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異世界の他人に転生した俺を彼女は癒してくれる~髭の盾騎士(ガーディアンナイト)と美人僧侶(ヒーラー)の二人組~

作者: 青木森羅

「ドノヴァン、目を開けて!」


 温かい光を全身に浴びていたが、俺の体の芯の部分は冷え切っていた。


「ダメ! 戻って来て!」


 少女の長い髪が顔にかかっていた、払いのけようかとも思ったが手が動かない。それに、少し心地よかった。


「アー……ラ……」


 暗くなった視界の先に、大きな椅子に座った少年の姿が見える。


(アイツは、ここに来た時の……)


 この世界に来たばかりの時の事を思い出す。


(これが走馬灯、なのか……)



「ウっ……!」


 頭が痛い、それも鈍痛ではなくズキズキと激しく痛む方だ。


「ここは、どこだ?」


 痛む頭を押さえながらも、辺りを見回したのだが何故か真っ黒で遠くを見る事が出来ない。


「キミは死んだんだよ」


 暗くて何処からか分からないが、幼い子供の楽しそうな声が聞こえてきた。

 それよりも、


「死んだ?」


 何を言っているんだか、さっぱりだった。慌てて足を見たが、しっかりと二本の足で立っているし、身体が半透明になっているなんて事もなかった。


「驚くのも無理はないな。ここに来る大半の人がそうなんだよ〜」


 パッと空間の一部だけが切り取られたように明るくなった。その光の中央に、上から目線が自分のつねである、とでも言いたいが為につけたのではないかと思われるような小さい階段が付いた大仰な椅子があり、そこに座っていたのは、


「子供?」


 日の当たり方によって色の変わる虹色の様な髪と目、白いを通り越して透明で血管すら見えそうな肌、そして少しだけ大きめの服。目つきはいたずらっぽいのだが、くちびるはぷるぷると柔らかそうで、男の子なのか女の子なのかいまいち分からない。


「子供だぁ!?」


 その子は椅子から身を乗り出してそう言うと、まるでデコピンをするかの様に左の手の指を丸めて、弾いた。


「痛っ!?」


 俺の額のど真ん中に、そこそこ強めの衝撃を受けた。


「ハハッ! このボクこと、神であるシェダム様を子供だなんてののしった罰だよ、いい気味だ」


 目の前の子の笑い声が空間に響く。


(なんだ、今の!? 手品かなんかなのか? 神様だなんてそんな事……)


 頭をさすりながら考えてると、


「手品だなんて、まだ信用出来ないのか? 物分かりの悪いニンゲンだな、せっかく死んだお前を生き返らせてやるって言うのにさ」


「俺は、手品なんて一言も言ってないのになんで!?」


「まあ、神だからな」


 神を自称する子供はニヤニヤと子供っぽくない笑いをした。けどそんな事よりも、


(生き返らせる?)


 まだ死んだ実感もないのに、いきなりそんな事を言われても何がなんだか分からない。


「まあ、いいや。そろそろ話すのも飽きてきたし、生き返ってもらうよ」


 そう言いながら、神と名乗ったシェダムはまるで指揮者の様に手を動かし、ぶつぶつ何かを唱え始めた。日本語には聞こえないし、英語にも聞こえない、よく分からない言葉だった。

 本当に呪文みたいだ。そう思った一瞬、シェダムの顔が笑ったように見えた。


「ザルム!」


 両指を天に掲げ、そのまま停止する。


「お、おい。大丈夫か?」


 あまりに彼、いや彼女かもしれないが、その子が動かないので心配になって近づこうとしたのだが、


「動くな、村上耕汰むらかみこうた!」


 ふいに呼ばれた自分の名前に驚き、足が止まる。


「そこから動いたら、どこに行くか分からなくなる」


 今気づいたが、自分の立っている場所以外の周りの床から風が吹き上げてきている。もしかしたら見えないだけで、自分の周囲は穴だらけなんじゃないか?

 そんな事を想像した途端に、足がすくみ始めた。


「よし、準備出来た。じゃあ、せいぜい向こうで長生きしなよ、ニンゲン」


 そういって目の前の神は、手を振る。


「どういう……」


 どういう事か、そう聞きたかったのだけど俺の声は途中で掻き消える。

 自分の真下に穴が開いたからだ。


「うわー!!」


 何故か体は動かず、立っていた体制のまま落ちていく。目線だけで下を向くと、そこには鬱蒼とした森がある、それに向かって飛行機が飛ぶような高度から落ちている。


(死ぬ……!)


