こんな施設を隠し持ってたなんて」


 扉から顔を出すと、左右に伸びる長い廊下があった。

 飾り気はない。

 無機質な灰色の壁と、機能性だけを追及したような無骨なランプが天井に並んでいる。

 足音は聞こえない。

 探れるかはさておき、人の気配らしきものもしない。

 フィノは外に出た。


「さて、と。まずはここが何なのか情報を集めないと」


 近くの扉に近づくと、中からゴオンゴオンという低く不気味な音と、女性の話し声が聞こえた。


「噂ではマイクじゃないかって話。そう、だからエキドナさんは今日来る予定だったけどキャンセル」


 箱の中で聞いた話にしてもそうだが、どうやら彼らにとって想定外の事態が起きているらしい。

 目玉に襲われる――意味はわからなかったが、たぶんどこかで人が死ぬような事件が起きたんだろう、と直感的に思った。

 さらに探索を続ける。

 夜だからか、中にいる人間はあまり多くなかった。

 中身の見えない筒状のケースが並んだ部屋。不気味。

 隠れるのに使えそうなトイレ。新しい上に数が多い

 いくつかの机が並んだ事務作業用の部屋。暗くて無人。

 侵入し、書類を漁る。


「ハーヴェスト経過報告……」


 重要そうな文書が雑に置いてある。

 この施設に潜入されること自体を想定していないのだろう。


「検体A、肉体膨張率、再生率共に目標値を越えず。食肉として破棄。検体B、肉体膨張率は目標値を大幅に上回ったものの、制御に難あり。設備を複数破壊。後に自己崩壊を起こしたため食肉として破棄」


 その吐き気がするような内容を読み上げていると、突如として扉が開いた。

 フィノは慌ててしゃがみ、身を隠す。

 入ってきたのは、白衣姿の女性だった。


「ふわあぁぁぁ……あぁ。視察の予定はなくなったのに、仕事は消えないんだよねえ……あーあ」


 彼女は近くにある椅子に、うなだれるようにして座った。

 そして机に突っ伏し、愚痴を垂れ流す。


「だいたいあの子が消えたっていうのが本当なら、ハーヴェストも終わりじゃないの。アンヴォロ様の胃袋を満たすために、いい子に育ってきたんだから」


 ……まさかアデリッサのことを言っているのか。

 そう気づき、フィノは拳を握りしめる――が、音は立てない。

 いつまでもここに隠れているわけにもいかない。

 フィノは女性が突っ伏している隙に、しゃがんだまま扉の前に移動。

 音を立てずに開いて、そっと廊下に脱出した。

 だが出てすぐに別の足音が近づいてくる。

 急いでトイレに駆け込み、個室に入って事なきを得た。


(危な……敵の本拠地みたいなところなんだから、油断禁物ね)


 むしろ未だに誰にも見つかっていないのは奇跡だろう。

 彼女は持ち出した書類に目を通す。


(検体C、再生率は目標を上回るものの、肉体の変異が微小。食肉処理時に泣き叫び抵抗するため、収穫(ハーヴェスト)対象としては不適格と判断、破棄。備考、アンヴォロ様はこの検体を気に入った様子。アデリッサに施術する際は参考に……)


 思わず大声をだしそうになったが、フィノは歯を食いしばって我慢した。


(なによ、そういうことなの……? 娘を溺愛して育ててたってのも、悪人でも家族への情はあるとかそういう話ですらなく……実験材料にするために、アデリッサを騙してたっていうの!?)


 これではアデリッサは人質として成立しない。

 愛して正解だった。

 そして攫って二人で生きるのが答えだ。

 その確信を強める。


(許せない。何ならあたしが騙されたことより、アデリッサをこんなものに使おうとしてたことの方が許せないッ!)


