第三話 二号と愉快な仲間達
こちらのキーボ君の背景は白い黒猫さんからお借りしています。
「プッ」
「グッ」
目の前にいる矢野と下山が、なんとも言えない顔でこちらを見ている。
「マジで安住?」
そう言って手をのばし、グワングワンと俺を揺するのは下山。
「揺らすなっ」
「うはっ、安住の声がした! マジかっ」
目の前で、こちらを愉快そうにながめているのは同僚の矢野と下山。今はオフで見た目は民間人だが、同じ年に自衛隊に入隊し、現在は同じ偵察隊に所属している。そして来月からは、共に第一空挺団に配属されることになった、気の合う仲間だ。
「はー……自衛官以外にも面白いことをしてるんだな、お前」
矢野が、少しあきれたように言った。
「別に好きでしてるわけじゃねーよ。子供にはまとわりつかれるは、オッサンにはどつかれるは、しかもトイレに行くのも一苦労なんだぞ、こいつ」
そんなことを話していると、中学生の一団が通りかかった。以前のイベントで、ユルキャラなんてダサいとか言っていた連中だ。ちょっと冷めたことを言うのが大人だと勘違いしている、今時のガキンチョなんだな。ま、何年か前の俺達みたいなものだ。
そして準備運動には丁度良い相手だ。
「またいた……」
そう嫌そうな顔をするなよ小僧ども。ちょっと遊んでいかないか?とばかりに、ジャンプしながら手を振って愛想をふりまいてやった。矢野と下山が怪訝な顔をして、ガキンチョ共と俺を交互に見ている。
「なにする気なんだよ、お前」
「ユルキャラはな、子供達と仲良く遊ばなきゃいけないんだとさ」
「……なんかお前、良からぬこと考えてるだろ……」
「なんだ、遊んでやるだけだぞ? 子供達も大騒ぎして喜ぶんだからな」
そう言って軽くその場でジャンプしてから、ガキンチョ共めがけてダッシュした。俺は実際に見たことないんだが、この青いやつが薄笑いを浮かべながら、ダッシュして自分のほうへとやってくるのは、相当怖いらしい。
そんなわけで、ガキンチョ共がウギャーッとかギャーッとか言いながら逃げ出した。こういう時の集団心理というのは面白いもので、全員がなぜか同じ方向、しかも商店街のメインストリートをまっすぐに走っていく。もっとばらけて逃げれば良いのにな。ま、最初にターゲットを決めているし、商店街から逃げようとても、先回りするから無駄だけどな。自衛官をなめんなよ? あいつらはこっちの正体を知らないけど。
ガキンチョ共を追いかけている途中で、買い物の途中らしい、ひょろりとした端正な顔の男とすれ違った。たしか一号の中に入ってる東名君だったか? 早く交代しろよ、そろそろ俺はあきてきたぞ? 最近、休暇のたびに、こいつを着なきゃいけないのはどうしてなんだ?
「ちょ、なにその早さ、マジ、有り得ねぇぇぇっ!」
逃げながら叫んでいる男子生徒。この程度で走る速度が落ちるかっつーの。手は上げらけないが、足の部分は見えないだけで、けっこう動くようになってるんだぞ? そら行くぞ、キーボ君ジャンピングアターックッ!!
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「……で?」
「ん?」
なぜか俺は、パトロール中だった京子に派出所に連れて行かれて尋問中。しかもキーボ君のままで。最近になって、こいつを着たまま座れるようにと、背もたれのないパイプ椅子まで用意されるようになった。はたから見ると、座っているキーボ君もなかなか可愛いらしい。
「最近、キーボ君二号が、中学生を見るとダッシュで追いかけくるらしいって、変な都市伝説みたいな噂話が流れているんだけど」
「そうなのか。すごいな、キーボ君は伝説にまでなるのか」
「関心してる場合じゃないでしょ?」
そっと手を中に引っ込めて携帯を引っ張り出す。こういう時は着ぐるみってのは便利だな。とにかく矢野にたのんで、台車で回収してもらわないと。さすがに疲れた。
「ちょっと、恭ちゃん、聞いてる?」
「ああ、聞いてる」
メール打ってるけどなー。
「まあ、子供達は喜んでいるみたいだから良いけど、怪我人が出たら問題になるんだからね?」
「ちゃんと手加減してるだろ? 俺が手加減せずに頭突きを食らわすのは、篠宮のオッサンぐらいだよ」
さっきだって、本気でジャンピングアタックしたわけじゃない。ポーズはしたものの、悲鳴を上げたガキに頭突きを軽く食らわせただけだ。あっちは腰を抜かしてたみたいだけどな。
「そういうことじゃないでしょ? あんまり暴れ回ると、そのうちクレームがくるわよ?」
「俺はめったに出てこないから問題ないだろ。普段はお行儀のよい一号オンリーなんだし。それより京子、お茶くれ。走りすぎて喉がかわいた」
「もう……本当に反省してないんだから……」
「なんだよ、冷めたお子様達ともそうやって、うまくコミュニケーションをとってるんだろ? お蔭で、あいつらもイベントに参加するようになったって言うじゃないか。二号のお蔭だろ」
「そりゃそうだけど……、はい、お茶。こぼさないでね」
京子は後ろのチャックを少しだけさげて、中にコップを突っ込んできた。それをありがたく受け取る。
「これ、中にポケットとかついてるんだよな。誰か中で住むつもりなのか?」
「知らないわよ、そんなの」
派出所のドアが軽くノックされる。体ごと振り返れば、矢野がこちらをのぞき込んでいた。
「お迎えが来た。お茶、サンキュー」
コップを後ろからチョロリと出す。
「恭ちゃん、ほどほどにね?」
「わかってるって。んじゃ」
矢野が開けてくれたドアを通ろうと体を横にしてみたが、来た時と同じでやはりつっかえた。ふむ、縦も横も大して幅は変わらないのか……。そして俺は、ふたたび中途半端な場所で立ち往生だ。
「なあ京子、ここの派出所のドア、もうちょっとなんとかならないか?」
「なんでキーボ君の、しかも二号の為だけに派出所を改装しなきゃならないのよ。奥の部屋まで行く道を作ってあげただけでも、感謝してほしいぐらいなのに」
「ここに来るたびにつっかえるのも困りもんだぞ……」
「知らないわよ、押すわよ」
「って蹴るなって! いくら外から見えなくても、警官がユルキャラを蹴るってどんなんだよ」
「中が恭ちゃんなんだもの、かまやしないわ、よっ」
えいっとばかりに一蹴りされて派出所の外に飛び出た。酷いあつかいだな。
「あ、そうだ。京子、こいつら紹介しとく。俺の同僚で矢野と下山。矢野、下山、こっちは三宅京子。俺の幼なじみだ」
「初めまして。恭一がこれ以上バカなことをしないように、ちゃんと見張っててくださいね、お願いします」
大丈夫ですよ普段のこいつは真面目ですから~と矢野が答え、下山が俺を大きめの台車に乗せた。
「まったく……なんで俺達がお前のお迎えなんだよ」
「たまには良いだろ、民間人のお手伝いだ」
「お前は自衛官だろうが」
そんなわけで、台車に乗せられて商店街を進む俺の周りには、ふたたび子供達が集まってくる。普段はむさい野郎ばかりの職場なんだ、たまにはこういう雰囲気も楽しいだろ? そう聞いてやると、矢野も下山もなんとも言えない微妙な顔つきになった。