第十三・五話 二号、父親と話す
「……」
「……」
十数年ぶりにまともに父親と話をするのが、こういう事態というのは非常に気まずい、まったくもって気まずい。それはあちらも同様のようで、何とも言えない微妙な顔をしたまま黙り込んでいる。
「……恭一」
二人して黙ったまま向かい合うこと三十分、ようやく父親が口を開いた。
「はい」
「秋口に、急に結婚すると言い出した時に尋ねたな、京子ちゃんが、おめでたにでもなったのかと」
「はい。その時は間違いなく、京子は妊娠していませんでした」
「それが二ヶ月も経たずに、なんだって?」
「京子が妊娠しました」
「……」
はあぁぁと大きな溜め息をつかれてしまった。
「恭一、いくら結婚が決まったからと言ってだな」
「分かってる。だけど、二人して子供ができるかもしれないと分かってて避妊しなかったわけだし、しっかり……」
「いや、詳細は聞かなくてもいいから」
俺が何を言うか分かったのか、親父は途中で言葉を遮ってきた。そして溜め息を再び一つ。
「三宅さんは何と?」
「ただただ、めでたいと」
こっちに報告する前に、京子の両親とは会っていた。結婚前に娘を妊娠させて!という叱責を受ける覚悟で出向いたんだが、何故か手放しで喜んでいた。これで京子も、やっと落ち着いてくれると言って。喜ぶのはそこなのか?とは思ったが、親御さんが喜んでいることは間違いなかった。
「で、結婚式を前倒ししたいと?」
「結婚式の日に決めていた日が、予定日に近いので前倒しをしようと」
ただ、実のところ妊娠しているのは京子だけじゃない。地元からの招待客に含まれている、とうてつ女将の籐子さん、そして嗣治さんの嫁さんの桃香さんもおめでただと判明した。
そうなると、この二人に出席をしてもらいたいこちらとしては、前倒しする日程を考えなくてはならない。最悪、二人で入籍だけですませようという話にもなっていたんだが、その話をちらりと誰彼ともなく相談したら、何故か色々な方面から反対の声が上がった。
そしていつの間にか、出席者の都合の良い日なんてのが統計でとられていて、年明け早々、二度目の大安の日にしようという話に。いったい誰がこんな無茶な仕切り方をしたんだか。だがその誰かのお蔭で、日程の変更のせいで欠席になる人間が一人も出ないという、驚異的な出席率になったわけなんだが……。
「ああ、そう言えば一人二人増えても大丈夫なのかな」
「どういうことだ?」
「いや、黒猫の東名君に彼女ができたみたいだろ? ここの住人らしいが俺も京子も相手のことを知らないから、まだ招待状は出してないんだ……っていうか俺は名前も顔も知らないんだよな、実のところ。で、せっかくなら、式だけでも一緒に見に来れば良いんじゃね?と思って」
実際この話も何となく耳にしただけなので、正直言って確証は無いんだが。
「なるほどな。お前から東名君に言っておいたらどうだ?」
「こういう場合って、ちゃんとした書面で出した方が良いのか?」
「……待て。お前が文章を書くと絶対に軍隊臭くなる。ここは母さんに頼もう」
「OK。じゃあ婦人会経由で頼む」
多分ちゃんとした招待状を出す前に、オフクロが澄ママに確認してくれるだろう。
「やれやれ、お前達ときたら……」
「なんだよ」
「昔からお前と京子ちゃんは悪友というか何というか……喧嘩したらしいと聞いた時は、どうなるか心配していたんだがな」
「ああ、この前のことか。色々とあるんだよ、俺が行きたい部署は特に。だから、親父達にも何も言えないことが増えるだろうし、連絡がつかなくなることもあると思う。その時は京子を頼む」
「分かっている。それは京子ちゃんだって、覚悟の上でお前と結婚するんだろうからな」
ま、あいつのことだから、自分が知りたいと思ったら、あちらこちらの伝手をたどって調べそうだが。
「とにかく目出度いことだ、安住家にまた新しい家族が増えるんだからな」
「よろしくな、爺さん」
「任せておけ、礼儀正しくて大人しい子に育ててやる」
やけに“大人しい”を強調しやがったな親父のヤツ。だが俺と京子のDNAを受け継いで産まれてくるんだぞ? 礼儀正しいのはともかく、大人しいなんて絶対に有り得ないと思うんだがな。




