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水穂戦記  作者: 江川 凛
第1章 水穂の国
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十蔵の教え

 さて、この片桐十蔵だが、正直かなり独特の教え方をしてくれた。正直知識面ではかなりの部分を彼の影響を受けており、「父親」という表現を使うことことからわかるとおりどことなく、父親を冷めた目で見てているのも彼の影響であるのは間違いない。

 

 今でも忘れられない教えがある。彼があるとき「敵を知り、己を知れば、百戦するも危うからず」という言葉を知っていますかと聞いてきたことがある。

 父親の影響で俺もそれなりに唐の書物は読んでいたので、喜び勇んで「知っている。」と答えた。


 それを聞いて彼は冷静に「では、意味を言ってみて下さい。」と聞いてきた。

 そこで「敵の味方の状況、現状をきちんとわかっていれば、百戦百勝という意味だ。」と、どうだといわんばかりに答えた。


 すると、彼は「残念ながら違います。」と言って、「では、若様は、10倍の数の敵が攻めてこられたときに、相手の状況と自分の状況をわかっていれば勝つことができますか?」と聞いてきた。

 内心とてもそんなことができるとは思えなかったが、お前が聞いてきたから答えたのだろうと半分意地になっていたこともあり、「罠をしかけたり、火責めなどの計略を使えば何とかなるだろう。」と答えた。


 更に、「自分の領内でそうした計略を行うにふさわしいところを知っていれば、更に成功率はあがるし、そういう意味で己を知っていることは大事という意味ではないのか」と、内心これこそ100点満点の答えだろうと思いながら付け加えた。


 ただ、それに対する彼の回答は予想とは全く異なっていた。「10倍の敵ということは、1人が10人に囲まれることを意味します。若様はそのような状況でどう敵を倒すつもりですか?」と聞いてきた。


 「だからこそ、火責めなどの計略を・・・」と追加したが、では「敵が雨の日に来たらどうしますか?」ときた。

 「狭いところに追い込んで上から岩などを落とす」とも言ってみたが、これは自分でも敵を馬鹿にしきっているとか思えず回答を求める気にもなれなかった。


 その時言われた初めて気づいたが、確かに2倍の敵ということは、まともに考えれば1人で2人の敵を相手をすることを意味する。3倍となれば、1人で3人だ、それだけでも無謀としか思えなかったが、1人で10人となれば、考えたくもない。


 そうなれば、まともに考えれば10倍の敵などどこをどうすれば勝てるのかという話で、最初に聞いてきたコトワザの意味そのものがおかしいのではないかというのが俺の結論となった。

 そこで、その疑問を十蔵にぶつけてみたところ、「もう一度良く考えてみて下さい。『危うからず』といっているだけで、誰も勝てるとは言っていませんよ。」と言われてしまった。


 言われて気づいたが、確かにそうであった。しかし、それはそれでだったら「危うからず」と「勝つ」とはどう違うのかが良くわからなくなったので、今度は素直に質問してみた。


 すると十蔵はそれにはすぐに答えず「そもそも若様は10倍の敵が攻めてきたらどうなさいます?」と聞いてきた。

 正直とてもどうしたら良いかわからなかったので、やけくそになって「自殺覚悟で、突撃でもしてみるか。」と答えたところ、冷静に「0点です。」の答えが返ってきた。


 かなり腹がたったので、「なら、お前はどうする?」と怒りながら聞いたら、「逃げます。」と冷静に返された。

 その時、「はっ?」と下品な声が出てしまったのは今でも忘れられない。「逃げる!逃げてどうする、どこに逃げる」と矢継ぎ早に質問したものだ。


 そこで十蔵はやっと系統だって俺に教えてくれた。彼によると、そもそも10倍の敵に責めこまれるようなこと自体が失格で、きちんと相手の状況を把握して、攻めこまれないようにすることが大事とのこと。

 これは、俺でもわかる、確かに駆け引きは大事だし、攻め込んでいる時に、第三国から攻め込まれでもしたら、返る場所がなくなってしまう。


 十蔵が続けて言うには、それでも、敵が攻めて来ることがあるという話だ。確かにそういう場合もあるだろう、実際、我が国は葛川家に隷属しているので、攻めてこないと高を括っているが、いつ状況が変わるやもしれない。


 そうなると確かに10倍の兵力で攻めてこられるという危機は目の前にあるわけで、そこでさっきの「逃げる」が頭をかすめた。

 確かに10倍の敵に対するなど自殺行為以外の何物でもない。しかし、「逃げる」とは言ってもそれこそどうしたら良いのかという話だ。


 そうした俺をの様子を見て十蔵はおもむろに、「当然逃げると言っても、やみくもに逃げたのでは、食料もありませんし、兵はちりぢりになり、戦力は分散される一方ですから、後ろから掃討戦をかけられるのがおちでしょう。」と言ってきた。


 そのうえで、「ただ、予め準備して逃げるのであれば、違うのではないでしょうか。」と言ってきた。「勝ち目のない相手と戦うのは無理なので、そうであれば、まずは『逃げる』。」「『逃げる』といういい方が気に食わないのなら、『兵力温存』と言い換えても良いでしょう。」と続けた。


 十蔵の言うには、予め食料を準備したり、それこそ敵が容易に入ってこられない断崖に要塞のようなものを作ってそこに逃げても良いということであった。

 確かにそうした場所なら敵が攻めてきても、先に俺が言った「上から岩落とし」の実行可能となる。

 通常の合戦の様に、平野で戦うのなら勝ち目はないが、自分が予め準備したところからしか敵が攻めてこないとなれば、話は違ってくる

 

 そのうえで、「『危うからず』とは勝てるということではありません。敵に滅ぼされないということで、そのための敵が攻めて来るということを予め予測して、それに対する備えをしておけば、何とかなるという意味です。」と続けた。


 感心していると、彼は続けて「そうは言っても先に述べたように、攻められるという自体が望ましくありません。本来であれば、敵を知り、敵の弱点をしっかり見極め、攻めてこられないようにすることが肝心なのです。」と言ってきた。


 彼にはいろいろ習ったが、正直この教えが一番印象に残っており、後々まで俺の戦、引いては生き方というものを左右することになったと言っても過言ではない。 

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