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水穂戦記  作者: 江川 凛
第1章 水穂の国
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領内探索

 前回は十蔵の講義について紹介したが、今回は別の点について触れてみたい。十蔵の面白いところは単なる知識だけでは役に立たないという考えがはっきりしているところだ。

なかでも絶対の原則といってよかったのが、自分の目で実際に見ないと本当のことはわからないと頑なに信じているところがあった。


そういうわけで「己」、今回は自分の領地を知るために俺自身が自分の目で領内を見るべきとの意見を父親に上申したときは本当にびっくりした。

正直とてもそんな意見が通るとは思っていなかったが、何故か父親はその上申を許し、十蔵と一緒であれば、自由に城下を散策して良いとの許しを出してくれた。


 忘れもしないのは、俺が初めて十蔵と二人きりで城を出た時のことである。着ている服装も普段の絹でできたものではなく、町人が着る木綿の服を着ることになったのもびっくりしたが、駕籠もなく、自分で歩くと言われたときは「本当か」と思わず声に出てしまった。

 ただ、確かにこれまでの様に、駕籠に乗って、家臣を引き連れて領内を見てしても、本当の意味で何も見ることができないというのは、俺自身よくわかっていたので、それ以上は何も言わなかった。


 初めて二人きりで城下に出た時の感覚は今でもはっきりと覚えている。これまでの様に駕籠に乗ってきめられた道筋をたどるだけではなく、自由にどこにでもいける。これが「自由」というものかと思う反面、いつもいる家臣は誰もおらず、頼れるものは十蔵だけ。信頼しているとはいえかなりの心細さを覚えた。

 その時思ったのが「自由」は何もすることができる反面、何でも自分でしなくてはならないという義務も同時に付き従うということであった。

 決められたことに従っていれば、面白くないかもしれないが、結果は予測できるので、最低限度の安心はある。

 しかし、それが堅苦しいとやめてしまえば、全て自分で段取りをしなくてはならないし、結果もどうなるか誰にもわからない、ふとそんなことを思ったものだ。


 初めて自分の目でみる城下はこれまで自分のしらなかったことでいっぱいだった。最初は市街地を見て回ったので、結果、商店から見ることになった。

 「金」というものを初めて見たし、それを使ってものを買うということも初めてしてみた。今にして思えば、見よう見まねで「これを所望する」などと言って、金を出したことも良い思い出となっている。

 実際、値切るということも知らなかったし、言われるがままに金をだそうし、挙句の果てにお釣りをもらうということすら知らなかったのは今にして思うと赤面の限りだ。


 この「金」というものに正直心を惹かれた。金がなければ何もできないということを初めて知った。そして、市井の人々がその金を稼ぐために苦労していろいろあくせくしている様子を見ると、これがそんなに強い力を持っているのかとびっくりしたというのが本当のところであった。


 そのまま市街地を抜け、田園地帯を見て回った。城からは田んぼしか見えなかったので、実際に農作業をやっているところを見たのはこれが初めてだった。

 ひたすら鍬で畑を耕してるところや、夏の暑いさなか、中腰になって、雑草をとっているのは本当に感心させられた。


 確かにこうしたことは、城にしてふんぞり返っていただけでは何もわからなかったと思うし、多分親父殿もそうしてことを考えながら、二人で探索する許可を与えてくれたのかなどとぼんやりと思ったものであった。


 城に帰る途中、十蔵が「如何でしたか?」と聞いてきたので、「初めていろいろ知ることができた。感謝している。」と述べた。

 続けて「何がおもしろかったですか?」と聞かれたので、正直に「金」と「農業」と答えたが、この答えは十蔵にも意外だったようであった。

 というのも、武士は正直、商人や農民を馬鹿にしている。しかし、農業がなければ食べていけないのも事実だし、空き時間で農業を行っている武士もいる。


 また、農業は国の柱という発想もあるので、農業はまだ良い。問題は商業で、どうも武士には彼らを毛嫌いする者が多いのが本当のところであった。

 実際、武士に商人のような金もうけができるかというととても無理なわけである、彼らが誰彼かまわず頭を下げるのを馬鹿にしている様子もあったし、金を借りてはその取り立ての厳しさに逆切れしているとしか思えない者もいた。


 俺に言わせれば、武士は武芸しかできないわけで、それゆえに自分ができない(やりたくない)ということを隠すためにも、商人がやっている商売を下賎の者のすること、自分で何も生み出さす単に他人の作り出したものを運んで売るだけの寄生虫とまで考えている者もいるとしか思えないだけであったが、武士の大多数の意見とは少し違ったようである。


 俺自身は当時そこまで考えてものを言ったわけではなく、城下のあれだけのものを魅了する金に心ひかれたというだけであったが、既にそうした価値観を嫌というほど見てきた十蔵には少し思うところがあったのかもしれない。

 何といっても商人(金を稼ぐこと)を馬鹿にしてきた武士の棟梁の息子である俺が農業はともかく、「金」という武士が本来であれば避けるべきものに真っ先に関心を示したわけであるから。

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