子供達の守護神?
「へえ、保育園をねえ」
「どう思う? キョウちゃん」
「良いんじゃないのか。何気に商店街一帯は子供が増える気配があるし、ご近所で顔見知りなら、あずける側も安心だし」
飯を食いながら話しているのは俺の実家の話。
最近は地元でも働くお母さんってやつが増えてきて、近所に託児所や保育園があれば助かるのにって話が出ていた。それもあり、無駄に敷地の大きな俺の実家で、開園したらどうだろうという話になったらしい。
計画の立案者は保育士の資格を持っていた義姉さんで、二年程前から計画を立ち上げていたらしい。だが幼稚園と保育園の一体型にするということで、働く人員の確保や、開園に必要な定員・資格等々の問題があり、ようやく今年に入って認可が下りたとか。
そして今週から、四月の開園に向けて敷地内の改築が始まった。地元の土建屋のおっさん達がめちゃくちゃ張り切っているらしく、なんでも通常の三倍の速さで作業が進んでいるとか。三倍の根拠? 久し振りに神神飯店に食べに行った時に、オクシさんが楽しそうにそう話していたからなんだが違うのか?
「で、そこに子供を入れたいから、俺に当分は単身赴任をしろと。そういうことか」
その話を聞いた京子がどういう反応を示すかなんて、見なくてもわかるってもんで。まだ生まれもしてないのに、保育園?幼稚園?とか気が早すぎだろ?なんて言っても聞くはずも無く。やれやれ、まだ腹が目立って膨らんできたわけでもないのに、保育園入園の話とか、まったくもって俺の嫁は気が早い。
「だって、駐屯地まで三十分圏内なんてここは無理でしょ? 私は、キョウちゃんや私が育った街で子供を育てたいし」
「……」
「ダメ?」
「しかたねえなあ……俺、子供に顔を覚えてもらえるのかね」
休暇があってないような部隊だからなあと、今から憂鬱になった。
「そこはぬかりはないよ。毎日、写真を見せるし、今はパソコンで話もできるし」
「ふむ」
「それに、休みの時は私が押しかけるし」
「ふむ」
「ふむふむばかりで! なにか言いたいことないの?」
そんなこと言われてもだな。だから足を蹴るなって。子供がマネするようになったらどうするんだ。
「俺も、この街で子供を育てたいっていう京子の意見には賛成。ただ、俺は今まで通りの毎日帰ってこれない状態が続くことになるから、なにか起きた時が心配、それぐらいだな」
俺の実家も京子の実家も近いんだから、なにかあっても両家がそろっていれば心配することもないんだろうが、そこはやはり夫としても父親としても心配なわけで。
「でも、お義姉さんもおめでたみたいだし、お互いに初めて同士が近くにいれば心強いかな」
「え?」
「あれ、聞いてなかった? お義姉さんね、先週おめでたが判明したんだよ」
「なんとまあ……」
それで兄貴が、お前達の幸せ空気に当てられてしまったよ……なんて珍しく楽しそうに笑っていたのか。なるほど、安住家もにぎやかなことになりそうだ。
「働くことになる保育士さんはね、お義姉さんのお友達や先輩後輩だから安心だし、他にも、とうてつさんのところでもおめでたいことが続いてるし、恭ちゃんの実家、すごくにぎやかなことになりそう」
「だよな。それぞれの御先祖様達も目を白黒させるかもしれないな」
そこでふと気になったことが、いや、気になったヤツというか存在というか。
「なあ、あの二号はいつまで本殿に鎮座させておく気だ? あんな薄暗いところにあいつがいたら、子供達が見たら泣き叫ぶだろ?」
「ああ、あの子は保育園にお引越しさせる予定だとか」
「へ?」
あいつを? 保育園に?!
「だって地元の人気者だし。一号は現役でイベントに参加しているから、二号はお寺で子供達を見守る係。氏神様についで我が街の守護神みたいなものねって言ってる」
「誰が」
「お義姉さんが」
「やれやれ……義姉さんはよほど、二号が気に入ってるんだな、いや、キーボ君をか」
誰か他のヤツが中の人をやれば良いのに、何故か二号は寺の住人になっている。一号は何人かで回しているらしいのに何故だ? 例外として夏祭りの時に沙織さんが入ったらしいが、それ以外に誰か中の人をしたなんて話、聞いたことが無い。相変わらず親父がまめまめしく、虫干ししたり消臭剤を噴きかけたりと世話をしているらしいが。
「きっと季節のイベントのたびに、色々な洋服を着せてもらえるんじゃないかな」
「そういう問題か?」
「だって、本殿でポツンと座っているのも可哀相じゃない」
「お前、いつの間にキーボのことを心配するようになったんだよ。あれほど目の敵にしていたくせに」
「んー、勝者の余裕?」
「きぐるみ相手に勝者とか……」
多分それだけではなく、俺が最近あいつの中に入らないというのもあるとは思うんだが、まあ深く考えないでおくことにする。
「ねえ、保育士さんの中には独身さんもいるんだよ」
「あ?」
いきなり話が飛んだので何のことを言っているのか最初は理解できなかった。
「ほらほら、キョウちゃんの上司でイケメンの独身さんがいるじゃない? どうかなって」
「ああ、森永一尉のことか? まだ奥さんを亡くしてまなしだからな、そんな気にはなれないと思うぞ」
「でも出会いは必要でしょ? 男ばかりの職場だし、放置しておいたらあっという間に年とっちゃうよ?」
「あのなあ……お前は人のことを心配なんてせずに、自分のことだけを心配してろよ」
それにだ。森永一尉は他人に紹介してもらわなくても、狩りが上手な人でもあるし、相手は自分でちゃんと見つけてくると思うんだな。まあ最近は、あちらこちらから再婚相手を紹介されてウンザリしているようなんだが、いずれは……と俺はにらんでいる。
「まったく上官思いじゃないんだから」
「いやいや、あの人のことはよく知っているから、要らぬお世話だと思うぞって話であってだな」
この時、俺も京子も、まさか森永一尉があんな出会いをして電撃入籍するとは思っていなかったんだが、まあそれはまだ先の話だ。




