第六話 第三種接近遭遇
引き続き白い黒猫さんのアイディアを安住君視点でお送りします。
孝子の苦いクッキーでジタバタした後、自宅に戻って青いヤツの中から出ると一息ついた。暑いし足はズキズキするしで、シャレでもなんでもなく気分はちょっとブルーだ。とりあえずシャワーだけでも浴びてこようと、足を引きずりながら本堂から自分の部屋へと歩いていく。
「恭一、足の具合がひどくなってないかい?」
檀家の法要から戻ってきた兄貴が、心配そうに声をかけてきた。
「万引き野郎を捕まえようとして、走ってちょっと無理した」
「いくらお前が頑丈だからって無茶はいけないよ? ちゃんと治療に専念しないと、他の人に迷惑をかけることになるんだろう?」
「そりゃそうなんだけど」
「そのへんは昔と変わらないな、恭一は」
「それ、どういう意味だよ」
「んー……元気すぎて手がつけられない、かな」
「すみませんねえ、いつまでもガキじみてて」
「いやいや。いつまでも可愛い弟でいてくれるから僕は嬉しいよ?」
そう言うと、兄貴はいつもの菩薩の笑みを浮かべて、俺の頭を撫でてきた。兄貴、俺もう二十歳超えなんだけどな。
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風呂に入ってさっぱりすると、痛み止めの薬を飲んでテーピングをやり直し黒猫へと向かう。酒は飲まないが、ウーロン茶ぐらいはあるだろう。なにをしにいくか? そりゃ、一号の仕事振りを偵察しに行くに決まってるじゃないか。
店に入ると、接客をしている東明君を横目に、カウンター席へ向かった。こっちの方が座るのが楽だし。客からオーダーを聞いていたやっこさんは、振り返った先に俺を見つけてギョッとした。おいおい、あんまりな反応じゃないか。
「よお、素では初めまして」
「二号、さん?」
「安住です、初めまして」
「あ、どうも、東明です」
なんとも妙な雰囲気でお互いに挨拶をしてカウンターの椅子に座った。頭を下げた東明君の動きがピタリと止まった。ん?どうした?
「安住さん、足、どうしたんですか?」
「ああ、これ? 訓練中にドジって」
足を引きずっているのに気がついたらしい。
「怪我してたんですか?」
「軽い捻挫ていどで、大したことないから……」
「なんで、怪我していたのにあんな無茶したんですか!」
「この程度の怪我はいつものことだし、大したことないさ。ま、あと一週間ぐらいで元通り」
っていうのは、昨日までの診断での話なんだよな。今日あんだけ暴れまわったら、もしかしたら少しは伸びるかもしれない。とは言え、それは俺の問題でこいつには関係のないことだ。
「大事な身体じゃないですか! もっと大切にしないと!」
「俺はもともと頑丈な人間だからさ、そんな心配すること無いんだって」
なにやらブツブツと呟きながら、カウンターの向こうでウロウロしている。おーい、どうした? 体にいいもの? いや、ほら、これ捻挫だから。日にち薬だから。おーい、東名くーん、聞いてるか―?
「別にこれ、東名君のせいじゃないんだからそんな気にすること無いんだぞ?」
東明君はキッと俺に目を向けた。
「今、スムージーでも作りますから座っていてください!」
「お、おう……?」
なんか怒られたぞ? そんな彼の意外な反応に驚いてマスターを見ると、ちょっと困ったような面白がっているような笑みがかえってきた。
「マスター、俺、あいつを怒らせた?」
「いや。多分ね、ユキ君は安住君のことを心配しているんだと思うよ。彼、自分の感情を表現するのが下手だから、あんな風に怒ってしまったんだと思う」
怒ったわけじゃないのか、それを聞いて安心した。で、問題は東明君が言っていたスムージーってやつだ。スムージーってなんだ? しばらくして、東明君が持ってきたのはグラスに入った緑色の飲み物。無言で差し出されてどうしたものかと考える。だってアレだぞ? さっき孝子にえらいモン食わされて、悶絶したばかりなんだぞ? 大丈夫なのかよ、これ。まさかヨモギ入りのヨモーギーとか言わないよな?
