それは夢のような
ゆっくりと、瞼を開ける。
ぼんやりとした視界は彼女の顔を捉えていた。意識は今だおぼろげだが、柔らかい膝の感触は紛れもなく響のものだと認識できる。
「……起きたのね?」
鈴の音のような凛とした、けれども吹けば飛ぶような儚い音。
何度それに助けられたかは分からないその声に安心を覚える。
「晋介…」
膝枕をした状態で微笑む響は優しく俺の頭を撫でた。
「…ああ、うん」
人に触れられるのは好きではない、それはある種の心的外傷に起因する。
だが彼女が触れることだけは抗い難く、気恥ずかしくも心地よいその行為を俺はただ受け入れた。
「久しぶりね、こうやって話すのは」
「そう、かな。いや、そうだった」
彼女だけなのだ。そう、響(晋介)だけなのだ。
「そうよ。七日ぶり」
「そんなにか?」
彼女だけ。
「そんなによ」
こんなにも愛おしいと想うのは。
「ねえ」
「うん?」
「最近……疲れていない?」
そう、なのだろうか。確かに色々と慌ただしい日々だったかもしれない。何しろ住む所も学ぶ場所も交友関係もまっさらな状態からのスタートなのだ。身体の方はともかく、気疲れしていたかもしれない。
「無理をしては駄目よ、貴方は…弱いのだから」
手が、頭を離れ、伝う。眼を、鼻を、唇、顎を。
「だから、ねえ」
響の顔が迫る、俺の首筋を「だから、ね?」淡く咬む。
擽ったい筈なのに笑えない、それどころか背筋が寒くなってくる。そうだ。忘れていた。彼女はとても心配性なのだ。
「っ…あ」
響の咬む力は次第に強くなっていく、八重歯が深く刺さり皮膚が裂け血が浮き出る。
「わたしと、灯を頼りなさい。貴方はとても、弱いのだから」
そう言って響は消えた。
気がつくと俺は立っていた、勿論首に傷はない。
「此処は……」
どこだっただろうか?みたところ普通のリビングだが。
「此処は…こ、こは」
僕の掴んだ、手は、酷く、冷たくて、痛くて、青い、ゆらゆらが僕の、僕の、足を、照らし、た。
「あ、ああ」
大丈夫、大丈夫だから。■、こっちに来なさい。……こ、来い!
「ご、ごめんなさい」
何が悪いんだ、あ、お前が、お前さ「うるさい、すこし黙ってろ、愚図が」
誰かが後ろから抱きしめてくる、誰が、この悪夢を。
「しぃくん。みちゃだめだよ、ソレは僕のやくわりだから」
響とは違う、しっかりとした、暖かな焰の様な…残る、声。
身体を反転させると其処には、灯が居た。
「あかり。これは」
誰の、いや、何の記憶だ?
「関係ないよ、しぃくんには」
つまらなそうに、けれどもどこか悲しそうに灯は答えた。
「もどろ?そろそろ時間だ」
時間、何のことだろう。
「いいから、ぼくにまかせて」
だけど。
「だいじょうぶだから」
………わかった。
灯は両手を俺の顔に被せてくる、指先が這い回りゆっくりと沈んでいく。
めり込んでいく、ああ、目はもう、見えない。
「おやすみなさい」
嗚呼、意識が【浮かぶ】