 しかしその怒りを向ける前に、アデリッサを救わねばならない。

 フィノは最後に、残された文章に目を通した。


(検体D、肉体膨張率、再生率共に目標値を上回る。だが味に難あり。今後は安定した食料供給という目的を達するため、味の改善に務めていく……嘘でしょ。あいつら、人肉を本気で食料にしようって考えてたの? イカれてる、どんな頭したらそんな計画を立ち上げようってなるのよ)


 膨張率、再生率という言葉が何を意味するかはわからない。

 わからないが――想像はできる。

 要は何らかの手段で人間を膨らまして、その肉を削ぎ落として再生させ、減ることのない食料を生み出そうとしたのだろう。

 理屈は理解できても、そこに至る思考が一切理解できなかったが。

 フィノは書類を丸めて捨てると、個室を出た。

 そして扉の前に立つ。

 すると外に人の気配を感じた。


「今日の私は、とても機嫌がいいんだ」


 アンヴォロの声がした。

 足音は立てていない、姿だって見せていない。

 だから、てっきりそこにいる誰かと話しているのだと思っていた。


「だから対話というものをしてみたいと思った。興味深いからね、私の存在に気づき、逃げ出したフィノ君という存在が」


 しかしその声は、明らかに――フィノに向いている。

 生唾を飲み込み、後ずさる。


「そう緊張することはない、殺しはしないよ。これは対話であり、謝罪だ。君の人生を弄んでしまったことは、申し訳ないと思っているよ。だから、うん、君の望みを聞いてもいい。何かないかな?」


 黙っても無駄だと思った。

 だからフィノは汗ばむ手を伸ばしてドアノブを握りしめ、扉を開く。

 紳士(アンヴォロ)は、穏やかに微笑んでいた。


「アデリッサを返しなさいッ!」


 フィノの憎悪を受けてもなお、むしろ心地よさでも感じているように、彼は笑っていた。


「持っていないものは返せないよ」

「ふざけないでッ!」

「ふざけていない。アデリッサは行方不明だ、それは私たちがあの子を探していることからもわかるはずだろう」

「隠そうとしてるんじゃないの?」

「それなら行方不明になったこと自体を隠す」

「……何よ、何なのよ。なんであんたらがアデリッサを見失ってんのよ、実験に利用しようとしてたくせに!」


 フィノは気づく。

 なおも笑うアンヴォロは、怒りを受けたがっているのだと。

 ならばこれまでに見てきた、どこか杜撰な――裏の顔に気づいてくれと言わんばかりの彼の〝雑〟な一面も、あるいは。

 そういう考えにいたり、寒気を感じる。

 しかしその程度の冷たさでは怒りは収まらなかった。

 そしてそれを見透かしたように、アンヴォロは口元を緩めた。


「場所を変えよう。ふさわしい部屋がある」


 どこかへ向かって歩き出すアンヴォロ。

 フィノは「く……」と悔しげに顔を歪めながらも、少し距離を開いて彼の後ろをついていった。




 ◇◇◇




 そこはまさに〝実験室〟と呼ぶべき場所だった。

 真ん中には人を拘束して寝かせられる処置台があり、周囲には様々な医療器具が置かれていた。

 人の腹を開くための刃物には、まだ血が付着したままだ。

 また、壁の方には別の部屋で見かけた筒状のガラスケースがあり、こちらはガラスが透明で中身が見えるようになっていた。

 人間の肉らしきものがぎちぎちに詰め込まれて、蠢いていた。

 そんな部屋の中央――つまり処置台の真横に立つアンヴォロ。

 一方でフィノはケースの中に肉塊を見て頬を引きつらせていた。


「ハーヴェスト計画。私はこれをそう名付けた」

「人間の肉を膨張・再生させて、食肉として利用する計画……」

「そこまで知っていたのなら話は早い。私はね、生まれついてとある病を患っていた」

「頭がおかしくなる病気?」

「さて、これは脳の異常か腸の異常か。私はね、満腹になれなかった……いや、正確に言えば、〝常に空腹状態〟だったんだ」


 フィノは、あの元執事の老人から聞いた話を思い出す。

 昔のアンヴォロは、それはよく食べる子供だったという。

 それもそのはずだ。

 食べても食べても、彼の空腹は満たされなかったのだから。


「空腹というのはなかなかの苦痛でね、それを食べて埋めようとするのが人間だが、食べても食べても私の空腹は埋まらず。そしてやがて食べるのが無駄だと気づいたが、空腹である以上はやめることはできなかったんだ」