「なあ東明君、これは……」
「キウイとリンゴを使ったスムージーです、おいしいですよ」
まだ怒ったような口調だ。
「そっか……ヨモギじゃないんだな?」
「違いますよ」
恐る恐る飲んでみる。……うま味い。
「うまい」
「良かったです」
ようやく東明君の笑った顔を見ることができた。そしてそれが、初めての彼の笑顔だったことに気がついたのは、自宅に戻ってからだった。
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「ところで安住さんはなぜ、自衛隊を志したんですか?」
しばらくして東明君が質問してきた。
「なぜ? そうだなあ……。別に使命感に燃えてとかそんなんじゃなくて、とにかく昔っからなりたかったんだよ、自衛官に。知っての通り実家は寺で、オヤジは殺生をする職業なんて認めないってんで、いまだに認めてくれてないけどな」
「初志貫徹ってやつですか、凄いですね」
「なかなか思うような仕事につけないって、愚痴っている高校時代の同級生とか見てると、自分がなりたいと思っていた職につけたことは、すごくラッキーだったと思う。そう言えば、そっちも就職活動中だっけ?」
そう言ってから、よけいなお世話だったかなと一瞬だけ思った。高校の同級生が就職活動で随分と苦労しているって話も小耳に挟むし、安住は公務員だし景気に左右されなくてうらやましいよなってこともたまに言われる。まあたしかに左右はされないが、逆に景気が良くなってもそんなに待遇が良くなるわけでもないんだがな。そんなにうらやましいって言うならなってみるか?と聞きたくなる。ま、泥水を飲んだり蛇食ったりする覚悟があるならな。
「はい。でもなかなか。最終面接までいくんですが」
俺の心配をよそに東名君は普通に答えてくれた。
「ふーん。俺と違って、そういう面接官のウケ良さそうに見えるけどな」
そんな言葉に困ったように笑う東名君。
「でも、理由はなんとなくわかるんですよね。熱意を感じないのでしょうね、俺に。その企業に、何が何でも働きたいという想いが見えないから、最終選考で落とされるんだと思います」
本当のところ、本人がどう感じているかなんてのは本人でないからわからないけど、意外と冷静に分析しているんだなと感心した。……いや、東明君のほうが年上なんだよな、感心したなんて言い方は失礼なのか?などと思いつつ、作ってくれたスムージーとやらに口をつけた。
「なにかやりたい事とかないのか?」
そう言うと、少しだけ悩む仕草をしながらフッと笑った。
「それが無かったから、大人になって慌てて探している状態なんでしょうね。モラトリアム状態?」
「いいんじゃね、それで。見つけるのが早いか遅いかってだけの違いだろうし。俺は、たまたまやりたいことを見つけるのが早かったってだけで。そのかわり、今は地獄の一丁目に立っている気分だけどな」
笑っているが東明君、本当に地獄なんだぞ? いや、もしかしたら地獄のほうが天国に近いかもしれん。
「でもさ、本当にやりたいことだからこそ頑張れるんだ。だから東明君も焦って妥協するよりも、とことん自分のやりたいことを探せば良いんじゃないのか?と俺は思う」
「そうなんですかね……」
「そうなんだよ」
「安住さんが言うと、本当にそんな気がしてきました」
「気がしてきたんじゃなくて、そうなんだって。これ、兄貴の受け売りだから間違いない」
受け売りなんですかーとちょっと残念そうに笑う東明君。
「俺より兄貴の方が説得力あるでしょ、なにせボウズだし。毛はあるけど」
俺の言葉に笑っていたが、手元のグラスが空になっているのに気がついて、一瞬だけ店員の顔に戻った。
「あっ、グラス空ですね。次、なに飲みます? 果樹園スムージーとか、フォレストスムージーにとか、南国スムージー、北国スムージーとかもありますけど」
おいおい、どんたけあるんだよ。
「もしかしてスムージー縛り?」
「いえいえ! なんでも好きなの言ってください。あっ、そろそろ焼きたてのキッシュもできあがるはずですし」
そういうわけで東明君と俺は友人となり、東明君には気の毒なことなんだが、二人そろって京子に叱られることが増えたわけだ。
東明君視点でのお話は白い黒猫さんの【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】で描かれるので、その時をお楽しみに♪