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駐在裏日誌  作者: 吉四六
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あなたにするわ。

この世とあの世の境。

 富田の言っていることが飲み込めずにいる円山に、富田は話を続ける。

 富田の瞳は、どこか遠くを眺めたままだ。


 「遥か昔、あそこに見える美玉山に一匹の大蛇がいました。大蛇は不思議な力を持っていて、時に嵐を巻き起こして川を氾濫させたり、山に入り込んだ人間を喰らうなど、村人たちに恐れられていました。

 

  その大蛇がどこからか、村長の娘が大変美しいという噂を聞きつけ、人間の侍に化けて村に現れたのですが、娘の美しさに心を奪われ、身分を偽って村長に近づき、とうとう娘と結婚したのです。


  二人の間に男の子が生まれたころ、妻を騙している罪悪感に堪えられず、大蛇はとうとう自身の正体を妻に明かしましたが、大蛇の告白を妻は笑って許しました。しかし、偶然近くで大蛇の告白を聞いてしまった使用人が、村長に告げ口をしてしまいます。

 

  村長は烈火の如く怒り、大蛇の首を刎ね、自分の娘と孫を村か追放しました。侍に化けていた大蛇は首を刎ねられると術が解け、元の大蛇の姿へと戻りました。そのとき、村長は大蛇の立派な牙に目をつけました。近隣の地域で一番の腕を持つ刀鍛冶にその牙で一振りの刀を打たせ、大蛇退治の証として家宝にしました。


  大蛇の首は美玉山に葬られたのですが、その後、奇妙な事件が起きるようになりました。戦に行ったはずの若者や、行方不明になっていた者が、突然村に帰ってくるようになったのです。始めは村人たちは大いに喜んでいましたが、そういう者が帰ってくると、必ず誰かが亡くなり、さらに帰ってきたはずの者もいつの間にやら姿を消すようになったのです」


 富田は視線を落とし、少し暗い表情を浮かべつつも、はっきりとした口調で円山に語り続ける。


 「それだけではなく、村で誰かが亡くなると、立て続けに人が亡くなるようになったのです。村人たちは、死者が道連れを求めているのだと噂し、恐れるようになりました。そんなある日、また戦に行ったはずの男が帰ってきましたため、恐れをなした村人はそれぞれの家に身を隠しておりました。


  すると、やはりしばらくしてその男の親族が亡くなったのですが、その親族が亡くなった深夜に、男が村の門を出て行くのを村長が見つけました。こっそり後を付いて行くと、男は美玉山へと登っていき、やがて小さな祠の前で足を止めたのです。

 

  その祠は、村長が殺した大蛇を奉っているものだったのですが、にわかに祠が妖しく光ったかと思うと、大きな黒鉄の門と、村長が殺したはずの大蛇の首が現れ、男にこう言ったのです。


 『手形は持ってきたか』と。すると男は、黙ったまま自分の胸に手を突き刺しました。が、男の胸からは血が流れることはなく、突き刺さった手が引き抜かれたと同時に、死んだはずの男の親族が男の隣に現れたのです。大蛇の首は、二人に対してこう言いました。


 『貴様らの村で生まれた者は我が呪いによって、死しても易々と彼岸に渡ることはできぬ。彼岸に渡れぬ魂は穢れを生み、穢れた魂は永遠にこの世を彷徨い、苦しみ、この世に穢れを振り撒く。穢れた魂に堕ちたくなければ、手形となる魂を我に捧げ、冥土への門を開かねばならぬ。恨むなら、我を殺し、我から愛しい妻子を奪った村長や、村人どもを恨むがいい』


  大蛇がそう言い終えると、突如として辺りに眩いほどの光が満ちました。村長は思いがけない事に目を閉じましたが、次に目を開いたときには、大蛇の首や死者たち、そして冥土へとつながるという門も忽然と消えておりました。村の異変が、村長が殺した大蛇の呪いのせいだと知った村長は悩み苦しむこととなりました」


 立ち話に疲れてきたのか、富田は庭に埋められている岩に腰を下ろす。

 小さく一つため息を吐き、さらに話を続けた。

 

