違和感
「しん…けさ…」
身体を揺する振動で目が覚める。
最初に視界に入ったのは華奢な体格の男子だった。
瞼が重い、暫く目を閉じていれば直ぐに睡魔が襲ってきそうで、必死に眠気と戦いながら声の主をみる。
心配そうに此方に視線を向けてくる彼はどうやら俺の名前を呼んでいるようだ。
「……晋介さん、起きたんですね。急に倒れるから心配したんですよ?」
俺が意識を取り戻したことを気付くと溜息を吐き、脱力して床に座り込む彼はどうやら看病をしてくれていたらしい。
身体を起こすと備え付けのベッドのスプリングが軋んだ音を鳴らした。
「すまない、たしか君は……」
礼を言おうと口を開くも彼の名前が思い出せない。頭に靄がかかったように判然としない、まだ体が本調子ではないということなのか。
「大丈夫ですか、無理はしないでくださいね。まだ何処か痛むようでしたら先生呼んで来ますけど…あ、僕は藤堂です、藤堂優斗。優斗でいいですよ」
「まだ、痛む?」
曰く倒れたらしいが、どうにも記憶が曖昧だ。札島先生に連れられこの【名無し】の寮へ来たのは覚えている。
そこで俺は同居人を紹介されて…。
「ええ、うわ言のように「痛い、痛い」って。やっぱり倒れた時に何処か打ったのかな……熱はなかったけど其れとも…」
何やら考え込んでいる優斗を横目に窓の外へと顔を向けるとすっかり日は陰り月が煌々と辺り照らしていた。
随分と寝ていたらしいと漠然と思いながら優斗に声をかけようと振り向くと同時に硬質なノックの音が鳴った。
来客…か?
「………僕が出ますね」
優斗がドアへと向かい対応する。
相手はどうやら此処の寮母らしい。
はい…ああそう、そんな時間か。分かりました、行きますよ。
長谷部先輩も?…ええ、それくらいなら多分、問題ないかと。
では。
バン、と心なしか乱暴にドアを閉めた優斗は此方を見ながら申し訳なさそうに口を開いた。
「すいません、あの、晩御飯の時間なんですけど。食べられそうですか?もう大丈夫だろうって言っちゃったんですけど…」
小さく縮まりながら恐る恐る切り出す彼を見てると可笑しさがこみ上げてくる。
それ程遠慮することはないのに。まるで何か【あった】かのようにしおらしい後輩に元気づける様に俺は答えた。
「特にこれと言った怪我も無いし、少し眠いけど…大丈夫だ。昼間から寝てたんだろ?昼食も食べてなかったし楽しみだよ」
「そうですか!じゃあ行きましょう、寮母さんのご飯は結構イケるんですよ」
花が咲くという表現が当てはまる様な笑顔で優斗は安堵する。しかし俺はいつの間にこんなに慕われたのだろうか?
間違っても今日初めてあった人間にとる態度では無いと思うのだが…考えすぎだろうか。
まあ、元々人懐こい性格なのだろう。
支度を終え部屋を出る、通路に人は居ない。
おそらく他の住人はもう食堂に集まっているのだろう、急がなければ間に合わないかもしれない。
「じゃ、行きましょうか」
優斗が気付くと鍵を閉め、ポケットに仕舞う。
「そうだな。…ところで俺が倒れた理由はよく分からないが、その前に何かあったのか?」
気になっていた疑問に対する答えは。
「……そうですね、とっても楽しいことがありました」
その言葉と、淡い笑みだった。