 そう思った瞬間、俺の意識は虚空に溶けた。



 頬に何かドロドロした物が触れているのが分かり、その気持ち悪さで目を覚ました。

 ゆっくりと体を起こすとやけに重く感じる、まるで重りか何かをつけているみたいだった。


「ウゥ……」


 指先にだけ、少しの冷たさを感じる。


「ここは……?」


 視線を上げると、森の中にある湖、そのほとりで俺は倒れていたようだ。

 その湖に溢れている水を見た途端、今まで感じた事のない喉の渇きを覚え、顔ごと水の中に突っ込んだ。この水が安全かどうかなんて気にしてられなかった。


「ぷはっ!」


 生き返る! 水って、こんなに美味しかったのか!

 ついでに顔でも洗おうと、もう一度顔を湖に近づけた。

 湖面に映る顔、ゴツゴツとした顔に口が見えない程に髭が多く生え、その眼は鋭く、髪はゴワゴワ。


「誰だ?」


 目をこすると、その男も目をこする。鼻を掻くと、同じく動く。


「え?」


 水の中に手を入れて顔を濡らすと、映った男の髭が濡れた。


「俺だ!?」


 高校生の俺、村上耕汰むらかみこうたは、誰だか分からないオッサンとして生まれ変わっていた。



「おい、アンタ。そろそろ、街に着くぞ」


 幌馬車ほろばしゃの荷台で、たくさんの荷物と一緒に揺られていた俺に、運転しているおじさんがそう言ってくれた。


「すみません」


 おじさんはニコニコ笑いながら、


「いいよいいよ、荷物を積むの手伝ってくれたしさ。困った時は、お互い様だ」


 とガハハと笑う。


「それにしても、アンタ。なんで、あんな所に居たんだい?」


 自分でも分からない、そう答えると彼は何を勘違いしたのか、


「まあ、人間やってりゃ辛い事もあるわな」


 としみじみ言う、人生に悲観していた様にでも見えているのだろうか?


「それにしても驚いたよ、そんな顔、そんな恰好で森の中から出てきたんだから。山賊でも待ち伏せていたのかと、思っちゃったよ」


 顔は確かに悪人面だが、服装については頭が混乱しすぎて指摘されるまで気づかなかったが、鎧を身に付けていた。赤い鱗の様な鎧、なんでもカリュウの鎧とかいうらしい。

 それと自分の倒れていた辺りに、大きな盾と兜も落ちていた。そちらも、鎧と同じ素材で出来た物の様だと、RPGに出て来そうな古い服を着ているおじさんは言っていた。


「けど、本当に助かったよ。まさか、荷台から商品が落ちているだなんて気づかなかったからな」


 俺が森から出ると、商人のおじさんが馬車で接近していたのだが、荷台の後ろから何かが落ちていた。慌てて声をかけると、初めは警戒していたおじさんも分かってくれたらしく、親切にしてくれた。


「ところで、アンタは一体どんな仕事をしているんだ?」


 ここまでおじさんは俺の事を深く聞く事はしなかったが、街が近くなり安心したのか、そんな質問をしてきた。


「学生です」


「学生って。アンタみたいな武闘派なら、魔術なんて習う必要ないだろうよ」


 と、大笑いした。

 馬鹿にして言っているとは思えない口調だった。馬車やおじさんの服装、それに自分の着ている鎧で薄々は気づいていたが、ここは俺の住む平成の日本ではないんじゃないか? そんな世界だから、学生の意味が俺の世界とは違うんじゃないかと思えた。


「冗談は置いといて、本当はなんだい? 戦士? 格闘家? もしや、王国の近衛兵か?」


 戦士に騎士だなんて、タイムスリップでもしたのだろうか? けど、さっき魔術って言っていたような……。


「まあ、いいか。過去を捨てるために来たんだもんな、転職しちゃえばいい。ほら、街だ」


 馬車の隙間から覗き見える建物はレンガや石なんかで作られていた。

 街中には鎧をつけた男に、耳の長い金髪の女性、背の小さい成人男性、どんな物質で出来ているのか分からない半透明の人のような物。


「ようこそ、転職の街。ブジョニアへ!」


 彼は誇らしげにそう言った。



 おじさんの店に着くまでの間、馬車の荷台を出ておじさんの隣に座った俺は、終始その異様な光景に圧倒されていた。

 馬車二台がすれ違っても余裕のある道路の両端に、色々な商店が並ぶ。その店先には、得体のしれないトゲトゲの生えた果物みたいなものや、目が異様にデカい魚、そしてヤギを二足歩行させたような店主。

 お上りさんの様に、無意識にあっちこっちを見回していた。

 そんな俺の様子を見てなのか、商人おじさんが、


「なあ、兄さん。間違ってたら悪いんだが……」


「はい?」


「アンタ、転生者てんせいしゃじゃないか?」


 テンセーシャ?

