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青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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第十話 二号、故郷に帰る?

「おや、恭一君、どうしたのかね」


 桜木茶舗の隠居、葛木重治が囲碁を打っていた手を止めて部屋に入ってきた俺の方に顔を向けた。そして手にした荷物をみて“おや?”と片眉をあげる。


「帰ってきて早々なんですが駐屯地に戻ることになりまして。次に戻ってこれるのが半年後になるので、キーボのことなどを相談しておこうかなと」

「呼び出しかい?」

「いえ」


 短い返事に何かを感じたらしく、相手をしていた櫻花庵の隠居が少し席を外そうかねと言って椅子から立ち上がった。空いた席に座るように促される。


「さて、どうしたのかね」

「いえ、色々と思うところがありまして。京子との結婚の話をいったん保留にしました」


 こうやって一対一で向き合って喋るとどうしても口調が仕事中のそれに変わってしまう。もう八十歳も目の前だというのにこの人の静かな迫力にはいつも緊張する。商店街の住人の何人が過去にこの人が何をしてきたかを正確に知っているのだろう。


「なんと。盛大に喧嘩でもしたのかい?」

「いえ。そういうことじゃありませんがとにかく保留です。あいつが自衛官の配偶者になる覚悟があるのか少し様子を見ようと思います」

「……もしかして行くことを決めたのかね?」

「希望して行けるかどうかは分かりませんが、うちの上官が今年あちらに転属になりました。俺としてはその人について行きたいと思っているので、何とか目指してみたいと思います」

「なるほど。それもあって覚悟があるかどうかの様子見か」

「はい。普通の部隊ならそれほど難しくは考えないんですが、自分が目指す部隊は今以上に色々と機密性の高いところなので」


 空挺団に配属が決まりはしたが俺の最終目的はそこじゃなく特作。そこは普通の陸自の部隊とは少しばかり毛色の違うところで他のところよりも更に厳重な機密扱いになる部隊だ。だから家に戻るたびあれこれ問い詰められても、こっちは何も話せないことが更に増えることになる。そういう特殊な立場というのは警察官の京子なら理解できるだろうと思ってはいるが、今回の本の一件で少し冷静になって考えた方が良いと思ったわけだ。


「もし京子ちゃんが覚悟が出来ないと返事してきたらどうするつもりだい」

「諦めます」

「どっちを?」

「結婚を、です」


 俺の答えに桜木の御隠居は笑った。


「そっちを諦めるのか、本当に行きたいんだな、特作に」

「俺の子供のころからの目標ですから。しかしその夢に京子を無理に付き合わせるわけにはいきません。だから、あいつに覚悟が出来ないなら結婚は諦めます」


 そうなったら買った指輪はどこかに埋めて墓でも作ってやるかな、などと頭の隅で考えた。


「それでなんですが、色々と立て込んでいて半年ほどは戻ってこれそうにありません。商店街のイベントに出る着ぐるみですが一号だけにやらせるのは申し訳ないので、誰か別の奴に二号を頼めませんか」


 どうしたものかねえと考え込む御隠居。一号より少し大きめに作られている二号の着ぐるみ、さすがに肉屋にいるバイトの兄ちゃんには無理だが他の連中なら問題ないだろう。最近あちらこちらの店で学生のバイトが増えているみたいだし? あいつ等に頼めば問題ないのではと思う。


「恭一君が演じている二号キャラが強烈過ぎて他の人にそれが務まるか疑問だね。だったら一号の中をローテーションを組んで変えた方が良さそうだ」

「……俺、そんなに酷いですか?」


 そんな暴れているつもりはないんだが。


「強烈だって言っているんだよ。あれを着たままダッシュできる人間なんてそうそういないだろ。活動的ではない二号なんて子供達も受け入れないだろうし、しばらくは二号君は故郷に帰っているとでもしておくよ」

「故郷……」


 二号の中身はあくまでも俺にやらせるつもりなのか? 誰かいるだろう、あれを着たまま走れる奴。バイトの大学生男子に一人か二人ぐらい体育会系のヤツがいてもおかしくないんじゃないのか?


「とにかくだ、こちらのことは心配せずに行っておいで。京子ちゃんのことはそれとなく見守っておくよ」

「京子のことはそこまでしてもらわなくても。他の男に走ったらそれはそれで仕方のないことだと思って諦めます」

「おいおい」


 まだ何か言いたそうな御隠居だったが俺が席を立ったのでそれ以上は何も言わなかった。



+++++



「ぎゃあああ、安住、少しは手加減しろっ!!」


 それから一か月後、訓練中は色々なことを考えなくて済むので最近はのめり込むように没頭している。そのとばっちりをモロに受けているのは目の前にいる下山ともう一人の矢野。今日は嫌と言うほどケツの模擬弾を食らわせてやった。


「普段は俺のストーキングなんて温いとか言ってたじゃないか。なんだ、降参するか?」

「バカも休み休み、ぎゃぁぁぁぁ、ケツはやめろケツはっ!!」


 俺の姿を探している下山のケツに更に模擬弾をぶち込んでやった。ふふん、絶好調だ。今の俺はちょっとしたランボー状態だぜ。スコープを覗き込んで薄笑いを浮かべていたが背後に気配が。来たな矢野、だが気配が駄々漏れだぞ? 素早く移動して矢野の後ろに回り込む。そんなにケツにぶち込んでほしいのか? だったら期待に応えなくちゃな。


「矢野ちゃーん、後ろががら空きだぞー?」


 ニヤニヤしながらそう呟いて引き金をひいた。


「安住の練度の上がり具合は目を見張るものがあるな」

「恐縮です、これも教官殿の御指導の賜物であります」


 訓練が終了してから珍しく教官からお褒めの言葉をいただいた。普段は罵声を浴びせられることの方が多いので褒められると逆に気持ち悪いと感じるぞ。そんな俺とは反対に矢野と下山は怒鳴られていた。


「教官は知らないんだろ、お前が女とのごたごたで戦闘技能にブーストかかってるって」

「理由なんてどうでも良いんだよ、要はちゃんとした成績を残すことなんだから」

「納得がいかねえ……」


 夕飯を食いながらブツブツ言っているのは下山。痛い目には遭うは教官にはどやされるはで散々だと毎日のようにぼやいている。


「だいたいなケツにあんなたくさん模擬弾あてるか? 一撃で充分だろ」

「なんだ、ケツじゃ不満か? 前にあててやろうか?」

「そんなことされたら死ぬわ!」

「痛い思いをしたくないんだったら俺に後ろをとられないように頑張れよ」

「そのうちお前のケツにも食らわせてやるからな」


 俺と矢野と下山。この時のことがきっかけで三人そろって特作に行くことになるんだが、それはまた別の話。そして矢野と櫻花庵の茉莉ちゃん、下山と茉莉ちゃんの同級生の弥生ちゃんが付き合い出したのは半年後に実家に戻った時のことだったんだが、それもまた別の話だ。


 そして商店街ではめっきり姿を現さなくなった二号は故郷に里帰りしているとか、霞が関でバイトをしているとか妙な噂が流れていたらしい。

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