東郷 1
俺は当初、父親が反対するかと思っていたが、「そうか」とつぶやいたきり特に反対はなかった。
もちろん、「秋の出兵までには戻ってくる」ということを付け加えたことはいうまでもない。
誰もが秋には三川と隠岐の本格的な全面戦争がはじまると思っている。
父親としては、それまでは大きな戦争もないと思っているから、それまで俺の好きにさせて、あとは完全に俺に任せられるのなら、それでも良いと思っている感じだった。
さて、俺は領主の許しももらえたので、克二のところに出向いて、東郷への口利きを依頼した。
克二は相変わらず上機嫌で、俺の依頼を2つ返事で引き受けてくれた。
何でも三川と東郷には交換留学生みたいな制度があり、年に数名互いの学校に入学を許可しているそうだ。
言われて、俺もはたと思い当たるふしがあった。
そういわれてみれば、確かに東郷から来ているという生徒が数名いたはずだ。
ただ、全く彼らのことが印象にない。
時間があまりない旨を相談したら、直ぐに入学できるよう手続きをしてくれることになったが、それでも2週間くらいはかかるという。
俺もいろいろ持っていくものの準備や、俺が不在の間の、旧信夫地方の方針などを決めておかなければならない。
ただ、俺が不在間は若家老片桐慎介が俺を代理をしてくることになったから、何も心配はしていない。
それより、俺は東郷からの留学生が気になったので、信義に「そんなやつらがいたか?」と単刀直入に聞いてみた。
すると、信義は、「若は当初、武の授業に出ていなかったから、あまり記憶にないのでしょう。」と言ってきた。
ただ、それでも後半はそれなりに出ていたし、殆ど記憶にないのはおかしいと思ったので、更に突っ込んでみると、実はと言って、「彼らは一般の生徒とはなるたけ交流を持たないようにしていたのです。」と言ってきた。
そして、その理由を聞くと、何でも、東郷は武を重んじ、子供が6歳になると強制的に親元から引き離し、集団生活をさせ、徹底した英才教育を施すという東郷の独特の体制にあることがわかった。
そして、その中から強い者、強くなりそうな者を選びだし、それがそのまま支配者階級になると聞いて、本当にびっくりしてしまった。
そして、気が付くと、信義に「そんなことが可能なのか?」というわけのわからない質問をぶつけていた。
俺としては、領主の子が領主になる、武士の子が武士になるということが「常識」であったため、信義のいう事があまりに信じられなかったからだ。
信義は当初、俺の質問の意味がわからなかったようであるが、しばらく考えた後、俺が言わんとすることを理解したようだった。
そして、「彼らにとっては武が全て、強さが全てです。だから、強い者が上に立つ。そうして国を強くしてきた、という誇りを持っているようです。」と続けてきた。
それを聞いて、俺はしばらく黙り込んでしまった。
全く想像を超えていた。
それと同時に何故、東郷がこうした体制をとっていることが、他国に広く知られていないのかが逆に不思議に思えた。
信義に聞くと、どうやら領主達支配階級の方でこうしたことはあまり都合が良くないと考えるようで、(当然だろう、下手に、同様の理屈が広まると、自分の息子が領主になれないわけだし、支配階級たる武士も同じだ)、できるだけ知らせないようにしているとのことだった。
だからこそ、東郷からの留学生もあまり俺たち一般生徒とは、交流がなく、俺も殆ど彼らのことを覚えていないということになったわけだ。
ただ、さすがに信義は、彼らに剣の稽古をつけたことがあり、その際に東郷の事情を知ったので、剣術指南役である父親に確認したところ、こうした話を教えてもらったということだった。
信義が退席したあと、俺は1人で考えこんでいた。
実力だけでのし上がることが可能なのか。
確かにこの戦国時代、あまりに無能は領主は排除されることがある。
ただ、それは、わが身可愛さで行うのであって、それ以上のものではない。
同様に、自分の子や一族は特別扱いするのも、ある意味、わが身が可愛いからと言えるからかもしれない。
年をとって動けなくなれば、我が子に頼るというのは良くあることだ。
だが、東郷では全くそれがなく、実力だけで下の者が上の者に勝てるという、本当にそんなことが可能なのか、俺は東郷という国に興味がわいて仕方がなかった。




