安住君のある年の冬期休暇
勇一が生まれて二度目の年末年始、森永隊長がどんな手段を講じたのかは知らないが珍しく世間並みの日程で冬期休暇をとることができた。なかなかまともな休暇がとれない今の部署でいかにして隊長がその休暇をもぎ取ってくれたかに関しては、今後も隊長と楽しく付き合っていきたいのならば知らない方が良いんだろうな、きっと。
「しかしなんつーか、独身の時とあまりの待遇の変わりっぷりに明日から大雪にでもなるんじゃないかって心配になってくるよな。こりゃ毎日きちんと天気予報のチェックはした方が良いかも」
そんな罰当たりなことを呟きながら駅の改札口を抜けると、駅前広場には賑やかに飾られた巨大クリスマスツリーがそびえ立っていた。これが二十五日が過ぎた途端に巨大門松に変わるんだから不思議だ。一体誰がいつ取り換えているのやら。
「いつのまにやらキーボ君がいるのがお決まりになってるなあ……」
ツリーの飾りの中にはこの周辺地域ではすっかりお馴染みになったあの青いヤツの姿もある。
「パーパー!! パーパーパ―!!」
ツリーを眺めていると派出所の方から元気な声が聞こえてきた。ん? 今の、気のせいか「パ」が一つ多くなかったか?
声のする方に目を向けると、派出所前に設置されたベンチに座っている京子に抱かれた勇一が俺の方を見て元気に手を振っていた。まだ一歳だというのに、制服姿の俺が分かるらしい。いや、制服だから俺と分かったのか? どっちなんだろうな、あまり深く追求しない方がいいような気がしてきたぞ?
手に持っていた重たい荷物を肩にかけなおすと足早に二人の元に向かう。
「おかえり、恭ちゃん。時間通りでびっくりだよ」
京子と勇一の前に辿り着くと、二人の頬と鼻のてっぺんが寒さのせいか赤くなっていることに気がついた。
「寒いのに外で待ってたのか? 確かに到着時間は知らせておいたが俺が電車に乗り遅れたらどうするつもりだったんだよ」
「恭ちゃんのことだもん、何が何でもこの時間に到着するために根性で電車に飛び乗るはずだって思ってた。それにさっきまで真田さんちでお茶とお菓子を御馳走になってたから外に出たのは電車がホームに入ってくるちょっと前なの」
そう言いながら京子が手を振る。振り返れば芽衣さんが店先でニコニコしながらこっちを見ていた。
「おいおい、芽衣さんちは託児所じゃないんだぞ? 商売の邪魔になったらどうするんだ」
「ブー!! 今日はクリスマスリースを作る教室の日だったからお商売の邪魔は問題ありませんー」
「ブーブーブー!! パーパー、ブー」
京子の言葉に反応した勇一が嬉しそうにブーブーと口真似をした。
「ねー、勇ちゃん、せっかく二人でお迎えに来たのにパパったら薄情者だよねー? もっと言ってやって、ママが許すから」
「ブ ――― !!」
おいおい。
「何でお前達二人の心配をした俺がブーなんだよ、勇一。ほら、行くぞ、本格的に体が冷える前に帰ろう。本当に風邪でもひいたらどうするんだ。せっかくまともな日程で休暇がとれたっていうのに寝込んだ二人の面倒をみて休暇が終わるなんて御免だからな」
「そこは日頃から苦労をかけているお前達のことを謹んで看病させていただきますと言うべきでは?」
「なんでだ」
子供が生まれたのに不在がちで京子一人に苦労をかけているのは自覚しているが、それとこれとは別だろうって話だ。せっかくの休みなんだぞ、三人でちゃんと正月を迎えたいじゃないか。それがたとえ三人きりじゃなく実家の両親や兄貴達、京子の実家の家族に囲まれて少しばかり騒々しい三が日だったとしても。
「とにかく布団に伏せったままで年越しなんてとんでもないぞ。ほら、勇一が鼻水たらしてるぞ、大人の俺達はともかく勇一が風邪をひいたらどうするんだ」
よだれか鼻水かいまいち分らないが多分これは鼻水だ。京子は持ってきていた手提げからガーゼのハンカチを引っ張り出すと勇一の口元を拭く。つまりお前はこれを鼻水ではなくよだれと判断したわたけだな、京子?
