第五話 キーボ君捕り物帖
白い黒猫さんのアイディアを安住君視点で書かせていただきました。
「あのさあ、俺に遠慮して出ないとか無しだからな? 俺が戻ってこれない時にピンで出るのはしかたがないとして、二人そろってる時に、せっかく一号二号でセットにされてるのを片割れしか出ないって、なんだかおかしいだろ?」
「はあ……」
「はあじゃないだろ。兄貴ならもっとシャキッとしろシャキッと」
「恭一、口調が仕事モードになってる」
「あ……すみません」
醸さんの言葉に思わず謝った。普段が厳つい男ばかりの職場だから、つい口調が荒ぶるわ。まあ、なんていうか一号は普通のお兄ちゃんで、さっき見た感じでは、どちらかと言うと繊細な感じの青年だ、しかたないか……俺のほうが年下みたいだけど。
篠宮の倉庫に到着すると、おっさんがにやにやしながら待っていた。なんとなく腹が立ったので、台車から降りるなり頭突きをしてやる。
「だっ、おまっ、なにしやがるっ」
「うるせー、にやにやしてるからムカついたんだよ、文句あんのか」
「まったく、おめーは昔から変わらんヤツだな。一号、こいつの真似だけはするなよ、バカがうつるぞ」
「うつるかっ、行くぞ、一号! おっさんの近くにいるほうがバカがうつる」
一号の手をつかむと、そのままノシノシと歩く。あら、一号ちゃんと二号ちゃん仲良くお出掛けかい?と声をかけてきたのは、櫻花庵の先代の婆ちゃん。小さい頃はよくわらび餅をおまけしてくれたっけな。
「櫻花庵のわらび餅、食ったことあるか?」
「いえ、まだです」
「できたてはすっげー美味いから、一度買いに行ってみな」
「へえ」
今日のキーボ君の仕事は、駅前広場に来ている献血車に人を呼び込む手伝いをすること。あちらのユルキャラも来ると言っていたから、賑やかなことになりそうだ。そんなことを考えながら歌を口ずさみながら歩く。
「あの二号さん、俺達、マスコットだから歌声は……」
「細かい事気にするなって♪ なんなら大声で歌ってやってもいいぞ?」
「遠慮します」
即答かよと言おうとしたら、なにやら前方で騒がしくなり、本屋から若い男が飛び出してきた。本屋の店主が飛び出してきて泥棒と叫んでいる。なに泥棒か、よし任せろっ!
「え、ちょっと」
一号が慌てて俺を引き留めようとしたみたいだが、そんなことおかまいなしに走ってきた男に向けてダッシュすると、そのままジャンピングアタックをかましてやった。どうだ参ったかこの野郎。っつーか、兄ちゃんよ、それ有名なグラビアアイドルの載っている月刊誌、それとエロ本? なんつーかファン心理ってやつだろうが、そんなもの万引きして恥ずかしくないのか?
俺の下敷きになった男はまだ逃げる気満々なようで、じたばたして下から這い出そうとしている。
「このっ、おとなしくしろっつーのっ」
このキーボ、手が短いし指がないから、しっかりと相手を捕まえられないんだよな。この手、誰か改良してくれないだろうか? あれ? 俺まだ入る気でいるのか? いやそれよりも足だ足。さすがにダッシュするのは早かったかもしれない。
「おい一号、ちょっと手伝えっ」
「あ、はい」
俺に呼ばれた一号が小走りで近寄ってきたんだが、慌てたせいかびっくりしたせいか、途中で足がもつれてこちらに倒れ込んできた。
「わあ」
「わ、ちょい待ちっ」
こっちも引っ繰り返ってるから支えられないっつーの。あ、兄ちゃん良いタイミングで這い出てきたな、もうちょっとそっちへ行け。俺の下から這い出てきた兄ちゃんのケツを、引っ繰り返りながら押して一号の方へと押しやる。そしてナイスなタイミングで、一号は兄ちゃんの上に倒れかかった。もしかして俺達って天才じゃね?
そこへいち早く駆けつけた派出所の真田さんが、万引き兄ちゃんを確保してくれた。そして後ろには、あきれた顔でこちらを見下ろしている京子。みなまで言うな、わかってるって、反省してます。
「二号だけかと思ったら一号君もなの? 二号のマネはしちゃ駄目って、誰かに言われなかった?」
「いえ、その、マネっていうか転んでしまって……」
お、素晴らしい言いわけハッケーン!! 兄貴、天才!
「そうだよ、俺も驚いて転んだんだよ。な、一号?」
「え、ああ、そうです、僕も二号さんも騒ぎに驚いて転んでしまって。そしたらたまたま、さっきの人が下にいたっていうか……」
ため息をつく京子。
「つまりは、二人そろってタイミングよく転んだ時に、これまたタイミングよく?さっきの万引き犯が下にいたってわけ?」
「「そうです」」
「まったくもう……」
「あ、京子」
「なによ」
「篠宮のおっさんちに電話して、台車の派遣頼んでくれ」
「ちょっと、転んだだけなのよね?」
「ん? ああ、ちょっと助走つけたかもな」
そんなわけで、結局は京子から移動中に散々お説教を食らうことになったわけだ、何故か一号も一緒に。派出所にはさすがに入らないってんで、連行先は中央広場なんだけどな。そんな俺達の様子を店内から見ていたのか、京子が帰っていってからトムトムの孝子がやってきた。
「なんだ?」
「紬さんがね、これ二人にって」
「?」
「あ、いい子メダルだ」
渡されたものを見て俺が首をかしげていると、一号が嬉しそうな声をあげた。
「いい子メダル?」
「言葉通りのメダルで、たまに紬さんがくれるんですよ。集めたらいいことがあるらしいです」
「へえ……俺達の勲章みたいなもんか」
店に体を向けると紬さんが窓越しに手を振ってきたので、二人そろって振りかえす。
「それと、これは孝子からのごほうび」
そう言って差し出されたのは星形のクッキー。黄色やピンクの砂糖かなにかでコーティングされている。
「へえ……うまそうじゃん」
「……」
「ん? 一号は食べないのか?」
「僕は……」
「恭一君、食べてみて」
「おう」
孝子がうしろのファスナーを少しだけ開けて、クッキーをつかんだ手を突っ込んできた。手作りのクッキーか。たしか孝子はそっちの専門学校を卒業した、ん、だよ……な?
「にっがぁぁぁぁ!! たかぁこぉぉぉぉ! これ、なにいれて作ったんだぁぁぁ!! よもぎかぁぁぁ?!」
「あれえ?」
「あれえじゃねーよ! おい一号、お前、知ってたな?!」
「え? いや、なんでしょう、僕は食べる機会が今まで無かったので……」
とにかく水! いや、なんか甘いものっ! 慌ててトムトムへと走っていくと、紬さんがオレンジジュースでもどうぞ?って差し出してくれた。
お蔭で足の痛みも吹っ飛んだけどさ、孝子、お前、それなんとかしろっ!!
東名君視点でのお話は白い黒猫さんの【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】で描かれるので、その時をお楽しみに♪