第四話 デートのお誘い?
白い黒猫さんのアイディアを安住君視点で書かせていただきました。
「俺さ、一号の中の人に直接会ったことあるっけかな?」
休みの日、京子に居酒屋で昼飯をおごらされている時に、ふと疑問に思ったことを口にした。最近は、休みで戻ってくるたびにキーボ君の中に入ってくれと頼まれて、休みが休みじゃなくて正直つらい。そんなことが続いたせいか、訓練中に足をやっちまって現在は治療中。あー……情けない、ちょっと自信を無くしそうだ。
「どうかな。恭ちゃん、黒猫さんには行ったことある?」
「いや。俺、今は休暇中でも酒は飲まないから」
「え、いつから禁酒してんのよ」
「いやいや。禁酒ってほどのことじゃなくて、体調を万全にしておかないと訓練中に事故るから。せっかく念願の部署に異動になったんだ、怪我したら元も子もないだろ? 今は怪我をして治療中なわけだけど」
まあ早い話が、訓練中に集中力が切れて、ちょっとした崖から落ちたわけだ。動けなくなっていたのを、同じ小隊の森永一尉にしょわれて戻るなんて、ちょっとした屈辱。ああ、一尉が嫌いだとかそういう意味じゃなくて、誰かにしょわれてってのが、ってことだけどな。普段は無茶振りする教官にも、今度ばかりはきちんと治療して休めとまで言われ、少し気味が悪い。
「びっくりしたわよ、松葉杖で帰ってくるんだもの」
「本当はさ、飛び跳ねて帰ってこようかと思ってたんだけどな。ちょっと大袈裟なぐらいのほうが、京子が心配してくれると思って、いてっ」
頭をはたかれた。
「もうっ! 気をつけなさいって、あんだけ言ったのに」
「一応は俺、怪我人なんだぞ? なんで昼飯をおごるのが俺なんだよ。普通はお前だろ?」
「心配させた罰です」
「納得いかねー……。ところで最初の話に戻るが、一号の中の人。最初に一緒にイベントに出たっきりで、俺は一緒になったことがないんだが、忙しいヤツなのか?」
たしか、バイトをしながら就活中らしいって、聞いたような気はするんだがな。だがそんなヤツに、いくらなんでも婦人会の面々が中の人を頼むはずもないし。
「一号君は安住君に遠慮して、安住君がいる間は、キーボ君の仕事をしていないみたいよ?」
そう口を挟んできたのは、ここの女将の籐子さん。この人とも随分と長い付き合いのはずなんだが、年齢不詳だよな……本当の年は何歳なんだろうな。
「そうなんですか? てっきり、休みで戻るたびにかり出されるのは、一号が忙しいからだと思ってましたよ」
なんだよ遠慮って。一号のほうが俺より先に活動してたんだろうに、なんで遠慮なんてするんだ?
「奥ゆかしいのは日本人の美徳だっつーけど、すぎたるはナンチャラだよな」
「ちょっと変なこと考えないでよね。その顔、絶対に悪だくみしてる顔でしょ?」
「あ? 親睦だよ親睦。悪だくみじゃないだろ」
「またそんなこと言って。籐子さん、なんとか言ってやってくださいよ。恭ちゃん、絶対によけいなことを考えてるに決まってますっ」
「仲良きことは美しきかなって、昔の作家さんも言ってることだし、ここは安住君に任せておいたら?」
「ほら、籐子さんはわかってくれて……いてっ、だから蹴るなっつーの!」
まったく足癖の悪い女だよ、こいつは……。
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そして次の日、足をきちんとテーピングして具合をたしかめてから、本堂に待機中の青いヤツのところへと向かう。まったく怪我人だっつーのに、篠宮のおっさんは本当に人使いが荒い。
「おはよ、恭一君。着るの手伝うよ?」
「うぉえあ、お義姉さんっ」
いつの間に後ろにっ。もしかして、俺よりレンジャーに向いてるんじゃないのか?
「お、お願いします」
「今日は出るの早いんだね。駅前広場まで、台車で連れて行ってもらうんじゃないの?」
「一号を迎えに行くんで」
「ああ、なるほど、ユキくんのお迎えか。ご苦労様」
ユキ君と言う名前なのか、東名君は。いつもの墓地の中を通り、商店街の東西の通りに出ると、目指すは根小山第一ビルヂング。あ、いいこと思いついた。
「おーい、おっさん」
篠宮酒店の前で、店内にいるおっさんに声をかけた。
「なんだ。えらく早いじゃねーか。っつーか、その格好でしゃべるなって言っただろ」
「ちょっとタクシー頼まれてくれね? 行き先は根小山第一の裏」
「なんでまた……」
「一号のお迎えだよ、お迎え」
俺の言葉に、合点がいったとばかりにニヤリとするおっさん。
「しゃーねえなあ……倉庫で待ってろ。台車に乗っけてってやっから」
もちろん運転手代わりはおっさんではなく、息子の醸さんが買って出てくれた。いや、おっさんに押しつけられたかな。
「すみませんね、醸さん」
「いや。こっちこそ、怪我して帰ってきてるのに、無理言ってごめんな」
「まあ、この程度のことは無理とは言わないですし、うちでは」
そんなことを話しながら、裏通りを俺を乗せた台車がゴロゴロと進む。途中で旅行者さんみたいな一行とすれ違った。ゆめくらに泊まってた客だな。すまないな、昼間からこんなシュールな光景をお見せしちまって。
根小山第一の駐車場に到着すると、醸さんにお礼を言ってビルの中に入った。おお、つっかえないぞ素晴らしい。たしかこの時間なら、黒猫の開店準備とか言ってたな。エレベーターに乗ると、幸いなことに車椅子用のボタンもついているタイプだったので、この状態でもボタンが押せた。
フロアについてドアがあくと、おお、いたいた、東明君。こっちを見てギョッとしている。
「よう一号、そろそろ時間だぞ、準備しろ」
「え?」
「え?じゃねーよ。せっかく一号二号で兄弟キャラなんだから、一緒に楽しまなきゃダメだろ。あ、猫ママ」
店から出てきた奥さんが、俺を見て驚いた顔をしている。
「急なんですが一号の中の人、緊急出動よろしいですか?」
「あらまあ、わざわざお迎えに? だったら上で待っていてくれる? さすがに三人で上には上がれないから」
「了解です」
事態を把握し切れていない東明君と、即座に事態を把握した猫ママは三階へ。その後、俺は一階へと戻って駐車場へと出た。そこには醸さんの姿が。
「あれ、帰ってもらっても良かったのに」
「少しでも足の負担を軽くしたほうが良いだろ? 角までは乗せてくよ」
「すみません」
「なんのこれしき」
しばらくして、なんとなく困ったぞという態度の一号がビルから出てきた。
「遅いぞー、いくぞ、兄貴っ!」
「……俺、兄貴ですか?」
「だって一号だろ? 普通は一号が兄、二号が弟だと思うけど。ねえ、醸さん」
「そうだな……それに多分、実際の中の人の年齢もそうだと思う」
「「えっ?!」」
二人して固まったのを見た醸さんが、おかしそうに笑った。
「やっぱ兄弟だな、変なところでシンクロしていて面白いぞ、一号と二号って」
「そうっすか? ま、お互いの歳のことはまた改めて話し合おう、一号」
「はあ……」
そんなわけで、俺達二人は商店街へと繰り出した。
東明君視点でのお話は白い黒猫さんの【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】で描かれるので、その時をお楽しみに♪