西の方 2
西の方が帰ってくるまでに俺たちもやっておくべきことがあるという十蔵の指摘で、3人で麻生辰則のところに出かけた。
当然、領主が亡くなったばかりのこの時期の面会は渋っていたが、そこは優柔不断な辰則、押しを強くしてやれば折れると思っていたがその通りとなった。
「何の用ですか。」と明らかに迷惑そうな顔で聞いて来る。
克二が、単刀直入に「次期領主には俺を押してもらいたい。」と話かける。
明らかにできるわけがないだろうという表情を浮かべて、何と返事をしたら良いか戸惑っている辰則。
そこで、「青柳新右衛門が俺を押してくれることになっているので、彼に賛成してくれるだけで良い。」と畳みかけた。
辰則は、「そんなことがあり得るのか」という顔をしながら、「そ、それなら。」と納得してくれた。
辰則は秋山風見に普段からあれだけ馬鹿にされているので、辰則が風見に反感を持っているのは、周知の事実だ。
しかし、秋山家にはとても太刀打ちできず、ひたすら耐えるしかなかった。
辰則の顔を見ると、青柳家が味方してくれるというのなら、何とかなるかもしれないと考えているのは一目瞭然だった。
それ以上は説得する必要がなかったので、俺たちはさっさと引き上げることとした。
俺たちが戻るのと殆ど同時に、西の方も戻ったとの知らせが届いた。
疲れているが、そうも言っていられない。
急いで西の方のところへ結果を聞きにいった。
彼女はどこか寂しそうな表情をしながら、「大丈夫、うまくいったわ」と言ってきた。
そして、誰も聞いていないのに、かつて新右衛門が西の方によこした手紙を基に、いつも西の方の代わりに手紙を書いている召使に急いで偽物をつくらせて持参したことまで話だした。
十蔵の方を見ると、十蔵も驚いているようだった。
俺が十蔵から聞いていた話では、西の方が新右衛門と会うことがまず大事で、会った後には如何に北の方が疑念を持つような「証拠」らしきものを新右衛門に見せ得るかということだった。
この世で大事なのは、真実ではなく、真実らしいことだということは俺も良く知っている。
身なりの汚い貧乏人や普段からちょくちょく悪いことばかりしている奴を盗人だと皆が思えば、犯人はそいつになってしまう。
本当は金持ちが盗んだとしても誰もそんなことは思いもしないから、追求もされず、結果裁かれもしない。
同様に、新右衛門が本当に裏切る必要などはないのだ。
新右衛門が裏切りそうだと北の方に思い込ませることができさえすれば、結果として裏切らざるを得なくなる。
十蔵の立てた作戦の要はそこにある。
だからこそ前もって西の方と新右衛門の関係をにおわすような噂をながしていたと聞いている(これはさすがに西の方には言っていないそうだが)。
そして、北の方にその噂を信じ込ませる方法として「手紙の偽造」も1つの例には挙げていたようだが、まさかかつての恋文を基に、手紙を偽造するとまでは思っていなかったようだ。
あまりにも西の方の様子が痛々しかった。
俺たち3人が言葉を発することができないでいると、西の方が「とりあえず成功したのよ。喜びなさい。」と言ってきた。
俺たちは何とか笑おうとしたが、明らかに笑顔が引きつっているのがわかる。
そのあとで、十蔵に向かって「妾はやるべきことを全てやった。どうだ満足か?」と聞いてきた。
十蔵は「感謝申し上げます。」と大きな声で礼を言うと、ひたすら頭を下げ続けた。
それを受けて、思わず俺と克二も、深々と頭を下げ続けた。
そして、麻生家への根回しが終了したことを報告し、早々に退出することとした。
俺たちが立ち去るや否や、西の方の部屋からすすり泣く声が聞こえた。
思わず、十蔵の顔を見ると、明らかに困惑した顔をしている。
俺もあまりのことにかなりの衝撃を受けていた。
ただ、同時に目標を実現するために、手段を選べないとはこういうことかとも思った。
確かに十蔵がたてた計画は俺が持っているもの、使えるものを最大限に利用したものだ。
そして、思ったのが、もし俺に武力があれば、確かにこんな「下策」を使わなくても良かったということだ。
武力がないから、他人をだまして、傷つけるというこんな方法をとらなくてはならない。
「力」が欲しい、俺の意のままになる「武力」が欲しい。
俺はそんなことを思いながら家路についた。