 見覚えのない物ばかりで頭が混乱している中に、聞いた事のない言葉が混じり、理解が追いつかない。


「えーと、なんだ。神様に、死んだとか言われなかったか?」


「なんで、知ってるんですか!?」


 急に出た名前に驚いていると、やっぱりかとおじさんは深く頷く。


「アンタのその表情が、昔会った転生者の知り合いに似ていたからな」


 そういうと彼は馬車をある店の前で止めた。ここが彼の店だったようで、店番をしていたらしいキツネ耳の青年に商品の荷下ろしと馬車の移動を頼んでいた。

 それを終えると、馬車から降りた俺に「ついて来い」と言う、俺はそれに従った。


「どこに行くんですか?」


「とりあえず、職業を決めないとこの世界では食っていけないからな。それと色々教えないとな」


 と、馬車でやって来た反対の方角を指差す。そこには、周りの建物より一回り以上大きな建物があった。


「ブジョニアが転職の街と言われる所以ゆえんが、あのジョブハウスにある、さあ行くぞ」


 建物に近づくにつれ、その周囲には他の商店よりも人だかりがある事に気づいた。


「このジョブハウスは、仕事の斡旋あっせんもしているから常に人が居るんだが、それ自体は他の街でもやっている事だ。しかし、ここだけでしか出来ないのが、転職なんだ」


 西部劇で見る様なスイングドアを開けて室内に入る、中は外以上に人で溢れていた。

 おじさんはキョロキョロと視線を巡らすと、


「とりあえず、あそこに座ろうか」


 と、ちょうど運良く空いていたテーブルにつく。


「さて、兄さんはこれから仕事を決めるのだが、その前にこの世界について教える。多少、面倒だとは思うがここで生きる為には必要だから、覚えておいて損はない」


 どこからがいいか、とおじさんは呟きながら周りを見渡し、意を決したように話し出した。


「この世界には、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、精霊人せいれいびと、メカニクスが住んでいる」


 エルフやドワーフ、獣人はアニメやゲームなんかで聞いた事があるから分からなくないが、精霊人とメカニクスってのが分からなかった。


「そうか、お前の世界では人間以外は居ないんだったな」


 と周りを見渡す。


「エルフとドワーフ、獣人はお前の世界にある『げえむ』とやらで知っているだろ?」


 うん、と頷いたのだが、一般常識化の様に言われているのに若干の違和感が……。


「でだ、あそこの光っている奴が居るだろ?」


 指さす方に立っていたのは、黄色く体が発光している人の形をしたモノだった。


「あれが、精霊人。ちなみにあいつは、雷の力を持っている精霊人で、他にも火や水、木なんかの要するに元素が人になった者だ」


「元素が……人?」


「ああ。あとはあっちのピカピカした奴、あれがメカニクスな」


 身体全体が銀色に光っている人を指し、そう言った。


「お前さんに分かる様に言うなら、『あんどろいど』とか『じりつがたろぼっと』って言った方が分かりやすいんだっけか」


 確かにそう言われた方が、なんとなくだけど理解できた。


「とりあえず、この六種類がこの世界で会話できる種族だ」


「会話が出来る?」


 その言い回しが気になった。


「ああ。この世界には会話の通じない『モンスター』と総称される、人を襲う者達が居る」


 モンスターだって? そんなゲームみたいな事……。


「『げえむ』みたい、って思ったか? 俺の知り合いが言うには、それで合ってるんだってよ。確か、『あーるぴーじー』、とかって奴に似てるんだよな?」


 モンスターに異種族、それに転職、たしかに小さい頃にやったゲームによく似ている。いや、全員が意志を持っている事を考えるとオンラインゲームだろうか?


