急に思い出したこと
こちらの話と言うよりも、安住君の上官である森永三佐が出てくる【ムーンライトノベルズ】の【恋と愛とで抱きしめて】に関連したお話な感じです。
「すまないな、新婚旅行は当分の間はお預けだ」
「いいよ、そんなの。子供が大きくなったら皆で旅行して今回行けなかった分を取り戻したら良いじゃない」
披露宴に向けて化粧直しやら男の俺には理解出来ない事を色々としてもらっている京子が鏡越しにニッコリと笑いかけてきた。
俺と京子の結婚式が諸々の事情で予定していた日程より前倒しになったせいで、連続した休暇が揃って取ることができず新婚旅行が棚上げとなってしまったことに関しては非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だが京子の方は自分が思い描いた通りの結婚式を挙げることが出来たから(ブーケトスは例外として)それで満足してくれているらしい。
「それで良いのか?」
「うん。恭ちゃんと夫婦になれたことが一番だし、赤ちゃんのこともあるから今は大事にしないとって」
「そうだな。男か女かってのも早く知りたいな」
「もう気が早い」
もう少し経てば性別も判明するらしい。知りたいような知りたくないようなちょっと複雑な気分だ。実際のところどうしようかと二人して迷っているのも事実。だが色々なものを揃えていくうえでは性別がはっきりしていた方が良いよなとも思うし、もうしばらくは二人で悩みそうな案件だ。
「あれ、森永一尉……?」
披露宴に行く前にトイレに行こうと控室から出たところで廊下のベンチの前でしゃがみ込んでいる森永一尉の姿が目に入った。まさか具合でも?と思ったが違うようで一尉の前にあるベンチに子供が座っている。どうやらその子に話しかけているらしい。
「一尉、どうされました?」
俺の声にベンチに座っていた子供が少しギョッとした顔でこちらを見た。おお、なんだかお人形さんみたいな可愛い子だな。俺が関わる地元のガキんちょ共は元気いっぱいで小生意気なのが多いからか、大人しそうな典型的なお嬢ちゃんというのは何とも新鮮だ。
「どうやら迷子になったらしい」
「ああ、ここの式場、ガーデンなんちゃらってのも出来るらしくてやたらと敷地が広いですからね」
「なんちゃらって何だ、なんちゃらって」
「え、いやあ、ここのスタッフがそういう話を説明してくれいたんですが、途中で急激な睡魔が襲ってきて覚えていないんです。知りたいなら嫁が覚えていると思うので説明させますが」
「いや、いい」
俺と森永一尉が話している間もそのお嬢ちゃんは不審げな顔で二人の顔を交互に見ている。制服を着たむさくるしいお兄さんが更に増えたんだからギョッとなるのも分かるが、そんなあからさまに怪しまれるとさすがに凹むな、これでも俺達は国民を守るのが職務なんだが。
「スタッフ、呼びましょうかね。親御さんも探しているだろうし」
控室から顔を出した京子に指示を出そうとしたところを止められた。
「お前はさっさと嫁さんのところに戻れ。俺が連れていく」
「一尉が、ですか?」
「なにか?」
「いや、迷子になったら困るなあと」
「俺は子供か」
「失礼いたしました。三十分経っても席にお戻りにならない場合は一尉が迷子になったと判断して矢野達に捜索させますんで」
「うるさい、余計なことを言ってないでさっさと嫁のところへ戻れ」
そう言われて改めて自分が控室から出てきた目的を思い出す。
「あ、トイレ行くんだった」
女の子が思わずと言った感じで笑い声を漏らした。それまで少し不安そうな顔をしていたのが笑ったことで更に可愛さが倍増って感じだ。惜しいなあ、あと十歳ほど年がいっていたら一尉に口説いちまえと焚き付けてやるところなのに。
「さて、じゃあ行こうか」
トイレに行く俺の背後で女の子に話しかける一尉の声が聞こえた。チラリと振り返り、二人が手をつないで歩いていくところを見送りながら、鬼の森永もさすがに子供には優しいんだなと変なところで感心した瞬間だった。
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「うわ、なんてこった!!」
「どうしたの?」
いきなり飛び起きた俺に驚いた京子が眠そうな顔でこちらを見上げてきた。
「京子、お前、十年前の結婚式の日のこと覚えてるか?」
「こんな時間に飛び起きたと思ったら何なのよ急に。子供達が起きちゃうじゃない」
