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水穂戦記  作者: 江川 凛
第3章 跡目
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帰国

 情勢はかなり緊迫しており、俺等は間違っても、一人で外に出ることが出来なくなってしまった。

 俺と克二の関係を知らないはずはないから、下手に、秋山家ゆかりの者に会えば間違いなく、喧嘩をふっかけられる。

 下手をすれば、喧嘩で済めば、良かったと思わなくてはならないかもしれない。

 俺は外に出られないから、本当に岩影は重宝した。

 

 いろいろな情報を仕入れてきてくれた。

 例えば、克二と西の方、信三が既に屋敷を引きはらって、青柳家にかくまわれているということ等だ。

 正直、まっ平らなところに建てられた書院造の家なぞ、周りにさえぎるものはなにもないから、火でもつけられたらひとたまりもない。

 更に、内部が無駄にだだっ広く、壁が極端に少ない構造と言うことは、一度に大勢の兵士が通れると言うことを意味する。

 攻めるは易く、守るにはあまり適さないところだ。


 従って、勝一も同様に既に引きはらっているそうだ。

 俺が予想したとおりだったが、最初に逃げだしたのは西の方と信三だ。

 それを見て北の方が逃げだし、克二、勝一と続いたという。

 勝一は最後まで、ここに居続けると頑張っていた様だが、最後は秋山風見に説得されたらしい。

 彼には自分こそ、ここの主という意地があったのだろう。如何にも勝一らしい。


 事態がここまで切羽つまってくると、俺も帰って準備をしなくてはならぬ。

 本来であれば、人質である俺が水穂に帰る等ということは出来ないが、ここまで混乱してしまえば特に問題はあるまい。

 ただ、散々世話になった居候先の主人に何も言わずにいなくなるのは、あまりにも礼を失するので、一言断ってから帰国しようと思った。


 五島家は以前にも述べたおり、代々学者を排出しているところで、それほど高い身分を有しているわけではない。

 そもそも先代から葛川家に仕えた訳で、秋山家、青柳家どちらともあまり深い関係はなかった。

 結果、早々と中立の立場を表明していた。

 だからこそ、俺も一言あいさつをしてから帰国しようという気にもなったわけだが。


 それに俺が、下手にこのままここに居続ければ、内戦が始るや否や、秋山家の兵がここに攻めて来る可能性がある。

 五島家が俺を守るとも思えないが、俺がここにいては巻き添えになる可能性がある。

 何にしろ、早く立ち去った方が良い。


 俺が当主の五島種臣にこれまで世話になった礼をし、別れの挨拶をすると、「私は中立だから、茜を捕まえたり、帰国を妨害しない代わり、帰国を手助けすることもない。」と言われた。

 そして、「このまま、闇に紛れて帰国する。」と告げると明らかに、安堵の表情が見てとれた。


 問題はいつ内戦が起こるかだが、出来ればもう少し猶予が欲しい。

 十蔵は自分の父親の説得には成功したそうだが、他の家臣の説得にはもう少し時間がかかりそうだと岩影を通じて、連絡してきた。

 ここまで来れば、正直開戦に持ち込むのはあまり難しくない。

 どうしようもなくなれば、この前と同じように岩影を使って、少し煽ってやればすぐにでも内戦になるだろう。


 ただ、先に述べたように、水穂の国の都合もあるから、もう少し時間がほしい、その一方で、あまり時間を掛けすぎて、下手に双方が冷静になられても困る。

 準備の時間も欲しいが、あまり遅くなっても困ると言う、なかなか難しい問題だ。


 とりあえず、急いで帰国するにこしたことはない。

 秋山家のせいで、俺が一人で三川国内を移動するのはあまりにも危険になってしまったし、夜ということもあったので、岩影に護衛をつけさせた。

 急ぎだったので、途中の村で馬を入手できるようにも手配をさせておいた。

 どのみち暗闇では馬は乗れないから、明け方頃から乗るとしても、明日の朝のそれほど遅くない時間には水穂の国に着くだろう。


 帰ったらやることは山の様にある。

 皆への説得がうまくいくという自信は全くない。

 しかし、俺が既に克二側についていることが明らかな以上、正直、勝一が領主となれば、水穂の国もただではすむない。

 国を巻き込んでしまったということを考えると、そのたびに怖くなるが、今さらどうしようもない。

 父親にも、腹をくくってもらうしかない。

 そんなことを考えながら帰国の途についた。

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