第十四話 弟から兄貴への贈り物
「おお、馬子にも衣装、京子にもドレスだな」
そう口にした途端にヒールの爪先が脛に食い込んだ。
「った!! お前、その格好でするか普通」
「一言多いのよ恭ちゃんは!!」
「んなこと言ったってだな」
「自分だって馬子にも衣装状態じゃない、そんな正装なんてしちゃって! ずるい!!」
ここのパンフレットを見ていた時にスタッフのお姉ちゃんが新郎様はタキシードを御着用されますね?なんて尋ねてきた時は正直言って本当に眩暈がした。あの時は心の底から自衛官で良かったと思った、わりとマジで。
「一応これだって支給された制服なんだぞ?」
「私も警察官の礼服着たい」
「無茶言うなよ」
まあ何ていうか目の前でウェディングドレスを着た京子は非常に綺麗だ。普段は凛々しい警察官の格好をしているから余計にそう思えるのかもしれない。うん、京子も女の子なんだなあと思う瞬間だなんてことを口にしたら、また蹴られるからここでは黙っておく。
「で、大丈夫なのか? 気分が悪いとかないか?」
「無いわよ。もうね、今までで一番気分が良い感じなんだ。もしかしたら私には合っているのかもしれない」
「そうか。気分が悪くなったら遠慮なく言えよ?」
「うん」
結婚式なんてのは適当にしておけば良いんじゃないのか?なんて思っていたのは男の俺だけで、それまでの道のりは実に大変なものだということが今回のことで改めて分かった。役所に届出をすれば終わりって訳じゃないんだな。いや、俺達はそれでも良かったんだ、実のところ。だけどそれぞれの職場ってのもあるし色々としがらみもあるわけで、両家で話し合った結果きちんと型どおりにやろうということになった。
ただ少しばかり予定を詰めなきゃいけない事態が起きたんだな。それが京子の妊娠。矢野や下山には何やってんだお前は?なんて呆れられたんだが、何やってるってやることやったんだよとしか答えられないわけで。俺達にとっては別に予想外なことでもなかったんだ、二人してもしかしたらできてるかもって期待していたことでもあったし。まあオヤジにはこっぴどく叱られたけど。
「でも本当に綺麗だ。俺、凄く誇らしい気分」
そう言ったら珍しく京子が顔を赤らめた。
「ばかっ、なに恥ずかしいこと言ってるのよっ」
「正直に言ってるのに。いてっ、だから蹴るなって!!」
絶対に俺の脚の骨、そのうち凹むよな……。
ところでだ、俺達の結婚式は本日執り行われる訳だが、なにやらお互いの友人達にもそんな予感のカップルが生まれた。俺の方は言うまでも無く矢野と下山だ。まったくいつの間にって感じてはあるんだが、この二人、いつの間にか京子の親友二人と仲良くなっていた。矢野は櫻花庵の次女の茉莉、下山は附属病院で病院事務をしている弥生。しかもかなり親しい御様子で一体いつの間に?っと京子に聞いたら、駐屯地であった夏のイベントに行った時に声をかけられたそうだ。まったく油断もスキもあったもんじゃないな。親友同士がくっつけばこれからも楽しく付き合えるから良いじゃない?とは京子の言葉だ。もしかして首謀者はお前か……。
「ところで京子、頼みがあるんだが……」
「なに?」
+++
何て言うか、寺の息子がチャペルで結婚式を挙げるというのも変な話だなとは思うんだ。だけど義姉さんが『せっかく京子ちゃんがウェディングドレスを着たいって言うんだもの。だったらお寺より断然チャペルよね♪』なんて無邪気な微笑みを浮かべて言うものだから。もしかて義姉さんは本当のところ物凄い策士なのではないかと俺は密かに踏んでいる。
まあ、そのお蔭でちょっとしたビックリプレゼントが出来るわけなんだが。
「本当にするの?」
祭壇の前から参列者が待っている外へと歩いて行きながら、京子がひそひそっと俺に囁いてきた。
「ああ。駄目か?」
「茉莉と弥生にはちゃんと承諾を得ておいた。だからちゃんと前に来てくれたら渡せるように投げるわ」
「それは大丈夫だ。さっき七海ちゃんに頼んでおいた」
「まったく、大した兄弟愛だこと」
「妬いてるのか?」
「まさか」
外に出ると歓声と共にライスシャワーだかフラワーシャワーだか何だか訳の分からないものがいっぱい降ってきた。男の俺には良く分からないが、京子が嬉しそうにニコニコしているところを見るとこれが普通なんだろうな。こいつの嬉しそうな顔を見ていたら、やはりきちんと結婚式を挙げて良かったと思う。
前の方に若い女性陣が集まってきているのはこれから京子が投げるブーケを手に入れる為。それを受け取った女性が次の花嫁になるとか? そんなジンクスがあるらしい。
視界の隅に七海ちゃんに押されて前へとやってくる東明君とそのカノジョさんが入った。二人ともそんなに困惑した表情で来ることも無いだろうに、本当に彼女共々真面目な兄貴だな。
「頼むぞ、京子」
「東明さんの横にいる人よね。京子ちゃんに任せなさい、これでもソフトボール部のキャプテンだったんだからね」
ソフトボールは後ろ向きには投げないだろう?なんて言ったらきっと蹴られるだろうから口を閉じる。京子は女性陣に背中を向けると、ちらりと東明君とカノジョさんの方に視線をやった。そして次の瞬間、ブーケが舞う。弧を描いたブーケは無事にカノジョさんの手元に……ではなく東明君の手の中に落ちた。
「……おい、京子」
「あら、いい線いってたんだけどな」
「いい線て……東明君が受け取っちまったぞ」
「惜しかったわよね、あと30㎝左だった」
「そういう問題か?」
「いいじゃない、どうせ二人はカップルなんだから」
そうなのか?
東明君は物凄く困惑した顔で自分を見ている女性陣に視線をやると、手にしたブーケを暫く見つめてからそれをさりげなく隣に立つカノジョさんに渡した。
上出来だ、兄貴。思わずニヤリと笑うと、困った顔をした兄貴と目があった。“まったく何してるんですか”ってな顔だ。いやあ、兄貴思いのいい弟だろ? ニッと笑うとやれやれと言った感じで溜め息をついているのが遠目からでも分かる。ま、弟からの餞別だと思って黙って受け取っておいてくれ。
「なかなか機転が効くじゃない、一号さん」
「だろ? なにせ俺の兄貴だからな。じゃあ最後の締めをするか」
「締め?」
「やっぱ、ここで花婿が花嫁にキスしなきゃ話にならんだろ?」
そう言って歓声が沸き起こる中、俺は京子にキスをした。




