幕間 女
小夜は少し機嫌が悪かった。
三川に来てから、やっていることと言えば、基本的に女中見習いようなことだけだった。
たまに、茜や十蔵との練習があるが、そんなもの時間に換算すればたかがしれている。
結果、毎日買い物に行かされ、料理をすれば、ろくに味付けもできないのかと怒られ、掃除などもあまり高い評価をもらったことがなかった。
挙句のはてに、茜との醜聞まで流された日には話にならない。
十蔵も今ではあたしに引けをとらなくなったが、それでもまだまだあたしの方が強いと思う。しかし、十蔵は家事などする必要がない。
同じ家臣で、居候の身なのに不公平だ。
これも十蔵が、男だからか、それとも武士だからか、「おもしろくない、おもしろくない。女ばかり不公平だ。」そんなことをいつも考えていた。
今日も、買い物に行かされている。町ではいつも武士が偉そうにしている。
これは水穂も三川も変わりがない。
目の前で、女の子がよそ見をして走っていたせいか、その武士の1人にぶつかって転んだ。
すると、いきなり武士が怒りだし、顔を近づけて、大きな声で、何かいろいろ言っている。
確かに今のは女の子の方が悪いかもしれないが、だからといって何も子供相手にあそこまでむきになる必要はないではないか。
「やれやれ。」と思っていると、30歳位の女の人が脇からでてきて、「お侍さん、何も子供相手にそんなに腹をたてなくても、よろしいのでは。」と科を作りながら話しかける。
明らかにそっち方面の商売をしている人だと一目でわかる。
見る見るうちに侍の目じりが下がる。
そこに、女の子の母親がやってきて、ひたすら頭を下げてあやまり始める。
侍も気がそがれたのか、「今後気を付けるように。」といってそのまま向こうに行ってしまった。
母親は「ありがとうございました。この子は私の命です。この子に何かあったかと思うと、本当にありがとうございました。」と礼を言い始めた。
ただ、どこかよそよそしい。
そのうち、その母親の身内の人らしい男性が来て、いきなり金を突き出した。
そういう商売の女を下に見ているのが明らかな態度だったので、当然の如く、女の人は怒りだして、「金のためにやったんじゃないよ。」といって金を受けとろうとしない。
男の人は差し出した手をどうしたら良いかわからないまま、気恥ずかしくなったのか、「そ、そうか。」と言って、金をひっこめようとするが、それも恰好悪いと思っているのか、中途半端に伸ばしたままになっている。
後ろでは、母親が気恥ずかしそうに、また頭を下げ始めた。
何とも言えない雰囲気になってしまったので、見るに見かねて「姐さん、久しぶり。」と女の人の腕をとって、そのまま向こうに連れて行った。
「何をするんだい。」と言われたので、「見るに見かねて。」と答えると、「小娘に心配されるようじゃあたしもお仕舞かね。」と言い始めた。
「ただ、あの男の態度はどうしても気に食わない、酒でもつきあいな。」と今度はこっちが腕をとられて飲み屋に向かうことになった。
女は自分の名前が「雅」ということ。昔はこれでも武士の娘だったことなどを勝手に話始めた。
何でも父親が領主に何か意見を言ったかとかで、いきなりお家断絶となり、小さかった彼女は親戚に預けられたが、いづらくなり、気が付いたら今の商売をしていたそうだ。
彼女が言うには、女にしかできない今の商売を特に恥じてはいないが、あからさまに馬鹿にされると、やはり腹が立つとのことであった。
そして、彼女には夢があり、この世界でのし上がって、自分を排除した武士たちを見返してやると言っていた。
ただ、その一方で、「さっきの女の子はかわいかったね。あんな子がほしかった。今となっては、だけどね。あの母親が羨ましよ、あれも1つの女の生き方だよね。」としみじみと言われた時には、本当にかわいらしい顔をしていると思ってみていた。
結構な時間が経ってしまったので、帰ろうかという話になったが、雅の足取りがしっかりしない。
そのせいか、店を出たところで、運の悪いことにさっきの侍とぶつかってしまった。
侍も雅のことを覚えていたようで、「またお前か。」と怒ってきた。
面倒だったので、脇から侍の手の関節をつかんだまま、一本背負いの要領で頭から相手を地面にたたきつけた。
普段なら絶対使わない技だが、相手に顔を覚えられたくなかったので、一発で決めたかったことと、相手の体格がよかったので、少し位無茶をしても平気だろうと思ったが故の荒業だ。
案の定、見た限り平気なようだ。
雅はかなり、驚いた様で声も出ない感じだ。
それを見て、「あんたは女の武器で武士を見返してやると言ったけど、あたしは、強くなる。男より強くなって見せる。そして、できれば武士になりたい。そのうえで、この力で男どもを見返してやりたい。」自然とそんな言葉がでた。
雅は立ち上がると、「面白い子だね。がんばりな。」と肩を叩いて、手をふりながらその場を去っていった。
帰る途中、女の子の母親の様な生き方、雅のような生き方を考えながら帰った。
同じ女だが、皆違う生き方をしている、あたしはあたしの生き方をしたい。
あたしには、力がある。そして、この力がどこまで通用するか見てみたい。
「これが私の行きたい道か。」独り言を言いながら、さっき雅に対して言った言葉を考えていた。
思わず口から出た言葉だが、それはそれで大変な道だとも思った。でもこの道を行きたい、本気でそう思うようになっていた。
「とりあえず、どうしたらよいか、少し癪だが、茜に相談するしかないか。」そんなことを思いながら家路についた。
時期的には、茜たちが三川に来てからしばらく経った頃です。
ふと思ったのですが、あまりに小夜の出番が少ないので、彼女視点で何か書いてみたいと思ったが故の「幕間」です。
次回から第5章に入ります。




