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水穂戦記  作者: 江川 凛
第3章 跡目
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下策

 俺は居候先に戻るなり、十蔵に尋ねた。

 「信三が襲撃されたが、あれはお前が仕組んだことか!」

 静かにうなづく十蔵。

 「何故だ!お前は何をしようとしている。」俺は怒鳴った。


 十蔵が静かに答える。

 「前に一度申し上げたはずです。若の計画を実現される方法があると、ただし、下策ですと。」

 俺は何も言えなくなっていた。

 「若はどうなさりたいのですか?当初考えた計画を実現なさりたいのではないのですか?」と十蔵が聞いたきた。

 はっきり言って、十蔵の気配に圧倒されていた。

 ただ同時に俺には覚悟が足りなかったことを思い知らされた。

 

 俺は目をつぶって、息を整えると、急に笑いがこみ上げてきた。

 静かに思った「いつもそうだ。俺は何度自分の甘さを後悔すれば気が済むのだ。今回目の前に策を成功させる方法があるというのなら、何を躊躇することがある。」

 

 すると自然と言葉がでた。

 「十蔵、すまなかった。俺が間違っていた。俺たちは勝たねばならぬ。そのためなら、手段を選べるような立場ではない。」

 十蔵も満足したように、俺を見つめてくれている。

 俺は、次に何をすべきか十蔵に聞いた。


 すると十蔵は、「できるだけ早く三者会談をもう一度開いてください。そしてその場で、私を西の方に紹介していただきたい。」と言ってきた。

 確かに、この時期動かねばならぬのはわかるが、何をするのか不安だった。

 すると十蔵はその不安げな俺を様子を見てとったのか「若の当初の計画通り、西の方を使って、青柳新右衛門を寝返らせます。」と言い切った。


 「ただし、このままでは勝一様が後継者ということで決まってしまうでしょう。正式に決まってしまってはすべてが終わりです。」「だから急ぐ必要があります。」と続けてきた。

 確かに、その通りだ。

 これまでは、確かに俺と克二、信三(西の方)の連携がばれることを恐れて表立った行動は控えていたが、今はそれより早さが大事だ。

 そのうえで、十蔵は「西の方には、私から話をします。あまりにも下策ですから」と言ってきた。


 俺たちは夜にも関わらず、克二に「どうしても今直ぐ会う必要がある。」と無理を言って会ってもらった。

 今日信三と俺が襲撃されたことは克二も知っていた。

 克二からは、「西の方は、北の方の仕業だと言いふらしている。」という話も聞くことができた。

 克二が焦っていることは手に取るようにわかった。

 「次は自分が狙われるかも」とでも思っているのだろう。

 俺と十蔵は心配するふりをして、克二の猜疑心を少し後押ししてやるだけでよかった。


 おそらく時間があれば、克二は別のことを考えたかもしれないが、明日葬儀が行われるが、そのあと、直ぐに跡目という話になり、このままで勝一が選ばれることは誰の目にもあきらかだった。

 そうなると、必然的に母親である北の方も権力を握ることになる。

 

 俺と十蔵が「青柳新右衛門殿を味方につける方法があります。」と言うと、克二は半信半疑であったが、それがもし可能ならと食いついてきた。

 そのうえで「時間もないので、詳しいことは西の方と一緒に聞いていただきます。」と言うと、直ぐに一緒に西の方のところにいくことに合意してくれた。


 西の方は、いきなり夜に俺たちが押しかけてきたので、かなりびっくりしている様だった。

 ただ、「昼間信三様のお命が狙われた件」と「それに対する対応策」という話をすると、自分から身を乗り出してきた。

 俺が十蔵を西の方に紹介するが早いか、十蔵はいきなり西の方の近くに寄り、耳元で何かをささやいた。 西の方の顔色が明らかに変わった。


 「それを妾にやれというのか!」いきなり大声を上げる西の方。

 黙って十蔵がうなずくと、西の方はいきなり十蔵のほほに平手をくらわせていた。

 「信三様のためにござります。」静かに答える十蔵。

 西の方の手が止まった。顔にはありありと苦悩の表情が見える。

 「わかった。やりとげでみせよう。ただ、一つ聞かせてほしい。」と西の方が聞いてきた。


 「この策は誰がたてたものだ。克二殿や茜殿は承知の上なのか?}

 「私がたてたもので、克二様や若様はご存知あげません」と答える十蔵。

 しばしの無言の後、「ただ、新右衛門殿が急に会ってくれるか?」西の方が聞いて来る。

 すると十蔵は、「今日信三様が襲撃されたことは新右衛門様もご承知でしょう。西の方様のお命の危険と申し上げれば、会って下さるでしょう。」と答えた。

 

 「本当に食えぬ奴」と西の方はかすかに笑みを浮かべながら言うと、続けて「茜殿は良い家臣を持たれた。」とぽつりとつぶやいた。

 克二と俺は何が起こっているのかさっぱりわからなかった。

 しかし、西の方が「承知した。」と言ってくれた以上、もう俺たちの出る幕はなかったから、キツネにつままれたようにその場を退出するしかなかった。

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