 「そんなある日、一人の若い僧侶が村を訪れました。村長は、藁にもすがる思いで僧侶に大蛇の退治を懇願し、僧侶はそれを承諾します。僧侶は、村長から家宝である大蛇の牙の刀を借り受けると、その日の晩に大蛇の祠へと向かいました。

 

  そして三日後の朝、僧侶は満身創痍の姿で村へと帰還しました。僧侶は村長と村人たちに、大蛇を祠に封じることはできたものの、呪いを完全に解くには至らず、また、冥土の門も彼岸に還すことはできなかったと伝えます。しかし、僧侶は村人が呪いから逃れる方法を村へ伝えました。

 

 『村で生まれた者が亡くなった時は手厚く弔い、決して粗末に扱ってはならない。手厚く弔えば御仏の加護により大蛇の呪いから逃れられるが、正しく弔われなければ呪いにより、冥土の門をくぐるために生者を道連れにしたり、村に災いを招くことになる。


  村で生まれた者が、村を出て行った先で亡くなり、正しく弔われなかった場合にも呪いを受ける。それを防ぐには、村へ帰ってきた死者の胸を、この刀で貫かなくてはなりません。大蛇の牙から打たれたこの刀にも、大蛇の力が宿っています。その力で呪いを断ち切ることができるだろう。


  貫かれた者が死者であれば、呪いが解けて成仏できるが、生きている者であれば当然命を落とす。死者を見分けるには清浄な場所が必要。すぐに村に寺を築き、怪しいと感じた者は必ず仏堂に通しなさい。御仏の前に進み出ることができない者が、大蛇に呪われている死者である。


 村人たちよ、呪いを恐れるな。大蛇を子々孫々奉り続けるのだ。それが死者や大蛇の供養であり、そなた達に課せられた業なのだ。私の言葉を、後世まで伝え続けよ』


  僧侶は最後の力を振り絞って村人へ伝え終えると、ついに力尽きその場で息絶えました。すると僧侶の亡骸は突如強い光を放ち、やがてゆっくりと大蛇の牙の刀へと吸い込まれていきました。その後、ただちに村に寺が建造されると、村に命の恵みをもたらした僧侶を讃えて惠光寺と名付けられ、大蛇の牙の刀も惠光寺にご神体として奉納されたのです」


 話し終えると富田は、ゆっくりと、まっすぐ円山の目を見つめた。

 「これが、この村に伝わる言伝えであり、掟でもあるのです。私たちは先祖代々、この掟を守り続け、今日に至るまで呪いによって命を落とした者はおりませんでした。・・・ですが、あなたが会った早苗ちゃんは、呪いから逃れることができず、道連れを求めて彷徨っているのかもしれませんね」


 富田は何を言っているのだろうか、所詮言伝えに過ぎないではないか。

 円山は富田の話を理解することができないが、そんな馬鹿なと一笑に付すこともできずにいた。

 澱む意識の中に、ある言葉が浮かんだ。


 ―――あなたにするわ。


 初めて松本早苗に会ったとき、彼女が放った言葉である。

 彼女は、一体何のつもりでそう言ったのだろうか。

 混乱していた脳内が徐々に平静を取り戻し、浮かんだ疑問を突き詰め始める。


 ―――弔われなかった死者は、道連れを求める。

 ―――松本早苗は、父親が不在の間に母親の無理心中に巻き込まれ、今日に至るまで誰にも発見されていなかった。

 ―――松本早苗は、未だ誰からも弔われていない。正しく弔われていない死者は、道連れを・・・


 「―――俺は道連れに選ばれた、ってことか」

 「選ばれた、ですって?」

 円山が苦々しげに吐き出した言葉に、富田の瞳が驚愕により大きく拡がっている。

 オカルト好きの円山は、幽霊の存在を信じていたというよりも、その存在を願っていた。

 本音のところでは信じてなどいなかったのだ。もしいたら、を想像して楽しんでいたに過ぎなかった。

 それが今回の事件で一変することになってしまった。

 すでに死んでいるはずの人間と会ったという矛盾と、奥田が言っていた、彼女が曰くつきの祠の前に立っていた謎、そして彼女の放った言葉が持つ意味。

 それらが何なのか、わかった。わかってしまった。

 

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