「でな、そのモンスターってのはほとんど街には出ないんだが、一歩外に出ると五分に一回位の頻度で出て来てな、大変なんだ」


 そういって彼は困った顔をしていたが、俺には疑問があった。


「けど、この街に来るまでの間だと、そんなのは見なかったような……」


「それはな、ウチの馬車が特別だからさ。知り合いの調香師ちょうこうしに作ってもらったモンスター避けを積んでるんだ、その効果が切れるまでの間は絶対に襲われない」


 けど、見えないだけで近くには居たんだぞ、と付けくわえる。


「だけど、その効果が切れたら奴らから逃げ切るのは文字通り『必死』だ。そんな非戦闘職を護衛するのが、戦闘をして稼いでいる戦闘職のやつらだ」


 戦士や狩人なんかが、それに当てはまると教えてくれる。


「戦闘職ってのはこの世界じゃ、一番メジャーな仕事だからな。今言った商人の護衛の他にも、学者先生の材料集めに同行したり、自分でモンスターを狩って商人に売るとか、多岐に渡る。だから、そうそう食いっぱぐれる事もないし、多少痛いのに目をつむれば悪い仕事じゃないさ」


 そういうと彼は、俺に顔を近づけ、


「って訳で、お前さんに戦闘職をお勧めしたいんだが、どうかね? それにその格好、火竜装備で転生するなんてソッチの仕事をしろって、神様に言われてるんじゃないか?」


 ガタイもいいし、いい仕事出来るんじゃないか? とさらに勧めてくる。

 やけに押しが強いのと、なんだか言い方に熟練された何かを感じたが、


「ほら、あそこ。あのたてがみの獣人の後ろに並べばいいから」


「ちょっと!?」


 そう言った俺を無視して、


「いいから、いいから」


 と、無理矢理に席を立たせられ、列に並ばさせられた。その様子を見ながら商人のおじさんは離れていった。


「ちょっと!?」


 そう言った時、前の獣人が振り返り、


「おい、うるさいぞ」


 そう言ったのだが、その声よりもその姿で萎縮してしまう、ライオンの獣人だった。


「す、すみません」


 出来るだけ目線を合わせない様にした、なんというか喰われそうだ。



「次の方、どうぞ」


 目の前のライオンさんが居なくなり、俺の番が来た。

 ちなみに俺の後ろには、サメの獣人、というか魚人? が来て、陸と海の頂上決戦が始まりそうで、気が気ではなかった。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


 透明なアクリル板の向こうに、警察官が着るような少し軍服っぽい白の制服を身に纏った女性が座っていた。


「えっと……あのー……」


 改めて聞かれると、どう言ったらいいものか分からない。


「何かお仕事をお探しでしょうか? それとも、転職希望ですか?」


 言い淀む俺をフォローする様に、彼女はそう言ってくれた。


「あ、転職、になるんですかね?」


 その言葉を聞いて何か感じたのか、ニコリと笑って机の横の引き出しを開ける。


「ああ、転生者の方でしたか。なら、こちらの紙にお名前と希望の職業、あと性別をお書きになって下さい」


 と仕切りの向こう側から、紙を渡されたのだが。


(見た事のない字だ)


 日本語ではなく、アルファベットでも中国語のような文字でもない。しいていえば、アラビア語の様な感じだけど、紐の様な文字だけではなく、丸い文字もある。

 けど、


(見た事ない文字のに、なんて書いてあるのか分かるぞ)


 そういえば気にはしてなかったが、別の世界だというのに商人のおじさんや、目の前の女性と普通に会話していた。


「どうしました?」


 手が止まっている俺を見て、不審に思ったのか受付の女性が話しかけてくる。


「あ、いえ、なんでもないです」


(とりあえず考える事は置いといて、書ける所でも書こう。後ろのサメの人も待っているんだろうし)


 とりあえず、氏名は「村上耕汰むらかみこうた」と。職業はどう書いたらいいのか、少し悩んだが、よく分からないので一旦保留にして、性別に男と書いて、他の作業をしていた女性に渡す。

 仕事の項目だけ、どう書いたらいいか分からないと聞くと、


「職業ですが、戦闘職せんとうしょく経済職けいざいしょく学職がくしょく育成職いくせいしょく芸能職げいのうしょく神職しんしょく特殊職とくしゅしょく。おおまかに分けて、この様になっています」


 そして、各々の仕事の説明を始めた。


「戦闘職はモンスター退治などの戦闘をメインとするもの、経済職は商人や街の金銭管理など、学職は新たな素材の発見やその研究、育成職は作物の栽培や有益なモンスターの飼育、芸能職は楽士や語り部、神職は教会に務めて怪我の治療や呪いの解除などの治療仕事、特殊職は他の職業では分類できないものが当てはまります」


 俺はおじさんに勧められた戦闘職がいいと伝えた。


「では、戦闘職の中の分類を選んでください。近距離、中距離、遠距離、あと魔法です」


 そういうと彼女はこちらを見て、


「ただ今のあなたの装備ですと、近距離がおすすめです。その中の……」


 とさらに紙を取り出す。そこには大きく『近距離』と書かれていた。その紙の一部を指し示して、


騎士ナイト。その防御に重きをおいた盾騎士ガーディアンナイト、こちらなんていかがでしょうか?」


(ガーディアンナイト? ゲームでも聞いた事ないな)