「えー、せったかくだし三人でおやつでも食べていこうよー。トムトムさんでケーキ食べるの楽しみにしながら出てきたのにー」
やっぱり。京子、お前の本当の目的は絶対にそっちだろ?
「勇一が鼻水たらしているのにか」
「お言葉ですが今のは鼻水じゃなくてよだれです」
「はあ、まったく。そして俺に勇一の面倒をみさせてケーキをむさぼり食う算段なんだな?」
「だっていくら気晴らしに出掛けてもいいわよってお義母さんやお義姉さんが言ってくれても、勇一をおいて一人で出掛けるのは気がひけるんだもの」
「つまりはむさぼり食うつもりなんじゃないか」
呆れたやつだなと呟くと京子はニッと笑った。
「ごちになります。あ、もちろんクリスマスプレゼントとは別腹で」
「ちっ」
「ちっ?! まさか本気でそうしようと思ってた?!」
京子が信じられないという顔をする。
「わがままなカーチャンへのクリスマスプレゼントはそれで十分だと思ったんだけどな」
「ひっどーい。もしかして私にはプレゼント無しとか?!」
「その可能性も否定できない」
「ちょっとーー!!」
もちろんちゃんと用意はしてあるが。
「それでどうするんだよ。その可能性も否定できない状態でもケーキ食うのか?」
「食べたいです」
「やれやれ。困ったカーチャンだな、おい。どう思う?」
そう言いながら勇一の頭を撫でた。
+++
トムトムがあるのは商店街のほぼ真ん中にある中央広場と呼ばれている場所の一角だ。そして実のところ駅前のクリスマスツリーより中央広場にあるツリーの方がでかい。しかも何ていうかここしばらく色々と愉快な方向に独自の進化を遂げている。そして今年のツリーも去年とは一味違っていた。
「……なんでてっぺんにあれがいるんだ?」
俺の視線の先、でっかいツリーのてっぺんには何故か小さなキーボ君が鎮座していた。
「キーボ君はこの商店街のシンボルだからじゃない?」
「クリスマスツリーのてっぺんは星だろ……」
「キーボ君の頭に星がついてるんだから同じことじゃない、てっぺんに座っているキーボ君の頭の上に星があるってことはツリーのてっぺんと同じでしょ?」
そうなのか?
「たけど星よりあいつの方が目立ってるじゃないか」
「いいんじゃない? 商店街のクリスマスツリーなんだもん」
呑気なことを言っているけどな京子、今はあそこに鎮座するだけのキーボ君だがきっと一年ごとにどんどん目立ってきて、そのうちとんでもないことになると思うぞ? それこそこれはクリスマスツリーなのかキーボ君の成る木かってことにだってなりかねない。いいのか、それで。クリスマスツリーなんだぞ、これ。
「もう恭ちゃんてば帰ってきてからずっとキーボ君のことばっかりじゃない。そろそろキーボ君のことは横に置いておいて私と勇ちゃんのこと構ってくれないかなあ」
「構ってるだろ、ちゃんと」
「嘘ばっかり! 駅から出た時も真っ先に見たのはツリーにぶら下がってるキーボ君だったくせに! ほんとにキーボ馬鹿なんだから!」
そう言いながら京子はいつものように俺の足を蹴ってきた。まったく足癖の悪さは相変わらずだな。
「だから勇一を抱いているのに蹴るのはよせ。そんな元気があるならキーボ君の中に入ってみたらどうだ、保育園の子供達に喜ばれるぞ」
「二号は恭ちゃんが入らないとダメみたい。子供達も他のお兄さんが入った時の二号君のこと、宇宙人に乗っ取られたキーボ君とか呼んでるし」
「なんじゃそりゃ……」
まったく子供の発想ってのはよく分からないな。いったい俺が入った時と他のバイト君が入った時と何が違うんだ、いまだにその違いが俺にはさっぱり分からない。
「とにかく! キーボ君より今はケーキなの! 勇ちゃんはここのミルクプリンがお気に入りだからパパに食べさせてもらおうねー」
「ね ――― !!」
京子の言葉に勇一が可愛く笑う。この可愛さに騙されてはダメなんだ。きっと俺の制服、店を出るころにはプリンまみれになっているに違いない。
そして実家に戻った俺の目に入ってきたのは、保育園の玄関口でサンタの服装をして呑気な顔でこっちを見詰めるキーボ君二号だった。
誰だよ、あんな大きなサンタクロースの衣裳を作ったのは……。