「だから人を食べてるって? 繋がってないわよ」

「気が早いな、話はまだ続いているよ。それがしばらく続いたある日、事件が起きてね」

「飼い犬が食べられた」

「おや、先に言われてしまったね。誰からその話を?」

「執事さんよ」

「クライスか……そうか、この場所は彼から」

「で、続きは?」

「そのトラウマから私は食べることをやめた。そこで気づいたんだよ、食べても食べなくても何も変わらない、という事実に。そこから急激に食事量は減っていった」


 だが、そこでめでたしめでたしとはならない。

 だからこそ、現在がある。


「普通の人と同じ食事回数、普通の人と同じ食事量。見た目は普通になり、両親も執事のクライスも安心してくれたよ。全ては順調だった……私を除いては」

「あんたは空腹のままだものね」

「空腹の苦しみを理解してくれてうれしいよ」

「誰かさんのおかげで落ちぶれたから、貧民街で泥水すする時期だってあったわよ。まあ、恨みつらみは殺すときに全部伝えるわ、早く続けなさい」

「ふ……私は大人になり、親の後を継いで商人の道を選んだ。しかし商人というのは、綺麗事だけで生きていける職業ではない。私はそこで、人間の汚さというものを嫌と言うほど見せられた」

「で、人間が憎くなったと?」

「逆だよ、愛おしくなった」


 瞳を潤ませ愛を語るアンヴォロ。


「そう、今の君と同じだ。嫌悪感。忌避感。想像を絶する悪を前にしたとき、人は吐き気を覚える。食欲を失う。その瞬間、肉体は空腹から解き放たれる――それに気づいたとき、私は救われたんだ」


 彼は両手を広げて、まるで大空に羽ばたくように歓喜した。

 そんな彼に奈落へ叩き落とされたフィノは、心から嫌悪する。


「つまり人を食べる行為は、あんたにとって嫌悪すべき行為だって言いたいの?」

「そうだ。エニチーデで初めて君と会ったとき、私は思ったんだ。この少女には、エニチーデという自然豊かな地でのびのびと幸せに育ってほしいと!」

「だから――」

「ああ、だから王都に誘い、犯罪を、薬を、性を覚えさせ、奴隷という底辺に墜とした。そういう君の肉が、最低(最高)のグルメになると思ったから」


 フィノは頭で考えるより先に、アンヴォロに襲いかかっていた。

 振り上げた拳を頬に叩きつける。

 彼は避けもせずに、そのひ弱な拳を甘んじて受けた。


「罰を、裁きを、ありがとう。私の行動は間違っている。君の罰はそれを証明してくれる」


 処置台に押し倒されたアンヴォロは(わら)う。

 感情が落ち着くと、次は理性がやってきた。

 フィノの理性は言った。

 この男を殺せ、と。


「うわあぁぁぁぁあああああッ!」


 もう一度、殴る。

 アンヴォロは(わら)う。


「あの肉が君ではないことは残念だったけれど、しかし考え方を変えれば、君という存在は二度も私の腹を満たしてくれる」

「お前はっ、お前はあぁぁあああッ!」

「食べたときと――澄んだ憎しみを向けてくれる、今だ!」

「死ねえぇぇぇええええッ!」


 フィノは近くにあった刃物を手に取ると、アンヴォロに向けて突き刺す――!