 けど、他の職がどんな感じなのかも知らないし、転職できるのならとりあえずやってみてもいいかと、職業の欄に「ガーディアンナイト」と書きこんだ。


「では、お願いします」


 と再度、紙を渡す。


「はい。ところで、お名前ですがこちらでいいのでしょうか?」


 名前? 普通に村上耕汰むらかみこうたと書いたはずだけど。


「いえ、この名前は前の名前ですよね? 転生者の方の中には、姿が前の世界のままでこちらに来られていない方がいられるので、そのままの名前だと不都合がある場合がありまして」


 特に性別などで、と彼女は言った。

 確かに湖に写した山賊の様なおっさんの顔で耕汰こうたと名乗るのも、少し気が引ける気もした。


「分かりました、変えます」


 と書いた文字に、横線を引きそれらしい名前を書き渡した。


「これで」


 書かれた名前を彼女は読み上げた。


「分かりました、ガーディアンナイトのドノヴァン様」



 名前を決めた後、少し説明を受けた。武器は自前で用意する事、その為に500ゴールドまでなら無利子で借りれるが、一年以内に返済しないと取り立てが来るとの事。ある程度モンスターを退治したらここに戻って来て、経験値の数値化とスキルの習得をする事等々。


「説明は以上で終わりになります。もし分からないことが出て来ましたら、相談所がありますので、そちらの窓口にお尋ね下さい」


「分かりました、ありがとうございます」


 と半歩横に避け、後ろの人にお辞儀をした。しかし俺の後ろに並んでいたのはさっきのサメ魚人ではなかった。

 気がつくと今まで喧騒にまみれていた建物の中の視線は 一点に注がれていた、特に男の。

 その対象は、俺と入れ替わりに受付に進んだ白い服の少女にだった。



「私とパーティを組んでいただけませんか?」


 商人のおじさんとこれからについて話し合っていた所に、誰かが声をかけてきた。

 余談だがおじさんの目論見も分かった、俺を店専属の用心棒の様にしたかったらしい。まあ、しばらくの間だけでいいとの話だったので、恩返しを兼ねて受ける事にした、声をかけられたのはその直後の事だ。


「おいおい、お前さん」


 何故かおじさんの顔はニヤニヤしている、俺は声の主の方に顔を向けた。そこには杖を抱えた、長髪で白い服の女の子が立っていた。その表情は、誰が見ても分かるほど緊張している。


「なに?」


 聞き間違いじゃないかと思ってそう聞き返すと、彼女は杖を折れるんじゃないかという程に握りしめ、


「私と! パーティを組んでくださいませんか?」


 建物内に響く程の大声でそう言った、パーティの部分で声が上ずっていたけど。彼女の服装をよく見ると、RPGに出てくる僧侶の様な服装で、金糸の装飾が施されていた。


(パーティか、確かに冒険するなら人数が多い方がいいけど……)


「なんで、俺?」


 そう、ここにはたくさんの人がいるし、実際どうか分からないが、初心者の俺より強そうにみえる人もたくさんいる。あそこでこちらを睨んでいる、長髪の男なんてどうだろうか? それなのになんで俺に声をかけたのか? それが気になった。


「あの、それは、受付の人が、勧めてくれて。初心者同士で協力したらいいんじゃないか? って」


 ああ、そういう事ね。


「たしかにいいかもな。嬢ちゃん、職業なんだ?」


 と、何故かおじさんが乗り気になっているのが気になる、もしかして彼女も雇うつもりなのだろうか。


僧侶ヒーラーです」


僧侶ヒーラーか! それなら兄さんのガーディアンナイトとは相性バッチリだ! よし、嬢ちゃんも雇おう!」


 やっぱりか。


「あ、お願いします」


 何故か俺の意見は聞かれず、あれよあれよという間に話が決まってしまう。


「じゃあ、自己紹介だ。俺の名前はジンバ、職業は商人。売ってるものはモンスターの素材だ」


 ようやく合点がいった。

 自分の雇った戦士が狩った物を自分の店で売る、だから戦闘職を求めていたんだな。


「私は……アーラと申します。職業は僧侶ヒーラーです」


 彼女の事を改めて見ると、すごく綺麗な眼をしていた。その眼を見る全ての人を、吸い込むような不思議な魅力が……。


「おい、どうした?」


 おじさんこと、ジンバは俺に声をかける。


「いや、なんでもない」


(そうか。窓口で、みんなが彼女を見ていたのはこのせいか)


「俺の名は」


 元の名を言いそうになったが、違う。

 俺の新しい名前は、


「ドノヴァン、盾騎士ガーディアンナイトだ」



「ドノヴァン! 攻撃、来ます!」


 目の前にいる耳の尖った小柄な敵、ゴブリンがその長く鋭い爪を振り下ろす。


防御ディフェンス!」


 俺は三角形の一辺が長い盾、その長い一辺を地面に突き立てスキルを唱える。


 ガギン!


