抑圧的コミュニケーション
「まあ、聞け」
勉強机に付属されたであろう回転椅子に腰をかけ、背凭れを前に腕を乗せた。
混乱している藤堂は黙って此方に意識を向けている、何をされたか認識しているかも怪しいところだ。
「……君は、幸せな人生を送ってきたんだろう」
「なに言ってん…です、か?」
おや、意外と素直な奴だ。よかった、未来は明るく希望に満ちている。
「凡そ不自由なく生きてきて、蝶よ花よと箱入り娘の様に大事に大事に育てられたんだろう。いや結構、親御さんの優しさが垣間見える百点満点君は【良い子】だよ」
「だから、何を…」
震えた目、怯えた表情。あたかも未知の現象に触れたかの様に藤堂の心は荒れ狂っているのだろう。
挫折を知らず、苦痛を知らず、あれよあれよと形成された人間は増長し驕り、自惚れる。故に。
「良い子だ、とても。親にとっては【扱い易い】よ、全く呆れ果てる。知らないんだろう?屈したことはないんだろう?壁を意識したこともないんだろう?残念ながらそれは今日で終わるだろう」
古い、記憶だ。
気味が悪い、
気色が悪い、
お前なんか、
お前なんか、
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■だ。
握り拳を机に振り下ろす、鈍い音が鳴ると同時にびくりと体を竦める藤堂は次第に嗚咽を孕んだ声になる。
叩く、叩く、リズミカルに、一定の感覚で拳を振り下ろす。
叩く、
叩く、
叩く。
作業的でありながらも何処か喜悦を孕んだその行為は、【私】の昂ぶった感情を抑制する効果はあった。
尤も彼には逆効果だった様で、涙腺は決壊し大粒の涙を頬へ這わせた。
「っい、意味が、わからなっ…」
いつ迄震えているつもりなのやら、待てども救いは来ないのに。
いつ迄泣いているつもりなのやら、待てども答は出ないのに。
「分からないなら教えてやる。何度でも、解るまで教えてやる」
【私】は半端者は嫌いだから。
腰を上げ、藤堂のもとへ歩み寄る。ゆっくりとしかし確実に、距離が縮まっていく。
「許して…くだっ、さい。もう生意気な、口はっき、ききませっ、んから」
高い、高い声。耳障りな、声。
キンキン、キンキン、キンキンと、なんとまあ五月蝿いこと。
「今更だ、今更なんだよもう遅い。……君は最初の一歩を間違えたんだ、ああ【可哀想に】」
だから。
だから、そう。
【私】の餌食と化したのだ。
頭を挟む様に両手を添え、ゆっくりと力を込める。
「っあ、かっ、ひ」
泣くなよ、傷付くだろう?
「藤堂」
きりきり、きりきり、ギリ、ギチリ。
「やめっ、いた、いっ」
「とうどー」
ぎゃり、ぎやり、ギャアリ、ギャリ。
「聞こえな……アタマいたっ」
「とおどお」
ぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎる
「あ」
「とうどおぉおお‼︎」
ギ、ギ、ギ、ギ。
……………はい。
「こっちを見ろ、私の眼をみろ」
…………はい。
「聞こえない、大きな声で」
………はい。
「口が開いてない震えを止めろ歯を鳴らすな五月蝿いぞ」
……はい。
「もっと、おおきなこえをだして?」
…は「聞こえねぇんだよ‼︎私が出せって言ったら出すんだよ‼︎喉から!血が出るくらいの!大きな‼︎大きな‼︎声を出せ‼︎出来んだろ?やれんだろうが張り上げろ‼︎」
はい。
「?」
は、いっ。
「…………?」
はいっ。
「 」
はいっ‼︎
元気良く、大きな声で、溌剌と。
私はそっと手を離し、彼の髪を撫でた。
なんだ、やればできるじゃないか。
「君の名前はなんてーの?」
「とうどうゆうと、じゅうろくさいです!すきなたべものはハンバーグです!」
そっか、ハンバーグ美味しいもんねぇ。
「はい!」
けどね藤堂君、年上の言うことは聞くもんだよ。
「はい!」
「私が質問してねぇ事柄に答えてんじゃねえよ愚図」
「はい!」
ああ、どうしていつもこうなのだろう。
私はとても楽しいのに、【彼】はとても悲しんでいる。
エアコンの駆動音が、酷く耳障りだった。