 そのとき、勢いよく扉が開いた。


「ストーンバレット!」


 入ってきた白衣の女性の手から岩が放たれ、フィノの手に命中。

 刃物がこぼれ落ちると、さらに別の職員がフィノに飛びかかった。


「アンヴォロ様、ご無事ですか!」

「ああ、私は大丈夫だよ」


 服を整えながら立ち上がるアンヴォロ。

 一方でフィノは男に取り押さえられながら、暴れている。


「離せっ、離せえぇぇえええッ!」

「こいつッ! どこから入りやがったんだ!」

「こらこら、あまり乱暴にするんじゃない」

「しかしアンヴォロ様、この女はあなたの命を狙ったんですよ!?」

「彼女はここから無傷で解放する。それが命令だ」

「そんな……!」


 フィノも顔をあげ、アンヴォロを睨みつける。


「どういうつもり……? 私も殺して、ステーキにでも煮物にでもして食べればいいじゃない!」

「君は……アデリッサを捜しに来たのだろう。どうやらあの子のことを大事にしてくれているみたいだ」

「そうよ、あんたみたいなクズの手から奪い去ってやろうと思ったの!」

「私はアデリッサのことを愛しているよ」

「家畜としか思ってなかったくせに!」

「まさか! 家畜を食べてもの私の腹は満たされない」

「っ……!」

「真に〝収穫〟するべきは、私が愛している者でなければならなかったのだよ」


 その瞳に嘘偽りはない。

 アンヴォロにとって、正気とは狂気であり、狂気とは正気であった。


「満腹とは心の痛み。愛と嫌悪、幸福と不幸は表裏一体。だから私は、アデリッサに救われてほしいと思っているし、あの子を食べたいとも思っている」

「そう……そういうこと。あんたは常に矛盾を抱えた破綻した化物なのね」

「いかにも」

「だから、自分の悪に誰かが気づくような手がかりをいつだって残してた」

「裁いてほしかったんだ。けれど裁かれたくなかった」


 あの執事に残した手紙だってそう。

 ここにフィノが簡単に忍び込めたこともそう。

 アンヴォロは――誰かが自分の裏の顔を暴いてくれることを期待していた。

 暴かれたくないと思うのも本心、暴かれたいのも本心。

 慈善活動に精を出し、誰かの幸福を願うことも。

 フィノのような無垢な少女を騙し、誰かの不幸を願うことも。

 アンヴォロという壊れた人間の中で理屈ならば――両立できてしまう。


「さあ、彼女を解放してあげなさい」


 職員はしぶしぶフィノの拘束を解く。

 立ち上がった彼女は、歯を食いしばってアンヴォロを睨みつけた。


「あたしにアデリッサを探させようって魂胆ね」

「そんなつもりはないよ。冒険者でも雇った方が早く済む」

「だったら何をしようってのよ」

「勝負をしよう」

「これだけあんたが有利な状況で?」

「確かに私は勝負など必要ないと思っている、けれど同時に――」

「負けたいとも思っている、と?」


 理解してくれて嬉しいよ、と言わんばかりに微笑みアンヴォロ。

 フィノは憎しみを吐き捨てるように舌打ちをした。


「勝負内容は簡単だ。フィノ君はアデリッサを連れて王都の外に逃げたら勝ち。アデリッサ必要ないのなら君一人で逃げてもいい」

「あの子は絶対に連れて行くわ」

「アデリッサをそこまで愛してくれてありがとう」

「どういたしまして。あんたこそあんなかわいい子をあたしに献上するために育ててくれてありがとうね、体の相性もばっちりよ」

「ふふ、いい満腹感だ」

「強がりね」

「そして私の方は、君を殺すか、アデリッサを見つけ出して〝収穫〟したら勝ち」

「つまりここで殺せば勝ちってわけ?」

「外に出るまでは手を出さないよ。ただし、外に出たら――教会騎士が君を追うだろう」

「……協力を求めるのは?」

「手段は問わないよ。ただし、そこで死者が出ても私は責任を取れないがね」


 いくら教会騎士と言えど、簡単に人は殺せないはずだ。

 つまり差し向けられるのは、普通の教会騎士ではないということだろう。


「乗るしかないじゃない、そんなもの」

「では逃げるといい。健闘を祈るよ」

「くたばれ変態食人野郎ッ!」


 フィノは最後に中指を立てて悪口を吐き捨てると、部屋から飛び出した。

 職員たちが困惑する中、アンヴォロは旅立つ娘を見送るような慈愛のこもった目でその背中を見送った。




 ◇◇◇




 施設を飛び出したフィノは、周囲を見て驚く。


「ここ地下だったの!?」


 敷地にある地面がせり上がり、かなり広い入口となっていた。

 この広さのおかげで馬車がそのまま入れたらしい。


「無駄なお金を使って、悪趣味なのよ」


 悪態をつきながら外へ。

 そして中央区を目指して駆け抜ける。


(とりあえず土地勘のある西区に向かいましょう。デインの手下の縄張り意識を利用すれば、教会騎士ぐらいは撒けるわ……たぶん!)


 しかし少し走ったところで、彼女は違和感に気づく。


(もう夜だけど、それにしたって人が少なすぎるんじゃない?)