 ゴブリンの爪は盾の前に現れた黄色の光壁こうへきに阻まれる。その瞬間、横の草むらの中からもう一体ゴブリンが奇襲を仕掛けてきた。


 ザッ!


 盾を急いで外し、後ろに下がったが一歩間に合わず、火竜の鎧で装甲が薄い二の腕の部分を浅く切られた。黒い服の隙間から赤く血が滲んでいる。


ヒールし!」


 すかさずそこにアーラの回復呪文がかけられる、彼女は数歩離れた場所から使っているが、本来は遠隔で使う呪文では無いので傷自体が塞がる事は無かった、しかし痛みが薄れたのはありがたい。


「セイ!」


 左手の盾を少し下げ、横から飛び出した方のゴブリンを右手の銅の剣で横薙ぎにした。

 ゴブリンはその場に倒れる。


「ウググ」


 もう一体のゴブリンが唸る、そして少しだけ距離を取っていた。

 しかし、そのくらいの距離ならば射程内だ!


飛脚斬エアスラッシュ!」


 数歩ほどの距離を一瞬にして縮め、ゴブリンの胴体を頭から真っ二つにする。


 ドタッ。


 ゴブリンの体は左右に分かれ、倒れた。


「ッ!」


 戦闘が終わり気が抜けたのか、急に腕の傷が痛みだした。


ヒールしかけます、大丈夫ですか?」


 膝をついた俺にアーラは駆け寄り、腕に杖の先端を近づける。


『耕汰、大丈夫か?』


 一瞬、昔の記憶がチラつく。


「どうしました?」


 気づくとアーラの顔が目の前にあった。

 俺は咄嗟に顔を横にそむけながら、


「いや、昔の事を思い出しただけさ」


 しかし彼女は何故か勘が鋭く、俺が昔の事を考えている時には必ずこう言ってくる。


「今度は、どんな事ですか?」


 彼女には、俺が転生者である事はあえて伝えていない。


「小さい頃、走っていたら転んで怪我をしてさ。その時に、父が俺の心配をしてくれてさ。背中に俺をおぶって、家まで連れて行ってくれたんだよ。その間ずっと、大丈夫か? って言ってくれてたのを今、思い出したんだ」


 あの時の父親の背中は、暖かくて大きかったな。


「いい、お父さんですね」


「おい、大丈夫か!?」


 そう言ってジンバが馬車の方から駆け寄ってくる。


「ああ、問題ない」


 彼は俺とアーラを交互に見て、重傷を負ってない事に安堵していたようだ。


「じゃあ、俺はゴブリンの爪を採るから、少しそこで休んでいてくれ」


 と胸のポケットからナイフを出し、ゴブリンに近寄る。

 その日は、そのまま家のあるブジョニアに戻る事にした。


 帰りの馬車の中、俺はアーラの言葉を思い出していた。


『いいお父さんですね』


 その言葉に、俺は即答できなかった。

 彼は、親父は家族を蔑ろにしてただ仕事ばかり。そのせいで俺があっちで生きていた頃、妹の玲奈れいなは家に帰らないで、友達の家を転々としていた。

 そしてなにより、俺の夢はアイツに消された。



「まずい! 逃げろ、アーラ!」


 まさか街のすぐ目と鼻の先に、こんな奴がいるなんて予想もしてなかった。


 水龍の子供。


 子供とはいえその力は凄まじく、天候を狂わせ豪雨を起こし、その爪は鎧すら貫き、牙は骨を粉々にするという。


「けど!」


「逃げて、応援を呼ぶんだ!」


 近くの街で雨が止まず、作物の生育に問題が出そうだと話を聞いていたのだが、それがコイツのせいだとは思いもしなかった。


「いけ! 早く!」


 もしかしたら心のどこかで慢心していたのかも知れない。なんだかんだと多少の危機はあったが、どれもこれもアーラとのコンビネーションでこなしてきていた。

 この世界で死ぬことはない。

 そんな慢心が俺の心に、油断を生んでしまったのかもしれない。


「チッ!」


 ドラゴンが咆哮する。

 その口の周りに紋様が生まれ、そこから滝のような水が俺に向かって発射された。


水撃流ウォーターブレスか! まずい、強鎧装グランドアーマー!」


 火竜の鎧が青白い光を放つ、これは装備全体を固くするスキルで、今使えるスキルの中で最大のものだ。


 ドシャン!!


