1話
「期末までに数学見てもらえる?」
「ん、じゃあ昼休みにでも」
学校の校門付近で幼馴染の近江 夕莉に言われた。 高校に入っての初めての期末試験。 ここで躓いてしまえば、これからの授業にもついていけるか不安も残る。 それに3年後にはまた受験をしなければならない。 高校に入る時にも経験はしたが、あの苦悩をまた味わうと思うとこれからの内申点がとても大切になってくる。 少しでも楽に大学に入りたい。 推薦がほしい。
だから初回のテストから良い点をとらないといけない。 それは俺に限った話じゃなくて、夕莉を含む全学生に関わってくる話だ。
「中学でも数学ダメだったね。 また躓いてるの」
「国語と英語は得意なんだけどね……」
綺麗に整った顔を少しだけ曇る。
周りから微かに「あの子、可愛くね。 ってか隣のやつだれ?」とヒソヒソ話す声が聞こえる。 夕莉は、入学した当初から男子に注目されている。 入学式の日なんかは、全クラスの男子が夕莉を見に教室に押しかけていた。 夕莉は夕莉でどう反応したらいいのか判らず、気付かないふりをして俺と話していた。
「あっ、得意とか言っといて英語……辞書忘れた」
「貸してやるよ、教室にあるから」
「サンキュー! 静は頼りになるね!」
「はいはい」
子供の頃から仲が良くて、気がついたら大切な存在で————。
中学の時、夕莉に泣かれたことがある。
『誰ともつき合うつもりはないのに……。どうしよう、このままじゃ一人も友達……いなくなっちゃう』
『俺がいるだろ』
『うん……そっか』
涙を拭いて夕莉が微笑む。
『ずっと友達でいてね……、静』
だから俺は友達でいることを約束した。
「辞書ありがとー。 助かっちゃった」
「次は忘れんなよ」
2時間目の終わりの休み時間に夕莉が俺のクラスに来て辞書を返しにきた。 「それじゃ、昼にね」と言って夕莉は自分のクラスに帰っていった。
「いいなー。 近江ちゃんに頼られてー」
「いい加減、そこ代わってくれよー」
「毎回うるさいぞ、お前ら」
事あるごとに友達に、はやし立てられる。 慣れはしても、うざいことには変わりない。
「中村さーん! 隣のクラスの立花さんが話しあるってー!」
またか……、どいつもこいつも。
「俺と付き合ってください!!」
昼休み、立花と名乗った男子が夕莉に告白した。 まわりの女子は黄色い声をあげ、男子は息を飲んでじっと夕莉の返事を待っている。
夕莉は立花の顔を見ずに下を向いたまま、縮こまっている。
「立花君は……、お友達としか見れません。 だから……ごめんなさい」
「近江!」
呼び止めようとした声を無視して、夕莉は去る。 取り囲んでいた人もスっと道を開けて、ヒソヒソと友達と話しをしだす。
「……よぉ」
「静……」
なんとなく声をかけた。 俺が立花に『近江とはつき合ってない』と言ったから、こんなことになった。 その責任からというか、フォローをするために。
「立花君……、ちょっと良いなって思ってたのにな~」
「近江さんかぁ、確かに可愛いけどさぁ————」
そばで女子が話していたことに、夕莉はビクリと肩を震わせる。
「あー、とりあえず離脱するか」
「うん……」
去り際に立花の様子を見ると、何とも言えない表情でこっちを見ていた。 それを他の男子が安心しきった顔で慰めていた。