 まるで外出を控えているかのような少なさ。

 フィノが知らないうちに何かが起きたとでもいうのか。

 これは彼女にとって非常に都合の悪い状況だった。

 いくら教会騎士と言えど、人前で一般人を殺すことはできない。

 だがこの人の少なさ、いつもなら人がいる場所まで閑散としてしまっている――

 中央区に辿りつく直前で、黒尽くめの男がフィノの前に立ちはだかった。

 てっきり『お前がフィノだな』とナイフを構えて問いかけてくるかと思ったが、現実はもっとスマートだった。

 姿が消える。

 背後に寒気。

 腕で身を守りながら振り返ろうとする。

 首を掻っ切ろうとしたナイフが、左の上腕部を裂いた。


「づうぅぅっ!」


 血が噴き出し、フィノの顔が歪む。

 目の前には真っ黒なマスクをした男の顔。

 瞳しか見えない。

 光はなく、ただ純粋な殺意だけが宿っている。

 これでは教会騎士ではなく、まるで暗殺者ではないか。

 そんな暗殺者の足裏がフィノの腹を蹴りつけた。


「がふっ」


 口から空気を吐き出しながら、〝く〟の字になって吹き飛ばされるフィノ。

 地面に叩きつけられ、転がる。

 擦り傷と打撲で泣きたいぐらい痛い、あと頭も打ったのかくらくらする。

 ゆっくり立ち上がろうとした。

 顔を上げる、そこにはナイフを振り下ろす男がいた。

 鋭い切っ先が肩に突き刺さる。


「あああぁぁあああああっ!」


 月夜に鈍く光るナイフは骨まで到達し、強烈な痛みと共にガリッという感触がした。

 さらに男はフィノの髪を掴むと、強引に立たせる。

 そして胴体に刃を突き立てた。


「罪人に裁きを」

「ぐうぅぅっ! あ、あんたらの、方がっ、罪に……ひぎううぅぅっ!」


 何度も突き刺しては引き抜きを繰り返す。

 不自然に、急所以外(・・)を狙いながら。


「オリジン様に逆らう者に、耐え難き苦しみを」

「う、ひっ、は、ああぁ……っ、あ、ぐ……」


 男はその拷問とも呼べる行為を何度も繰り返した。

 彼は暗殺者であり、敬虔な信徒でもあった。

 教会騎士の中でもとびきりタチの悪い騎士である。

 しかしフィノは一般人、これだけの刺し傷に耐えられるはずもなく、確実に衰弱していく。


「ひゅうぅ……ぅ……は、ぁ……」


 目は虚ろで、髪を掴まれていなければ立っていることもできないだろう。

 頃合いか――暗殺者はナイフをフィノの首筋に当てる。

 そのとき、彼はとっさに横に飛んだ。

 フィノの体は投げ出され、地面に転がる。

 そんな彼女の真横に、一本の矢が突き刺さった。

 暗殺者の視線はその矢に気づくと、その場を離れるために大きく飛び上がり、近くの屋根の上に乗った。


「相手が悪いな、撤退か」


 誰にも聞こえぬようそう呟く。

 対する射手は、


「させねえよ」


 と誰にも聞こえないはずのつぶやきに返事をし、弓に複数の矢をつがえて一気に放った。

 屋根からさらに跳躍し、闇夜に紛れるように撤退しようとする暗殺者。

 もしも矢が直線で進むのなら回避はできていただろう。