「グゥゥッ!」


 強烈な水の勢いの中で盾を構えてなんとか耐えるのが、鎧が無意味かと思える程に体中を痛みが走った。

 

「はぁはぁ、ウッ!」


 水撃流ウォーターブレスを無事耐えきった後、盾を構える左手に激痛が走り、盾を落としてしまう。

 見ると手首が反対側に曲がっていた。


「クソッ!」


 振り向くとそこにアーラは居なかった。


(良かった、行ったんだな……)


 そう思った途端、全身の力が抜けた。


「あ……」


 気づいたら、剣を投げ出して膝から崩れ落ちていた。

 水龍はそんな事にお構いなく、再度口を開く。空中に紋章が光る、その先は俺だ。

 全てがゆっくりと進んで見える。


 口から放たれたであろうソレが当たる前に、痛みによって俺の意識はなくなっていた。



『お前はどうしてそうなんだ!』


父の顔は、まるで鬼か何かの様に見えた。


『親父が悪いんじゃないか!』


『そんな奴は、この家から出て行け!』


『分かったよ!』


 家から飛び出した俺には、横から車が来ていた事に気づけなかった。



 誰かの柔らかい手が、俺の手を握っている。


「アーラ……」


 周りを見ると、そこは見慣れた俺の部屋だった。


「……ドノヴァン?」


 ベットの横に置いた椅子に座っている彼女の目には、涙が浮かんでいた。


「俺は、生きているのか?」


 彼女はゆっくりと首を縦に振る。


「そうか」



「俺、思い出したんだ」


 俺が死んだ理由、それを俺は彼女に伝えなければいけない。

 これまで彼女には俺が転生者だという事を隠して来ていたのには理由がある、それは彼女に本当の自分を見せるのが怖かったからだ。

 けど、彼女なら俺を受け入れてくれる、そう感じていた。


「何を?」


「自分が、死んだ所さ」


 彼女の顔を見るのが怖くて、俺はそのまま話を続ける。


「俺さ、父さんとケンカしたんだよ。俺には夢があってさ、野球選手になりたかったんだ」


 プロ野球選手、それが俺の小さい頃からの夢だった。毎日毎日何十球、何百球と投げ続けた。そしてピッチャーとして甲子園のマウンドに初めて立った高三の初戦。

 たった数時間の戦いで終わってしまった。


「父は役所の偉い人でさ、息子である俺にも同じ事をしてもらいたかったんだ」


 けど、そのたった数時間だけで十年以上掛けた夢を諦め切れるものではなかった。


「けど、俺はどうしても夢を捨てられなかったから、大学に行っても野球を続けたかった。大会の後でそう伝えたのに父さんは、『そんなモノに無駄な時間を割くくらいなら、真面目に勉強しろ』って」


 父さんはエリートという訳ではなかったみたいで、家で愚痴を言っていた事がある。

『口ばかりで働かない上司に、俺はどうあっても頭が上がらない。それもこれも、学歴優先の社会のせいだ』

 と。


「だけど、俺はそんな押しつけが嫌だった。口喧嘩をして、家を飛び出した俺は……車に轢かれて死んだ」


 でも、今なら父さんの言っていた事の本当の意味も理解できる、あれは親心なんだろう。父さんは、自分の理想を俺に押しつけようとしていたんじゃない、自分がした苦労を息子の俺にさせたくはなかっただけだったんだろう。