「どうなんだよ」
「まあ、そりゃ自分の結婚式だもの、それなりに覚えているわよ。ブーケトスでブーケが黒猫のユキさんに渡っちゃったこととか、篠原一佐が制服萌えな子達に囲まれて固まっていたとか」
あの鬼瓦みたいな篠原さんが困惑している顔なんてそうそう見られるものじゃないわよねと当時のことを思い出して笑っている。京子、その気持ちは分かるが俺が言いたいのはそこじゃない。
「そうなんだが、あの時、あそこの式場でもう一組の結婚式があったの、覚えているか?」
「んー? ああ、そう言えばそうだったかも。確かもう一組は神前式とか言ってたっけかな。それがどうしたの?」
「そこの招待客の子供が迷子になっていたの覚えてないか?」
俺の言葉に考え込む京子。普段ならすぐにでも思い出すのだろうが何せ寝起きだから頭がまだ回転していないらしく、思い出すまでかなりの時間を要した。
「あー……そう言えば。披露宴会場に行く途中にある椅子に座っていた子がいたわよね。確か不審に思った森永さんが話しかけていた女の子。それがどうしたの?」
「その子の顔、覚えてるいるか?」
「顔? 顔ねえ……遠目だったからそれほどハッキリとは覚えてないけど、凄く可愛かったのは覚えているわよ。可愛い服を着てクルクル巻き毛のお人形さんみたいな可愛い……あれ? 何処かで見た覚えのある顔……ん? あれ?」
「思い出したか?」
「もしかして……あの子、奈緒さんじゃ?!」
京子が目を丸くして起き上がった。
ちなみに奈緒さんというのは俺の上官である森永三佐が最近になって嫁にした女性だ。確か二十歳、三佐とは十七歳年が離れているという超年の差婚。三佐がベタ惚れで現在進行形で俺達はその真顔で吐き出される惚気にあてられっぱなしだ。
「だよな、やっぱり」
「何よ、私達、初対面じゃなかったってこと?」
「みたいだ。奈緒さんが覚えてるいるかどうかは別だけどな」
昨日の昼間に駐屯地で行われた特作嫁の会主催の披露宴での様子からして、彼女がこちらを覚えているようには思えない。それは三佐の事に関しても同様だと思う。
「まさか俺達、初対面じゃなかったとはな」
「って言うか、あそこに奈緒さんの父親である片倉議員もいたってことよね。そっちの方が衝撃的だわ」
「気になるのはそこかよ」
「だってあの人、あの頃から恭ちゃん達のことを犯罪者集団みたいに言っていたんだもの。テレビで見かけるたびに拳骨食らわしたくて仕方がなかった」
なに物騒なことを言ってるんだ、俺の嫁は。三佐は奈緒さんと思しき女の子をスタッフに託してきたと言って直ぐに戻ってきたから恐らく片倉議員とは顔を合わせていないと思われる。あそこであの二人が顔を合わせたらそれはそれで凄い騒ぎになったんじゃないだろうかと……少し見てみたかった気もするが。そんなこと言ったら京子に蹴られるか? いやいや、こいつのことだ、何か口実を作って本当に拳骨を食らわしていたかもしれない。
「凄い偶然だな。まさか奈緒さんがあそこにいたなんて」
「しかも森永さんとも喋っているのよね」
「十年前ってことは奈緒さん十歳だ」
「……犯罪だわ」
「何でそうなる」
「だって十歳じゃない」
「だからそれは十年前のことであって今は立派な大人だから問題ないだろう」
「でも犯罪だわ……」
「だから何でそうなる……」
そりゃ最初に奈緒さんの年齢を知った時に年の差のことで三佐と奈緒さんの年齢を逆算したことがあるのは認める。だがそれで犯罪だ~とまでは思わなかったんだが、やはり京子は根っからの警察官ということか。
「これって奈緒さんに確かめた方が良いのか?」
「別にそんなことすることはないと思うけど、こっちの記憶違いかどうかがはっきりするから聞いてみたい気はする。それと……」
「それと?」
「それを聞いた森永さんの反応が知りたい」
「……そこかよ」
「何よ、恭ちゃんは見たくないの?」
「……見たい」
「でしょ?」
それから暫くして海外出張に出る三佐に同行することがあったのでそれとなくその話をしてみた。どんな反応をしたかって? まあ恐らくあんな風に焦る三佐を見る事なんて恐らく二度とないだろう……と思うような反応だったとだけ言っておこう。それを聞いた京子に関しては涙を流さんばかりに笑っていたが。
もちろんこのことは他言無用だと恐ろしい目つきで命令されたのは言うまでもない。




