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第九話 二号、ちょっと怒る

 めったに実家に戻って来れないというのに、帰ってくるたびに京子に叱られているのは何故だ?


「……」

「……」


 そして今も俺の目の前にはしかめっ面をした京子が座っている。しかも実家の寺の本堂で。


「だから俺は知らないって言ってるだろ」

「だったら何でキーボ君の横にこんなものが山積みなのよ」


 まるで汚いものを見るように俺と俺の横に山積みにされた個人出版らしき漫画の山に視線をやる。描かれているのは世間で言うところのボーイズなんちゃら、BLとかいう内容の漫画だ。


 最初は誰か商店街の住人がネタにでもされたのか?と笑っていたのだが、描かれていたのは一号と二号のBL話。しかも中の人ではなく青いヤツ同士の。最初に見た時はさすがに眩暈がした。誰が描いたのか知らないが絶対に才能を無駄にしていると思うんだ。


 それが何故だか本堂に鎮座しているきキーボの横に山積みとなっていたわけだ。


 何でと言われても困るんだな。今日、久し振りに帰ってきたら本堂に置いてあったんだから。そして京子はよりにもよってそれを俺が持ってきたものだと思っているらしい。付き合いは長いんだから俺にはこういう趣味が無いのは分かっていそうなものなのに。


 そんな訳で京子に禅問答みたいな状態で問い詰められている。知らないものは知らないんだから白状のしようもないんだが。


「知るかよ。お前も知っていると思うが俺は今朝方こっちに戻ってきたんだぞ?」

「分かってるわよ」

「……本当に分かっているのかねえ、お前」

「どういう意味よ」

「とにかくだ、そんなに俺が信用できんのなら、まあなんだ、婚約の話は保留ってことにしようぜ」


 俺の口から出た言葉に京子が唖然としたのが分かった。こっちは無い時間をやりくりして戻ってきているというのに、帰ってきたら帰ってきたで訳のわからないことで責められていい加減にうんざりだ。


「こういうのが積み重なったら任務で連絡が取れなくなった時にお前、俺の浮気とか疑うようになるだろ? あれやこれや口さがない噂話が好きな連中は何処にでもいるからな」


 実際そんなことで責められたとしても何処に居たか言えない時が必ず出てくる。そんな時に信用してもらえないとなれば、これからさき夫婦なんてやっていられない、今からこんな状態ではとうてい無理だ。特に自分が希望している部隊への転属希望がかなえば尚更のこと。


「そういうことだから、しばらく会うのも無しな」


 そう言って立ち上がると京子を残して本堂を出た。母屋の方へ行く途中で心配そうな顔をした義姉がこちらを見ながら立っている。


「そんなわけで義姉さん、俺、予定を切り上げて今日は駐屯地に戻ります」

「恭一君、ちゃんと落ち着いて話し合った方が良いと思うんだけど」

「俺は落ち着いてますよ。京子に変な趣味があると思われたのが少しばかりショックだっただけで。ああ、あと本の中味を見てビックリしているかな。じゃあ、オヤジ達によろしく言っておいて下さい」


 部屋に戻り荷物を手にするとそのまま家を出た。


 やれやれ無理して休暇とったのにな、無駄になっちまったか、こいつも。ジャケットのポケットに入れてあった小さな箱。中には指輪が入っていた。私と恭ちゃんの間でそんな格式ばったものなんて必要ないわよと言って必要ないと言われたものの、やはりそこは男としてのプライドというか顕示欲というか、ちゃんと婚約者には婚約指輪をはめてほしいと思うわけで。


「待ってよ、恭ちゃん!!」


 背後で声がして京子が追いかけてきた。


「なんだよ」

「なんだよって……その、だから疑ってゴメン……」

「謝罪は受け取っておく。だけどしばらく距離を置こう。昔と違って何でもかんでもお前に話せるという訳じゃなくなったんだ。お前も冷静になって本当に自衛官の配偶者になれるか考えた方がいい」

「そんなのずっと考えてきたことだよ、私は恭ちゃん以外の人のお嫁さんになんてなりたくないんだから」

「だけど今回みたいなことが続くようなら無理だ。今回は単なる漫画本だがきっともっと厄介なことで俺を疑ったりするようになる。こっちは言い訳が出来ないんだからな、信用してもらえない状態で夫婦でいたってしかたないだろ。とにかくしばらく考えろ。次に戻って来た時に答えを聞かせてもらうから」

「次って今度はいつ戻ってくる?」

「半年後、かな」


 ますます実家に戻れなくなるからきちんと話をしておきたかったんだが仕方が無い。キーボの中の人のことも自治会のおっさんと話しておきたかったんだけどな。


「心配するな、お前が答えを出すまでは他の女に手を出すとかしないから。じゃあな」


 そう言って寺の門をくぐった。


「……またオヤジに会い損ねたな……」



+++



「あれ恭一、さっき実家に戻ってきたんだよな」


 駅に向かう途中で昼間のランチの看板を出していた嗣治さんと出くわした。朝、こっちに戻って来た時にも顔を合わせたばかりだ。ちょうどその時は嗣治さんが出勤途中の桃香さんに弁当を渡しているところだった。


「ええ。休暇を切り上げて駐屯地に戻ります」

「何かあったのか?」

「いえ、個人的な事情でして」


 アハハと笑って見せた。なんとなく色々と腹が立っていて笑う気分ではなかったんだが、だからといって嗣治さんに当たるのも筋違いだし、とにかくいつものように笑っておく。


「京子ちゃんと何かあったのか?」


 さすが年上、鋭いな。


「いやあ……。もしかしたら婚約破棄になるかもしれないっすよ俺達」

「は?!」

「そんなわけで半年間の冷却期間ですよ」


 いやあ参ったなあと笑ったが嗣治さんの方はこちらを心配そうな顔をして見詰めている。


「あ、どっちが浮気したとかそういう話じゃないので、その点はご心配なく」

「ちゃんと京子ちゃんと話し合ったのか?」

「そういう話以前の問題でして」

「おいおい」

「半年後にきちんとケリはつけるつもりなんで、それまでは皆には黙っててもらえますか」


 俺の言葉に嗣治さんは溜息をついた。


「……分かった。だが早まって間違った結論を出すなよ」

「大丈夫ですよ、俺だっていつまでもガキ大将じゃないんだから。ちょっと自治会の御隠居に話をしてきます。当分は戻れないんでキーボの中の人を誰かに変わってもらわないといけなくて」

「それ、一号には話したか?」

「いえ。仕事絡みで詳しいことが話せないんで、桜木の御隠居だけに話しておこうと」


 普段はあの温厚な面立ちだから忘れがちだが、桜木のご隠居さんも少し違うが俺の先輩にあたる。そのことをあそこの奥さんは知っているんだろうか……などとふと疑問に思った。


「何処で何をするにも体には気をつけろよ? ちゃんと飯は食え」

「はいはい。まあ今いる駐屯地は飯だけは美味いしたくさん食えるんで……」


 じゃあと言って、桜木茶舗と櫻花庵の御隠居がいるであろう駅前のコミュニティセンターに向かうことにした。キーボのこともだが今回のことを御隠居達に相談してみるかなと思いながら。

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