 もう少しきちんと話せてたら、結果は違ったのかもしれない。


「……父さんときちんと話せばよかったな」


 そう呟く。


「……嘘、だろ?」


 俺の横に座っているアーラはそう言った。その口調は、これままで数ヶ月の付き合いの中で、一度も聞いた事のない言い方だった。


「アーラ?」


 その顔は口元が引きつり、変な表情で固まっていた。

 そして、


耕汰こうた……村上耕汰むらかみこうた、なのか?」


 彼女は、教えてもいない俺の本当の名前を呼んだ。


「は?」


 アーラはガシっと俺の二の腕を掴む、食い込む指が痛い。


「お前、耕汰こうたなのか!?」


「う、うん……」


 そう言った瞬間、彼女の目に何かが光った。そして、咄嗟に顔を伏せてしまった。


「ど、どうした? アーラ?」


 グスグスと鼻を鳴らす彼女に声をかける。


「俺だよ、耕汰こうた!」


 上げた顔は穴という穴から液体を垂れ流していた、その顔はいつもの綺麗な顔とは正反対だった。


「父さんだ!」


 そんな顔を俺の体に押しつけてきた。



 俺の死んだ後、父も相当のショックを受けていたそうだ。


『自分のせいで息子が死んだ』


 その後悔の念は父の精神を壊し、そのせいで仕事も失い、結果母や妹とも一緒に暮らせなくなった。

 一家離散だったそうだ。


 そんな父の選んだのは自殺、だったのだが。


「死のうと思ったんだが勇気がなくてな、ボーっと歩いてたら車に轢かれたんだよ」


 そんなオチだった。


「その時にお前もこうだったのかもなとか、思ったんだけど。お前の事故は、自殺じゃなくて偶然だったんだな」


 目の前に見える少女はスカートであるのを忘れ、大股開きで話を続ける。まあ、中身が父親だと分かった途端にこちらもその行為をなんとも思えなくなったが。

 さようなら、俺の恋……。


「それにしても、親子でパーティ組んでるなんて奇遇だな。これが親子の縁って、奴なのかね」


「知らねぇよ、まったく」


 そうだな、と言って笑う。

 そういえば昔の父はこんな感じだった、あっけらかんとしていて家族のみんなを笑わせてくれる、そして家族の事を一番に考えてくれる父だった。


(高校に入ってからはあんまり話してなかったから、忘れてたんだな……)


「ごめんな、耕汰こうた。お前の気持ちも考えないで、あんなこと言って」


「もういいよ」


 俺も悪かったし、と聞こえない位の声で呟く。


「本当に、ごめん」


 と、父は頭を下げた。


「いいって」


 それからしばらくの間は、昔話をし続けた。



「おっし、行くぞ。ドノヴァン」


 翌日出会ったアーラは、いつもの僧侶服ではなかった。

 白いロングのワンピースは、黒のフード付きの上着と破けたジーンズに。長かった綺麗な髪はざっくりと切られて、ベリーショートになっている。持っていた杖も、腰に付けたナイフに変わっていた。


「アーラ、なのか?」


「他の誰に見えるんだよ、もう傷は大丈夫だろ? ほら、仕事に行かないとレベルが上がらないし、食いッぱぐれるぞ」


 と、ボクシングのシャドーを始める。


「いやいや、なんだよその恰好!?」


「あ? ああ、僧侶でやってたのは男を引っかけて助けてもらう為だったからな。本当はこういうジョブの方が好きなんだよ」


 そうだった、俺がやっていたゲームの大半は元々は父が持っていた物だ。それと母が言うには父の家に遊びに行ったらゲームをやっていて、折角のデートにゲームばかりしているからと何度もケンカになったと言っていたの思い出した。

 ウチの父は根っからのゲーマーだというのを忘れていた。


「それって、アサシンでしょ?」


「お! よく分かったな」


 発見されない様に接近して敵を倒す、見つかっても高速で接近して何度も切りつける。父がやっていたゲームを後ろで見ていた時に、そんな事をしていたのを思い出した。

 それに、RPGでも手数の多いキャラを好んでいたっけ。


「僧侶は男受けは良いんだが、前線に出れなくてストレスが溜まっていたんだ。そうそう、お前は女に気をつけろよ。会った時に鼻の下伸びてて、気色悪かったぞ」


 飲んでいた水を吹いた。


「うるさいわ、ったく」


「お前、彼女いないだろ? そういう所に気をつけないと、モテないぞ」


「余計なお世話だ!!」


 確かに、彼女がいた事は無いが……!


「ほら、行くぞ!」


 そう言って、俺の手を引っ張る。


「ちょ、ちょっと待って」


「いいから、ほら行くぞ!」


 そう言って、無理矢理に外へ連れ出された。

 

 俺は死んだ、その事実はどうやっても変える事は出来ない

 けど、せっかく生まれ変わったのならその世界で生きていくしかないだろう。

 この世界での最初の仲間は父だったが、それもまた面白いんじゃないかと思える日がいつか来るのだろう。

 俺はこれからもここで生きていく、本当に消えてなくなるまで。



 後日、イケメンエルフ騎士と化した母と犬獣人の妹に会いました。

 チャンチャン!


 初めて異世界転生を書きました。

 面白かったでしょうか?


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 ここまで読んで頂きありがとうございました!

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