 だがライナスの矢は縦横無尽に曲がりくねり、暗殺者の逃げ道を塞いでいく。

 追尾しているのではない。

 暗殺者の動きを予測し、ライナスは矢がそう動くようにあらかじめ仕込んでいたのだ。


「くっ!?」


 回避しきれず、暗殺者の両手の平と足首付近に矢が突き刺さる。

 そしてそのまま矢に押される形で、暗殺者はフィノが倒れた場所から数メートル離れた地点に落下した。

 彼は張り付けの状態となり、矢じりは地面に深く沈んでいるため、身をよじろうとも逃れられない。

 射手はそんな暗殺者にゆっくりと歩み寄る。


「面ぐらい見せろよ」


 ライナスがそう言い放つと、暗殺者は目を細めた。

 そして次の瞬間――バチュンッ! と彼の()が炸裂し、顔を隠していたマスクと血肉が飛び散った。

 ライナスは風魔法で防いだおかげで汚れなかったが、事切れた暗殺者を見て舌打ちをする。


「ちっ、素性を明かすぐらいなら死ぬってか。命を大事にしないやつはこれだから」


 やれやれと首を振ると、今度はフィノの方へ振り返る。


「さてと、大丈夫かお嬢さ……って思ったよりヤバいじゃねえか!」


 彼は慌ててフィノの体を抱き上げて、中央区の方へ向かって駆け出した。


「少しばかり遅すぎたか、まさか外にいると思わないから探すのに手間取っちまったからな」


 ライナスに抱えられたフィノは、薄っすらと瞳を開けて唇を開く。


「ど……して……」

「まだ意識はあるか。どうしても何も、さすがに一人で突っ込もうとしてるやつを放っておけねえだろ!」


 ライナスはフィノやウェルシーと別れたあと、しばらく悩んだ。

 魔王討伐の旅で忙しいのは事実。

 それに加えて、彼の場合はマリアを口説き落としたいという目的もある。

 しかし、いくらマリア一筋と行っても、今にも破滅しそうな女性を見て放っておけるほど冷たい男でもないのだ。

 彼はリーチの屋敷へ向かい、そこでウェルシーが密かに転写していた地図の移しを受け取った。

 そしてアンヴォロの施設周辺を捜しているときにフィノと暗殺者を見つけた、というわけである。


「ぅ……ぁ……」


 フィノの傷は深く、彼女は苦しげにうめくばかりだ。


「すぐに治療を受けさせる、それまでくたばるなよ!」


 ライナスは仲間の元へ向かおうとしていた。

 彼は決して清廉潔白な冒険者ではない。

 ゆえに修道女ではない、教会から隠れて活動する回復魔法の使い手も知っているのだ。

 するとふいにフィノがライナスの袖を掴んだ。


「ん? 何だ?」


 彼が口元に耳を近づけると、フィノは力を振り絞って囁く。


「アデ……リッサ……を……たす、け……」


 ライナスの頬が緩んだ。


「女のために体を張ってるってわけか。お仲間じゃねえの、こりゃあ是が非でも助けねえとな!」


 フィノを救うべく、彼はさらに加速して夜の王都を駆け抜けた。




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