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駐在裏日誌  作者: 吉四六
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プロローグ

 「おう、マル。課長が呼んでたぞ。引き継ぎ済ませたら出頭な」

 

 皐警察署地域課に所属する円山正まるやま ただしは、交番勤務を終えて皐警察署へ戻ると、先輩である伊藤に声をかけられた。

 

 「マジですか…僕、何かしましたっけ?」

 「さぁ。逆に何もしてねぇから呼び出しくらってんじゃねえか?」

 

 からかう伊藤に、ため息で返事をする。

 円山は高校を卒業後、夢であった警察官となり、今年で勤続9年目になる。

 現在は巡査長という立場であり、少なからず後輩も抱え、若手の中では中堅である。

 それなりに真面目で、正義感も強いものの、いまいち要領が悪く、勤務実績は中の上止まりであるが、人当たりが良く、同僚だけでなく、住民からの評判も良い。

 しかし、ここ最近は目立った成果が挙げられずにいた。

 

 「課長はバリバリの地域畑だからなぁ。そろそろまずいとは思ってたんですよ」

 「でも、機嫌は悪くなかったみたいだし、さっさと顔出してこいよ」

 

 地域課長の緒方は高卒であるが、類い稀なる取締り手腕で数々の功績を挙げ、常に現場の警察官の先頭に立ってきた人物である。

 地域課長となった今でも、ふらりと外出したと思えば、何らかの被疑者を捕まえて戻って来るほどである。

 誰よりも現場を愛し、部下を愛する人物だが、怠惰な者には容赦がない。

 だが、かといって無理難題を押し付けることはしない。

 やる気のない者には自信がないだけ。ならば自信をつけさせてやるのが上司の仕事である。

 その信念のもと、やる気のない部下と共に管轄内を走り回り、惜しみなく自身の技術を実践してみせ伝授する。

 そうすることにより、部下の士気と技術が高まるだけでなく、緒方への信頼も強まり、現場の警察官は安心して職務に励むことができるのである。

 円山も緒方のことを尊敬しているものの、熱血ともいえる緒方に対して、若干の苦手意識があるのも事実であった。

 

 「お疲れさまです。課長、お呼びですか」

 

 恐る恐る、円山は課長席で決済文書に目を通していた緒方に話しかける。

 

 「おう!お疲れさん。まぁ、ちょっとそこに座ってくれるか」

 

 円山に労いの言葉をかけつつ、課長席横に置いていたパイプ椅子をすすめる。

 円山が椅子に座るのを見届けると、緒方は卓上からファイルを取り出した。

 ファイルには、円山の名が記されており、それが円山の身上記録表であることがわかった。

 

 「円山は、駐在所勤務に興味ないか?」

 

 緒方は前置きも無く、唐突に円山に質問した。

 

 「駐在所、ですか?はい、まぁ警察官を目指した理由でもあるので、前々から興味はあります」

 

 駐在所とは、複数の警察官が交代で勤務する交番とは違い、一人の警察官とその家族が居住しながら勤務するものであり、交番と自宅が一つになっているというものである。

 円山の父親も元警察官であり、駐在所勤務の経験があった。さらに、円山は父親が駐在所勤務していた頃に生まれ、幼少期は父親の働く背中を見て育ったため、自然と自らも警察官の道を志したのであった。

 ただし、今の円山には駐在所に赴任する資格はないのである。なぜなら。

 

 「ですが課長、私はまだ独身なんですが…」

 

 そう、駐在所は警察官と、その家族が赴任することになっているのである。

 単独で全ての業務を担当しなければならず、公私両面で支えてくれる家族がいて初めてできる勤務なのである。

 しかし、円山は未だ独身であり、女性というものに縁がない生活を送っていた。

 人当たりがよく、どんなに仲の良い女友達が多くても、いつも『いい人』止まりで終わってしまうのだ。

 つい先日失恋したばかりである円山の脳内に『ごめんなさい』の言葉が甦る。

 暗い影を落とす円山の顔に緒方は口を近づけ、小さく呟く。

 

 「そうなんだけどな、実は、酒井駐在所の奥田さんが急に異動することになったんだ。まだ誰にも言うなよ」

 「え!?そうなんですか!?」

 

 奥田は円山が警察学校を卒業して初めて赴任した警察署で直属の上司であった。

 4年前に円山が皐警察署へ異動するまでの間、丁寧に面倒を見てもらっていた恩師でもある。

 かねてから駐在所勤務を希望している話も聞いていたが、ついに念願が叶い、2年前に偶然円山のいる皐警察署へと異動すると同時に、酒井駐在所に赴任したのである。

 円山の驚きの声に同僚達が注目し、せっかくの配慮を台無しされた緒方が、大きくため息をついて円山から視線を逸らす。

 

 「よくわからんが、奥さんが駐在所勤務をやめないなら離婚すると言って聞かないらしい。奥田さんが言うには、ある日の朝、突然泣き喚きながらそう迫られたみたいで、事情を聞いても全く答えてくれないもんだから、俺に相談してきたんだ」

 

 緒方はそこまで言うと円山に向き直る。

 

 「で、申し訳ないんだが、来週から次の駐在所勤務員が決まるまでの約半年間、臨時として円山に酒井駐在所で勤務してもらいたいんだが、お願いできないか?」

 「えっ!!無理っすよ!なんで俺なんすか!?」

 

 円山は敬語を忘れるほど驚くが、それも仕方が無いことである。

 まだ円山は25歳と若く、階級もまだ巡査長になったばかり、まさにぺーぺーに毛が生えたような立場である。

 それに比べ奥田は45歳の係長(階級では警部補)であり、ベテランである。

 それがいきなり、全ての業務を単独でこなさなければならない駐在所勤務をしろと言われて、動揺しないはずがないのである。

 緒方もそれを理解しているために、円山の発言に目をつぶる。

 

 「次の異動期まで、奥田係長が単独で勤務を続けることはできないんですか?」

 「そのつもりだったんだが、奥田さんが異動を強く希望していてな。最近、奥さん妊娠しただろ?長年の不妊治療の甲斐あっての妊娠だからな、大事にしたいんだろう」

 

 緒方のその言葉に、円山は押し黙る。

 円山も、以前から奥田が子どもを欲していたことや、やっと子どもを授かった時の喜び様を知っているからである。

 

 「…私以外の既婚者から、希望者を募る事はできないんですか」

 

 少しの沈黙の後、円山が言葉を発する。

 

 「ああ、一家まるごと引越して来ての赴任だからな。引越し作業がある分、すぐに赴任することもできないし、何よりこんな急な話だからな。奥さんの承諾が貰えるとは思えない。一人暮らしで引越しが容易であり、駐在所勤務に理解のある円山が適任だと思ったんだ。半年間、何とかお願いできないか」

 

 緒方がまっすぐ円山の目を見て懇願する。再び訪れるわずかな沈黙。そして、

 

 「わかりました。その代わり、引越し費用とかの必要経費は、署で持ってくれますか?」

 「もちろんだ!その点は会計課と話がついてる。ありがとう、本当に助かった!」

 

 緒方がほっと安堵した顔で円山の両手を握りしめる。

 

 (はぁ…言っちゃった。まぁどうにかなる、のかなぁ…?)

 

 笑顔の緒方に対し、円山は心中穏やかではないが、引き受けた手前、どうにか笑顔を作って握手に応えていた。

 

ど素人作品ですが、ご感想、ダメ出し何でもコメントいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

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