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青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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第十二話 閑話 安住、ウサギ耳女に出会う

どうでも良いような良くないような、そんなお話

「そう言えばさ、この前、凄い特殊技能を持った女傑に会ったぞ」


 少し遅めの朝飯を派出所近くの菜の花ベーカリーで食いながらそんなことを口にすると、京子がまた怒った顔をしてきた。


「もう! 何で久し振りに帰ってきたかと思ったらキーボ君とか別の女の人の話を持ち出すのよ」

「え、いや……」


 面白い経験だったし、詳しくは話せないまでもそこそこなら問題ないと言われたから話そうと思っただけなんだが。


「で? どんな人なのよ」


 なんだよ、聞きたいのか。


「離れた場所のリロード音まで聞き逃さない超絶聴覚のウサギ女」

「は……もっと分かりやすく説明しなさいよ」


 ゲシッと脛を蹴られて顔をしかめる。まったくいつもいつも足癖の悪い……。このままずっと蹴られ続けたらそのうち足の骨が凹むんじゃないか?と最近になって心配になってきているのはここだけの秘密だ。



+++++



 ことの発端は防衛省のお偉いさんが市街戦を想定した訓練の見学に来たことに始まる。うちの上官が冗談半分で人質役をやってみますか?なんてことをお偉いさんに言ったものだからちょっとした騒動に発展したわけなんだが。


「白崎君、君も一緒に人質やらんかね」


 そう声をかけられてそのお偉いさんの後ろで控えめにしていた女性が目をパチクリとさせた。おいおいオッサン、これは遊びじゃないんだからと内心思ったんだが、これも予算獲得の為のサービスみたいなものなのかと俺も森永一尉も諦めて黙っていた。


「人質、ですか?」

「なんなら逃げ役でも良いですが?」


 うちの上官が付け加えた。もう幾らサービスとは言え悪乗りしすだっつーの。


「逃げても良いんですか?」

「その代わり追いかけて捕まえますが」

「あの……」

「無事に逃げ切ったら、そうだな、分室に欲しいと言っていた新しい最新型のコピーとファックスの複合機、入れるから頑張れ♪」


 上司からの新しい複合機導入と言う言葉を聞いて少しやる気を刺激されたのか、その人は頑張って逃げます~とのんびりと笑った。いや、ほら、小学生のする鬼ごっこじゃないんだから、とかその場の全員が心の中で突っ込みを入れたのは言うまでもない。


 だがこういう時の俺の勘というのはわりと当たる方で、なんとも悪い予感しかしなかった。だから急遽決まった『鬼ごっこ訓練』には不参加ということで傍観者に引き下がったわけだ。そんな俺に直属の上官である森永一尉は驚いていたようだが、とにかくその時は嫌な予感しかしなかったわけだな。


 とにかく今回の見学の肝は、いかに空挺団の人間が優秀なスキルを持っているかを見てもらう為のものだった筈なんだ。まさか素人のお嬢さんを追いかける羽目になろうとは……と参加した連中がやる気を半減させたのも今回の騒動の原因の一つではある。


 でもな、見た感じ普通の何処にでもいる公務員の姉ちゃんが、まさか野郎どもを手玉に取るなんて誰が想像する?



+++++



「えーと、つまりは、天下の空挺隊員様が公務員の複合機への執念に負けたってこと?」

「まあそういうことになる」

「……」

「あ、いま情けないとか思っただろ?」

「違うわよ。どちらかと言えば備品に対する執念恐るべしって思っただけ。そのうち陸自にスカウトしたりして?」

「その場で連隊長がしてた。だけど本人は持久力なんて皆無だから無理ですぅ~だとさ」


 本人は数年前に放映された訓練風景を見ており、あんなことするぐらいなら大人しく職場の片隅で百枚でも千枚でも書類を転写してますと言っていた。どんだけあんたんとこのコピー機使えないんだよって話だよな。とにかくだ、二十分と言う限られた時間制限の中で三人の空挺隊員相手に彼女は狭い訓練場を逃げ切ったわけだ。その様子を見ていた森永一尉が妙なことを指摘するまでは俺も単なる偶然だと思っていたのだが。





「安住、彼女の動きをよく見ていろ」

「は……?」


 そう言われてお姉ちゃんの動きを目で追い続ける。すると不思議なことに気が付いた。矢野達が2ブロックほどの距離までに彼女との距離を詰めると、何故か彼女は必ず立ち止って首を傾げているのだ。


「あれ、何をしてるんすかね」

「……音を聞いているんじゃないのか?」

「音? しかし矢野達は足音だって消している筈ですよ? 俺等ならともかく素人さんに聞える筈が……」

「だがあの様子からして間違いなく矢野達の立てる音を聞いているんじゃないのか?」


 1ブロックまで互いの距離が詰まると、慌てて矢野達がいる方向とは反対方向へと走っていく。それを何度も見ているうちに単なる偶然ではないと俺にも分かった。あのお姉ちゃんは確かに矢野達が立てている音を聞いているのだ。後から聞くと、矢野達は彼女との距離が縮まったと判断すると必ず模擬弾が入った銃をリロードしていたのだそうだ。そう、彼女はその音を聞いていたってことだ。


「どんな耳なんすか、ウサギっすか?」


 恐るべし、超絶聴覚、いや、ウサギ耳とでも言うべきか。





 正直あの才能は是非とも欲しいと森永一尉も言っていた。確かに素人が2ブロック離れた場所の銃のリロード音を聞き取ることが出来るなんて普通は有り得ない。斥候向きの能力というのはああいうのを言うんだろうな。俺も是非とも鍛錬しなければ。矢野達にしてみればペナルティとして余計な訓練が増えて踏んだり蹴ったりだったみたいだが、俺としては面白いものを見せてもらったという感じではあった。


「だけど勿体無いわよね、それだけの聴覚の持ち主なのにお役人しているなんて。なんだかとっても才能の無駄遣い」

「その才能が活かせる職場なんてそうそう無いような気はするけどな」

「確かに警官もあまりそういう才能は使いそうにないわね」

「あと、きゃーとか言ってダッシュするスピードはなかなかのものだったぞ」


 本人曰く高校生の時に陸上をしていて短距離選手だったので瞬発力はあるのだが持久力がからっきしなんだとか。しかし手だれの空挺隊員が捕まえ損ねる瞬発力って何だろうな。正直、俺も上から見ていてたまげたクチだ。聴覚だけでなく走りもウサギ並とはなかなか凄い女もいたものだ。


「それは犯人が逃走した時に役立ちそう」

「だろ?」


 そう言いながら何気なく店のベーカリーの方に目をやった。


「あ」

「なに?」

「超絶ウサギ耳女」

「え?」


 俺の言葉に京子が振り返る。そんなに大きな声を出したわけでもないのに、彼女はトレーにクロワッサンを乗せようとした途中でこちらを見て固まっている。ありゃ、やはり聞こえたらしい。凄いな、店内は有線放送も流れているし他の客の声もしているのに、ウサギ耳なお姉ちゃんは俺の声を聞き取ったらしい。


 彼女の名前は白崎暁里さん、防衛省にお勤めのいわゆる背広組に属するお姉さんだ。年はそんなに離れているとは思っていなかったんだが二十七歳らしい。もしかして童顔というのはこういうのを言うのか? しかしそうなるとお姉ちゃんもお姉さんも失礼だな、ウサギ耳のお姉さまとでも呼ぶか。


 その時は俺も京子も、まさかこのウサギ耳なお姉さまと長い付き合いになるなんて思いもしなかったんだよな。

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